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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 インターネットのオンラインショッピングモール(仮想商店街)で市場に君臨している楽天が、大きな舵を切ろうとしている。商品販売の店舗を集め、ネット上で個人向けにモノを売るというモデルから、メディア企業へと一歩を踏みだそうとしているのだ。
 楽天はその皮切りに、2000年11月にポータルサイトの「インフォシーク」を90億円で買収し、完全子会社化。さらに昨年末には同様に「ライコスジャパン」も子会社化した。同社は今年9月、ふたつのポータルサイトをインフォシークブランドに統合したうえで、両社を楽天に吸収合併させる予定だ。
 ポータル(玄関)サイトとは文字通り、利用者がインターネットのさまざまなサービスにアクセスする際の玄関口となるホームページのことだ。この玄関口を押さえることができるかどうかが、インターネットメディア市場制覇の重要なカギとなる。楽天が有名ポータル2社を吸収合併し、ポータルサイト運営へと乗り出したことは、同社のメディア戦略の重要な転回点を意味するものだ。
 楽天の三木谷浩社長は、一連の戦略についてこう説明する。
 「まず第一に、双方のユーザーをそれぞれが取り込むことで、経営のシナジー効果が期待できる。また楽天の出店企業に対し、ポータルサイトに広告を買っていただけるという営業的なメリットも大きい」
 短期的にはこうした効果を期待しているというのだ。だがもっと長期的な視点で見れば、三木谷社長がかねてから温めてきた長大なメディア戦略がその背景には横たわっているようだ。
 当初、放送や出版と同じような片方向のメディアとしてスタートしたインターネットは、ここ数年、加速度的に双方向(インタラクティブ)的な性質を強めている。掲示板やオークションなどコミュニティの性格を持ったコンテンツや、若者の間に蔓延している携帯メールなどが代表的存在だ。オンラインショッピングも、この潮流の中に巻き込まれつつある。三木谷社長は、そうした状況の中で、メディアと流通が融合していくと説く。
 「メディアがインタラクティブになると、ショッピングのスタイルも変わる。これまでメディアが商品の宣伝を流し、それを見て店舗で購入するという流れだったのが、メディアから直接商品を購入するようになる」
 オンラインショッピングが進化すれば、いずれはメディアへと進まざるをえないということなのだろう。楽天が成長を続けようとする限り、メディア企業へと脱皮することは進化の必然だというのである。
 米国ではメディアの合従連衡が進み、テレビ局や新聞社、映画会社、インターネットメディアなどを広範囲に巻き込んだ統合が行われている。ワーナーブラザーズやCNNを擁するAOLタイムワーナーやCBS、MTV、パラマウントなどのバイアコム、ABC放送を持つディズニーグループ、あるいはUSAネットワークとユニバーサル・ピクチャーズを持つ仏ビベンディ・ユニバーサルなど、巨大メディアグループによる寡占化が進んでいる。
 三木谷社長は「米国では流通とメディアは接近しつつあり、その中で垂直統合が進んでいる」と話す。そしていずれ日本でも、グローバル化の波の中でメディア業界は再編されていくのではないかという見方だ。テレビ局や新聞社などの旧メディアとの間でどのような関係を生み出すのかは不透明であるにしろ、楽天は新メディアであるインターネットの今後の再編の中で、堅固な橋頭堡を築くことを狙っている。
 とはいえ、こうした大きな舵取りを狙う背景には、ネットの勝ち組企業の筆頭である楽天の“余裕”もあるのは間違いない。
 楽天の創業は1997年2月。興銀を退社した三木谷社長が設立した。当時はインターネットビジネスの勃興期。多くのネットベンチャー企業が生まれ、その一部は東京・渋谷に集結し、シリコンバレーならぬ「ビットバレー」というグループを作り上げてインターネットドリームを謳歌した。だがほどなくしてネットバブルが崩壊。メンバー企業の多くが後に消滅や吸収合併の憂き目にあう結末となった。
 そんな中で楽天は当時から「ビットバレーとは一線を画す」と公言してはばからず、オフィスもビットバレーの拠点である渋谷から一歩離れた、中目黒の住宅街の中に構えた。「彼らが追求していたのはネットドリーム。しかし楽天が目指すのはあくまでプロフェッショナルなビジネスだ」と三木谷社長。夢を語らず――というのは、経済界のエスタブリッシュメントであった日本興業銀行出身らしい発想というべきだろうか。少なくとも、楽天が創業当時から持っていたビジネスモデルは、きわめて堅固だった。
 その中核となるコンセプトは、簡単だった。出店する店舗からは売り上げマージンを取らず、出店料は月額わずか5万円。仮想店舗を置くサーバーも楽天側が用意し、店舗側はパソコン1台と月額5万円の固定料金さえあれば、簡単に店を出すことができた。これは当初は安い値段で普及を狙い、市場を制覇した段階で従量制へとシフトしていくというニューエコノミーの収穫逓増法則を忠実に反映させたモデルだろう。
 当時、ショッピングモールへの出店料は数十万円が相場とされた時代に、5万円の低価格は画期的だった。この価格が、全国への販路を持っていない中小企業を魅了した。複雑な流通を経由せず、地方の地場産業と消費者を直接結びつけることができるといインターネットの最大のパワーである「中抜き」が、5万円という低価格サービスと結びつき、一気に楽天のビジネスを拡大することになっった。98年末にはわずか約320店だった出店数は、現在では1万5000に手が届きそうなところにまで来ている。わずか5年で50倍近い伸びで、驚異的な成長と言えるだろう。
 だがこの固定料金というモデルは、当初から原価割れを承知の上でかなり無理な価格設定をしている。となると出店数と商品の流通総額が増加するに連れ、成り立たなくなっていくのは必然だった。システム運営費用が巨額になり、出店しているショッピングサイトが儲かれば儲かるほど、楽天本体は利益率が落ち込んでいってしまう。01年ごろからは店舗数の増加率も停滞気味になり、固定料金の売り上げは増えずに、流通総額だけが増えていくという悪循環に陥りかけていた。
 どう脱却するか。答はひとつしかない。当初の予定通り、市場を制覇した段階で値上げを行うことだ。
 三木谷社長は語る。
 「従量制への移行は、もっと早い段階で実施するつもりだった。だが店舗からの離反を恐れ、決断が遅れているうちに、売れば売るほど赤字になるという不健康な状態になっていた。たとえ店が10店舗に減ってしまっても構わない、そんな不退転の決意で従量制移行を決断した」
 だが02年2月に楽天が従量制以降を発表すると、店舗からは激しい反発が巻き起こった。メディアにも「大ブーイングを浴びる三木谷社長」「店舗の脱退が続出する可能性が高い」といった批判が躍った。三木谷社長自身もこの当時を振り返り、「袋だたき状態だった。アナリストもみんな無理だと分析していた」と打ち明ける。
 しかし蓋を開けてみると、従量制以降は大きな離反は生まなかった。当時出店していた約5000店舗のうち、料金制度を理由に楽天との契約を解消したのはわずか30店舗程度だったのだ。
 この大転換がうまくいった理由は何だったのだろうか。三木谷社長は「従量制で売り上げを増やし、その資金をマーケティングやシステム投資に回す。その効果で店舗の売り上げもさらに増えるようになるというロジックを、ていねいに全国をまわって説明した。そうした対応と、不退転の決意が通じたのではないか」と話す。
 だがロジックだけで、業種も社風も異なる数千店もの店舗が納得するとは考えにくい。楽天に出店している関西地方の店舗経営者は「売り上げの大きい店舗の中には脱退を真剣に検討したところもあったようだが、結局は楽天というショッピングモールの魅力に負けて踏みとどまった。システムの充実やサービス云々というよりは、楽天の持つ集客力には勝てないと思ったからだ」と打ち明ける。
 楽天の市場支配が圧倒的だったということなのだろう。市場を制覇した後に、利益を取りにいくというニューエコノミーのモデルが、ここでも法則通りにうまく作用したといえるのではないか。
 いずれにせよ、楽天市場で取引される商品の流通総額は、店頭市場に株式を公開した2000年に234億円だったのが、01年には約523億円。02年には約791億円にまで達した。グループの連結売上高も、00年の約32億円から01年に67億円、02年には約99億円と順調に成長を続けてきた。ショッピングモールでのひとり勝ちは、ほぼ不動のものとなった。
 これまで順調に業績を伸ばしてきた同社だが、メディアへの戦略拡大にあたっては大きな“壁”が存在する。同じ市場に、巨大な先行者であるヤフージャパンが待ちかまえているからだ。
 ヤフーは月間のページビューが約150億(6月現在)と圧倒的な数字を誇る。利用者数の実態に近い数字を表わすユニークユーザー数は約5560万人。日本のインターネット人口の8割がヤフーのユーザーになっているといえる数字で、他のサイトとは比較にならない巨大さだ。売上高も昨年通期で590億円(前年比87・6%増)、営業利益は240億円(同131・3%増)と急カーブでの成長を続けている。
 一方の楽天グループは、同時期に売上高が98・9億円(同45・8%増)、営業利益25・5億円(同59・3%増)。インフォシークやワイノットなども含めたグループ全体の会員数は1600万人。またネットレイティングス調べによるリーチ率(インターネットユーザーのアクセス率)は、ヤフーの78・9%に次ぐ2位で、54・8%と迫りつつある。とはいえ、ポータルの総合性や企業規模などを比較すれば、まだ勝負にはならない。
 そんな状況の中で、ヤフーに真っ向勝負を挑むことはかなりのリスクを抱えることになる。これまでオンラインショッピングモールではガリバーだった楽天だが、ポータル市場に出て行くことで、今後は必ず「2番手」の烙印を押されることになるからだ。
 総務省の統計によると、ブロードバンドの利用者は現在1000万人。インターネット全体は約7000万人で、数年後にはこの大半がブロードバンドに移行するとみられている。ブロードバンドが普及の臨界点を突破すれば、ネット上のさまざまなサービスについての認知度は一気に拡大する可能性がある。全小売業に占める電子商取引の割合は現在は1%に満たないとみられているが、将来的には10〜20%にまで達するという観測もある。三木谷社長も「これまで、オンラインショッピングの市場は倍々で拡大してきた。このペースが今後も続くとすれば、現在は0.5%程度しかない電子商取引のマーケットは、5、6年後には10%を突破するはずだ」と解説する。
 そうした倍々ゲームの世界にあって、ネットの勝ち組となったヤフーや楽天は順調に売り上げを拡大してきている。そしてその成長曲線は、少なくとも今後数年間は維持されるはずだ。だがポータル市場で、その両社がぶつかるとどうなるか。
 株式市場や投資家は、ヤフーとの対比を必ず取り上げ、相対的な利益率や売り上げ増を問題にするのは間違いない。現状、楽天にとって、ヤフーはまだ手の届かない存在であるのは間違いない。その状況の中で果敢に打って出て戦いを挑むのは、火中の栗を拾う……という結末にもなりかねないだろう。
 三木谷社長は「今日、明日にヤフーを抜こうとは思っていない。野球のように9回裏で終わるわけじゃない。いずれは勝負になる日が来るはずだ」と語る。果たしてその9回裏の先に、何が待ちかまえているのか。今後の動向が注目される。