BACK
TOP
佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
北米各地に散らばっているネイティブスピーカーの英語講師と、日本国内の生徒を結びつけてレッスンを行う――それだけなら流行のインターネット英会話学校と何ら変わりはない。だがそのモデルに、レガシーな「国際電話」というインフラと、オークション的な市場システムを導入し、新しいタイプのコミュニティ指向型英語学校を運営してるベンチャー企業がある。
語学学校といえば、消費者センターなどに苦情がもっとも多いビジネスのひとつ。背景事情はいくつもある。少子化によって他の教育ビジネス同様、業界全体のマーケットが縮小しつつあること。学校自体が乱立気味で、生徒を呼び込むための低価格競争が起きてしまっていること。そんなこともあって質の高い英語教師を集めにくくなり、さらに学校の質を低下させてしまうという悪循環さえ生まれ始めている。
そんな中で、教育ビジネスとはまったく無縁の若者3人がスタートさせた「MANABI.st」は、質の高い英語講師をネットワーク化させ、生徒と結びつけるというシステム作りに挑戦している。
北米在住の英語講師から国際電話でプライベートレッスンを受けられるというそのビジネスモデルは、きわめて巧妙だ。どのように授業が行われるのか、順番に見てみよう。
(1)生徒はまず、MANABI.stのウェブサイトで無料の会員登録を行い、趣味や英語学習の目的などのプロフィールを入力する。登録完了と同時にログインが可能になり、講師の検索ができるようになる。サイトには、登録されている各講師の詳細なプロフィールが記されている。名前と年齢、性別、居住地、職業、最終学歴、職歴。英語講師としての経験年数と教えてきた年齢層、日本にどのぐらい住んだ経験があるか。日本語のレベル。そしてその講師からレッスンを受けた生徒が記した評価とコメントも加えられている。こんな風だ。
『評価:★★★★ とても親切で、話していることがよくわからなくてわたしの方が黙り込んでしまった時でも、英語で、また時には日本語でていねいに助けてくれます』
(2)このプロフィールは検索も可能だ。レッスンのとっかかりに自分の趣味を利用したいと思えば、検索で「読書」「野球」などと入力すれば、それに適合した講師がヒットする。
(3)またレッスン料金は、講師側が自由に設定できる。一般英語で1レッスン(25分間)1800円から。人気のあるスター講師なら、1レッスン3900円程度。
(4)プロフィールと料金を見て、受講したい講師を決めると、その講師がレッスンを受け付けている時間帯が表示される。生徒はこの中から好きな時間を予約する。同時に、そのレッスンを受ける際に使う自分の電話番号も決める。
(5)一方、講師の側には、生徒の予約はメールで通知される。講師がウェブにログインし、この予約をレジストすれば、予約は成立することになる。
(6)授業時間が来ると、講師はMANABI.stが北米に用意しているフリーダイヤルに電話する。自分の暗証番号でログインし、さらに生徒が登録している電話番号を入力して国際電話レッスンを開始する。
(7)25分間のレッスンが終わると、生徒は評価とコメントをウェブに書き込む。講師の側も、アフターサポートの形でフィードバックを書き込む。
(8)MANABI.st側は、講師が設定している授業料に国際電話料金と手数料を上乗せし、生徒に請求する。生徒側はクレジットカードか銀行振り込みで請求金額を支払う。
このモデルがきわめて秀逸といえるのは、まず第一にJETプログラムの経験者というきわめて質の高い北米在住ネイティブスピーカーから英語講師を選んでいること。そして第二に、国際電話というレガシーなインフラを使うことでレッスンの質を高めつつ、事務局側の負担を極力減らすことに成功していることだ。
JETプログラムは、「語学指導等を行う外国青年招致事業」(The Japan Exchange and Teaching Programme)の略称。国内の各市町村が外国の若者を招き、小中学校などで英語を教えさせるという事業だ。総務省と外務省が共同で取り組んでおり、斡旋事業は財団法人の自治体国際化協会(CLAIR)が行っている。このプログラムに基づいて毎年、6000人前後の若者が欧米などから招かれており、このOBは世界中に約3万人。北米だけで1万9000人が在住し、OBの同窓会(JETAA)は全世界に45支部、北米だけでも31支部もあるという。
まなび有限会社の大塚雅文社長が言う。
「JETプログラムのOBには、日本が恋しいと思っている人が非常に多い。英語レッスンによって金を稼ぎたいという気持ちよりは、空いている時間を使い、また昔のように日本人と話すことができて嬉しい、という思いの方が強いようだ」
JETプログラム経験者たちは基本的には日本語が話せるというメリットも大きい。講師の平均年齢は、30歳前後。女性が7〜8割を占め、中には弁護士やホテルマネージャー、ジャーナリストといった職業の人もいる。ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得している人も少なくない。いずれも若いころにJETプログラムで来日して数年を日本で過ごし、帰国後に専門的な職業に就いた人たちだ。
他の語学学校にはほとんどいないこうした専門家たちをネットワーク化することで、さまざまな新しいレッスンのかたちも生まれてくる。
たとえば外資系企業に勤める生徒が、「英語の社内面接の準備をしたい」という要望を出してくると、専門家講師陣の中から面接指導の経験のある人を選ぶ。またビジネススクールへの留学準備を進めている生徒には、米国の大学で面接官をした経験のある講師をあてる。大手製薬メーカーの社員が薬事関係の勉強をしたいといえば、そうした方面に詳しい米国人を探す。英語の履歴書を作りたい、というレッスンの枠組みを外れたような要望にも対応できるという。
大塚社長は「日本国内にある語学学校で英語を教えているのは若い先生が多く、専門性は高くない。だが日本という地理的な制約を取り払い、北米全土から講師を探してくるというかたちにすれば、かなりの広がりが出てくる。さまざまなレッスンのニーズに対応することが可能になる」と話す。
実際、英語教育に関してはかつての「会話ができればどんな授業でもかまわない」といった時代は過ぎ去り、より細かいニーズに合わせた専門的な教育が求められるようになってきている。だが日本国内でそうした教育に対応できる講師を見つけるのは、大手語学学校であってもきわめて難しい。北米在住者、しかも日本での英語講師の経験がある各分野のエキスパートたちという一見きわめて希少に見える人材を、JETAAという窓口から得るという手法は興味深い。
そしてMANABI.stの第二のアドバンテージが、国際電話を使うというレッスンの仕組みだ。
ブロードバンドの本格普及時代にあって、なぜわざわざ音声電話というレガシーなインフラを使うのだろうか。しかもMANABI.stが使っているのは、IP電話でさえない。ごく普通の回線交換の音声電話だ。
同社ウェブプロデューサーの三原啓明氏は「国際電話のメリットは明らかだ」と話す。まず、サポートコストの問題。たとえばビデオチャットでマイクロソフトのNetMeetingを使うとすると、「音は聞こえるけれど、画像が見えない」といったNetMeeting特有のトラブルにまですべてMANABI.st側で対応しなければいけない。少人数のベンチャー企業では不可能に近い。独自でビデオチャットのシステムを開発するのも無理だ。それに比べ、国際電話という枯れたインフラであれば、そうしたシステム的な障害はほとんど起こらず、サポートコストも格段に低くなる。回線交換電話の場合、高い通話料金が問題になるが、これは北米にいる講師から日本の生徒宅にフリーダイヤル経由で発信させることで解消した。北米発信の方が国際電話は格段に安いからだ。
「生徒が講師に電話をかけるより、講師が生徒に電話をかける方がレッスンの成立が確実という副次的な効果もあるようです。授業料を受け取る講師の方が、責任はずっと大きいから」と三原氏はいう。
それに加えて、顔が見えないというデメリットを生かした逆説的な効果もある。人間の会話はボディランゲージで6割が伝わってしまうという説があるが、電話では自分の意図を正確に伝えるのはきわめて難しい。英語のレッスンを電話で行うとなると、より正確な英語表現のスキルが必要になる。対面でレッスンを受けるのと比べ、生徒はより必死になり、上達も期待できるというわけだ。
世界に散らばる個人個人をネットワークする。そのネットワークを支えるインフラは、必ずしも最先端のテクノロジである必要ではないということだろう。時には古びたレガシーな仕組みが、思いも寄らない効果を発揮することもある。
MANABI.stのビジネスモデルはどのようにして生まれたのだろうか。
大塚社長は、もともとは大手都市銀行勤務。だが在職4年で退職し、90年代末に米国に渡ってバージニア大ビジネススクールに入学した。MBAを取得し、将来はベンチャーキャピタルを起こそうと考えたからだ。
この時知り合った日本人学生の構想が、大塚社長の人生を変えることになる。この学生がMANABI.stのモデルの原型を考え、大学のビジネスモデルコンテストに提出。入賞し、大学インキュベータの支援を受ける資格を得たのだ。資金や生活の問題などからビジネススクールで1年後輩だった大塚社長が資格を譲り受け、ビジネスを起こすことになったという。ちょうど時代は、2000年初頭にドットコムバブルがはじけた直後。当面の就職先に頭を悩ませていた大塚社長にとっても、この話は渡りに船だったようだ。
インキュベータから「技術は自社開発した方がいい」と助言された大塚社長は、東京学芸大附属大泉中学時代の同級生で、NTTの研究所にいた三原氏と、三原氏のNTTの同期生の菊池崇仁氏(現最高技術責任者)に声をかける。そして大塚社長がビジネススクールで知り合った米国人女性も関わってくれることになり、講師の獲得に大きな力となった。そんな風にしてこのビジネスは立ち上がり、まなび有限会社の設立へとつながっていくことになる。
計画の初期段階では、米国に講師3人、日本に生徒8人を用意して、実験をスタート。だが実験でわかったのは、このモデルにはある程度のスケールメリットが必要だということだった。人数が少ないと、講師がレッスン可能な時間帯と、生徒が求める時間帯がうまくマッチしてくれない。だが双方の人数が多ければ、この問題は解消していくはずだ――大塚社長らはそう考えた。当初、生徒の側が求めるレッスン時間が日本時間の夜に集中し、講師側も同様に米国時間の夜間を希望してしまい、日本時間では午前4時〜6時ごろの早朝未明に設定されてしまうなどの問題も起きた。だがこうした問題に関しても、人数が増えていけばある程度は解決する。
授業料も問題だった。講師が設定する授業料はまちまちで、それが生徒側の金額となかなか折り合わない。
この問題に関しては、授業料に市場原理を導入することで解決した。大前提は、生徒に講師を選ばせること。そのためには先生に値段を決めさせ、その値段を生徒が見て評価し、申し込む方法にすればいい。各講師の授業料の価格と生徒側の評価が公開していれば、授業料は市場価値によって定まっていくはずだ。優秀な講師は値段を高くしても生徒がつき、そうでない講師は逆に値段が下がっていく。最低価格でも生徒がつかなければ、自動的に淘汰されていく。
三原氏は、「ミシュランのレストランガイドとインターネットオークションを組み合わせたようなシステムをイメージした」と話す。その中でネットワーク化された講師陣は、ひとつの生態系のようなものを作り上げ、生徒の評価に合わせて生存競争を繰り返していくというわけだ。
こうしたネットワークコミュニティ志向型のビジネスモデルを作り上げようとする場合、もっとも大きな問題となるのはコミュニティの自立的な発展をいかにして支援していくかということ。そしてコミュニティ特有のトラブルへの対応も大きな課題となる。
MANABI.stでもトラブルはゼロではない。大塚社長は「毎日、午前6時までサポートのために会社で待機しているが、トラブルが起きると非常にたいへん」と話すが、たった1人の社長兼務のサポート要員で足りてしまっているということ自体が、同社のコミュニティモデルの秀逸さを示す証拠となっているともいえるのではないだろうか。