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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「スリムドカン」「しぼりだしドカン」「ひざこしげんき」「顔パワー」といった不思議なネーミングの健康食品の幟を見たことがないだろうか。しかもこうした広告が出ているのは、薬局ではなく美容室やブティック、めがね屋といった異業種の店ばかり。いったい何だろう?と思った人もいるだろう。
「銀座まるかん」というブランド名でこれらの人気商品を作っているのが、斎藤一人氏(54歳)という人物なのである。表を見てほしい。一人氏は高額納税者番付には1993年から毎年ランクインし続け、納税総額は138億1910万円にも上る。この9年間だけでも、総収入は300億円を下らないだろう。そしてあと数億円を納めると、生涯納税額が日本の史上最高額に達するともいう。名実ともに長者日本一、日本一の大金持ちなのだ。
そしてこの人は一度もマスコミの対面取材を受けたことがなく、これだけ有名なのにも関わらず、素顔は謎のままなのだ。
「しょっちゅう東京を離れて居場所がわからなくなります。それに携帯電話を持ってないんですよ。誰かと一緒にいることがわかってる時は、その人の携帯を呼び出すのですが……」(側近のひとり)
「ブランド品? たぶん持ってないんじゃないですか。いつもユニクロみたいなシャツを着てぶらぶらしてますよ」(近所の主婦)
「趣味は温泉めぐりと、あとは読書ぐらいじゃないですかね。ビジネス書から人情物の小説まで、毎日1〜2冊読んでるって言ってました」(知人)
「ごく普通のいい感じのヒゲのおじさんです。どんなときでもニコニコしてる。ロールスロイスも持ってるらしいけど、いつも乗ってくるのは三菱のワゴン車ですね」(親しい江戸川区の書店主、清水克衛さん)
好きな食べ物は焼きトンで、定食屋や居酒屋が大好き。「ぼくは商人」が口癖だが、カネやモノには執着せず、まるで漫画の「浮浪雲」のような人生を送っている――。一人氏の地元とされる東京・新小岩で聞き込み取材し、さらに関係者や知人らに取材してみると、徐々にその人となりは浮かび上がってくる。しかし本人には行き着かない。
そもそもこの人は驚くべきことに、会社の経営者でも役員でもない一介の「個人事業者」なのだという。土地や株を売って不労所得を得たケースは別にして、個人事業者としての事業所得で高額納税者番付にランクインするというのは空前絶後なのではないか。
そして会社と関係がない個人というのは、取材する側にとっては何ともやっかいなターゲットなのである。会社役員なら、まがりなりにも事務所があってそれなりの取材窓口というものが存在するし、なければないで何とか突破口はある。たとえば法務局で法人登記簿を調べれば代表取締役の自宅ぐらいはすぐにわかるし、事務所を張っていればいずれは本人が出社してくるところにアタックできる。
しかしこの人の場合、取材を重ねても自宅の所在地にさえたどり着かなかった。実に防壁の高い人なのである。しかしそうも言っていられない。関係者取材から再構成し、一人氏の神話の秘密に迫ってみよう。
“一人神話”のスタート地点ともいうべき聖地は、江戸川区松島だ。新小岩という賑やかな下町繁華街の南の外れ、住宅と町工場が混在するいわば場末の一帯である。
一人氏はこの街にあった小さなクリーニング店の5男3女の末っ子として生まれた。中学を卒業してから塗装工やトラック運転手などの仕事を転々としたという。転機となったのは、母親が凝っていた漢方薬に興味を持ち、自分で作り始めたことだった。
この当時、荒川沿いの土手のそばに「ピクニック」という古びた喫茶店があった。そのころの一人氏は、この喫茶店に出没してはお茶を飲みながら雑談するのを楽しみにしていたという。相手をしていたのは、マスターや近所の魚屋、商店主といった人たち。そしてこの常連客たちと一緒に、一人氏が自分で開発した漢方薬や健康食品の販売をはじめたのが、すべての始まりだった。
「最初は近所の家のポストにチラシを入れて宣伝したり、みんなで地道に商売を始めたんです。それがだんだん当たるようになって、規模が大きくなっていった」
と側近の一人は語る。この常連客仲間たちがやがて、一人氏の「直参のお弟子さん」と呼ばれる10人の代理店社長へと成長していった。販路が拡大するのにあわせ、一人氏は全国を10の地域に割り、それぞれの地域に10人のお弟子さんを代理店社長として送り込んだのだ。今や各代理店が契約する特約店などの販売店は、全国で4000店舗以上に上るという。
一人氏たちが作り上げた販売の仕組みは、何とも奇妙な構造になっている。
まず、一人氏が「こういう成分の組み合わせでこんな製品を作ってほしい」とメーカーに注文を出す。完成した製品は、いったん「本社」と呼ばれる銀座まるかん配送センターに納品される(本社と言っても、配送センターも一個の独立した企業。お弟子さんのひとりが社長を務めている)。本社は製品をいったん個人事業者である一人氏にすべて納め、一人氏から全国10社の代理店に卸す仕組み。代理店は販売委託している特約店などに製品を納品するという手順だ。複雑な経路を経ているようにも見えるが、実際には製品はメーカーと配送センターから特約店に直送されており、物理的な移動は少ない。帳簿上、一人氏と代理店を経由しているにすぎない。そして一人氏には、製品1個あたり約20%のマージンが入ってくるという。
納税額から推定すると、一人氏にはここ数年は平均して30億円程度の年収があるようだ。単純に逆算すれば、製品の年間の総売上額は150億円程度ということになる。側近の一人は「売り上げは非公表ですが、100億円以上はあります」と証言しているから、150億円というのは当たらずといえども遠からずといったところだろう。
通常、経営者は会社から少なめの給料をもらい、経費で何でも購入して――という方法で節税するのが常識だ。しかし一人氏はあえて税金の高い個人事業者の立場を選び、毎年高額の納税を行っている。そのあたりの哲学は常人には何とも理解しがたいが、ご本人の著書「変な人の書いた成功法則」(総合法令出版)には「私の場合は『今年も納税額でトップになろうね』なんて、会社の人間全員で、国を相手に遊んでしまう。すごく楽しいゲームです」などと書いてある。親しい知人によると、ご本人はいたって朗らかに「ぼくは大企業じゃないけど『大個人』だな」とダジャレを言っているという。
会社経営者ではないから、一人氏の仕事は実は少ないらしい。お弟子さんたちとの会議は月に1度程度。帳簿の処理や会計などは外部に頼んでいて、雑務はほとんどない。事実上、新しい製品の企画とネーミングあたりが一人氏の仕事のすべてといっていいかもしれない。
代理店のひとつ「株式会社78パーセント」を母親と経営しているお弟子さんの小俣寛太さんは、
「確かに一人さんは暇かもしれないですね。だから空いている時間は東京を離れて、全国の観音様を訪ねたり、温泉をまわったりしているようです。泊まるのは民宿ですね。日本の田舎の風景が大好きで、地方に行っては田んぼや畑の風景をのんびり眺めてるそうです」
と話す。「まあでも、そうやってぼんやりしている時に新しい製品のプランやマーケティングの方法を一生懸命考えているのじゃないかと思います。そういう意味で、一見暇なように見えるけれど、24時間仕事のことを考え続けている人なんですよね」
とはいえ、銀座まるかんの製品にはそれほどの秘密があるわけではない。メーンの商品であるスリムドカンの成分はキダチアロエやキトサン、ギムネマエキス、無臭ニンニクに各種ビタミンを加えたもの。メーカーにOEMで作らせているというから、企業秘密というほどのものではない。ではいったいどこに爆発的売れ行きの原動力があるのだろう。前出の書店主、清水克衛さんは、こんなエピソードを語った。
「あまり売れ行きのよくなかった本のポップを、一人さんが『僕が書いてあげるよ』って言って書いてくれたことがあるんです」
ちなみにそのポップの文章は、こんな風だ。
「この本はわたしが長く出版に携わってきて、本当に感激した1冊です。お求めになったお母さんが、子供とお礼に来てくれる。ダンナさんと一緒にお礼に来てくれる。家庭の中が明るくなったと言ってくれます」
一見、普通の文章に見える。しかし清水さんは「このポップを出したら、本の売り上げは十倍以上にも伸びたんです。驚きました」と話す。「スリムドカン」「ひざこしげんき」といった健康食品の不思議なネーミングとともに、このあたりの微妙なセンスに“一人神話”の秘密の一端があるのかも。やっぱり何とも不思議な人物なのである。
■表
斎藤一人氏の高額納税者番付の推移
年 高額納税者の順位 納税額
1993年 4位 16億3733万円
1994年 5位 11億1573万円
1995年 3位 13億6101万円
1996年 3位 10億5869万円
1997年 1位 33億2432万円
1998年 3位 17億7717万円
1999年 5位 12億2071万円
2000年 9位 10億8268万円
2001年 6位 12億4146万円