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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 そもそも、人々はなぜ争ってミネラルウォーターを買うのだろう。
 そこには3つの理由があるように見える。「安全性」「健康にいい」そして「おいしい」――。しかしミネラルウォーターのこれら3つのアドバンテージは、本当に正しいのだろうか。

「ミネラルウォーターは安全」という幻想

 「湧き水の源流に、不法投棄が増えて困っている。当然、水にも影響があるはずだが……。だからあまり水源のことはマスコミには言いたくない。この話も載せないでもらえないだろうか?」
 ある村役場の担当者は、電話口でそうまくしたてた。
 北関東の山あいにあるこの村は、地元で有名な“名水”を業者と共同してボトリングし、ミネラルウォーターとして販売している。しかし製品が有名になるにつれ、水源地を訪れる観光客が急増。勝手に源泉に立ち入って水を汲んでいく人が後を絶たない。そしてもっと恐ろしいのは、源泉のさらに上流の山中では、テレビや冷蔵庫、廃材といった廃棄物を不法投棄する事件が相次いでいることだ。地元の人々が定期的に見回りをしたり、ゴミを拾ったりはしているというが、抜本的な対策にはほど遠い。担当者は苦々しげに言う。
 「水源地保全と言われても、不法投棄が増えていて対策しようにも難しい。安全性もはっきり断言できないので、マスコミへのPRはいっさいしないことにしている。取材もお断りしている」

猛毒の廃液が地中へと浸透し……

 いま、ミネラルウォーターの源泉の安全性が深刻な環境問題として浮上しつつある。この村のケースは決して、極端な例ではない。たとえば一昨年3月、こんな事件があった。
 国産ミネラルウォーター水源地のメッカともいうべき富士山。その西の裾野に広がる朝霧高原で、猛毒の廃液の硫酸ピッチ約4・65トンが廃棄されているのが見つかり、静岡県が公費を投じて撤去する騒ぎとなった。廃液はドラム缶に入れられていたが、捨てられているうちに鉄を溶かして地中に浸み込んでいたという。もしこの廃液が地下水に流れ込んでいたら……考えただけでも恐ろしい想像ではないか。
 ブランド乱立気味の国産ミネラルウォーターの中には、大自然の中どころか住宅街の近くで水を採取しているケースが少なくないという。水ビジネスに関わる関係者は、こう証言する。
 「あまりに山の中で採取すると、輸送費がかかってしまう。原料はタダに近いミネラルウォーターの原価の半分近くは輸送費で、これをどうやって削るかがメーカー側の課題。どうしてもボトリング工場に近い場所を探して……という結果になってしまうのは仕方ない」
 ミネラルウォーターの研究家として知られる映画監督の早川光氏が語る。
 「以前、ヨーロッパの水研究者に日本の水をどう思うか聞いてみたところ、『あんなに国土の狭いところに人口があれほど密集していて、環境が保てるわけがない。いい水なんてないだろう?』と一笑に付されたことがあります。日本の水は世界一すばらしいと思っているのは日本人だけで、海外から見ればその程度の認識です」
 実際、ヨーロッパが主導する厳格なミネラルウォーターの国際基準である「コーデックス」は、「水源地があらゆる汚染から完全に隔離されている地下水であり、また水源の周辺の自然環境がきちんと保護されている」と定めている。しかし、現状では日本では水源地の保全については法律でもガイドラインでもまったく触れられていない。ミネラルウォーターメーカー各社の企業努力に任されているのが実態なのだ。主要メーカー各社や各地の町おこし名水がどう水源地を保全しようとしているかは、別表を見てほしい。

業界の猛反発を食う世界基準

 実はこのコーデックス基準を日本にも導入しようという動きもある。しかし水業界からの激しい反発で、コンセンサスを得るの難しそうだ。
 なぜだろうか。早川氏が解説する。
 「コーデックスでは、水のタンクローリーによる輸送を禁じ、水源地で空気に触れることなくボトリングすることを定めていますが、これでは日本の工場の多くが対応できない。またコーデックスは加熱処理を許可していませんが、日本のミネラルウォーターは多くが加熱殺菌をしています」
 要するに、製造工程を一から作り直さなければコーデックスの基準を満たせなくなるということなのだ。基準を満たせないと、コーデックスで定める「ナチュラルミネラルウォーター」という名称は使えなくなる。日本の水メーカーは、根底からその商品展開を練り直さなければならなくなってしまうのだ。
 そもそも食品衛生法で「清涼飲料水」に分類されているミネラルウォーターは、要求される水質基準がかなり甘い。細菌数やカドミウム、水銀、フッ素の含有量など約18項目が定められているだけだ。水道水が46項目の基準を持っているのと比べれば、その違いは明らかではないか。水道水を批判する時に必ず語られる猛毒のトリハロメンタンにしても、ミネラルウォーターに含まれていないと考えるのは甘い。たとえば1989年に女子栄養大学がミネラルウォーター30銘柄を測定したところ、国産13銘柄、輸入2銘柄から検出されたという恐るべき調査結果もあるのだ。
 基準が甘くて、そのうえ水源地の保全も定められていないとすれば――果たしてそれでも、ミネラルウォーターの方が水道水よりも安全だと言えるのだろうか?

「ミネラルウォーターは健康にいい」という幻想

 「『生菌が多いからミネラルウォーターは体にいい』といったとんでもなく非科学的な誤解が蔓延しています」
 そう語気を強めて話すのは、社団法人全国清涼飲料工業会でミネラルウォーターの国際規格を担当している専門委員、福田正彦氏だ。
 ヨーロッパ産のミネラルウォーターは、殺菌処理をしないことがEUディレクティブ(欧州連合指令)という規格で定められている。このため、殺菌処理をしている日本のミネラルウォーターと比較すると、生菌の数はかなり多い。これがヨーグルトなどの乳酸菌飲料を連想させ、「ミネラルウォーターからは体にいい生菌を摂れる」という風評が出回ってしまったという。
 しかし福田氏は「欧州の水に生菌がたくさん含まれるのは、それが源泉から何の処理もしないで瓶詰めした水だ、ということの証拠になるから許されているのであって、健康にいいからなんかではありません」
 確かに、生菌が発酵や腐敗のプロセスを起こすには、1リットルあたり数千万個から数億個の生菌が含まれなければいけない。だが現実にはヨーロッパ産のミネラルウォーターに含まれる生菌数はせいぜい数千個から数万個とされ、これで発酵プロセスは起きようがない。
 そもそも、生菌が多いということは体に悪い菌が増殖する可能性もあるということだ。東京大学生産技術研究所の安井至教授は「加熱消毒していない水には好気性細菌が含まれていることもあり、蓋を開けて空気に触れさせれると細菌がうわっと増えてしまうことがある」と説明する。
 生菌以上にミネラルウォーターの評判を上げているのが、「ミネラルをたくさん体に取り込める」という説だ。しかしこれに対しても疑問が指摘されている。
 たとえば「ダイエットに効く」と言われ、女性の間で爆発的なブームになったフランス産の「コントレックス」。カルシウムが1リットル中に486ミリグラムも含まれる硬水だ。1日1・2リットル程度飲めば、成人1人あたりの所要量とされる600ミリグラムを摂取でき、「健康にいい」と人気は定着している。
 しかし、水に溶け込んでイオン化されたカルシウムが、どの程度の割合で人体に取り込まれるのか。先の福田氏は「イオンの形だと、せいぜい20%から30%しか体に吸収されないという研究結果もあるようです」と言う。それが正しければ、コントレックスで必須カルシウム量を摂るには、1日4〜6リットルも飲まなければいけない。
 とはいえ、欧州では昔からミネラルウォーターの治癒効果が語られてきた。ある種の効能があるのは間違いないだろう。しかし、それが日本人にもすべて有用かどうかとなると、話は別だ。
 その端的な例が、砒素。和歌山毒入りカレー事件で有名になったが、大量に摂取すると神経系にダメージを受けて死にいたる猛毒である。この砒素が、実はヨーロッパのミネラルウォーターには多く含まれている。前出の安井教授は言う。「地下が石灰岩質だと、たいていの場合そこには砒素がとけ込んでいる。そういうところで採取した硬度の高いミネラルウォーターは、砒素を多く含むと考えられます。フランス産のものなどその可能性が高いですね」
 ヨーロッパも、この問題はかなり気にしている節がある。実際、頑固なまでに水を殺菌しないことをポリシーにしているEUディレクティブが、砒素に関してだけは「オゾン強化エアレーション」という方式で除去してもいいと許しているほどなのだ。
 「すぐに健康に害をもたらすほどの分量の砒素が含まれているわけではないが、砒素などが多量に含まれる地域で長年暮らしてきた民族と、軟水地域の日本人とでは、耐性などがかなり変わってしまっている可能性があるのでは」(福田氏)
 確かに、その可能性は否定できないだろう。

「ミネラルウォーターはおいしい」という幻想

 そして最後に、おいしさの問題がある。
 本当に、ミネラルウォーターはおいしいのだろうか。
 1984年、当時の厚生省が女優の大山のぶ代さんや雑誌「酒」編集長の佐々木久子さんらを集め、「おいしい水研究会」という委員会を作ったことがある。この会議で、「おいしい水」を満たす用件というのが提案された。水の硬度や炭酸、臭気、残留塩素、温度などを7項目の数値を定めたもので、この基準は今も水のおいしさの基準として使われている。
 しかし、前出の福田氏は言う。
 「実は、この数値は、日本の水道水の平均的な水質と同じ数値レベルなんです」
 驚くべき話ではないか。福田氏は「水道水がまずいと言われるのは、ひとつには生ぬるい状態で飲むから。冷やして飲めば、たいていはおいしく感じます。もうひとつは塩素処理による臭いの問題があるが、これも湯冷ましにすれば消える」と説明する。
 早川氏も言う。
 「わかる人にはわかる、水の味とはそういうものです。目隠しして利き水すれば、たぶんほとんどの人はどの味を当てられないのではないでしょうか。結局は個人の嗜好の問題だと思います」
 あなたはミネラルウォーターの味を、どれだけ当てられるだろうか?