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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


PC文化のメッカは本当に風俗店に占領されはじめたのか?

 爆発物を作る目的で火薬の原料を所持していたとして、埼玉県春日部市の県立高校1年の少年(15歳)が8月15日、殺人予備の疑いで埼玉県警春日部署に逮捕された。
 逮捕された直接のきっかけは、少年が7月29日、春日部市内の薬局で硫黄と硝酸カリウムを2kgずつ購入しようとしたためという。少年は「学校で使う」と嘘をついて買おうとしたが、何に使うのか不審に思った薬剤師が販売を断り、市の薬剤師会に通報。同会が警察に通報し、逮捕につながった。
 少年の自宅の押入には、黒色火薬の材料となる硫黄500g、木炭600g、それに硝酸カリウムを抽出するための園芸肥料約20kgが保管されていた。調べに対して少年は、「秋葉原の電気街が風俗店や金券ショップでおかしくなっている。爆弾を仕掛けて木っ端みじんにするつもりだった。爆発物の作り方はインターネットで調べた。火薬を鉄パイプに詰めて導火線で火をつける仕組みにしようと思っていた。焼夷弾も作る予定だった」と供述しているという。
 取材に当たった全国紙記者によると、少年は両親との3人暮らしで、何不自由ない環境だったらしい。いや、何不自由ない環境だからこうした犯行を思いついたともいえるだろうか。少年は「秋葉原が風俗店や金券ショップのためにおかしくなっている。人が巻き添えに死んでもかまわないと思っていた。刑務所を出たらまた爆弾を作るつもりでいる」と供述していたというから、強い決意のほどがうかがえるというものだ。
 それにしても、オタクの聖地である秋葉原が汚れてしまうほどに、風俗店や金券ショップが増えているのだろうか?
 確かに、秋葉原の駅の東側一帯にあたる昭和通り沿いを眺め渡してみれば、そこには性感ヘルスや個室ビデオなどが数多く並んでいることに驚かされる。
 特に夜の秋葉原駅を降り、昭和通り口を出てみれば、そこは見慣れた秋葉原電気街とはまったく異なる表情がある。居酒屋の店員やエステ嬢がチラシを配り、キャッチが声を張り上げながら客を引き込む。立ち並んでいる店は居酒屋やビデオボックス、キャバクラ、性感マッサージ。その雰囲気は、どちらかといえば新橋や池袋、歌舞伎町といったオヤジタウンに近い。オタク青年たちの姿は少なく、サラリーマン風の男性ばかりが目立つ。
 とはいえこの一帯が風俗街だったのは、今に始まったことではない。昔から居酒屋や風俗店が密集していたのだ。そもそも秋葉原はパソコンパーツ店や家電量販店が集中する電気街であるのと同時に、都心有数の乗り換え駅であるのも忘れてはならない。神田の広大なオフィス街と上野の間に位置し、中央線・総武線と山手・京浜東北線がクロスする繁華街――。サラリーマンが好む店が数多く集まるのは、あまりに必然的だ。
 電気街にも蒸れ返すような「男」の濃さに満ちあふれているが、昭和通りはまた別の意味で、男のにおいに満ちている。いや、こちらの方が本来の「男」に近いといえるだろうか。
 しかし、こうした店にはオタク青年たちの姿はない。
 性感ヘルスの店員に聞くと、「平日はサラリーマンがほとんど。オタクっぽい感じのお客さんはほとんど来ないですね」という。オタク文化を、生身の女のリアル風俗店が浸食しつつある――という想像はおもしろくはあるが、現実にはそんなことは起きていないようだ。
 オタクを自称する美少女マニアに聞いても、こんな答が返ってきた。
 「アキバのアニメショップに行って、その足で風俗店に行くっていうのは考えにくい。だってそんなことしてたら、知り合いに見つかってしまうかもしれないでしょう? そんな無様なことはできないですね」
 彼も、もし風俗店を利用するのであれば、新宿や池袋などの有名店を狙うという。「食生活と性生活は合致しないでしょう? オタク的な欲望と直裁的な性欲もやっぱり同じ場所には置きたくないってところですね」

 一方、秋葉原駅西側にあたる電気街は、もともとは健全な趣味の街として発展を遂げてきた。その歴史については、今さら語るまでもないだろう。
 秋葉原という地名は、江戸時代に火災予防のために奉られた秋葉神社の名前からつけられた。電気街の発祥となったのは、戦後の闇市時代に駿河台や神田小川町にラジオ部品を扱う露店が数多く集まり、これが整理されて秋葉原駅のガード下に集められたことによるものだ。戦前から秋葉原駅近くには、山際電気や広瀬無線などの電気材卸売商があり、これらの店が、そうした闇市電気露店の核にもなった。交通の便利の良さから、これらの店は電気量販店として成長していくことになる。
 そして1960年代にはいると、高度経済成長とともに白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫の“三種の神器”が家庭に入り込むようになる。電気店が多数集まった秋葉原は「家電が安い街」として全国に名を馳せるのだ。
 だがこの黄金時代は、元号が昭和から平成に変わるとともに、やがて終わりを告げる。平成に入ってすぐの家電不況や、ヨドバシカメラ、ビックカメラなどの郊外型家電量販店の出現――。家電の街としての秋葉原は少しずつ地盤沈下の様相を見せ始めるのだ。老舗のヒロセムセンやシントクなどの閉店は、一時代の終焉を告げるできごとだった。
 かわりに出現したのが、新しい時代の電脳街だった。
 その先駆的存在は、駅のすぐそばにあった「NEC Bit INN東京」。1976年にオープンした日本で初めてのマイコンショップだ。この店に集まったマニアたちが、その後の日本のコンピュータ文化を形作ったことはすでに多くの場所で語られている。テクノロジー最先端の街は、70年代のコンピューター文化黎明期にも大きな役割を果たしていったのだ。そしてこの店を機に真光無線やロケット、田中電気などの量販店の間にマイコン専門ビルやフロアを開く動きが広がっていく。1990年代に入ってDOS/Vが登場し、爆発的な自作ブームが起きると、雑居ビルに入居した小規模なショップも続々生まれ始め、活況を呈することになる。大規模店もその動きに同調し、1990年にはラオックス・ザ・コンピュータ館がオープン。さらに1993年にはソフマップが中央通り沿いに大規模な店舗を展開した。1994年には、電気街全体の売り上げの中でパソコン関連が家電関係をついに上回り、名実ともにコンピュータテクノロジーの中心地として、世界にまで名を轟かせることになる。
 だが自作ブームもいつしか終わり、パソコンショップにも冬の時代がやってくる。コンピュータのコモディティ(日用品)化によってパソコン本体の値段は劇的に下がり、その荒波の中で多くのショップが姿を消していく。かわって登場してきたのが、アニメショップやエロゲーショップだった。パソコン自作ブームを支えていた層の多くがオタクと呼ばれる人々で、アニメファンやエロゲーファンと層を同じくしていたことを考えれば、この流れは時代の必然だったのかもしれない。現在では、電気街の中心である中央通り沿いの路面店の多くがアニメショップに衣替えしており、多くのオタク客たちでにぎわっている。集客力の強さは、一目瞭然だ。
 こうしたショップの中には、客の性欲にターゲットを見定めたきわどい店も少なくない。リアルな風俗店まで後一歩というところだろうか。こうしたショップがどんどん拡張を続けている現在の秋葉原の街を見ていると、確かに今後、秋葉原が風俗店へと呑み込まれていく可能性は少なくないようにも見える。逮捕された爆弾少年の憂いは、決して杞憂ではないようにも思える。
 先のプログラマーも「18禁美少女ソフトから風俗という連鎖は自然な現象にも思える。メイドコスプレ喫茶はイメクラと紙一重だし、ユーザー層が重なっていれば、店も重なるのは当然かな」と話すのだ。

 秋葉原駅前に展開するきわどいアニメショップ。そのすぐそばに出現した、大人のおもちゃや生身の女のアダルトビデオなどを販売する大規模アダルトショップ。
 しかしこれら両極端の店にやって来る客層を、時間をかけてウォッチしていると、明らかにその間には深くて暗い川が滔々と流れていることに気づかされるのだ。断絶しているのである。
 きわどいアニメショップにあふれているのは、典型的なオタク文化の若者たち。しかし彼らは決して、生身の女の映像を見せるアダルトショップや風俗店には足を踏み入れない。そうした店にいるのは、歌舞伎町や池袋のアダルトショップで見るのと同じ、サラリーマン層だ。ではなぜ、彼らはわざわざ秋葉原のアダルトショップまでやってくるのだろうか? 客のひとりに聞いた。
 「若い男、しかも害のなさそうなオタクばかりの街。アダルト店に入っていくのを見られても、全然気にならない。これが渋谷や新宿の駅そばだったら、誰に見られているかわからないし、女性も通りにたくさんいるので落ち着かない」
 秋葉原という街ならではの安心感、というべきだろうか。意外といえば意外だが、説得力はある。
 では今後、昭和通りを中心とした風俗街は電気街へと浸食していくのだろうか? パソコン関連ショップがさらに地盤沈下を続け、アニメショップがオタク向けの風俗店化していきそうな状況を見ていると、その可能性は否定できないように思える。
 しかし、現在ではまだ風俗店の“浸食”は昭和通り沿いと駅南側の万世橋付近に限られている。電気街の中心地である中央通りの東京三菱銀行交差点から末広町に至る北部一帯は、「とらのあな」をはじめとすうアニメショップこそ猖獗をきわめているものの、リアルな風俗店はほとんど存在していない。
 今後、風俗店はこの一帯にも進出していくのだろうか?
 結論から言えば、答はノーだ。アダルトグッズ店はともかく、リアルな女性がいる風俗店がこの一体に出現する可能性はきわめて低い。
 なぜなら、このオタクの聖地の中心地近くには、千代田区立昌平小学校が存在しているからだ。加賀藩ゆかりの家塾として安政年間に創設された名門、芳林小と淡路小が1993年に統合されてできた昌平小は、蔵前橋通りと中央通り、昌平橋通りに囲まれた一角の中に位置している。USER'S SIDE本店やT-ZONE PC DIY SHOP、あきばお〜参號店などの近くといった方がわかりやすいだろうか。
 風俗営業法では、商業地域以外の地域や、保護対象施設の敷地から200メートルの範囲内では風俗店は営業できないと定められている。保護対象施設というのは、官公庁や学校、図書館、児童福祉施設、病院などを含んでいる。昌平小から半径200メートルとなると、中央通り沿いの電気街はほぼすべてがカバーされ、一部は神田明神通りに面したラオックス裏側のショップ街まで及んでしまう。オタクの聖地は、昌平小の“防御スクリーン”によって守られているのだ。
 そう考えれば、今回逮捕された少年の憂いは、あまりにも先走りすぎではあった。それに加えて、風俗店が電気街にはまだそれほど入り込んでいない状況を見れば、「秋葉原が風俗店のためにおかしくなっている」というのはあまりにもオタク青年的な潔癖性にとらわれた言い分だったといえるだろう。