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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「士業」や「メンター」と言われる職業がある。弁護士や公認会計士、税理士、社会保険労務士といった国家資格を持つ職業のことだ。こうした有資格者たちをインターネット上で組織化し、顧客に対してワンストップの相談サービスを提供しようというビジネスがある。規制緩和の波の中で士業ビジネスの競争激化がささやかれる中、こうした動きは大きな潮流となるのだろうか。そしてナレッジワーカーの最先端の世界で、SOHOはどのように機能しているのだろうか。
「お店の一角をギャラリーとして使用し、エルメスやヴィトンなどの有名ブランドのショッピングバッグにイラストを描いて展示したいと思っています。ブランドへの愛情と、ブランド信奉者への若干の皮肉を込めた企画です。この企画は法律上問題になる部分はあるでしょうか?」
株式会社コンサルティングファームが運営するインターネットの経営支援サイト「BIZIPA(Business Partners Network)」で、ある日会員からこんなメッセージが掲示板に書き込まれた。
約24時間後、「顧問団」の専門家のひとりである弁護士は、細かい理由を添えてこんな答を返した。
「法的に問題となりうるビジネスですね。グレーゾーンではあるのですが、訴訟を提起されたり、警告を受けたりする可能性は高いと思われます」
弁理士からも同様の回答がつく。「企画を中止するか、事前に有名ブランドの了承を取り付けてから企画を実行することをお勧めします」
ところがさらに20時間後、今度は顧問団の一級建築士から、こんな回答が寄せられた。
「行う方法はあります。作家が行うアート展にすると、ショッピングバッグの加工および複合展示はアートとみなされます。ソウルのシェラトン・ウォーカーヒルズのアートセンターで、世界のショッピングバッグ展をアートディレクターとして開催したときに、法的検証を行いましたので間違いありません」
弁護士と弁理士の見解が、覆されたのだ。約1時間後、最初に回答した弁護士から、こんな回答が付け加えられた。
「なるほどアート展覧会のかたちであれば合法ですね。譲渡や引き渡しを前提としない展示であれば、商標権侵害ともなりませんし、不正競争防止法にも触れないということです」
こうして最初の質問に対し、約2日間で問題の解決が行われた。もしこの質問が、弁護士や弁理士などに単独に投げられているだけだったら、こうした解決は存在しなかっただろう。質問者は弁護士の「法的に問題がある」という回答であっさりあきらめ、このショッピングバッグの企画を中止していたはずだ。
その意味でこのケースは、約30人の「顧問弁護団」という専門家のネットワーク化されたパワーが、存分に発揮されたといえる。しかもこの問題解決までの2日間、相談者や弁護士、弁理士、一級建築士らは一度も対面していない。すべてがインターネット上のブラウザベースの掲示板でやりとりされていただけなのである。
BIZIPAは、ウェブベースの掲示板システムを使い、経営相談を行う会員制のサービスだ。スタートは2000年12月。顧客1社あたりの利用料は月額3万円で、質問を投げかけると、弁護士や税理士、公認会計士などの専門家が原則72時間以内に回答してくれる。通常では弁護士、公認会計士、弁理士とバラバラに相談しなければならないのが、BIZIPAではワンストップのサービスとして提供されている。しかも金額はそれぞれの専門家とそれぞれ契約するのと比べれば、破格に安い。
このBIZIPAというビジネスモデルを支えているのは、「メンターネットワーク」という名称で組織されている国家資格者たちの異業種ネットワークだ。
これまで、士業といえば「大名商売」「座って待っていれば客が来る」といったイメージが強かった。それは国家資格の関門がきわめて高く、たとえば米国などと比べると人口に対しての資格者数の比率がきわめて低かったからだ。言い換えれば、士業への需要に対して資格者の供給が少なく、需給のバランスが著しく偏っていたからだ。
ところが規制緩和の大きな潮流の中で、国家資格者への門戸は大きく拡大されつつある。これまで小さく絞られていたメンターたちの供給の水流が、思い切って開かれることになったのだ。さらにこれまで禁止されていた弁護士の広告や なども解禁され、ますます競争が激化していくのは避けられない状況になってきた。これまで小さな事務所を構え、机の前にデンと座っていれば、勝手に客が向こうからやってくる――という時代は終わりを告げることになりそうな雲行きなのだ。法律家大国である米国がそうであるように、巷に弁護士があふれ、腕が立ち営業が上手な弁護士は成功するが、逆に営業能力も弁護能力も低い弁護士では、今までのように左団扇では仕事はできなくなってくる。経験や学習能力が占める割合が以前よりも多くなり、営業や広告宣伝も必要になってくる。スタッフの人件費やITへのシステム投資も当然、大きくなる一方だ。
そんな中で、士業をなりわいとしてきた資格者たちはどう生き残っていくのか。コンサルティングファームを立ち上げたスタッフたちが考えたのは、メンターたちのSOHO化、ネットワーク化というモデルだった。
みずからも公認会計士である同社CFOの橋本聡氏は語る。
「今後、士業の世界には、専門性の高いサービスを高料金で大企業などに提供するビッグファーム(大規模事務所)化が進むとともに、記帳代行などの専門性の低いサービスを低料金で提供する事業会社が大量に参入してくる。そうなると、これまで個人事業者としてやってきたメンターたちは居場所がなくなってくる」
その時代状況をかいくぐるためには、専門性を生かした得意分野で勝負し、しかもビッグファームよりも安い料金でサービスを提供できるSOHO形態を目指すしかないというのだ。そしてそのSOHO形態を実現するためには、仕事の紹介や専門性の分業体制を実現するネットワーク化が必須となる。
メンターネットワークは、入会金10万円、月会費1万円の会費制クラブのかたちを取っている。現在、メンバー数は約250人。年齢構成の中心は30〜40歳代で、やはり今後の士業ビジネスについて、危機感を抱いている人が多く集まってきているようだ。
メンバーに向けたサービスは多岐にわたるが、その中核にあるのは「切磋琢磨」から名づけられた「SESSA」と呼ばれる掲示板形式の会員相互の相談室と、バーチャルな顧問団を結成して顧客企業への経営相談を行う掲示板のBIZIPAだ。そしてこれら相談室は、ある種パソコン通信的なノリを漂わせている。たとえばシステムオペレーターやモデレーターにあたる管理人「デジタルナビゲーター」が存在することなど、その最たるものだ。
デジタルナビゲーターは顧客企業からの相談の書き込みをチェックし、回答の反応が鈍ければ、顧問団のメンバーに対して回答を作るようにメールや電話で直接要請。あるいは回答の内容があまりにもひどければ、修正を求めたり、他のメンバーにフォローをお願いしたりする。専門家たちは“表”の掲示板で顧客企業に回答しつつ、顧客からは見えない“裏”の会議室で、さまざまなやりとりを続けながらある種の相談コミュニティとでも言えるものを作り上げている。
「こんな回答で良かったのでしょうか。自信がありません」
「フォローしていただいて、ありがとうございました。わたしが間違っていたようです」
「これにめげず、これからも頑張ってください! 何ごともチャレンジが大事ですよ」
こんなやりとりが、メンターたちの間で日夜続けられているのだ。
コンサルティングファームが作り上げたこの掲示板システムはきわめて巧みにできており、メンバーのモチベーションを高めるための仕掛けとして回答への評価システムも導入されている。メンターが回答するたび、顧客が5点満点で回答を評価。評価の点数はランキングされ、高い評価点数を獲得したメンバーには「メンターチャンプ」という称号を与えて表彰している。
そしてパソコン通信に「オフ会」があり、オンラインでは伝えきれない人情の機微を交換して会員同士の結びつきを深めていったように、メンターネットワークでも定例セミナー「メンタージャム」を開催してオフラインでの交流を盛んに行っている。顧客企業との間でも交流会が行われ、バーチャルな相談では足りない部分の信頼関係を構築するのにひと役買っているという。
橋本氏は言う。「コンサルティングファームは、あくまで事務局やエージェントとしての存在。システム的なお膳立てをきちんと作り上げておいた結果、メンターネットワークが自立的にコミュニティーを形成していくような形ができあがりつつある」
参加しているメンターたちの側にとっても、こうしたインターネットを使った組織形態は副業としてきわめて有効に作用しているようだ。ビジパは「72時間以内の回答」を目安にするなどインターネットならではの非同期性を前面に打ち出しており、回答者の側は本業の合間を縫って回答を作成することができるからだ。質問者にとっても、1時間の単価が数万円と言われる弁護士に直接面会して相談するのと比較すれば、時間原価はかなり安くすむことになる。
またこうしたテレワーカー的な形態でのSOHOは、子育て中だったり、あるいは引退して地方に転居するなど何らかの理由で第一線から退いたメンターたちにとっても、大きなメリットをもたらすことになる。対面が不要で、遠隔地からでもネット経由で相談を行うことができるというのがその最大の理由だが、利点はもうひとつある。
掲示板システムが使われているため、他の専門家たちの回答を読んだり、あるいは専門家だけの掲示板を使って仲間に回答内容などについて助けを求めたり、相談に乗ってもらったりできることだ。第一線から退いている資格者たちにとっては、この掲示板がスキルを維持するとともに、世間の最新動向を知る貴重な場となっているのだ。
回答報酬は現在は1件について2000〜5000円ほどで、中には月額20〜30万円もの収入を上げているメンバーもいるという。とはいえ一線で活躍している資格者が全面的に移行できるほどの収入は期待できないだろう。だが今後、このシステムが拡大していけば、収入の柱をこのバーチャルなSOHOネットワークから得る専門家も出現してくるのではないだろうか。
一方、経営についての相談をしたいと考えている顧客企業の側にも、実は大きなメリットが生じてくる。もっとも大きいのは、金額の問題だ。さまざまな分野できちんと相談に乗れる顧問弁護士を契約しようとすると、月額100万円単位の料金がかかってくる。しかし不況の時代にあって、顧問料としては月額10万円以下が限度、というのが多くの中小企業の実態だ。
この問題を、メンターネットワークが生み出した「顧問団」というシステムが解決した。弁護士や公認会計士、弁理士などで作る数十人もの手厚い顧問団を、数十〜数百社が共有して抱えることで1社あたりの負担を減らすことができる。しかも顧問団はネット上で接続されたバーチャルな組織になっており、参加している専門家たちは本業のアイドルタイムを使って顧問団としての経営相談に取りかかることができる。
橋本氏は「かつては顧問弁護士を雇っているだけで安心し、ほとんど何の相談もしないで年間数十万円〜数百万円もの顧問料を支払っていた企業が多かった。だが不動産や自動車などで雪崩を打って起きているように、時代は『所有』から『利用』へ、『独占』から『共有』とパラダイムがシフトしつつある。弁護士などの顧問も、契約しているだけでなく、きちんと利用してパフォーマンスを重視する方向に変わりつつある」と話す。
事務局を担っているコンサルティングファーム自身のビジネスモデルも、この中小企業向けのメンターネットワークの“ホールセール”とでも言えるような形態の展開を進めている。たとえば地銀、第二地銀などは融資先を組織化して「経営者クラブ」といった名前で中小企業数千社の交流会を作り、経営支援や経営相談などもサービスの一環として行っているケースが多い。コンサルティングファームではこうしたサービスに目をつけ、銀行と契約して経営者クラブにメンターネットワークを使った経営支援サービスを一括して提供するビジネスをスタートさせている。
考えてみれば、メンターとは基本が個人事業者であり、しかも高度に知識を蓄積させたナレッジワーカーの最先端でもある。そう考えれば、こうした専門家のSOHO化、ネットワーク化というのはきわめて自然な流れであり、今後の将来性も大きく見込める市場になっていく可能性は高いだろう。