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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 オープンソースが、昨年秋から突然の大ブームを巻き起こしている。点火したのは、昨年秋のことだ。朝日新聞が昨年11月16日に派手に掲載したこの記事が、その転換点を象徴している。
 「電子政府、脱ウインドウズへ 基本ソフトを公開型で導入の動き」
 総務省が電子政府で調達するシステムにオープンソースを検討している、というこの報道は、それまでオープンソースに何の関心もなかった一般社会に大きな反響を呼び起こしたとされる。
 さらにこの報道に呼応するように、同じ時期に富士通がオープンソースへの参入を宣言した。「2007年3月期にLinuxの売上高を3500億円にまで伸ばす」というその戦略を打ち出したのだ。NEC、日立製作所も参入の意向を表明しており、かねてからLinuxビジネスの展開を進めている日本IBMとともに、IT業界も雪崩を打ってオープンソースへの傾斜を強めていくことになった。

国際社会の戦略に呑み込まれるオープンソース

 果たして何が起きているのだろうか。
 その背景をつぶさに見てみると、実はオープンソースが各国政府の戦略の中へと巻き込まれようとしている実情が浮かび上がってくる。
 米国の経済支配から逃れ、地域経済を再編したいという欧州、アジアの思惑がオープンソースという文化を呑み込もうとしているのだ。
 そんな国家戦略を今もっとも過激に推し進めているのは、中国かもしれない。1999年、「紅旗(Red Flag)Linux」というディストリビューションの開発プロジェクトを政府科学院が中心となって立ち上げ、膨大な技術者を投入して開発を進めてきた。開発が完了したデスクトップ向けバージョンはわずか3ドルという破格値で発売され、すでに120万台のパソコンにプレインストールされて出荷されているという。
 さらに昨年夏には、北京市政府が中心となって「揚帆(Yangfan)Linux」という新たな事業もスタートした。これはRed FlagをベースにしてWindows 98そっくりのデスクトップ向けOSを作ろうという、何とも挑発的なプロジェクトだ。今年1月にはその第2期プロジェクトとなる「起帆(Qifang)Linux」計画もスタート。Windows 98の95%の完成度を持ったバージョンを今年12月に製品化する予定とされている。同時に電子政府用途をにらんだサーバ向けバージョンも開発が行われており、台湾との技術協力も検討されている。また中国国内で開発されている各ディストリビューションの標準化も進められているといい、そこには「完全自国主義」の強烈な意志を感じさせる。
 海外のオープンソース事情に詳しい三菱総合研究所主任研究員の比屋根一雄氏は「OSからCPU、さらにはLSIまで、中国はすべて自国で開発・生産しようとしている。IT産業を米国の支配から完全に独立させようという意図が背景にある」と解説する。
 こうした“強い意図”は、欧州各国の政策にも色濃く現れている。イギリスとドイツ、ノルウェーの3国は昨年、政府内で使うソフトをオープンソースで開発したものに事実上限定する計画を発表している。また欧州連合(EU)は「eEurope」という電子政府構想を進めているが、この中でオープンソースの利用を推進していくことを掲げている。比屋根氏は「各国のシステムがバラバラでは欧州連合の電子政府計画が失敗してしまう可能性があり、相互運用性を高めるためにオープンソースの導入を進めているという事情もある」と話す。

オープンソースのアジア戦略

 こうした状況の中、日本政府もオープンソースへの傾斜を過度に強めつつある。もっとも象徴的なのは、経済産業省が進めるオープンソースのアジア戦略だ。
 きっかけは、昨年10月に開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)ITワーキングループ「eASEAN」の課長級会合だったとされる。この会議で経産省幹部が、ASEANと中国、韓国に対してオープンソースに関するシンポジウムの開催を提案。物価レベルを考えるととんでもない高価な商品であるWindowsに、自国のIT化の足が引っ張られていたASEAN諸国はこの提案に飛びつき、この3月にタイ・プーケットで日中韓・台湾とASEANの14カ国・地域が参加するシンポジウムが実現した。シンポジウムの共同声明は、アジア域内にオープンソースのコミュニティを育てていくことの重要性が確認され、オープンソースを普及・促進していくために各国関係者がメーリングリストなどで情報を共有し、協調していくことが決められた。
 しかし経産省の本当の狙いは、ASEANではなく中韓、台湾との連携にあるのではないかと指摘する声もある。中国にとっては、日韓の先進的な技術を取り込むことで自国のオープンソースソフトの完成度を高めたいという考えがある。一方、日本や韓国にとっては、膨大な数のプログラマーを擁する中国ソフトウェア業界の底力と巨大な市場は、自国製品の売り込み先として魅力的な存在に映る。オープンソースという枠組みでつながりながらも、それぞれの思いは同床異夢ということなのだろう。日本の経産省は、中韓台湾とオープンソース同盟を作るかたわら、ASEANに対してはオープンソースの技術供与を進め、ある種の“IT囲い込み”政策を狙っているようにも見える。これをアジア域内経済再編の一手とみるのは、うがった見方だろうか。

オープンソースの文化が歪んでいく?

 それにしても――。
 政府主導によるオープンソース戦略が雪崩を打って進んでいくことについては、疑問の声も少なくない。
 そもそもオープンソースとはいったい何だろう。
 その歴史は1980年代初頭にまでさかのぼる。GNU宣言を発表し、フリーソフトファウンデーション(FSF)を設立したリチャード・ストールマンがその源流だ。「ソースコードの修正、再配布は自由だが、再配布に強い制限を課してはいけない」と独占的な著作権利用を拒否したフリーソフトの思想は、プログラマのコミュニティの中では圧倒的な支持をもって受け入れられた。だが西海岸的なヒッピームーブメントの影響を受けたある種共産主義的な発想には、ソフトを販売して収益を上げているビジネスの世界からは受け入れられない。一般社会への影響は少なかった。
 その流れが大きく変わったのは1990年代後半、インターネットの普及が臨界点を突破してからだ。昨年、日本でNPO「フリーソフトイニシアティブ(FSIJ)」を立ち上げた青山学院大学大学院の井田昌之教授が語る。
 「インターネットによって、コミュニティの助け合いの中でソフトやコンテンツなどを無償に提供しあうという考え方が顕在化した。それによって、フリーソフトという思想は決して過激な革命思想ではなく、自由主義の本質なんだということが理解されてきた。そしてその本質には、助け合いと比較優位性がある。助け合いによってコミュニティが生産物や文化を創り上げ、そのコミュニティの中で比較的優位に立つメンバーが、より多くの利益を得るというモデルだ」
 言い換えれば、「助け合い」と「競争」を両立させるということなのだろう。それは90年代、Windowsの独占支配が“収穫逓増”というニューエコノミーのキーワードで語られ、「競争に打ち勝って市場を支配した1社だけがすべてを得る」というモデルが持てはやされたのとは、まったく逆の発想といっていい。
 そしてこうした文化が醸成していったところに、リーナス・トーバルズの開発したLinuxの登場が拍車をかけた。Linuxによって、フリーソフト=オープンソースがビジネスになることが証明されたのだ。

オープンソースの本質は多様性のはずだが……

 しかし井田教授は、最近のオープンソースブームに対しては強い警鐘を鳴らしている。
 「オープンソースを旗頭にしてWindowsを仮に駆逐したとしても、逆にオープンソースの特定のOSが独占的になってしまったら、それは決してわれわれにとって幸福な状態とはいえない」。そして「重要なのは、多様性だ」という。
 政府や大企業が進めているさまざまな戦略は、果たしてソフトウェア文化の発展に結びつくのだろうか。そこにはさまざまな危惧が生じてくる。
 ある日本人プログラマーが指摘する。
 「大企業がオープンソースに参入し、オープンソースのOSやアプリケーションに独自の改良を加えて販売するビジネスをスタートさせている。だが彼らは改良したソースコードを再配布しないから、その成果はコミュニティにフィードバックされない。結果的に互換性のないソフトがあふれることになりかねず、商用UNIXが分裂していったのと同じ歴史を繰り返す可能性が高まっているのではないか」
 政府主導でオープンソース化が進められることに対しても、不信の念は強い。たとえば通商産業省(現経済産業省)は過去、シグマ計画という大失敗を犯した“前科“がある。国産の独自汎用機を作ろうとしたこのプロジェクトは、1985年から5年間もの月日と250億円の巨費が投入され、しかしまともな成果は何も生み出さなかった。同省がその後立ち上げた第五世代コンピュータ計画も、成功であったとはいいがたい。
 ある外資系IT企業幹部は「オープンソースを進めている官僚は大手IT企業の担当者と接触しているだけで、オープンソースコミュニティのプログラマたちとはまったく接点を持っていない。コミュニティのメンバーには『こんなにオープンソースが大きく扱われるのは怖い状況だ』という思いを持つ人が増えている」と打ち明ける。
 そもそも同省が情報処理振興事業協会(IPA)をソフト産業への補助金を出す窓口にしていること自体、オープンソースという枠組みにうまくあてはまるのか。関係者のひとりは「IPAは企業を対象にして補助金を投入している。だがオープンソースを担っているのはボランティア的なプログラマー個人で、そうした人たちを直接支援していく仕組みが必要だ」と指摘する。
 しかしそんな中で、こうした状況に何とか取り組もうという動きも出てきている。IPAが昨年スタートさせた「未踏ソフトウェア創造事業」はもともとは通称「ハッカー支援事業」と呼ばれていたほどで、プログラマ個人への支援を目的とした新しい枠組みだ。また前出のFSIJは、オープンソースのデータベース構築とともに、プログラマ個人の支援の枠組みを模索している。オープンソース文化の“液状化”をとどめようという動きは、少しずつ生まれ始めている。