BACK    TOP

佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 コンテンツを制する者は、インターネットを制す。
 ADSLやFTTHをはじめとする通信インフラ整備が一定の成果を収めた現段階で、次世代のインターネットビジネスの期待を一身に担っているのが、コンテンツビジネスだ。1990年代から始まったIT社会のファーストステージで、日本はハードとソフトの両分野でインテル・マイクロソフト連合に振り回され続けた。セカンドステージでの巻き返しは、非パソコンの情報家電というハードウェアと、ブロードバンド時代に特化したコンテンツというソフトウェアの両輪での戦いとなる。この双方の分野でいかに戦っていけるかが、日本経済復活の要となるといっても間違いではない。
 そもそも日本がこれまで圧倒的な輸入超過を続けてきたソフトウェアの世界で、日本が唯一といっていいほど世界に輸出でき、世界に誇りうるのは、アニメーションや映画などのコンテンツなのだ。政府の対外戦略の大きな柱でもある知的財産立国戦略においても、コンテンツ支援の占める割合は少なくない。
 ところがコンテンツビジネスの枠組みの現状を見てみると、かなり厳しく寒い。たとえばテレビの地上波放送で流されているさまざまな番組。お隣りのブロードバンド先進国、韓国がテレビ番組をインターネットでもサイマル放送(同一番組内容を異なる媒体で同時に放映すること)しているのに比べ、日本のテレビ局のウェブサイトを見ても、人気番組のストリーミング放送はほとんど行われていない。
 この理由は簡単だ。テレビ番組の著作権の利用許諾や契約を一元的に管理するシステムが、日本にはいっさい存在していないからである。単一、あるいはわずかな数の著作権者しか存在しない出版物やアート作品と比べ、テレビ番組は出演者や監督、音楽家、演奏者などの著作権が複雑にからんでいる。いったんテレビで放映した番組を別の媒体で再放送するためには、これらの著作権者たちから二時使用の許諾をもらわなければならない。だが著作権一元管理システムが存在しない現状では、ひとつの番組をネットで放映しようとするたびに、膨大な数の著作権者から個別にひとりひとり許諾を得なければならない。あまりにたいへんな作業ではある。
 政府がe-JapanUの「知」の分野で取り組もうとしている施策のひとつに、この著作権管理システムの構築がある。その発想は決して間違っていない。いや、それどころか「遅きに逸した」感さえあるほどだ。e-JapanUには、こんな風に書かれている。
 <コンテンツについて総合的な取り組みを推進し、我が国の知的財産を利用した新たな価値を創造することで、コンテンツ産業等の国際競争力の向上を図るとともに、海外における日本文化への理解を向上させる。この一環として、2003年中に民間放送用コンテンツにつき、2008 年までに全ての放送用コンテンツにつき、放送事業者や番組制作会社等の放送用コンテンツの権利主体が希望すれば、ネット配信を可能にする環境整備を行う>
 だが夢の著作権管理システム構築に向けては、まだ越えなければならないハードルがたくさんある。そのひとつが、温度差の問題だ。
 たとえば映画やテレビ番組を作っている映像制作の世界を考えてみよう。とても古い業界だ。人間関係がすべてであり、IT的なものにいまだに拒否反応を示す人も少なくない。新興メディアであるインターネットに対し、過剰なまでの敵愾心を持っている人もいる。
 数年前、インターネットとテレビの融合が盛んに語られたころ、放送業界人には、恐怖心混じりにこんな反応を返す人が多かった。
 「インターネットとテレビは違う。テレビがインターネットに呑み込まれるなんてとんでもない」
 インターネットが当たり前のように社会に浸透した今も、その状況は大枠では変わっていない。テレビ業界に詳しい関係者が解説する。
 「民放局は巨大組織だが、実際に番組制作に携わっている人々は多くは零細企業の社員で、中には個人事業主の人もいる。経理・総務担当の女性がひとりいるだけ、というケースも少なくない。テレビ局や番組制作会社との契約も、多くが『電話一本による口約束』という商慣行になっている。インターネットでの二次使用どころか、最初の契約書さえ交わしていないのが大半だ」
 世の中すべてがIT化され、ITがなければ大競争時代を生き残れないと言われる時代になって久しい。ところがそんな時代にあって、いまだテレビ業界だけは免許事業として保護され、護送船団の中で既得権益を享受している。わざわざITなどという怪しげなところに足を踏み入れなくても、十分に食べていけるというのが、本音の部分にあるのだろう。ITとの親和性は、世の中でもっとも低い業界といえるかもしれない。
 そんな業界を巻き込み、高度にIT化されたコンテンツビジネスの枠組みを作り上げる――容易なことではない。ただ単純に政府主導で財団法人を創設し、著作権許諾システムを立ち上げれば業界がついてくるわけではないだろう。
 その意味で、e-JapanUの具体的な運用計画にはあまりに楽観に過ぎる施策が多いのに驚かされる。たとえば、こんな施策がそうだ。
 ・自由利用マークの普及・意思表示システムの整備(文部科学省)
 2003年度以降、著作物の利用に関する権利者の意思を簡便に表示できる「自由利用マーク」の普及を図る。さらに、その普及状況を踏まえつつ、権利者の意思をより詳細に表示できる意思表示システムのあり方についての検討を行う。
 ・コンテンツフリーマートの実証(総務省)
 2005年度までに、コンテンツを個人と個人との間で、著作権管理等を適切に行いつつ安全・円滑に交換し合うための基盤の構築、技術等の確立を図る。
 役所の好きな“実証実験遊び”の域を超えていないのではないか。
 もし本気でコンテンツビジネスの現状を改革しようとするのなら。巨大民放局ネットワークのあり方そのものを変えなければならない。コンテンツから得られる利益配分のあり方そのものに、根元的な問題があるからだ。
 番組制作会社のスタッフは、こう話す。
 「番組編成権を持っている民放局の正社員が2000万円以上もの年収を得ている一方で、コンテンツを生み出している制作会社のクリエイターたちは年収500万円以下という低収入にあえいでいる。ゆがんだ構造だ」
 ともかくも、現状で乗り越えなければならない最低限の壁は、ふたつある。
 ひとつはコンテンツのクリエイターたちに利益がきちんと配分される仕組みを作ること。そしてもうひとつは、プロバイダなどコンテンツを配信するIT業界とコンテンツ制作業界の間に横たわる深い堀を埋め、コンテンツ業界のIT化を推し進めること。
 そして政府の果たすべき役割は実証実験などではなく、こうした道筋を作り出すための規制緩和政策、あるいは積極的な規制政策だ。

コンテンツ投資ファンドという可能性

 コンテンツを取り巻く世界に、新たな息吹が少しずつ生まれようとしている。それは映像や音楽などの業界――古くて巨大な怪物が、少しずつ取り崩されていく最初の一歩かもしれない。そしてその「取り崩し」の手段の部分にこそ、新たなビジネスチャンスの萌芽はある。
 ここで紹介する最初の「取り崩し」は、テレビ局という中央集権からマネーとパワーを奪い、コンテンツのクリエイターたちに配分していこうという動きだ。
 ジャパン・デジタル・コンテンツの土井宏文社長は、日本長期信用銀行(長銀)出身という異業種参戦組だ。同社はコンテンツ制作支援ファンドを運営し、これまで約55社に約15億円を投資している。投資先は大半が従業員20〜30人程度で、アニメーションなどのエンターテインメント系コンテンツを制作している中小企業だ。昨年末、「中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律」(有限責任組合法)が一部改正され、有限会社にも投資できるようになって可能性は一気に広がった。投資はプロジェクトごとに行われており、資金や工程の管理に同社が積極的に関与。映像や出版、ゲームなどの業界から横断的にスタッフを集め、プロジェクトに対するリスク評価、リターン評価を行っている。チェックリストは100以上にも及ぶという。社内には、映画の興行成績予想システムを作り上げようとする動きまであるというから驚かされる。
 制作の工程にはマイルストンを設けており、毎月の報告を求める。あまりにも遅れた場合は予算をストップし、それ以上のリスクを増大させない。最終的に投資は引き上げられることになる。
 たったこれだけの説明でもわかる通り、これまで内輪の人間関係に頼り、ともすれば馴れ合いの関係性に走りがちだったコンテンツビジネスに、投資ファンドビジネスのドライな手法を持ち込んでいるのだ。徹底的にリスクマネジメントを行うことで、これまで金融資本がまったく参入しようとしなかった零細なコンテンツ企業に、マネーを環流させようという動きといえる。
 土井社長は言う。
 「コンテンツは13兆円の規模といわれ、実は確固たる消費基盤を持つ市場。成長能力も高い。それにも関わらず、これまでコンテンツビジネスへの資金供給は業界内の内輪で行われているだけだった。この仕組みを打ち破らない限り、成長は追いつかない」
 ジャパンデジタルコンテンツが狙うのは、ハリウッド型のビッグバジェット(巨大予算)映画ではない。数百万円規模の予算のショートフィルム(短編映画)を数多くのクリエーターたちに制作させ、その中から商業的に成功が見込まれる作品を売り出していこうという戦術だ。アマチュアフィルムからスタートし、人気が出るにつれて少しずつ全米公開へと進んでいった米国映画「ブレアウイッチ・プロジェクト」のようなケースを狙っている。
 土井社長は力説する。
 「ブロードバンド化でインターネットが普及し、メディアが分散していく。メディアが分散していけば、テレビ局支配が薄らぎ、制作者サイドのポジションが上がっていくはずだ。これまでのコンテンツビジネスでは、配信・流通サイドは「儲かればいい」という考え方がベースにあり、最大公約数的な内容のものにどうしても走りがちだった。保守的な大企業ではなく、パワーを持った小さな制作会社が群雄割拠している状態に持って行きたい。そうなれば、ずっと質の高いコンテンツが登場してくるはずだ」

 IT化された著作権管理システムを、古いコンテンツビジネスの世界にいきなり持ち込むのは難しい。この問題を何とかクリアし、ITとコンテンツ業界という水と油にも似た異世界を接着させようと、さまざまな試みが行われている。
 その中で、枠組みを変えず、通信手段だけをIT化する――という折衷案で「取り崩し」を行おうとしているのは、経済産業省系の財団法人「デジタルコンテンツ協会」だ。
 前ページでも説明したとおり、映像などのコンテンツは数多くの著作権者がからんでおり、それぞれから個別に許諾を得るのはきわめて難しい。許諾のシステムができあがっていないうえ、しかも著作権者同士の連絡がIT化されておらず、電話やファクスなどのレガシーインフラが主な通信手段になっている。著作権の使用許諾は、手書きの伝票で処理されているのだという。
 同協会が昨年秋からスタートさせたプロジェクトは、あえて著作権管理機構の創設といった大がかりな部分には踏み込まず、この「手書き伝票」の部分だけをオンライン化するという試みだ。
 同協会の木村勇・コンテンツコマース推進室長が説明する。
「テレビ番組などのコンテンツをインターネットで放送しようとすると、許諾の手続きが膨大な数になり、伝票をやりとりする担当者たちの事務作業がどんどん増えていってしまう。おまけに電話で口頭で連絡していると、前日になって放送できなくなるなどのトラブルも生じてしまう。人間の処理能力の限界を超えてしまっている」
 そこで考えられたのが、帳票の単純なオンライン化だった。「運用している事務担当者の存在を前提にして、何とかIT化できないかと考えた。結論として、許諾のフロー自体はいっさい変えず、帳票だけをオンライン化しようというものだった」
 協会が行ったプロジェクトは、日本音楽著作権協会(JASRAC)や日本シナリオ作家協会など各著作権団体への膨大なヒヤリングからスタート。第2段階として、情報処理振興事業協会(IPA)とともにシステムの開発が行われた。
 システムは、実はP2Pで構築されている。ネットワークの専門家でもない担当者たちが操作するシステムに、わざわざP2Pを導入するのは危険な印象も受ける。なぜだろうか。
 「各団体へのヒヤリングの結果、著作権使用料のデータが中央サーバに記録されることに非常な反発を感じている関係者が多いことがわかったから」(木村氏)
 コンテンツは二重価格が一般的だ。同じ番組でも、媒体によって料金は大きく異なる。自社のコンテンツを媒体にどれだけの値段で販売しているのかを、他社に知られるのを極度に恐れる業界なのだという。「価格の数字をサーバに残すのは絶対にやめてほしい」というのが業界側の大合唱だった。協会が悩んだ結果、考えついたのが、サーバは中継だけに使い、データはすべてピアに収容するというP2Pの仕組みだったという。
 またこのシステムは、簡易版と高機能版の2本立てで構築されている。簡易版は帳票のCSVデータをメールに添付して担当者同士でやりとりする仕組み。これに対し、IPAが開発した高機能版はXMLで組まれ、著作権許諾の取引メタデータがきちんと体系化されている。この高機能版は将来、著作権管理システムが中央管理される時代をにらんで作られたもので、メタデータはXMLコンソーシアムに提出され、標準化の勧告を受けているという。協会ではこの高機能版をベースにした著作権管理システムを、放送局や映画配給会社などの大手コンテンツホルダーがASPとして構築し、中小・個人事業主ベースの著作権者たちに利用してもらう仕組みを想定しているようだ。
 デジタルコンテンツ協会の木村氏は、
 「プロジェクトは今年6月に終了し、システムは今後、委託元の経済産業省がオープンソースとして公開する準備を進めている。こうしたシステムは使ってもらわなければ投資効果はなく、今後の利用に期待したい」
 と話す。これまで「官」のプロジェクトといえば実証実験が終了すると同時にお蔵入りするケースも多かった。だが経産省が最近力を入れているオープンソースという枠組みを梃子にして、幅広い普及を図っていくというモデルは今後、期待できるかもしれない。