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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「注目された日本を代表するRFID両巨頭の対談は肩すかし」
今春、ユビキタスIDセンターとAuto-IDセンター日本拠点をそれぞれ立ち上げ、「RFID(無線ICタグ)の標準化をめぐって対立している」と報道されてきた坂村健・東大教授と村井純・慶応大教授。コンピュータ/インターネット業界の理論的支柱でもあるこの両巨頭が11月20日、慶応大SFC研究所主催の「SFC OPEN RESEARCH FORUM 2003」で対談した。
この対談はかねてから注目されていた。村井教授が日本拠点の代表を務めていたAuto-IDセンターがこの秋からEPC Globalという新しい組織に発展的解消し、実運用に向けて大きな前進を見せることになったからだ。EPC Globalは、国際的なバーコード管理団体である米UUCと国際EAN協会がそれぞれ50%出資。Auto-IDはコード体系を現在のバーコードの上位互換とし、流通の現場で広く使われているバーコードに置き換えられていくことが期待されている。もともとAuto-IDセンターには米ウォルマートや独メトロという世界トップ3に入るスーパーマーケットに加え、ペプシコーラやP&G、ジレット、米郵政公社など流通に関わるそうそうたる大企業が名を連ねていた。今回のEPC Globalの設立で、コード体系の標準化はほぼ解決したと言っていい。技術体系の標準化についても、EPCの規格がISO(国際標準化機構)に承認される見通しが高まっている。
だがこの動きに対し、ユビキタスIDセンターからは公式コメントは発表されなかった。一方でEPC GLobalが設立発表した10月末、村井教授はAuto-IDセンターのセミナーで「ユビキタスIDセンターとは対立する関係ではない。Auto-IDセンターの顧問会議に坂村先生も入っていただいている」とコメントし、また経済産業省幹部もこのセミナーで「EPC Globalのコード体系を使うことで片は付いた。坂村さんもこのコードを使うということで了承を得た」と話した。
では坂村教授本人は、どう発言するのだろう――それが注目の的だったのである。
だが、対談ではこうした標準化団体をめぐる話はほとんど扱われなかった。慶応大主催という遠慮もあったのか、村井教授はホストとして聞き役に回り、坂村教授がみずからの理念についていつものように機関銃のように喋りまくった。
坂村教授が提唱しているユビキタス・コンピューティングの理想像。そのビジョンと、現実のビジネスとしてのITをどう結びつけるかは、TRONを作り出したころからの坂村教授の大きなテーマとなっているのだろう。教授は、次のように話した。
「コンピュータは面白くなってきたが、その一方で商業主義にもなった。産業基盤に乗っているんだから否定はできないけれど、ぼくらが追い求めている理想のコンピュータとはズレができてきている。これをどうこちらに引き戻すかというのが、戦い」
「企業の役に立てるようにしながら、理想のコンピュータを作らなければならない。その思いが、オープンやフリーといった思想に現れている。それは僕が以前から言っているイネーブルウェアにもつながっているんです」
TRONは1980年代、国産のOSとして一世を風靡した。だがバブル時代に勃発した日米貿易摩擦で、アメリカがTRONを非関税障壁のひとつとして槍玉に挙げ、日本政府もこれに屈して公的機関のTRON採用を撤回した。その後TRONは長く不遇の時代を過ごし、だが90年代以降に非パソコン機器が登場するに従って、組み込み系のリアルタイムOSとして広く普及するようになった。その間のさまざまな紆余曲折については、多くのストーリーが語られている。そして、そうした劇的な物語があったこそ、最近行われたTRONとマイクロソフトとの提携では「恩讐の彼方に」などと言われもしたのだ。
坂村教授も、IT業界や政府に対して、ある種のルサンチマンを感じているのかもしれない。対談では、熱っぽく次のように語った。
「いろんなことがあって、理解されるようになった。パソコンで失敗したからTRONを作ったとか言われたけど、そんな簡単に言い表せることではない。わかっていても、わざと逆のことを言う人もいる。最初は世の中にはいい人ばかりだと思っていたけど、この20年でわかってきました。今は悪い人が多いと思っています」
「技術が社会にどういう影響を与えるのか討論するのはいいけど、技術的に勘違いした人が参加するのはやめてほしい。感情論で参加してほしくない」
コンピュータに対するそうした強烈な意志は、RFIDをめぐる坂村教授の議論にも色濃く反映されているようだ。
そもそもユビキタスIDセンターのコンセプトは、坂村イズムにあふれている。単なるバーコードの代替ではなく、ユビキタスコンピューティングの中核となる革命的なテクノロジーとしてRFIDをとらえるという考え方だ。
一方で、Auto-IDセンターは泥臭いほどに現実的だ。Auto-IDの発想はどこまでもバーコードの代替による流通現場の改革であり、それによって社会のあり方を根底から変えていこうという思想性には乏しい。それはウォルマートやジレットといった流通企業、メーカーによって主導されていることも背景にあるのだろう。
だがそうしたAuto-IDセンターがスタンダードとして世界を覆おうとしていることには、坂村教授は異論があるのだろう。坂村教授は「TRONは商業主義的なところで主導権を握ろうとしているのではない」と繰り返し、村井教授のAuto-IDセンターをさりげなく批判しているようにも見えた。
村井教授と坂村教授の対立は、これまで報道されてきたように「標準規格の対立」などではない。標準化の対立ではなく、RFIDという世界をひっくり返し変えない新しい技術を、どう社会に受け止めさせるかという路線の対立だったのである。その意味で、この対立は今後も続いていくと言えるだろう。
(説明)
慶応大学SFC研究所主催の「SFC OPEN RESEARCH FORUM 2003」は2003年11月20、21の両日、六本木ヒルズの森タワーで行われた。同大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)で行われている先端的研究活動の成果を社会に公開することを目的としており、8回目となる。今回のテーマは「天地共生:ユビキタス社会のかたち」で、ユビキタス社会をめぐる課題やビジネスモデル、メディアデザイン、看護医療、eラーニングなど幅広い分野に渡って研究発表が行われた。中でも注目を集めていたのは、やはりEPC Globalが設立されたばかりのAuto-ID関連。本文の坂村・村井対談に加えて、村井教授や國領二郎・慶応大教授、根来龍之・早稲田大学大学院商学研究科教授、ワイズシステムの農業コンサルティングチームマネージャー、山本謙治氏らが出席したパネルディスカッション「Auto-IDをはじめとする自動識別技術の可能性とビジネス・社会モデル」も多くの聴衆を集めた。