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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 楽天社員のIDカードの裏には、三木谷浩社長が考えたというこんな言葉が書いてある。
 「プロフェッショナリズムの徹底 楽天はプロ意識を持ったビジネス集団である」
 当たり前といえば、当たり前のビジネスの常識だろう。しかしインターネット業界では1990年代末、そんな当たり前の常識が通用しなかった時代があった。
 そのころ、ビットバレーという奇妙な運動があった。東京・渋谷で若者たちが次々とネットベンチャーを立ち上げ、ネットバブルの波に乗って膨大な資金が流れ込んだ。しかし当時のインターネットは、社会のインフラとしては未成熟だった。設備投資だけがふくれあがり、ベンチャーの多くが行き詰まってしまう。気がつけばビットバレーは雲霞のように消滅していった。
 そんな時代風景の中で、しかし楽天はビットバレー組とはまったく別の道を歩き、そしてほとんど何の障害もなく順調に業績を伸ばしてきた。楽天市場で取引される商品の流通総額は、2000年に234億円だったのが、01年には約523億円。02年には約791億円にまで達している。グループの連結売上高も、00年の約32億円から01年に67億円、02年には約99億円と順調に成長を続けてきた。
 昨年春には、出店者の手数料をそれまでの月額5万円という固定料金から、店舗の売上高に応じて課金する従量制へと移行した。値上げへの批判は大きく、「成長神話を揺るがせかねない自殺行為」といった言葉がマスコミに踊った。しかし蓋を開けてみれば、料金値上げはさほど大きな障害にはならなかった。簡単なことだ。楽天が他のショッピングモールが追随できないほどの巨大な存在になっていたからだ。

 楽天の成功について語られるとき、必ず「先行者メリット」という言葉がついて回る。インターネットビジネスの黎明期にショッピングモールという存在に目をつけ、ひたすら出店者をかき集めてきた同社の歴史を見ると、確かに先行者としての果実を十分に享受してきたのは間違いない。
 しかし、本当にそれだけだろうか。
 楽天は当初から、月額5万円という格安の固定料金制度を武器にオンラインショップの裾野を一気に広げ、その低価格でマーケットシェアを拡大してきた。そして一人勝ちがある程度見えてきた段階で、一気に従量制の料金体系を導入し、利益率を高める戦略に出たのだ。
 従量制への移行について、出店数に伸び悩んだ楽天が取った苦肉の策――という見方もある。同社の山田善久常務は「固定料金制度の下では店舗数だけをどんどん増やせばいい、売り上げは関係ないというモデルになってしまっていた。しかしわれわれは従量制によって売り上げを増やし、それをマーケティングやシステム投資に回す。その効果によって出店者の売り上げが増え、楽天も利益が増えるという展開にしようと考えた」と説明する。
 見方を変えれば、このモデルは、それまで地道に育ててきた作物を一気に収穫する――米国でネットビジネスの成功の法則として語られてきた「収穫逓増の法則」そのものではないか。初めのうちはなかなか収穫が上がらないが、一定の臨界点を超えて市場を占有すると、一気に収穫量が増えていくというニューエコノミーの法則だ。しかし多くのベンチャーがこの法則を曲解し、何でも無料でばらまいて市場支配を狙った挙げ句、資金がショートして消滅していった。それに比べ、楽天は格安といえどもちゃんと「月額5万円」の料金を徴収していた。いま振り返ってみれば、このビジネスモデルはきわめて秀逸だったといえるだろう。
 もうひとつの勝因は、同社が国内のネット市場を分析し、独自の自社で考えたビジネスモデルを展開してきたことだろう。他のネットベンチャーの多くが米国のビジネスモデルをそのまま輸入する「タイムマシン型」で戦略を立て、そしてネットバブルの崩壊に呑み込まれていったのと比べれば、その強みは明らかだ。前出の山田常務も、「米国のモデルを持ってこればうまくいくという時代は終わった。地道なマーケティングを行っているかどうかが明暗を分ける」と話すのだ。
 最近、楽天は傘下のポータルサイト「インフォシーク」と「ライコス」を統合。ポータルビジネスへの進出を図ろうとしている。ショッピングモールとのシナジー効果を狙い、さらにはメディア産業への脱皮もうかがっているというところだろうか。果たしてこの積極的な展開が、吉と出るか凶と出るか。楽天という類いまれなネット企業の真価が問われるのはこれからだ。

■有線ブロードネットワークス
 2001年春に家庭向けの光ファイバーインターネット接続を日本で初めてスタートさせ、「4年後には300万世帯の加入を目指す」とぶち上げた有線ブロードネットワークス(USEN)。旧「大阪有線」時代には全国津々浦々の電柱にこっそり有線放送のケーブルを取り付け、そのゲリラ的かつ違法な手口で悪名を馳せていただけに、最先端のネット企業への転身には世間もあっと驚いた。
 しかしその後、加入者獲得は難航。そうこうしている間にブロードバンドインフラの主流はADSLへと傾いていく。USENには「光ファイバーを敷設する資金がショートしつつある」「社員がこぞって転職先を探し始めた」などといった危ない噂が何度も流れ、なすすべもなく消え去っていくのではないかと見られていた。
 しかしUSENはここに来て、不死鳥のように甦ってきた。その再生のビジネスモデルは明確だ。光ファイバーを家庭に導入するうえでもっとも難しいといわれる「マンションへの引き込み」に特化したビジネスを全面に打ち出してきているのである。
 既存の電話線をそのまま使うことができ、電話局側の工事だけで済むADSLと比べると、光ファイバーは引き込み工事が必要。特に首都圏の住宅の6〜7割を占めると言われるマンションなどの集合住宅では、光ファイバー1本を引き込むのにも管理組合で了承を得る必要があり、その事務手続きは繁雑をきわめる。実際、USENがサービスをスタートさせた当初は、管理組合に理事会を開いてもらって承諾を得るまでに、数カ月を要したケースも少なくなかったのだ。
 しかしUSENはそうした苦労を重ね、出ていく一方のコスト増に耐えながら、マンションへの光ファイバー引き込みのノウハウを少しずつ貯めてきた。そのノウハウのぼう大な蓄積が、いま同社を助け、ブロードバンドのインフラをめぐる通信キャリア各社の激しい戦いの中で同社の存在感を高めようとしている。

■サイバーエージェント
 インターネット広告が、瀬戸際に立たされている。なぜかって? 答は簡単。誰もバナー広告をクリックしなくなってしまったからだ。
 ウェブサイトのバナー広告が急成長したのは、1990年代後半。インターネットユーザーの急増とともに、ネット広告市場も順調に伸びていくかと思われた。だがネットが普及するに従って、逆にバナー広告がクリックされる率は低下していく。理由は明白だ。ぼんやり眺めていれば目に飛び込んでくるテレビや雑誌の広告と違い、バナー広告は「クリック」という積極的な動作を必要としたこと。もうひとつの理由は、ホームページの数がものすごい勢いで増えていったことだ。当然、ユーザーひとりあたりの広告の数もどんどん増えていくことになってしまう。クリック数が低下するのは当然だ。
 そんな状況の中で、いまはネット広告業界がさまざまな模索を続けている時期といえる。そんな中で、サイバーエージェントはメールビジョンという興味深いビジネスモデルを打ち出し、業界の注目を集めている。これは写真や映像、音声などをふんだんに含んだメールマガジンを多数制作し、多くの読者に配信。このメールマガジン内に音声や映像つきの広告を1通3〜5円で掲載するというものだ。
 現状ではまだこのメールビジョンの制作費負担が大きく、利益が上がるところにまでは至っていない。今年3月の中間決算でも同社の連結最終損益は25億3500万円の赤字だった。同社に取材を申し込んだところ、「『勝ち組』として取り上げられるには時期尚早と当社では認識しております」と断られた。
 だがネット広告は今後、「バナークリック」のくびきから解き放たれ、テレビや雑誌と同じようなインプレッション中心のモデルへと移行していくのは間違いない。また今後、インターネットはブロードバンドを介在させたコミュニケーション中心の媒体へとメーンストリームは移っていく可能性が高い。その意味で同社のメールビジョンが持つ可能性はきわめて大きい。今後も注目されていく企業のひとつだろう。

■エッジ
 エッジ――旧社名オン・ザ・エッヂは、東大在学中だった堀江貴文社長(30)が起業し、設立からわずか4年で東証マザースに上場。若手起業家のホープとしてメディアにもひんぱんに登場し、90年代末のビットバレーの中核的な存在だった。そして堀江社長はその傲岸不遜ぶりでも有名になった。ある会社経営者はその人物を評し、「誰と会っても、相手を無能に見てしまうような人物。若いからかもしれないが、人格的には未熟」とまで言ってのけたほどだ。
 あれから3年。しかしエッジはしぶとく生き残っていた。ネットバブル全盛期にベンチャーキャピタルからの投資や公募などで集めた資金を無駄遣いせずに温存させ、そしてウェブ制作などの本業で地道に基礎体力をつけ、他のネットベンチャーが次々と消えていく中でそのビジネスを着々と育ててきた。
 一昨年ごろからはアスキーECやライブドア、プロジーなど名だたるネット企業を次々に傘下に収め、その事業拡大の激しさはネット業界でも注目の的となった。なぜここに来て、激しいM&Aを繰り返すのか。堀江社長の論理はこうだ。――90年代のネットバブル時代に参入したネット企業は、多くがバブル企業にありがちな甘いコスト計算や放漫経営の上に成り立っており、そして破たんしていった。しかしそうした企業でも厳密なコスト計算を行い、高い機器リース代や人件費などをリセットしてムダを省けば、十分収益は上がるはずだ。
 実際、エッジは経営が行き詰まった無料プロバイダーのライブドアを2億円弱で買収し、その翌月から単月黒字化することに成功している。見事な手腕としかいいようがない。堀江社長は「私の最大の武器は情報収集力と目利き」と言う。どのようなテクノロジーやビジネスが次に流行るのかを判断できる能力さえあれば、IT不況の時代も怖くはないということなのだろう。

■光通信
 ネットバブルのころ、光通信の重田康光社長(38)は時代の寵児だった。米国の経済誌フォーブスの「世界の大富豪」に5位でランクイン。同社の株価は24万1000円にも達し、株式時価総額は国内7位。重田社長自身の個人資産も2兆6000億円と天文学的な数字にまでふくらんだ。
 ところがその後のネットバブルの崩壊とともに、光通信は坂道を転がり落ちるように凋落していく。携帯電話のインセンティブをめぐる不正販売問題の発覚。記者会見での赤字隠し。株価は断崖絶壁を転がり落ちるように暴落し、今では2000円前後にまでなってしまった。不振だったのは本業の携帯電話販売だけではない。ネットバブルの波に乗り、得体の知れないネットベンチャーに闇雲に投資をしてカネをばらまいた挙げ句、そのほとんどが上場どころかまともな営業利益も上げられないまま、消滅していった。そしてついに昨年10月には、経済誌「週刊ダイヤモンド」で倒産危険度22位にランキングされるはめに。
 ところがどっこい、実は光通信は地道なビジネスに活路を見出し、ごく平凡な普通の企業として生き残りを図ろうとしていたのである。
 その地道なビジネスとは、シャープのコピー機の代理店。昨年夏には法人向け市場で月間5000台も売り、シャープの代理店ナンバーワンの地位にまで上りつめたほどだったという。同社社員は「これを記念して、社内では5000台突破記念のビールと、『1万台を木っ端みじん』と書かれたハチマキが配られた。社内の雰囲気は悪くないし、相変わらずの体育会ノリで元気にやってます」と話す。
 考えてみれば、同社は本来は「携帯電話販売代理店」。体育会的な営業を最大のアドバンテージとする会社だったわけだ。それが「IT革命の寵児」などと呼ばれて持ち上げられた挙げ句、時代の最先端を走っていると勘違いして……というところに失敗があったのかもしれない。その意味で、コピー機の代理店業は本業に立ち戻るいいきっかけだったのかもしれない。