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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「巨人NTTがついに動きはじめた」――。ブロードバンド(高速大容量)市場で、低価格のADSL(非対称デジタル加入者線)に比べ普及が遅れていた光ファイバー通信(FTTH)で、NTTが反撃を開始した。NTT東日本の場合、4月1日にFTTHサービスの「Bフレッツ」の月額料金を引き下げ、接続可能端末台数5台の「ニューファミリータイプ」を5800円から4500円となるなど、500〜1300円の値下げを断行した。あわせて、提供エリアも大幅に拡大し、人気グループのSMAPを使うテレビCMを大量投入するなど、積極的な販売攻勢に打って出ている。
「料金見直し、販売体制の強化、工事期間の短縮を総合的に進めていく」。三浦惺NTT東日本社長はBフレッツへのテコ入れ戦略をこう説明する。NTTは2003年度事業計画で、Bフレッツの新規獲得目標を02年度実績の5倍にあたる100万件(NTT東日本、NTT西日本ともに50万件)に置いた。ADSLでも40万件が飛躍的な普及へのブレークスルーになったとされる。このため、今年度で、NTT東日本で900億円、NTT西日本で1400億円を投資。「力業でもいいからBフレッツの普及を強力に進めなければいけない」(NTT幹部)という判断がそこにある。
NTTの動きに呼応し、東京電力は東京都心部を中心に提供しているFTTHサービス「TEPCOひかり」の初期工事費などを無料にするキャンペーンに動いた。ソニーコミュニケーションネットワーク(SCN)やニフティなど提携プロバイダが無料キャンペーンをスタートさせており、東電とプロバイダで費用を折半し、初期工事費約3万円と6000〜7000円の月額基本料を最大3カ月無料にする。NTTのキャンペーンと真っ向から対峙する内容だ。
「大阪戦争」の火花
「首都圏対決」に先駆け、関西では既に、NTT西日本と関西電力系のケイ・オプティコムとによる熾烈な「大阪戦争」が始まっている。NTT西日本が2月、Bフレッツの月額料金を最大3カ月間1300円に抑え、プロバイダとの契約とあわせても3000円程度の低価格とするキャンペーンを打ち出せば、ケイ・オプティコムも最大6カ月間、プロバイダ料金込みで4000円と通常より2000円安い価格を提示。ADSLサービスの標準価格である月額3000円程度に迫る低価格競争に突入した。
FTTHは、家庭にまで光ファイバーを引き込み、最大で毎秒100メガビット(メガは百万)という圧倒的な速度のブロードバンドを実現しようという究極の通信サービスだ。アナログ電話からISDN(総合デジタル通信網)、ADSLと進んできたインターネット接続サービスは、将来的にはFTTHに移行するとされており、いわばブロードバンドの「最終地」にあたる。
その最終移行はいつ始まるのか――。ADSLの普及が月43万件(3月実績)とまだ衰えていない現状では、ブロードバンドの光化≠ヘ当面先送りされるという見方も有力だったが、まさに今ブロードバンド戦争≠ヘFTTHへと向かう新たな展開に入った。
FTTHの歴史を振り返れば、それはNTTにとって遺恨と執念の物語である。
NTTは日本電信電話時代の1980年代から光ファイバーの研究開発を進め、90年前後には中継系回線に光ファイバーを導入、電話局間を結ぶ基幹ネットワークでは、銅線を光ファイバーへと次々と置き換えてきた。しかし、完全な回線光化には、電話局から家庭までのいわゆる「ラストワンマイル」を光ファイバーにする必要があり、そのための莫大なコストがネックとされてきた。
94年5月に郵政相(当時)の諮問機関である電気通信審議会が「10年までに全国のすべての家庭に光ファイバーを張り巡らせる」と答申。これにあわせ、NTTは97年に電話交換網のデジタル化を完了。さらに、電話局から家庭の近くの電柱までを安価なコストで光ファイバーに置き換えることができる「πシステム」も98年3月から導入を始めるなど、確実にコマを進めてきた。97年には郵政省が「05年までに整備」と計画を5年間前倒ししたが、NTTの計画にゆらぎはなく、00年9月には「02年までに全政令指定都市で、03年に県庁所在地で開始。料金は1万〜1万3000円」という計画まで発表していたほどだった。
「ヤフーBB」という誤算
しかし、こうしたもくろみはすべてご破算となった。99年暮れにスタートしていたADSLサービスが、ITインフラを大きく呑み込み、ブロードバンドの構図を一変させたためだ。NTTの前に大きく立ちはだかったのは、孫正義社長率いるソフトバンクが仕掛けた低価格ADSLサービス「ヤフーBB」。00年6月のサービス開始時で月額2280円と、NTTのフレッツADSLをはじめ、5000円台が一般的だった他社のADSLサービスはもとより、安価と思われていたフレッツISDNよりも安い衝撃的な価格設定で、日本に爆発的なブロードバンド普及を促す牽引力となった。これで、高品質・高価格のFTTHサービスは一気に吹き飛ばされてしまったのだ。
ADSLサービスのターゲットが女性などに拡大するに連れ、こうした傾向は深まり、DSLの加入者数は3月末で700万人を突破するなど、FTTHの約26万人(2月末現在)と比べ圧倒的に差をつけている。
NTTのFTTH計画にブレーキを踏んだのは、新電電や総務省が一枚岩となった「NTT包囲網」だ。00年に森内閣が設置したIT戦略会議には、孫社長やNTTの宮津純一郎社長(当時)らがメンバーとして顔をそろえたが、ADSLサービスを展開したい孫社長の思惑と、NTTの力を押さえ込んでブロードバンド普及を推し進めたい総務省サイドや業界の意向が一致。NTTの回線を他社に貸し出す「アンバンドル」やNTT電話局内にADSL用の設備を置くスペースを使わせる「コロケーション」など、NTTへの規制環境を整えた。ヤフーBBなどADSL新規参入組は、世界でも例のないほど低コストで提供しているアンバンドルやコロケーションに支えられて成立している。
当時のNTTにも大きな誤算があった。NTTの電話網を利用する際に支払う回線利用料である接続料の引き下るかどうかという交渉を抱えており、ADSLの導入整備を軽視してしまったためだ。収入源の大半を固定電話網に頼るNTTにとって、接続料引き下げは最大の問題であり、安価なコロケーションとアンバンドルは見返りに過ぎなかった。「これほどまでにADSLが普及するとはNTT内部の誰も想像していなかった」(NTT幹部)ためだ。
ADSLの内訳でも、NTTが東西2地域会社をあわせてやっと256万件なのに対し、1社で236万件(ソフトバンク公表数字)のヤフーBBの独り勝ち≠ヘ否めない。NTTにとっては、あまりにも悔しい存在なのだ。
固定電話時代の終焉
しかし、NTTがFTTHを前倒しで進める「勝負」に出た理由は、単にそれだけではない。
NTTの連結売上高は03年3月期で初めて減収となる見通しだ。最大の要因は固定電話の需要減。グループ各社の02年9月中間期の音声伝送収入は、NTTコムで前年同期比16・8%減、NTT東日本で10・1%減、NTT西日本で10・0%減と大きく落ち込んでいる。さらに、グループの牽引力となっていた携帯電話でも、NTTドコモの02年9月中間期の連結売上高が前年同期比1・9%増と微増にとどまるなど、成長神話にもブレーキがかかっている。
固定電話を揺るがすのは、インターネットを利用して音声をやり取りし、通話料が割安なIP(インターネット・プロトコル)電話サービスの拡大だ。ソフトバンクグループが昨年4月からサービスを開始したのが火付け役となり、同グループの利用者数は既に200万回線を突破した。これに追い打ちをかけるのが、電力会社がFTTH経由で行う「光IP電話」だ。東京電力系の東京通信ネットワーク(TTNet)、ケイ・オプティコムなどが近くサービスを開始するが、電話回線を使わないため、利用者はFTTHサービスの月額料金と光IP電話の月額基本料(数百円程度)を支払うだけで通話可能だ。ADSLを使うIP電話では必要だったNTT電話基本料(月額1450〜1750円)さえ支払う必要がなくなるのだ。
NTTは昨年4月、従来型の固定電話網の投資を停止すると発表、11月には「固定電話収入は5年で1兆円減少する」(NTTの和田紀夫社長)という危機感から、減収分は光によるブロードバンド事業でまかなう戦略を発表した。「NTTもブロードバンドでは挑戦者の一人に過ぎない」と和田社長は再三繰り返す。
そこで重要な要素となるのはスピードだ。利用者がアナログ電話からISDN、ISDNからADSLへとより高速のサービスへと乗り換えてきたように、ADDL利用者は、より高速のFTTHサービスが提供されれば乗り換える可能性は十分あるが、最終地点であるFTTHは「一度加入すれば、退会することはないサービス」(NTT幹部)。そこでは、いかに速くユーザーを囲い込めるかが勝負の行方を決めることになる。NTTが価格競争を仕掛ける本当の理由はそこにあるのだ。
NTTの価格攻勢には、プロバイダーのヤフーBBに対する危機感も見え隠れする。大手プロバイダーの幹部は「ヤフーBBに席巻されてしまうという焦燥感が業界を覆っている。家電量販店などの販促チャネルはすべてヤフーBBに押さえられており、他のプロバイダーが入り込む余地がない。東電やNTTなどと組んで、ヤフーから何とか逃れたいのが正直な気持ちだ」と語る。
出口は「光」しかない
NTT、電力、プロバイダ――。FTTHの価格競争という体力戦は始まった。問題は、より価格の安いADSLサービスがあるなかで、利用者がFTTH普及の仕掛けに乗るかどうかだ。FTTH戦争から一人距離を置くヤフーBBは「ADSLへの乗り換えは、低価格が最大要因。FTTHへの乗り換えが起きるとすれば、値段が高くても、FTTHでしか楽しめないコンテンツを見たいという力学が働かなければならないが、現状ではそうしたコンテンツは存在しない」と突き放す。しかし、苦境のトンネルにあるNTTにとって、「出口」を求めれば、それは「光」へと突き進むしかない。最終戦は既に始まっているのだ。
有線ブロードネットワークス
独自のマンション「かいくぐり戦略」
FTTHサービスの先駆的存在である有線ブロードネットワークス(USEN)は、NTTと対決する道を選ばず、独自戦略でFTTH戦争≠フ砲火をかいくぐろうとしている。それが「マンション入線・管理」というレイヤーを生かしたビジネスモデルだ。
2001年春に月額4900円という破格の価格でFTTHサービスを立ち上げたUSENは、「4年後には300万件加入を実現したい」とぶち上げた。だがそ、普及の速度は低調で、今年3月末現在でも約8万7000件にとどまる。
最大の原因は、マンションなど既存の集合住宅に光ファイバーを引き込むのが難しく、手間もかかるためだ。既存の電話線をそのまま使うことができ、電話局側の工事だけで済むADSLと比べると、そのデメリットは明らかだ。FTTH普及の最大の障壁ともいえる。FTTH敷設工事を行うためには、マンション管理組合の承諾が必要だが、01年春ごろはブロードバンドへの一般社会の理解も少なく、組合理事会で承諾を得るのに数カ月もの期間を必要としたケースもあった。こうした問題に加え、直後に登場したヤフーBBの価格破壊攻勢でUSENのサービス魅力も半減してしまった。
しかし以来2年間、同社はキャッシュアウトに耐えながら、既存マンションへの光ファイバーの引き込みを地道に進めてきた。そしてそこで蓄えられてきたノウハウの集積がUSENの存在感を高めつつある。
USENの紺屋勝成・社長室長は「マンションへの光ファイバーの入線(敷設)や管理はNTT、東電などの他社もやりにくい。そこに経営資源を集中していく」と話す。東京都内の住宅の6〜7割は集合住宅とされ、、しかも大規模マンションなどに光ファイバーを引き込むことに成功すれば、数十もの顧客を一気に獲得することが可能だ。入り込むのは難しいが、リターンはきわめて大きい市場なのである。実際、最近は月1万件近いペースで契約者数を増やしており、今年内には20万件を突破する勢いだ。
同社のかいくぐり戦略≠ェ巧妙なのは、Bフレッツを擁するNTTやさらには東電など他の光キャリアを敵に回さず、パートナーとして協力関係を保つビジネスへと進もうとしていることだ。これまでは「通信回線―マンションへの入線・管理―プロバイダ―コンテンツ」をすべて自社で用意し、オールインワンサービスを提供していたが、今後は入線・管理部分だけを同社で担い、それ以外の部分はBフレッツなど他社サービスも利用する。紺屋室長は「NTTや東電と対抗するよりも、お互いに強い部分を持ち寄って、早くFTTHを普及させる方が得策」と話す。