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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「生活」関連サービス 機器を相互接続するという政府の狙い
7つの分野にわたって「先導的取り組み」を行い、ITを社会に浸透させていこうというe-Japan戦略U。その分野のひとつである「生活」の章には、こう書いてある。
<実現したいこと=利用者が意識しなくても、より高度な安全や快適が確保されるような、温かく見守られている生活を実現する。特に高齢者等を意識し、在宅健康管理の充実および生活の質の向上を追求する。また、生活の利便性向上と家庭で受けることのできるサービスの選択肢を拡大する>
みんなで幸せになろう――とでも言うべきか。まるで憲法の条項のようなこの目的はあまりにも壮大で、しかも漠然とした内容だ。
これまでインフラ整備を中心に行ってきた国家プロジェクトを、今後は実際の利用・活用(政府IT戦略本部では、この2つの単語を『利活用』という造語にまとめている)へと踏み込ませていこうというものだ。しかし規制緩和政策や法律整備といった政府がとれる施策だけでは、ITの利活用を進めるのは難しい。内閣官房幹部も「政府ができることは少なく、民間の努力に期待する部分が今後は大きくなる」と断言している。
「先導的取り組み」のひとつである「生活」分野にも、このハードルは大きく陰を落としているといえるのかもしれない。
だが関係者の証言や、戦略Uの文章の狭間にかいま見えるものを追っていくと、政府の最大の狙いがおぼろげながら浮かび上がってくる。
「生活」分野で戦略Uが作り出そうとしているのは、生活に関わるさまざまなネットワークをひとつの大きな枠組みで統合していこうというものだ。
ネットワークとひとことで言っても、戦略Uが狙うカバー範囲は途方もなく広い。これまで「家庭内ネットワーク」という言葉で使われてきた範囲は、パソコンやテレビ、冷蔵庫、エアコン、センサー類など主にデジタル家電系の機器が中心だった。これに加えて戦略Uでは、家庭の外に広がるさまざまな生活関連サービス――介護センターや緊急通報システム、ITロッカー、災害情報、電気・ガス・水道メーターの遠隔検針、病院、スーパーマーケット・ドラッグストア、宅配便などを大きなネットワークの一部としてとらえ、一元的に利用できるようにすることを目指している。
問題は、こうしたばらばらの機器をどうやって接続するかということだ。さまざまな機器から同一のデジタルコンテンツにアクセスし、データを共有できるようにならなければならない。だがこうした相互運用性(インターオペラビリティ)を実現するうえでは、さまざまなネットワーク規格の乱立が最大のボトルネックとなってきた。
たとえば家庭内のネットワークインフラとして今後、もっとも期待できるであろうワイヤレス。この規格ひとつをとってみても、乱立ぶりはあまりにも野放図だ。
現在の主流であるIEEE802.11bに加えてBluetoothやUWB、省電力無線であるZigbee、11bの発展型である11a、11gなど数えだしたらきりがない。あるいは電源線を利用しようというHomePlugも業界団体が活発な活動を続けている。過去には、ワイヤレス規格のHomeRFなんていうものもあった。家庭用の標準規格を目指したHomeRFはワーキンググループが1998年に設立され、モトローラやジーメンスなどが参加したものの、IEEE802.11bに敗れて今年1月に解散している。
このパラダイムにおいては、今年6月に大きな動きがあった。ソニーや松下電器産業、インテル、マイクロソフトなどIT業界大手17社(表..dhwg.xls)が、デジタル家電を相互接続させる標準化に乗り出したのだ。標準化団体の名称は、Digital Home Working Group(DHWG)。DHWGの考えているのは、複数乱立している規格を統一することではない。ワイヤレスの802.11bや有線のUPnPなどのさまざまな規格について、それらを機器側が使う方法を技術ガイドラインで規定しようというものだ。共通の設計基盤を生み出すことで、ネットワークに接続させる機器のコストダウンを図れるというメリットもある。DHWGは今年の第4四半期にガイドラインを発表し、来年上半期にはベータ製品の相互運用テストをスタートさせるという。
これまで、HomeRFをはじめとするさまざまな標準化団体は、新たな独自規格にこだわるあまりに標準化の地位を得られず失敗してきた。新たな規格を作らず、従来の規格をうまく取り込んでいこうというDHWGの考え方はきわめて興味深く、成功の可能性も高い。
翻って、では日本政府はこうしたグローバルな動きにどう呼応していくのだろうか。
過去、霞が関はこうした取り組みについては常に「国産の独自規格」という枠組みにこだわってきた。果たして今回の戦略Uでは、どうなのか――。
戦略Uの具体的政策目標を定めた「e-Japan重点計画2003」では「システム間の相互接続、相互運用性の確保のための技術標準化」を掲げ、具体的な取り組みとして「情報家電の主要技術の共有化・標準化」という経済産業省の施策を記している。
<多様な技術使用の乱立を避けるため、情報家電の主要な技術項目について、2005年度までに重要度に応じて段階的に共有化・標準化を実施する>
というのだ。
もっと具体的な内容は、経済産業省が今年4月にまとめた報告書「e-Lifeイニシャティブ」にみることができる。この報告書の中で、経産省は次のように指摘している。
<機器間の相互接続性や運用性等に関して、必要最低限の仕様を、技術的な基盤として共通化・標準化することについて、民間と政府が一体となって積極的に推進することが必要である>
あくまで政府主導で標準化を進めていこうというのだ。そして経産省が進める規格について、e-Life報告書は(表..keisan.xls)のように求めている。ECHONETというのは、電力線を使う純国産の規格だ。日立製作所と松下電器産業が主導権を握っており、両社が中心となってECHONET対応白物家電の開発を進めている。コンソーシアムには約100社が参加しており、ヨーロッパや米国で進められている家電規格への対抗馬という位置づけになりつつある。IT業界に詳しいアナリストはこう説明する。
「経産省の考え方というのは、通産省時代の昔も今も同じ。メーカーは放っておけば自社の利益を稼ぐために独自規格に走りがちで、それを政府が手綱を引き締めながら、音頭を取ってまとめていくというものです」
そしてこうした発想に加えて、政府の狙いにはもうひとつ重要なファクタがある。
それは、インテルとマイクロソフトの「ウインテル連合」に国産電機メーカーが席巻され続けたこの10年の敗北を巻き返し、アジア地域で日本による“IT覇権”に邁進していこうという動きだ。
日本は過去、パソコン市場で米国メーカーに苦杯をなめさせられてきた。パソコンではウインテル連合の圧倒的な力に支配され、通信機器ではシスコシステムズに蹂躙されてきた。だが21世紀に入ってITの主役はパソコンから、家電へとシフトしはじめている。ソニーや松下などの家電メーカーがマイクロソフトに対抗し、ITの覇権を狙うことのできる素地がようやく生まれつつある。
そんな中で、経産省は韓国や台湾、ASEAN(東南アジア諸国連合)などのアジア各国を巻き込み、米国IT業界へのへの対抗軸を作り出そうと躍起になっている。オープンソースOSをめぐる一連の経産省の戦略は、その一環といえるだろう。
こうした戦略の下で、果たしてどのようなかたちで機器/サービスの相互接続が行われていくのか。一歩間違えれば日本の生活関連サービスが、欧米を中心としたグローバルスタンダードから取り残され、独自規格の隘路へと入り込んでしまいかねないだけに、政府がそれをどう取り扱っていくのかをきちんと見守っていく必要がある。
そして同時に、「ITによる生活の向上」という一見、国民のためを考えられた政策――その背後には、冷徹な国家戦略が横たわってることも忘れてはならない。
■「ココセコム」に見るe-Japan戦略Uのケーススタディ
前ページで説明したように、大きな枠組みの中で相互接続された「生活」関連の機器やサービスは、私たちの生活をどのように変えていくのだろうか。そしてそこにはどのようなビジネスが見えてくるのだろうか。
そのきわめて近未来のビジョンを見きわめていこうとする時、格好のケーススタディがある。犯罪や災害などから暮らしを守るというホームセキュリティの分野だ。戦略Uの「生活」分野では、こう記されている。
<留守宅への侵入などの犯罪の防止や火災などの不慮の事故の防止、震災のような大規模災害を含む緊急時の通報/連絡システムの確立によって、生活の安全を確保し社会的費用を抑制する>
ベストセラー「日本人とユダヤ人」が「日本では安全と水は無料」と喝破したのは、すでに遠い昔。いまでは日本も欧米諸国並みに犯罪率が高まりつつある。警察庁の今年上半期のまとめでは、殺人、強盗など重要犯罪の発生件数は前年同期より20%近く増加し、1万1304件。統計が残る1989年以降で最悪の数字となっている。重要犯罪に限った検挙率も低下の一途をたどり、上半期には5割を切った。外国人犯罪の増加やピッキングによる空き巣の多発などは、人々に不安を抱かせる大きな要因となっている。
ホームセキュリティに注目を集まっている理由はほかにもある。社会が高齢化の一途をたどっていることも大きい。日本の65歳以上人口は現在、2381万人。2015年にはさらに増え、総人口の4人に1人がお年寄りになる時代がやってくる。夫婦だけの世帯や独居世帯が増え、病気や犯罪に対する不安は若者や中高年よりもずっと大きい。
こうした中で、ホームセキュリティ市場はここに来て急激に拡大し始めてきた。最大手のセコムが提供している家庭用のセキュリティシステムの契約件数は、1982年当初にはわずか3600世帯だったのが、今年3月末には25万1000世帯にまで伸びた。同社広報室の吉田典彦課長は「犯罪率が高まった1990年代半ば以降、契約件数は急激に伸びている」と話す。確かに、かつては裕福な家の象徴的な存在だったといえる「セコム」のシールが、最近はごく普通の民家に貼ってあるのがごく当たり前の風景になった。
そしてこの市場は、IT化についても急速に進んでいる。セコムが2001年4月にサービスインさせた位置情報提供サービス「ココセコム」はその代表的な存在だろう。
ココセコムはGPS(全地球測位システム)と携帯電話の基地局情報を利用し、小型の機器を使ってリアルタイムの位置情報を提供するサービスだ。
仕組みはむずかしいものではない。本体は手のひらに入るほどの小型の機器で、KDDIの携帯電話データ通信機能とGPSアンテナを内蔵している。言い方を変えれば、auのGPS対応携帯電話から、音声通話機能を外した機器だ。これをお年寄りや子供、ペットに持たせたり、あるいはオートバイや自動車、金庫など盗まれては困るものに装備する。位置はGPSと携帯電話基地局の双方を利用した測位によって、数メートルの誤差の範囲で常に把握されている。基地局を利用するため、GPSでは苦手な地下鉄駅や地下街などでも有効だ。
顧客が子供やお年寄りの位置を知りたい場合は、オペレーションセンターに電話して問い合わせるか、あるいはウェブ上でログインして地図を表示させることもできる。顧客からの依頼があれば、オペレーションセンターは各地の緊急発信基地(デポ)から警備員を現場に急行させ、安否を確認したり、場合によっては警察や救急への通報も行う。またお年寄りや子供が機器のボタンをみずから押し、センターに通報できる仕組みも持っている。
このサービスへの反響は大きく、サービススタートから今年3月までの2年間で、捜索依頼があったケースで1300件の人やモノを発見したという。顧客からの位置検索回数は1000万回以上に達し、自動車やオートバイなどの窃盗犯も100人近くが逮捕されている。2001年末には、当用駅で盗まれた1億円相当の宝石が入ったカバンの位置を特定し、発生から1時間あまりで犯人逮捕につながったこともあった。
セコムの吉田・広報室課長は「痴呆症で徘徊の症状のあるお年寄りの捜索依頼などが多いようです。子供の場合は親がWebでログインして場所を探し、自分で探しに行ってしまうが、パソコンを使えない高齢者が自分の伴侶を捜すために電話をして捜索依頼をしてくるケースが多い」と打ち明ける。オペレーションセンターというヒューマンなインターフェイスを間に挟むことで、高齢者のデジタルデバイドをうまく解消しているといえるだろう。
契約件数は今年3月末現在で17万に達している。普及率を押し上げている理由は、料金がきわめて安いこともあるようだ。料金は人物向けサービスで加入料(付属品込み)7000円、月額500円。自動車・二輪車向けが月額900円となっている。
これほど安い値段でサービスを開始できた理由は、セコムがすでに企業向けの緊急通報ネットワークを整備しており、拠点1000カ所を全国に展開していることが大きい。加えて、GPS利用の機器の値段が劇的に下がってきていることもある。
前出の吉田課長は話す。
「当初、米クアルコム社がGPSの技術を開発したが、その用途については同社もまだ明確なビジョンを持っていなかった。セコムが技術担当を渡米させてクアルコムにココセコムのビジネスモデルを説き、技術を提供してもらった」
一方のセコムは、以前から家庭向けの緊急通報システムを提供していた。だがこのサービスはあくまで家庭内からセコムのオペレーションセンターに通報信号を送ることができるだけで、屋外では使うことができない。このため、高齢者などから「持病などの不安があり、屋外からセンターに通報できるシステムを作ってほしい」という要望が少なからずあった。こうした背景と、GPS技術が結びついてココセコムのビジネスが実現したということになる。
セコムなどが先行しているこうした緊急通報サービスが、今後e-Japanとどのようにリンクしていくのかはまだ未知数だ。
ごく卑近な可能性で言えば、自治体や政府がココセコムなどを利用させるための補助金を出し、高齢者の利用を促進させていくという選択肢はある。セコム広報室によれば、こうしたモデルはすでにいくつかの自治体が導入しているという。たとえば初期導入費用を自治体が負担し、月額料金は個人負担にするなどの仕組みだ。
またこうした緊急通報システムのインフラを、他のネットワークと融合させていく可能性も考えられるかもしれない。セコム側が検討しているのは、ココセコムの機器をさまざまなデバイスと融合していくというモデルだ。たとえば高齢者用の電動四輪車やカーナビ、電動自転車などに内蔵させていくという発展型はありうるだろう。auの携帯電話と部品がほぼ共通化されているココセコムの場合、小型化が今後もいっそう進む可能性は高く、どこにでも内蔵されている“ユビキタス型緊急通報システム”という発想もありうるかもしれない。
■
戦略Uの「生活」分野に関連した新たなITサービスは、さまざまな局面で立ち上がりつつある。以下に上げた新しいビジネスモデルは、戦略U「生活」の中で、今後の方策として掲げられている内容にきわめて関連性の濃いと思われるものを並べてみた。こうしたビジネスが展開していく先を考えれば、戦略Uにおける「生活」の先導的取り組みが求めているものがほのかに見えてくるかもしれない。
(遠隔検針)
・計測器メーカーの愛知時計電機が昨年秋、岡山市新見市と共同し、下水道を通る光ファイバーを利用した水道自動検針システムの実証実験をスタート。小型端末を使って水道メーターから数字を読み取り、情報端末が小型端末からワイヤレスでデータを受信。光ファイバーを通じて水道局に送信する。
・北海道のワイコム、アットマークテクノなどが灯油やガス、水道の検針メーターを遠隔監視するシステムを開発。メーターに専用端末を接続し、無線LANでデータを送受信する。
・岡山市の日本ライフラインは、水道メーターの無線検針システムを開発。マイコン内蔵の解析装置をメーターに取り付け、携帯電話型の受信機で指示を送ると、解析装置内の小型カメラがメーターを撮影し、無線機を通じて受信機に送信する。
(犯罪防止)
・パトカーや消防車、救急車がサイレンを鳴らして走る際、進行方向の信号機を自動的に青に変える「現場急行支援システム」(FAST)を警察庁が開発。すでに各地の都道府県警が採用しているほか、消防本部などでも導入の動きが始まっている。東京都江東区で行われた実験では、4.2kmの区間を走るパトカーの走行時間が8分26秒から7分31秒に短縮されたという。
・高知県のシステックは、携帯電話を使ってドアの鍵を開けるシステムを開発。ドア側に自分の携帯電話番号をあらかじめ覚えさせておき、家の電話にその携帯から電話をかけると、ナンバーディスプレイに認識された番号をドアの機器が認証してドアロックを解除する。
・東芝はネットワーク家電に連動するセキュリティシステムを開発。窓にセンサーを貼り付け、不意に窓が開けられた場合にホームサーバに無線で信号を送出。ホームサーバから警報音を鳴らしたり、携帯電話に異常を知らせるメールを送信するなどの方法で異常を知らせる。
・九州電力は、外出先から携帯電話で自宅の安全確認ができるシステムを開発。室内の監視カメラや人の動きを探知するセンターを光ファイバーにつなぎ、外出先の携帯電話からアクセスできる。
(安否確認)
・東京ガスが提供しているサービス「みまも〜る」はガスメーターに計測器を設置し、1時間単位でガスの使用量を携帯メールやインターネットメールに送信することができる。ひとり暮らしの高齢者の健康状態などを、遠隔地から家族が児童確認できるサービスだ。
・都市基盤整備公団が新宿区に建設した賃貸住宅では、12時間以上水を使用しない場合や、2時間以上水が流れ続けている場合に管理人に自動的に知らせる仕組みがある。
・ホームネットがタクシー会社として提供しているサービスでは、自宅の緊急ボタンを押すと、タクシーが自宅に急行し、病院に搬送するなどの手当を行ってくれる。
(ITロッカー)
・エックス・キューブは、携帯電話をロッカーの鍵がわりに使うモバイルロッカーシステム「クロスキューブ」を開発。電話をかけたときの通知番号を認証キーにしており、ロッカーの扉に表示された指定電話番号にかければ自動的に開く仕組み。