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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


残虐ゲームをスケープゴートにする日本社会の幼児性

 昨年12月15日、茨城県八郷町の民家で、中学3年の少年(14歳)が突然、小学6年生の妹(12歳)を鉄の棒で殴りつけた。事件当時、両親は不在で自宅には誰もいない。建築資材として自宅の敷地内に置かれていた鉄棒は長さ60センチ、太さ1.8センチで、人を殺すには十分な凶器だ。
 頭から血を流しながら、居間の床にぐったりと倒れ込む妹の姿を見て、少年は我に返ったのだろうか。みずから110番通報し、駆けつけた警察官に殺人未遂の現行犯で逮捕された。妹は頭の骨を折る重傷を負ったものの、からくも一命をとりとめた。
 少年は、こう供述した。「直前まで、殺人プロファイリングのホームページを見ていました。急に誰でもいいから殴ってみたくなって、つい試してしまったんです」
 昨年6月、アメリカのテネシー州で起きた事件。ウイリアム・バックナー(16歳)とジョシュア・バックナー(14歳)というふたりの異父兄弟が、インターステートハイウェイ40号線を車で走りながら、で22口径のライフル銃を乱射。45歳の看護師の男性が死亡したほか、女性ひとりが重傷を負った。警察に逮捕された2人は、「退屈だったんで、好きなビデオゲームの真似をしてみたんだ」と供述した。そのゲームというのは「グランドセフトオート3」。この記事をお読みの人の中にも、ファンは少なくないだろう。ギャングの手下のチンピラとなり、車強盗をしながら次々と悪事を重ねていくという痛快無比の大ヒットゲームである。もちろんバックナー兄弟の起こした事件そっくりに、車で飛ばしながら銃を乱射することもできる。
 しかし、殺害された看護師の遺族は怒った。昨年10月、Play Station 2の販売元であるソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカ(SCEA)と開発会社のテイクツー・インタラクティブ・ソフトウエア、それに販売した小売店のウォルマートを相手取り、総額2億4600万円(約270億円)の損害賠償を求める訴えをテネシー州地裁に起こしたのだ。遺族は「メーカーはこのゲームによって、模倣犯が生み出される危険性を認識していたはずだ」と主張している。
 少年や若者がキレやすくなり、粗暴な犯罪に走ると、必ずやその原因はゲームやパソコン、インターネットに求められる。ここ数年、そんな繰り返しが延々と続いている。
 もうひとつ、例を上げてみよう。今年9月に発売され、話題になった書籍『ケータイを持ったサル 「人間らしさ」の崩壊』(正高信男著、中公新書)。京都大霊長類研究所のサル学者が、「ケータイでいつも他人とつながりたがる若者は、成熟した大人になることを拒否している」と解説し、若者たちが人間らしさを捨ててサルに退化しようとしていると説く。
 一昨年にブームになった「ゲーム脳」もそのひとつと言えるだろう。ゲームを長時間していると、脳波が低下し、高齢者の痴呆症と同じ波形を示すようになるというものだ。森昭雄・日本大教授が『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)という本に著し、世間の話題をさらった。ネット上などでは「トンデモ本ではないか」といった批判も相次いだが、文部科学省はこの問題を重視し、子供1000人を対象にした大規模な追跡調査をスタートさせている。
 あるいは、こんな古い事件はどうだろう。1999年夏に起きた全日空機のハイジャック事件。機長が刃物で殺害される陰惨な結末に終わったが、逮捕された容疑者はシミュレーションゲームのマニアだという無職の男(28歳)。警察の調べに、「宙返りやダッチロールをしてみたかった」「レインボーブリッジの下をくぐってみたかった」などと供述し、人々を呆れさせた。
 さまざまな事件が起きると、ゲームやコンピュータに責任が追いかぶせられる。ITに親和性のない中高年は、そうした報道に触れて「やっぱり機械は人をダメにするんだねえ」と妙に安心する――そんな構図ができあがっている。
 しかし、本当にそうなのだろうか?
 昨年12月、東大で興味深いセミナーがあった。東大ゲーム研究プロジェクトの公開講座第1回として、お茶の水女子大大学院の坂元章助教授が「テレビゲームと子どもたち――社会心理学の立場から」と題して講演を行ったのである。
 坂元教授は、ビデオゲームが暴力を喚起するとしたら、その要因には次の3つがあると話した。
 @報酬性 ビデオゲームでは、目の前に起きた問題の解決手段として暴力が選ばれる。暴力を使えば、問題は解決するんだ!と子どもたちは覚えてしまうというわけだ。
 A慣れ 暴力を振るうのには、思い切りが必要。でもゲームですぐに暴力を使うのに慣れていると、実社会でも暴力的な行動に走りやすくなるかもしれない。
 Bリアリティ ビデオゲームの表現能力が飛躍的にすごくなって、実世界との差がなくなりつつある。これも暴力に出やすくなる要因のひとつかもしれない。
 とはいえ、すべての若者や子供がビデオゲームで暴力に走るわけではない。当然だろう。そんなことが起きたら、ゲームが普及している国はみんな無政府状態になってしまう。
 坂元教授は「ビデオゲームについてはまだ研究が進んでいないが、テレビの場合について言えば、視聴者がもともと暴力的な性格を持っているかどうかといった個人差や、そのドラマの中で暴力が賞賛されているかどうか、魅力的に表現されているかといった条件が大きく左右している」と話した。
 ゲームの影響では、「人間関係が苦手になる」といったこともよく言われている。しかし坂元助教授によると、この説は実は研究者の間ではまったく支持されていない。「でも、私の周囲には人付き合いが下手でゲームばっかりやってるヤツもいるぞ?」と思う人もいるだろう。それは確かに事実。でもそれは、「人間関係が下手だから、しかたなくゲームをやってる」とも言えるのではないだろうか?
 ゲームマニアにもさまざまな人がいる。社交的な人もいれば、そうでない人もいる。ただ相対的に見れば、どちらかと言えば内向的な人が多いかもしれない。でもそれはゲームをやっているからではなく、もともとそういう傾向の人だというだけの話だろう。
 ゲームと暴力の関係も同じ。もともと暴力的な性向を持っている人が、暴力的なゲームをすれば、つい暴力を振るいたくなってしまう。警察につかまって「何でやったんだ?」と聞かれ、「ゲームを見てたら乱暴したくなった」と答える。マスコミは「それみたことか」と、ゲームの悪影響を書き立てる。
 しかしほとんどのゲームマニアは、別にゲームをやったからと行って暴力に走るわけではない。
 実際、日本では若者の犯罪率はきわめて低いのだ。
 昨年4月の朝日新聞の記事によると、日本の殺人者出現率は人口10万人あたり1.1人。欧米と比べると、圧倒的に少ないという。さらに目立つのは、20代の殺人者率の低さ。1950年代には20代の殺人者率は23人だったが、1990年以降は毎年2人前後で推移しているという。40年でざっと10分の1になった計算だ。一方で、中高年の殺人者率はあまり減っておらず、現在では30〜50代の中年男性の殺人者率の方が、20代の若者より高くなってしまったのだという。
 血気盛んな若者が、野放図に犯罪を引き起こす――欧米では常識であるそうした傾向が、日本ではまったく当てはまらない。欧米の犯罪研究者から見れば、日本はうらやましくも謎めいた国に映るそうだ。
 そうは言っても、ごく一部の若者や少年は凶悪犯罪を引き起こす。それを見て、中高年は「理解できない」「やっぱりゲームの影響か」と大騒ぎする。
 しかしそうやって大騒ぎする前に、まず自分たちの足下を見直すべきではないだろうか? あなたと同年輩の男たちが、実は凶悪犯罪を大量に起こしているのである。
 昨年、「ボーリング・フォー・コロンバイン」というアメリカ映画が話題になった。銃社会の病理を取り上げたドキュメンタリーだ。みずから出演している監督のマイケル・ムーアは、銃を使った凶悪犯罪が多発する理由を、最初は銃があふれかえっているアメリカ社会の環境にあるのではないかと考える。でもカナダに取材に行き、たいへんな衝撃を受けるのだ。カナダでは1000万世帯に700万丁もの銃が所有されているのにもかかわらず、銃による死者は年間165人しかいないのである。ちなみに暴力ゲーム大国日本は、39人。一方、同じような環境のアメリカは、年間1万1000人もの人が銃弾に倒れている。いったい何が違うのだろうか……。
 その答は、最後まで用意されていない。環境や教育、メディア、銃、そしてビデオゲーム――さまざまな要因が混じり合ってその国の社会風土をつくり、治安を良くも悪くもする。たったひとつの要因だけで、社会の治安は悪化したりはしないのだ。
 日本も同じ。ゲームにすべてを追いかぶせれば、解決する問題ではない。