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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


「e-Japan2で激変する業界構造とビジネスチャンス 連載第1回 わかりやすい戦略を阻む高いハードル」

 e-Japan戦略Uが発表される直前の今年6月上旬。東京都内で開かれたシンポジウムで、総務省幹部は日本のITの現状をこう例えた。
 「高速道路が整備されているが、車が走っていないのと同じだ」
 ブロードバンドインフラは整備されているものの、それをどう利用すればいいのか誰も分かっていない。この幹部は、そんな現状を自省も含めて皮肉ったのだった。
 日本のブロードバンドの普及は、急激に進んだ。2000年初頭にわずか211加入だったADSL(211万の誤記ではない、本当に211世帯しかなかったのだ。今では信じられない数字だが)は、6月末現在で825万7000にまで達した。同様に加入数ゼロだったFTTHは45万8000に、22万だったCATVは222万4000に到達している。2001年に始動したe-Japan構想のファーストステージは、「2005年までに光ファイバーなどの超高速通信網を1000万世帯、ADSLなどの高速通信回線を3000万世帯に普及させる」という目標を掲げていた。数字では及んでいないとはいえ、普及の臨界点は突破しつつあるといっていいだろう。
 前出の総務省幹部も、「日本と韓国は他国と比べ、ADSLの速度がきわめて速い。海外で『日本では100MbpsのFTTHを数千円で引くことができる』という話をしたら、信じてもらえなかった」というエピソードを紹介している。
 しかしその一方で、ITの社会への浸透度についていえば、日本は相変わらず中進国レベルに甘んじているのが現状だ。
 たとえばダボス会議で有名な世界経済フォーラム(World Economic Forum)は今年2月に発表した世界IT報告書で、ITへの対応能力で世界82カ国を評価している。このランキングで、日本は総合順位20位に甘んじているのだ。1位はフィンランド、以下米国、シンガポール、スウェーデン、アイスランドと続く。日本は台湾(9位)や韓国(14位)、香港(18位)よりも下位だった。日本は電話回線の数やファクス台数などでは1位だったが、規制緩和の度合い、IT教育への支出などの低さが足を引っ張った。
 このデータからも裏付けられているように、日本社会はまだITを使いこなせていない。どう使えばいいのかという社会的合意もできていない。インフラは整備した。で、次は?というところへとやってきたわけだ。政府内閣官房IT対策室の関啓一郎・内閣参事官も今春、取材に対し「ITをもっとつかってもらうという方向に目を向ける時期に来ている」と語っている。「高速道路を片道2車線で作ったが、車を走らせないと、メンテナンスもできなくて道路がつぶれてしまうかもしれない。しかし車が増えれば、2車線がやがて4車線になり、投資も増えて企業も便利になり、最終的には国民全体が利益を受けることができる」
 日本経済の落ち込みはとどまるところを知らず、政府の施策はことごとく灰燼に帰している。打開策の見えない状況が続いている。そんな五里霧中の状況の中で、e-Japanファーストステージの成功は奇跡にも見えてもおかしくない。「IT化」という言葉にすがりつけば、将来の展望が明るく開けるのではないか。頑張って峠を越えれば、その先には輝く青い海が広がっているのではないか――切ないほどの願いが、産業界にはある。
 そんな時代状況にあって、e-Japanのセカンドステージは登場してきた。7月に発表された新しい戦略の正式名称は「e-Japan戦略U」(以下、戦略U)という。
 戦略Uが今後、政府が期待するほどの経済効果をもたらし、構造改革を実現するかどうかはまだわからない。しかし抽象的な言葉が多用され、一読しても意味のわかりにくい文章があふれかえる霞ヶ関の世界には珍しいほどに、この新戦略は詳細かつ具体的な話にまで踏み込んで日本のIT化の将来像を語っている。民間の有識者を集めた専門調査会や各省庁の担当者など、この戦略Uにかけた政府関係者の意気込みが伝わってくる内容だ。
 インフラ整備に重点が置かれたファーストステージに対し、戦略Uでは「ITの利活用」にシフトしている。「利活用」とは耳慣れない言葉だが、内閣官房がイニシャティブを握っているIT戦略本部の造語だという。そしてこの利活用は、7つのジャンルに分類されている。@医療A食B生活C中小企業金融、D知E就労・労働F行政サービス。そしてそれぞれの分野に対し、達成期限を明記している。
 これらのプロジェクトを具体化し、実現へと至るまでのハードルはきわめて大きい。
 そのひとつは、政界などに厳然と存在する“守旧勢力”からの反発が少なくないことだ。
 政界関係者が語る。
 「永田町には『IT化が進展すると雇用が減少し、経済が縮小する』というネガティブアピールを展開している勢力があります。現在の不況は、ITが原因だと言ってはばからない政治家さえいるほどです」
 IT化によって経済の仕組みが変わり、利権構造が消滅するのを恐れる人々がいるということなのだろう。
 こうした勢力に抗してIT化を進めていくためには、政府首脳の強力な後押しが必要だ。しかし実は、小泉純一郎首相はe-Japan戦略にあまり乗り気ではないという驚くべき話もある。
 戦略Uの立案に関わった関係者のひとりは、「小泉首相に何とかe-Japanに対するやる気を引き出させてほしい、というのがIT戦略会議に課されたミッションのひとつだった」と打ち明ける。「現状では政府内におけるITの優先順位はきわめて低く、内閣官房のIT戦略本部を廃止されてもおかしくない状況になっている」というのだ。驚くべき話ではないか。
 もともとe-Japan戦略の源流は、小渕政権時代に形作られた。構想を具体化させたのは、森喜朗首相だ。森内閣時代に出井伸之・ソニーCEOを議長とするIT戦略会議が設立され、村井純慶応大教授ら現在のe-Japanの中核になる有識者たちが参集したという経緯がある。
 小泉内閣にとっては、e-Japanは前政権の引き継ぎ事項のひとつでしかない。独自性のある施策を打ち出し、国民の目を集めることに最も力を入れている小泉首相としては、前政権の残り物などどうでもいい、といったところなのだろう。
 先の関係者は、「戦略Uでは、国民の生活に密着し、わかりやすい施策を掲げることに心がけた。医療や農業など地方、高齢者にアピール度の高い計画を数多く持ってきたこともそのひとつだ。これらはすべて『小泉首相に何とかこちらを振り向いてほしい』という思いが背景にある」と話す。
 果たして冷遇を跳ね返すことができるかどうか。まだ潜在化していないこの問題は、重要な問題をはらんでいる。今後のe-Japan戦略Uを展開していく上で、当然顕在化してくる“抵抗勢力”との調整には、政治の後押しが必須だからだ。

 これまでブロードバンドインフラなどに重点を置いてきた戦略を次のステージへと進め、医療、食、生活、中小企業金融、知、就労・労働、行政サービスの7つの分野でITを活用し、新たな産業や市場創出を進めていく――e-Japan戦略Uでは、ITの「利活用」に大きくシフトしている。目的は「2005年に世界最先端のIT国家になるとともに、2006年以降も最先端であり続けることを目指す」というのだから、気宇壮大だ。
 戦略Uのアクションプランである「重点計画2003」を見てみると、施策は大きく、「IT利活用促進のための先導的取り組み」と「重点政策5分野」「横断的課題」の3つに分けられていることがわかる。このうちもっとも注目を集めているのは、「先導的取り組み」だ。先に挙げた7つの分野にわけ、たとえば、「病院のカルテを電子化し、インターネット経由で他の病院でも転送できるようにする」(医療)「国産牛にIDをつけ、狂牛病などが発生した際に生産地を追跡できるようにするトレーサビリティシステム」(食)「お年寄りの家に安否確認やビデオ会話が可能なシステムを普及させる」(生活)――といった個別具体的、現実的なプランが並べられている。
 重点政策5分野は、e-Japanのファーストステージでも進められてきた施策をさらに拡大・展開させる内容だ。無線周波数の再割り当てや地上波放送のデジタル化など、世界最高水準のITネットワークをつくる▽公立学校のすべての教室へのネット接続を整備するなど、教育の充実▽電子商取引の促進▽電子政府の構築▽政府や重要インフラのセキュリティの確保。そして最後に「横断的課題」として、電子IDやユビキタスなどの技術開発▽アジアにおけるITイニシャティブの推進など新たな国際関係の推進▽デジタルデバイドの是正▽インターネット上の違法行為などに対応する青少年の健全育成――などが掲げられている。
 こうしたプロジェクトを現実に進めていくうえで、最大の課題は何だろうか。
 それはITの利用を促進し、国民生活や企業活動へと浸透させるというレイヤーになってくると、政府の努力だけではどうにもならないということだ。民間が政府と共同歩調を取り、どれだけ自助努力によってIT化を推進していけるかということになる。e-Japanのファーストステージで、規制政策によってブロードバンドインフラの普及を強力に推し進めたのと比べれば、明らかに分は悪い。
 内閣官房IT対策室の関啓一郎・内閣参事官はこう語っている。
 「われわれは、以前よりも難しいことにチャレンジしなければならなくなってくる。今後はもっと民間の努力が必要になってくるわけで、だからこそ戦略本部にも民間の方に入ってもらっている」
 官僚の世界は、決して施策の失敗は許されない――あるいは、決して失敗を認めない――という流儀に支配されている。厳格な減点主義なのだ。だが8月に発表された戦略Uの重点目標では、先の7分野での先導的取り組みとして97施策、ブロードバンドインフラやセキュリティ、電子商取引などの重点政策5分野で210施策、そしてデジタルデバイドの是正やITを軸とした新たな国際関係の推進など横断的課題で59施策、トータルすると366もの施策が打ち出されている。これらの中には、実現が困難なものも少なくない。従来の官僚的発想なら、「実現可能性が低い施策を盛り込んだりして、できなかったらどうするんだ?」と二の足を踏み、結局は施策からはずしてしまうというのが通例だった。しかし今回に限っては、霞ヶ関は一歩踏み込んだ姿勢を見せている。
 「戦略Uは、評価点数を取りにくい。しかしだからといってやらないわけにはいかないでしょう? 戦略Uではやや高い目標を掲げ、達成できなくてもいいと思っている。できるできないよりは、高い目標に向かって官も民もみんなで頑張るのが大切ということです」(関参事官)
 本当にその姿勢を今後も保ち続けられるのか、お手並み拝見というところだろう。
 また、IT化を強力に推し進めた場合、一時的に特定業種の人員が過剰になる可能性がある。
 たとえば電子政府について考えてみよう。
 e-Japanでも中核的なプランとして進められている電子政府・電子自治体。戦略Uの先導的取り組みでも、7つの分野のひとつである行政サービスで「24時間365日ノンストップのワンストップ行政サービスを実現する」と盛り込まれている。目的は、行政の効率化を進め、予算を減らしてサービスを向上させることという。住基ネットでも政府は、「ワンストップの行政サービスを提供し、国民の利便性を高める」のが目的だ再三繰り返してきた。
 だが現実に立ち返って考えてみればいい。戸籍や住民票などの住民基本台帳をオンライン化した住基ネットで、いったい何が実現するのだろうか? 総務省などは「全国どこでも住民票が取得でき、また転出・転入の際の申請も簡単になる」と説明している。しかしせいぜい年に数度しか利用しない住民票や、機会はもっと少ない転出・転入届け出のため、巨費を投じて電子化する意味はあるのだろうか? おまけに住基ネットはセキュリティの脆弱性や個人情報保護の問題が噴出している。漠然とした「利便性」の代償としては、あまりに高い。
 「行政合理化と人員の削減という本来の電子政府の目的を隠してしまっているため、住基ネットがわかりにくいものになってしまっている」と指摘するのは、経済産業研究所主任研究員の池田信夫氏だ。
 池田氏は痛烈に批判する。「米国では、電子政府の目的は第1に情報公開、次いで行政の合理化。電子政府は本来、効率の悪いお役所仕事を合理化し、必要な仕事だけをさせようという目的から行われるべきものだ。だが日本政府は、行政合理化をまったく行わずに電子政府を実現させようとしている。スタート地点から間違っていると言わざるをえない」
 日本の国会議員や地方議員が、米国に電子政府の視察に出かけるケースが増えている。たとえばサンノゼのシティオフィスなどは電子自治体の好例になっている。ところが「電子化によって要員をこれだけ減らすことができた」という説明には、多くの議員たちが「そんな話は参考にならない」とという感想を漏らすのだという。日本では政府や自治体の職員を削減するという発想がないからだ。
 目的と具体的プランのミスマッチと言うべきだろうか。電子政府以外の施策でも、こうした問題は決して少なくない。
 逆に目的は立派だが、施策の内容の具体性に乏しいものもある。たとえば先導的取り組みの「知」の分野に盛り込まれているコンテンツクリエーターの育成。実現のための方策として「世界的に評価される魅力的なコンテンツを編集、提供できる能力を持った人材や、資源の確保を行い、コンテンツ制作力を強化する」とあり、具体的な対応として「コンテンツクリエーターやプロデューサを継続的に排出する教育環境の実現や、才能ある人材への集中的支援を行う」とされている。コンテンツこそが今後の日本のITを支えていくという理念はきわめて正当だが、果たしてこの抽象的なプランでどこまでクリエーター輩出を支援することができるのだろうか。
 こうした施策の多くは、先にも書いたように、結局は民間の自律的な努力に頼るしかない。その意味で政府のe-Japan戦略は今後、きわめて難しい局面に入ってくるといえるだろう。
 IT戦略本部は、民間の有識者を中心とする第三者の評価期間を年内に設置し、戦略Uの目標達成度や予算の実施状況などを事後検証していく方針を明らかにしている。こうした民間によるチェック体制を整備するのは、異例のことだ。きちんと事後評価を行い、成功と失敗をきちんと是々非々で検証していく体制が整うことを望みたい。


 e-Japan戦略Uの立案は、政府IT戦略本部が設置した「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」のメンバーが主導して行ったとされる。同調査会には、出井伸之・ソニーCEOや鈴木幸一・IIJ社長、成毛眞・インスパイア社長、村井純・慶応大教授などIT業界でもおなじみの専門家たちが名前を連ねている。
 「ITの利活用」という新たなステージを迎えた政府のe-Japan戦略Uは、どのような葛藤の中で、どんな着地点を目指して立案されたのだろうか。有識者のひとりとして同調査会に参加し、戦略Uの立案に最も深く関わった慶應義塾大の國領二郎教授に聞いた。

――昨年11月に第1回が開かれた専門調査会は、どのようにスタートしたのでしょうか。
國領教授 政府のIT戦略本部から、出発点として「ITの利活用」という言葉が示されており、その言葉をベースに立ち上がった。昨年9月にIT戦略本部から出された書類に、すでにその言葉が使われていたと思います。とにかく、すでにブロードバンドのインフラは政府のシナリオに沿ったかたちで動きはじめていた。とはいえADSL業界などはどこも大赤字で、インフラが普及したからといって問題がないわけではないのだけれど、インフラ業界におカネを回すためには、インフラを使ったアプリケーションが立ち上がらなければいけない。そこから利活用という話が出てきた。
――7分野の先導的取り組みというのは、専門調査会の中でどのような発想で生まれてきたのでしょう。
國領教授 構造改革を担当していたチームが、分野別にやろうという発想を持ち込んだんです。構造改革の場合、抽象論になってしまうと何の意味もない。個別具体的に分野別にどのような構造改革を行うか、という議論を医療と生活、食、中小企業金融という4分野に分けて行ったのが発端。そこでいろいろ議論しているうちに、分野に分けるという方式を他の担当にも広げていこうという話になり、たとえばコンテンツと学習をまとめて「知」というジャンルに括ったり……というかたちにまとめていったわけです。最初は9分野に分けていたのですが、整理されて最終的に7分野にになりました。
――専門調査会は民間の有識者によって構成されたわけですが、戦略U作りにあたってはどの程度まで民の意思を反映させることができたのでしょうか。
國領教授 ソニーの出井伸之さんが、民間で作るということに信念を持っていた。今回の基本的な原案は、民が作ったと言っていいと思います。官庁にも改革志向の人がいるので、そうした人たちと連絡を取り合いながら、見てもらうべきものは見てもらい、意見をもらったり、最終的なドキュメントはIT戦略本部の人に編集してもらっている。行政用語などで独特の言い回しがあるから、そうした部分は手直ししてもらったということです。
――あくまで主導は民間?
國領教授 そうですね。民間主導でやったけれど、基本は民と官のチームワーク。実は役所があまり熱心でない施策に関しては、盛り込むのをやめてしまったものもあります。パイロットプロジェクトをたくさん集め、その成果を国民の皆さんにお見せするとうことが大事なのであって、役所の当事者があまり乗り気ではないものをやってもしかたない。逆に当事者はやる気があるのだけれど、担当官庁同士の利害関係を仕切れないような施策もある。そこを調整役の内閣官房が間を取り持って、ぐっと背中を押してあげられれば……という形がとれればと思った。私の感覚はそんな感じでした。
――すべての政策を実現するのは困難では。
國領教授 正直言って、実現の見込みの高いものと低いものがあるのは事実。避けたかったのは、実現しないということより、失敗への評価。失敗なら失敗でもいいじゃないかということにしなければならない。今までは7つの政策があったら、7つともすべてちゃんとやらないといけない、というのが官庁の流儀だった。でもITなんて水物ですからね。たとえばインターネットビジネスなんてこれまでのケースを振り返ってみると、失敗ばかりでしょう?
――そうした部分での官僚の協力はどうでしたか。
國領教授 そういう気持ちを持っている役所の人は、けっこう多いと思います。ただ、そういう人が人事異動でいなくなってしまうのが問題なのですが……。
――今後の課題は。
國領教授 e-Japan戦略Uができたのはいいけれど、書きっ放し出し放しで終わってしまったら何の意味もない。どこまで事後点検ができるかが大事だと思います。きちんと事後点検のサイクルを確立させていければといいと思います。