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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 「IT革命」という言葉が盛んにもてはやされたのは、1990年代末のことだった。バブル崩壊後、先の見えない不況の中で「IT革命を推進すれば、景気は必ずや復活する」という説が大まじめに語られたものだ。そして当時の議論では、IT革命の本質を「流通の中抜き」とする説が幅を利かせていた。つまりEコマースの登場でメーカーがダイレクトに消費者に製品を販売することができるようになり、卸売業者が不要になる。直接販売によって価格が下がり、複雑だった流通も透明化されていく――という論だ。
 だがもちろん、いくらインターネットが普及してもそんなことは起きなかった。相変わらず流通は以前のままだし、卸売業者も健在だ。冷静に考えれば当たり前である。卸売業者が流通に介在することによって物流が円滑に行われているという側面は忘れてはならないし、卸売り業者が製品の付加価値を創出しているという面も大きい。メーカーのダイレクト販売で世の中がバラ色になるなんて、幻想以外の何ものでもなかった。
 そもそも、卸売業者や代理店の介在を排除することで景気が上向くなどというのは、冷静に考えればかなり異常な発想だ。景気後退の理由は、世の中がIT化されていないからではないだろう。
 米経済誌『フォーブス』アジア太平洋支局長の著者が書いた「ヤクザ・リセッション さらに失われる10年」は、ヤクザと政官財の癒着に、日本の大不況の原因があると説く。若干、謀略史観に彩られすぎな気もしないではないが、莫大な公共投資や金融機関の巨額の融資の多くが、ヤクザが蠢く裏社会の中に呑み込まれていったのは事実。銀行が苦しんでいる不良債権の多くが、裏社会に関係していると言われている。
 IT革命でトランスペアレントにしなければならなかったのは、流通なんかではない。政府や銀行から出た資金の流れを透明にし、次世代を担うベンチャー企業への投資をもっときちんと行えるように制度を変えるなど、社会自体の構造改革を進めるべきだったのだ。たとえば土地や個人保証を担保にするのではなく、敗者復活可能な形でベンチャー支援を行うなど、いくらでも方法はあったはず。そうした社会の構造を放置したままIT革命といくら騒いでも、しょせんは画餅でしかなかったと言えるだろう。
 ITが流通を変えなかったとしたら、ITは日本の社会にいったい何をもたらしたのだろう。
 7月に急逝されたアナリストの三石玲子氏が、昨年9月に刊行した「『IT革命』はどこへ消えた 『勝利の方程式』をつかめ!」。実例として登場するさまざまな“お笑いIT革命”は、あまりにも面白すぎる。たとえば街の小さな商店に最先端のマルチメディア端末を置き、その端末を中心に人々が世間話をしに集まるというプロジェクト。3Dの画面にキレイなお姉さんが「いらっしゃいませ」と呼びかけてくれるのだけが売り物のショッピングモール。本書に登場するのはいずれも数年前の事例だと思われるが、当時のIT革命狂騒曲を思い出させ、なんだか恥ずかしい気分になるのは請け合いだ。
 三石氏は、IT革命らしきものが日本で起きなかった理由を「日本の企業や社会システムとネットワーク社会の価値観が合わなかったことがあるだろう。(中略)ネットのオキテは『小さいことはよいことだ』であったが、日本の常識は『大きいこと』に依然として価値を求めた」と書く。その分析は鋭いが、しかし日本独自のIT革命の道もあったのではないだろうか。
 さらに言えば、米国においてもIT革命は決して成功したわけではなかった。先走りすぎたIT革命は、逆にさまざまな歪みを生んでいる。「なぜ誰もネットで買わなくなるのか 米国eビジネスの失敗に学ぶ」は、米国でもてはやされたBtoCモデルの失敗理由を、豊富な実例から分析している。その理由は多岐に渡るが、ひとことで言えば「技術指向型の企業が顧客のニーズやマーケティング戦略を無視し、技術のための技術の採用に走ってしまったから」ということになるのだろう。
 IT革命のもうひとつのネガティブな側面を暴き立てたのは、「窒息するオフィス 仕事に脅迫されるアメリカ人」。グローバリゼーションと株価至上主義の中で、TCO削減とROIが声高に叫ばれるアメリカ型IT社会。その過酷な競争ルールがいかにしてアメリカ人ビジネスマンたちから生活のゆとりや人間らしさを奪っていったのかを、膨大なインタビューから再構成している。IT化とリエンジニアリングの中で仕事はどんどん増えるが、逆に収入と福利厚生はどんどん減り続けている。ホワイトカラーの中でも貧富の差は激しく拡大しつつある。
 とはいえ、ITが創り出す可能性の地平線はまだ大きく広がっている。いや少なくとも、そう信じたい。IT革命という言葉は消滅しつつあるが、ITがビジネスに与えるインパクトは今も続いており、さまざまなパラダイムの転換を促そうとしている。
 そうした大きな変革のひとつは、ネットワークコミュニティの登場だ。東芝クレーマー事件はメーカーサポートのあり方を改め、メーカーの裏事情を書き立てる2ちゃんねるは(良きにつけ悪しきにつけ)大企業に対する人々の見方に影響を与えている。インターネット上に登場してきたオンラインコミュニティは、消費者とメーカーの関係性をドラスティックに変えようとしているのかもしれない。
 ネットベンチャー・ガーラの代表取締役会長である著者の「オンライン・コミュニティがビジネスを変える コラボレーティブ・マーケティングへの転換」は、コミュニティという存在がビジネスにどのようなインパクトを与えようとしているのかを自社の実例をもとに描いている。コミュニティと企業がお互いを尊重する中から新たな発想と価値が生まれ、そしてそのコンセプトを理解できなければ企業は生き残れない、というのが主張の中心だ。IT革命は流通を変えるのではなく、コミュニティを介在させることで消費者とメーカーの関係性を変えていく――つまりIT革命は、コミュニティ革命と言い換えることができるのかもしれない。


「ヤクザ・リセッション さらに失われる10年」
著者:ベンジャミン・フルフォード
光文社
日本の不況を「ヤクザ不況」であると訴える著者が、信じがたい政官業とヤクザの癒着を描く。

「『IT革命』はどこへ消えた 『勝利の方程式』をつかめ!」
著者:三石玲子
主婦の友社
あれほどまでに騒がれたIT革命が、なぜうまくいかなかったのか。IT革命の中に内在していた矛盾や誤解を解き明かしながら、今後のIT化のあるべき姿を考える。

「なぜ誰もネットで買わなくなるのか 米国eビジネスの失敗に学ぶ」
著者:ロジャー・D・ブラックウェル、クリスティーナ・ステファン
訳者:島田陽介
ダイヤモンド社
オンラインショッピングの失敗は、顧客不在の戦略にあった。インターネット販売を成功させることができる10の戦略を説明する。

「窒息するオフィス 仕事に脅迫されるアメリカ人」
著者:ジル・A・フレイザー
監訳:森岡孝二
岩波書店
2001年に米国で出版され、アメリカのホワイトカラーの過酷な生き方を描いて大きな話題となった。

「オンライン・コミュニティがビジネスを変える コラボレーティブ・マーケティングへの転換」
著者:村本理恵子、菊川暁
NTT出版
顧客をいかに取り込むかという発想ではなく、顧客とどのようにして尊重しあいながらコラボレートしていくのかが重要。これからのインターネットビジネスのあり得べき姿を考える。