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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「ももがはじけてぶどうがゆれる しじみともものコラボレーション ロリータビデオ(DVD)専門 いつまで営業できるかわかりません ご注文はお早めに!」
こんな文面の下品きわまりないスパムがインターネットを駆けめぐったのは、昨年9月のことだった。
数あるスパムの中でもこのメールが注目されたのは、ひとつにはその異常なほどのしつこさがあった。まったく同じ内容のメールが、ひどいときには1日30通以上。しかもその内容は日ごとにエスカレートし、ダッチワイフからメールアドレス販売、そして本当かどうかは不明だが、大麻の販売にまで及んだ。
「このページは一週間で消滅します。マリファナがたまらなく好きな人 どうぞ、ここへ あぶないくすりの情報も手に入るよ! 今日もキメキメでいこう! 絶対に悪用しないでください」
おまけに「M」と名乗るこのスパム発信者は、かなり高度な技術を持っているようだった。
スパムの送信にはいくつかのパターンがある。日本でもっとも多いのは、除名覚悟でプロバイダのメールサーバを使って送信し、ばれたらまた別のプロバイダに乗り換えるというものだ。“スパム先進国”の米国ではこうした原始的な手口はほとんど消滅しており、フリーメールやスパムを容認しているプロバイダのメールサーバを使ったり、あるいは第三者中継を容認しているメールサーバを不正利用するなどの方法を採っている。インターネットカフェなど公共の場所のネット接続をこっそり利用するという方法もある。
しかしMはこうした手口は使わず、驚くべきことに自分で独自のメールサーバを立ててスパムを送信しているのだという。昨年来、Mと対決してきたスパム退治人のA氏が解説する。
「Mは都心の一等地に事務所を構えており、そこにADSLを複数回線引き、多数のサーバを接続しているようです。送信専用のSMTPサーバを8台も稼働させているという情報もあります」
SMTPプロトコルによるメール送信の場合、FTPのように一度に大量に送ることはできない。このため複数の回線ごとにメールサーバを立てる方法で大量送信を実現しているらしい。
Mのシステムはかなり大規模とみられ、スパムを送信するためのメールアドレス収集にも、専用のサーバを立てているという。A氏は「M本人は常時25台の収集サーバを稼働させていると豪語していますが、私の調査では数はそんなに多くなく、たぶん5、6台を動かしているようです」と話す。
アドレス収集の方法は簡単だ。インターネットの検索エンジンで「メールアドレス」「ソフト」「収集」といったキーフレーズで調べれば、専用のフリーウェアやシェアウェアが無数にヒットする。シェアウェアの金額は数千円から1万円程度。ローラー作戦方式でウェブサイトをリンクをたどって次々と読み込み、そのソースからメールアドレスをピックアップするだけだから、それほど複雑なソフトではない。スクリプトを使えば誰でも簡単に自作できてしまいそうだ。実際、この手のソフトを使ってメールアドレス収集を行ってみると、わずか数時間のうちに1000通以上のメールアドレスを集めることができる。Mのように複数台の専用サーバを立て、24時間稼働で収集作業を行えば、膨大な数のメールアドレスを集めることができるはずだ。
スパム業界では、メールアドレスを集めたCD-ROMを業者から購入する方法が以前は一般的だったという。だがそうしたCD-ROMに収められているメールアドレスの多くが不通になってしまっていることや、常時接続のADSL回線が安く利用できるようになったことなどから、こうしたアドレス収集ソフトを使う手口に切り替わったようだ。この種のソフトは以前は多くが米国製だったが、最近は国産が主流になっているという。収集したアドレスからgo.jpドメインのものを外すなど、日本人の開発らしい細やかさを売りにしているものもあるようだ。
いずれにせよこうして集めたアドレスに、Mは膨大な量のスパムを連日送り続けている。前出のA氏は「Mの使っている回線はADSLなので、上り回線は1Mbps程度で帯域はそれほど太くない。それでも1日数十万通程度は送信できているのではないでしょうか」と推測している。
そしてMの“悪業”は、スパム送信にとどまらなかった。アンチスパムサイトの掲示板などで、荒らし行為を延々と繰り広げるようになったのだ。脅迫まがいの書き込みや内容のまったくない白紙の書き込みを延々と連続投稿したり、Mに批判的な書き込みを行った人に対して「訴訟を起こす」「営業妨害だ」と激しい反応を返すなどした。
こうしたMの派手な行為に対し、インターネットユーザーからの反発も強かった。止まないスパムに腹を立て、Mに対してメール爆弾を送りつけた者も少なくなかったようで、Mは後にスパム退治人のひとりにこんな風にぼやいている。
「メールアドレスを知らせると、メール爆弾が大量にやってくる。これだと本来の注文が埋もれるので、スパムで宣伝してウェブや郵便、電話、ファクスなどでコンタクトを取る方式にしている」
公開されているファクス番号への抗議行動も少なくなく、Mは「ファクスへの嫌がらせがものすごく多く、1日に17本のロール紙を消費してしまう」とも話していたという。
前出のA氏が指摘する。
「メール爆弾やファクスでの嫌がらせでスパムに抗議するのは、まともな対応とは言えない。だが個人としてスパムを防御する対策がないのも実情だ」
A氏はかつて、メールアドレス収集ソフト対策として大量の偽のメールアドレスをウェブページに埋め込んでみたこともあった。だがこのアドレスにスパマーがメールを送信すると、大量のエラーメッセージが返ってしまうことになり、結果的にプロバイダに対するDoS(サービス拒否)攻撃となってしまいかねない。対策に苦慮しているというのが現状だという。
Mはスパム退治人やインターネットユーザーたちからの激しい批判にさらされ、一時はスパム配信を取りやめ、オプトインを行うことも宣言した。オプトインというのはメールの受信を事前に承諾した人にだけ配信するという方式で、正当な宣伝手法であるメールマーケティングをスパムと区別するポイントにもなっている。
だがMは結局、この宣言も「メンツをつぶされた」などの理由で撤回。スパム配信を再開し、現在も旺盛な活動を続けているという。
Mはもともと、携帯電話のワン切りビジネスに手を染めていたとされる。ワン切りというのはご存じのように、無差別の携帯電話番号に機械が電話をかけて1回だけ着信音を鳴らし、相手にかけ直させることで有料番組につないで料金を不法に請求するビジネスだ。だが昨年8月、NTT東西がワン切り業者の回線使用を停止できるよう約款を改正。さらにNTTドコモも、ワン切り業者側に料金を請求するような対策を施した。この結果、ワン切り業者は激減したとされる。
ワン切りビジネスにかつて手を染めていたという業界関係者が語る。
「ワン切りは大量の音声電話をかけるため、光ファイバーの専用回線を何本も引き、数千万円もかかるシステムを導入する必要があるなど、きわめてコストの高い裏ビジネスだった。NTTが対策を講じてしまったために仕事が立ち行かなくなり、自殺した人間さえいると聞いた」
そうした“ワン切り難民”の一部が、インターネットメールを使ったスパムビジネスに流入してきたということなのだろう。
それにしても、スパムビジネスはなぜなくならないのだろうか。
前出のスパム退治人、A氏は「効果は少ないけれど、損益分岐点がとてつもなく低いからではないか」と指摘する。スパマー向けのベンダーがアドレス収集ソフトとメールの同時送信ソフトをセットにしてパッケージとして販売しており、これとADSL回線が1本あれば、簡単にスパムビジネスは開業できてしまう。フローもほとんどが自動化されているから、パソコンを動かしておくだけで作業は完了してしまう。人を雇う必要もない。普通のサラリーマンであっても、暇な時間を利用してサイドビジネスとしてできてしまう。
スパムに反応して返事を送ってくる人は、0.001%程度と言われている。100万通送っても、数件から数十件程度の反応しかないということだ。しかしその100万通を送信するコストは、限りなくゼロに近い。パソコンとADSL回線をすでに持っている人なら、あとは1万数千円程度のシェアウェア代だけで済む。ランニングコストはゼロだ。となると、0.001%という宝くじ並みのヒット率であっても、数十人程度の反応があって売り上げがあれば、十分ペイできるというわけなのである。
おまけに少し頭を働かせれば、スパムを使って別の裏ビジネスも立ち上げられるという。たとえばあるスパム業者はメールで児童ポルノを宣伝し、返事を返してきた人にビデオを販売。さらにこうして集めた顧客のメールアドレスつき名簿を、他の児童ポルノ業者に売りつけているという。確かに、その種の業者にとっては、メールアドレスつきの購入者名簿はきわめて価値の高いものだろう。このスパム業者は「ビデオ販売よりも、名簿を他業者に売るビジネスの方が儲けとしては大きい」と話す。何とも凄まじい話ではないか。
“スパム先進国”と呼ばれる米国では、スパムが横行し、日常の仕事に支障の出るほどにまでなっている。インターネットの世界がスパムの海に溺れそうになっているのだ。日本でも同じような状況になる日が近づいている。