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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


インターネットの風評被害をどう防ぐ?


 「まさかこの情報化時代に、過去の亡霊のような事件が起きるとは……」。昨年12月末に起きた佐賀銀行の取り付け騒ぎを聞いて、あるメガバンクの幹部は絶句した。銀行への信用不安が広がっているとはいえ、佐賀銀行は自己資本比率も高く、健全な優良行である。おまけに金融当局もメディアも、他の銀行が破たんした際には「預金は全額保護される」と口を酸っぱくしてアピールし続けている。まさか根拠のない風評が原因で、預金者が銀行に殺到する事態が本当にやってくるとは――。ネットの風評被害の恐ろしさを実感させた事件だった。
 佐賀銀行の騒ぎの発端は、こんな内容の電子メールだった。「緊急ニュースです! 某友人からの情報によると、26日に佐賀銀行がつぶれるそうです! 預けている人は明日中に全部おろすことをお勧めします」。メールは12月24日に佐賀県内に出現し、丸1日かけて県内に増殖していった。
 地元記者は話す。「多くの人はデマメールの内容を最初は信じていませんでした。しかしATMに人が並んでいるのを見て、『やっぱり本当なのか』と思った人や『ウソかもしれないが、念のために預金を引き出しておこう』と思う人が相次いだようです」
 25日には、同県内では携帯電話がかかりにくくなるほどだったという。根拠のない膨大な情報がネット空間を駆けめぐっていたのだ。おまけにデマ情報はメールだけではなく、インターネットの匿名掲示板にまで広がっていた。「○賀○行いよいよ倒産なの?」「知人から先ほど電話が有りました! 今夜あたり(破たんを)発表?」「もう預金をおろしに行ってる人もいるらしい」。
 冷静に考えれば、仮に佐賀銀行が破たんしても預金は全額保護されることはすぐにわかるはずである。だが群集心理とは恐ろしい。25日午後には同行のATMに大量の預金者が詰めかけ、最終的には約180億円の預金が引き出される事態となったのだ。

 インターネットを媒介にした風評被害は、ここ数年恐ろしいほどの勢いで増えつつある。しかもネットを流れる情報は、根拠のないただの「風評」なのか、それとも「表沙汰にされていない真実」なのかがはっきりしない。それだけに判断が難しく、情報を受け取る側のリテラシーが問われる。
 風評は、「2ちゃんねる」に代表されるようなインターネットの匿名掲示板を媒介にして増殖していくケースが圧倒的だ。古くは1999年、東芝のビデオデッキを購入したユーザーがアフターサービスで不誠実な対応をとられ、「おたくのような人は客じゃない」などと罵倒する担当者の音声ファイルをホームページで公開した「東芝クレーマー事件」。東芝に対する批判はネット掲示板上で大きくふくれ上がり、同社への信頼度をひどく損ねる結果となった。また2001年秋には日本生命に対する中傷が2ちゃんねるに書き込まれる事件が起き、同社は書き込み削除を求める仮処分申請を東京地裁に行った。2002年には、東京都内の動物病院が2ちゃんねるで「過剰診療、誤診、詐欺、知ったかぶり」「ヤブ医者」などと中傷され、2ちゃんねる側に400万円の損害賠償を求める判決が下される事件もあった。
 だが裁判で勝訴したとしても、いったん損なわれた名誉はなかなか回復しない。おまけに、最近ではこうしたネット風評の効果を悪用し、ターゲットの企業へのネガティブ情報を流して株価の操作を狙う裏ビジネスまで登場してきているという。商法改正で株主総会での活動を封じ込められた総会屋も、インターネットにその活動舞台を移しつつある。インターネットは今や、企業にとっての鬼門となりつつあるのだ。
 となると、防衛する企業の側に方法はひとつしかない。ネットでの風評が底雪崩のように押し寄せてくる以前に、火種を消し止めてしまうことだ。
 そうしたニーズに応えるようにして登場してきたのが、情報のモニタリングサービスである。ネットの掲示板やニュースグループ、メーリングリストなどから顧客の企業に関する情報を集め、即座に顧客の担当者に通知する。担当者は対応の必要があれば弁護士などと連携し、書き込みの削除などを求める。こうしたサービスはインターネット先進国である米国でいち早く広まり、たとえば業界の先駆的存在である米モアオーバー社は2000以上のオンラインニュースサイトなどを15分間隔で巡回し、顧客の情報をキャッチするという。グーグルなど一般ユーザーが使う通常の検索エンジンが数週間間隔でデータベースの更新を行っているのと比べると、情報更新の素早さは驚くほどだ。
 また日本でも、こうしたビジネスはインターネットにおける成長市場のひとつとなっている。たとえばガーラ(東京都渋谷区)が提供しているサービス「e−mining」は、2ちゃんねるや個人のホームページ、ヤフー掲示板、ネットオークション、メールマガジン、大手メディア企業のサイトなどさまざまな情報源を対象に、顧客企業の社名や役員名、商品名などをチェックして提供するというものだ。同種のサービスは、デジタルアーツ(東京都港区)の「NET iScope」や富士通の「BBSwatch」など少なくない。
 とはいえ、こうした対処の有効性については、「高い料金を払ってネガティブ情報をモニタリングしていても、顧客企業の側が即時対応できなければ意味がない。また、流された風評が真実だった場合にどう対応するのかといったガイドラインを、どの企業も持っておらず、リスクマネジメントの確立が求められている」(モニタリングサービス企業の担当者)という指摘もある。掲示板に書き込まれた情報が内部告発による仮に真実だった場合、企業が裁判に訴えるなど過剰に反応してしまえば、最終的には世間の指弾を受ける可能性もあるだろう。風評への対応は非常にナイーブで、困難を伴うのだ。
 しかしこうした情勢を受けて、対応策を業界全体で考えようという動きも出てきている。前出のガーラの村本理恵子会長や国領二郎・慶応大教授らが発起人となり、サントリーなど約30社が参加する「日本オンラインコミュニティ協会」がそうだ。効果的な対処方法についての研究を共同で進め、セミナーなどで公表していくという。インターネットのあるべく姿を考えていくうえでも、同協会の研究成果には今後注目していきたいところだ。