BACK
TOP
佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
カード型カメラがわれわれの暗証番号を狙っている!
「まさかそんな方法で盗まれているとは、想像もしていませんでした。最初は内部犯行と疑われてしまい、従業員の間でも疑心暗鬼が広がってしまったほどです」
そう話すのは、関東地方のゴルフ場に勤める女性スタッフ。最近、ゴルフ場を舞台にした連続窃盗事件が相次ぎ、大騒ぎになっているのである。
内部犯行と疑われたのも無理はない。手口がきわめて巧妙だったからだ。
ゴルフ場のクラブハウスには通常、「貴重品ボックス」と呼ばれる暗証番号式のロッカーが設置されている。壁にコインロッカーを小振りにしたようなボックスがずらりと並び、その中央には液晶パネル式のテンキーコンソールが設置されている。このコンソールで50程度のロッカーを集中管理している。100〜200のロッカーが設けられている場合は、コンソールも2〜4カ所に分散して設置されていることが多い。
たいていはキー入力が他人から見られないよう、上部と両脇の3方向にカバーが取り付けられている。利用者は空いているロッカーの番号と4桁の暗証番号を入力する。ロッカーがカチリと解錠される。財布やカードケース、腕時計などの貴重品を中に収めてドアを閉めると、自動的に施錠されてコンソールから扉番号と日時がプリントされたレシートが出力される。解錠するときは、同様にロッカー番号と暗証番号を入力すればいい。
ごくシンプルな仕掛けの暗証番号式ロッカーだが、セキュリティはかなり高いと言っていいだろう。だが、この貴重品ボックスから現金やカードが盗まれる事件が今年に入り、多発するようになった。中部地方の地方紙記者が話す。
「朝、貴重品を預けたお客さんがコースを終えて戻ってみると、貴重品ボックスの中身が空になっているという事件が相次いだんです。ボックスをこじ開けた様子もなく、正規の手続きで解錠したとしか思えませんでした」
ボックスを解錠するには、利用者が設定した任意の4桁暗証番号を入力する必要がある。だが中には暗証番号を忘れてしまう利用者もいるから、ゴルフ場側が解錠する方法も用意されている。おまけに4桁暗証番号は入力エラーがあった場合、すぐには再入力できないようになっている。1万通りの中からすべての番号をランダムに打ち込んで解錠するのは、時間的に不可能だ。だから当初、裏の解錠方法を持っているゴルフ場側の内部犯行ではないかと疑われたのだが――。
しかし警察などの捜査で発覚したのは、思いもよらない鮮やかな手口だった。
「暗証番号を入力するテンキーのカバーの裏側に、カード型の小型カメラがこっそり設置されていたんです」(地方紙記者)
最近は超小型のCCDカメラが市販されている。これを両面テープでコンソールのカバーの裏側に貼り付け、無線で画像を飛ばすという手口だったのだ。被害者が暗証番号を入力している様子を遠隔地からこっそり監視し、4桁の番号を盗み見ていたというわけだ。暗証番号の盗撮である。後は素知らぬ顔で貴重品ボックスまで行き、正規の利用者のフリをして解錠し、中の物を盗むだけ。被害者はコースに出ているから、よほどのことがない限り、現行犯で捕まる心配はない。きわめて単純かつ巧妙な方法だった。
インターネットで検索すれば、無線送信機一体型のCCDやCMOSカメラを販売しているオンラインショップはいくらでも見つけることができる。価格は3万〜4万円程度。たとえば典型的な製品を見ると、次のようなスペックだ。
有効画素数 25万画素
レンズ F5.6
最低照度 3ルクス
シャッター速度 1/60〜1/2000秒
外形寸法 16(W)×35(H)×15(D)mm
重量 20g
動作温度 5度〜40度
サイズがきわめて小さく、親指の先ほどしかない。重量も軽く、市販の両面テープがあれば平坦なプラスチックや金属部分に簡単に貼り付けることができるだろう。前出のゴルフ場女性スタッフが証言する。
「警察の人に指摘されてテンキーカバーの裏側を手で探ってみたんですがまったくわからず、懐中電灯で照らしながら調べてみて、初めてカメラの存在に気づいたほどでした。カバーの部品の出っ張りか何かにしか見えなかったですね」
無線周波数には、IEEE802.11bと同じ2.4GHz帯を使っている。つまり無線LANと同様、見通しの良い場所なら50〜100メートル程度は届くということだ。
この女性スタッフが巻き込まれた事件では、犯人はゴルフシューズバッグの中に受信機とデジタルビデオカメラを入れていた。
受信機の大きさは、無線LANアクセスポイント程度だろう。見た目もアクセスポイントにそっくりだ。重さは300〜400グラム程度しかない。当然、乾電池でも動く。受信した映像はMINIプラグで外部に出力することができる。
ゴルフ場は、不特定多数の人が数多く出入りする場所だ。シューズバッグをぶら下げ、ゴルフウェアに身を包んだ中年男が人待ち顔でロビーやラウンジ、ロッカールームなどをうろついていても、不審に思う人は少ない。レストランだけの利用客もいるから、コースに出ていないのを疑うわけにはいかない。
そして犯人は何も知らない被害者たちが貴重品ボックスに財布やカードケースを預けてコースに出て行ったのを見計らうと、暗証番号入力の一部始終が録画されたビデオカメラ入りのバッグを持って、男子トイレの個室にこもる。中でビデオを再生して暗証番号を読み取れば、一丁上がりだ。後は素知らぬ顔で貴重品ボックスを解錠し、中の品物をごっそりさらっていくだけである。犯行時間は9時〜10時ごろのわずか1時間。あっという間の荒技といえる。
ゴルフ場の貴重品ボックスシステムには、ふたつの盲点があった。
第1には、50個ものロッカーがひとつのコンソールで集中管理されていることだ。1カ所に盗撮カメラを設置しておけば、一度に数多くの暗証番号を読み取ることができてしまう。集中化によるセキュリティの脆弱性である。
2点目は、暗号に4桁の数字を採用したことだ。覚えやすく入力しやすいが、大きな盲点がひとつある。銀行のATM(現金自動預け払い機)などで使うキャッシュカードの暗証番号と同じフォーマットだったということだ。
先の地方紙記者が指摘する。
「多くの被害者が、銀行のキャッシュカードやクレジットカードと同じ4桁数時を使って貴重品を預けていました。犯人は貴重品ボックスからカードを盗むとその足で銀行のATMに直行し、多額の現金を引き出していたんです。このため被害がきわめて大きくなってしまった」
たとえば2002年末から2003年5月にかけて福島県内4カ所のゴルフ場の貴重品ロッカーを荒らされた事件では、住所不定の無職男(42歳)など5人のグループが摘発されている。このグループは4カ所のゴルフ場で10人のキャッシュカードを盗み、計360万円以上の現金をATMから引き出していた。さらに福島県警などの捜査によると、グループは千葉県や山梨県、奈良県など11の県で40件以上の同種事件を引き起こしており、被害総額は約1億円に上ったというのだ。また群馬、福井両県警が逮捕した東京都中野区の男(33歳)を中心とした6人グループの場合、2003年夏の約2カ月間に十数件の貴重品ボックス荒らしを敢行。5000万円以上を稼いでいたという。まさに濡れ手に粟の犯罪である。
福島県の事件では、盗んだキャッシュカードで現金を引き出す様子が、銀行のATMの防犯カメラに記録されていた。この映像から容疑者のひとりが割り出され、一網打尽に検挙することができたのである。監視カメラを使ってカネを盗み、そして監視カメラによって逮捕され、最後は監視カメラが大量に設置された刑務所の中に消えていく――監視カメラが社会の中に縦横に巡らされた21世紀の監視社会を、アイロニカルに象徴した事件と言えるかもしれない。
もっとも、人の盲点を突いた詐欺的窃盗というのは、決して新しい犯罪ではない。数十年も前、銀行の夜間金庫の前に「金庫が壊れています。夜間金庫をご利用の方はこちらにお入れください」と書いた紙を貼った偽の夜間金庫ボックスをこっそり設置し、利用者を欺いてカネをだまし取る事件があったのを覚えている人も多いだろう。最近ではオーストラリアなどで、ATMの機械の上に偽のカードリーダと監視カメラを設置し、暗証番号とカードの磁気情報を盗んでカードを偽造。キャッシングなどを悪用して本人の気づかないうちに多額の現金をだまし取られるという手口の事件が相次いだ。カードの情報を盗んで偽造する手口は「スキミング」と呼ばれるが、こうした事件は全世界で無数に起きている。
日本で多発している貴重品ボックス犯罪は、こうしたスキミングの亜種のひとつといえるだろう。盲点というのは恐ろしい。誰も想像もしていなかった場所に、思いもよらない落とし穴というのは存在しているのである。