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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 Yahoo!BBを運営するソフトバンクBBが6月10日、「『接続機器レンタル規約』改定のお知らせ」と題した文書を、同社の会員向けウェブサイトに掲示した。その内容は、Yahoo!BBのユーザーにレンタルで提供しているADSLモデムや無線LANのアクセスポイントについて「所有権を移転させることもある」というものだ。規約の改正は6月24日付で行われるのだという。
 この発表に目を留めた人は、さほど多くはなかっただろう。レンタルモデムの規約など、普通の人は誰も読まないし、気にもしていないからだ。
 ところが、すぐにスラッシュドットなどのインターネット掲示板で火がついた。発表文を子細に読むと、次のような項目が新しい規約に加えられていることに一部の人が気づいたからである。
 「当社は、契約上の地位の譲受人に対して会員の個人情報を開示することができるものとします」
 「譲受人」というのは、ユーザーのモデム所有権の売却先のことだ。つまりこの条項で、ソフトバンクはYahoo!BB会員の個人情報をモデムと一緒に売却する、という風に読み取れることになる。
 個人情報の売買――。折りしも住基ネットや個人情報保護法をきっかけに、個人のプライバシーに関する意識は過去に例を見ないほど高まっている。
 火は、あっという間に燃え広がった。
 「ソフトバンクはユーザーの個人情報を売ってカネにするつもりか?」
 「268万人のブロードバンド会員の個人情報なら、高く売れるのでは」
 「個人情報がYahoo!BBの手を離れ、一人歩きしてどんどん他の業者に渡っていく可能性もあるだろう」
 そんな書き込みが掲示板を埋めた。
 さらには、ソフトバンクBBが個人情報のための行動指針として同社のウェブサイトで「個人情報とは、ご利用者の住所、氏名、年齢、性別、電話番号、ファックス番号、電子メールアドレス、クレジットカードナンバー等、ご利用者を識別できる情報をいいます」と掲げてあるのを引き合いに出し、ソフトバンクが会員のクレジットカードの番号を社外に流出させようとしているのではないかと疑う声も出てきたほどだった。

 そもそもこのレンタルモデムの規約改正は、いったい何を意味しているのだろうか。
 ソフトバンクの孫正義社長は今年5月9日、2002年度の決算説明会の席で「レンタルモデムの資産を流動化し、まずモデム60万個分、190億円を調達する」と説明していた。今回の規約改正は、この計画を具体化したものだ。簡単にいえば、レンタルモデムを売却してしまい、その売却代金で巨額のキャッシュを得ようということになる。ソフトバンク広報室の栃原且将副室長は、こう説明する。
 「銀行からの借り入れや社債の発行といった資金調達方法もあるのですが、そうした方法では、将来利子を付けて返さなければならない借金ができてしまう。そうではない方法として、今回のモデムの売却を考えました」
 この手法では、解約率が高いとレンタルモデム自体の資産としての価値が下がってしまい、モデルとしては成り立たなくなる。だが、「Yahoo!BBでは解約率が1%前後ときわめて低く、その解約率の低さが担保となって投資家からの融資を実現しています」(栃原副室長)という。
 通信インフラ企業への転身を図ろうといているソフトバンクは、ブロードバンド事業に全力を注ぎ込み、新規ユーザー獲得のために巨額のカネを投入している。そのために、あらゆる手を使いながら資金の調達に奔走しているのが現状だ。今回のモデムの売却も、その一環ということになるのだろう。
 その仕組みはこうだ(図)。
 @ソフトバンクBBが出資し、今回の資金調達だけを目的にした特別目的会社(スペシャルパーパスカンパニー、SPC)を設立。
 AこのSPCに対し、複数の投資家が資金を融資・出資。ソフトバンクの関連会社であるヤフーも参加し、58億円を融資する計画をすでに発表している。残りの約130億円を出す他の投資家については名前は明らかにされていないが、すでに内定しているという。
 BSPCは、ソフトバンクBBからモデム所有権を買い取る。買い取りが行われるレンタルモデムのユーザーは、約60万人を予定。「これまで課金履歴のある人を基本として、今後も長期にわたってYahoo!BBを利用していただける方を抽出した」(栃原副室長)という。
 Cこの際、購入代金は、投資家から調達した資金で支払う。
 DSPCは、レンタル料をYahoo!BBの会員から受け取る。
 ESPCは、レンタル料の収入を利息・配当の形にして投資家にリターンする。平均して会員ひとりあたり48カ月継続して利用すれば、元が取れる計算になっている。

 さて、ネットで批判の起きている個人情報の問題はどうなのだろうか。
 結論から言えば、心配はほとんどないといっていいだろう。第三者にクレジットカード番号も含めた個人情報が売却される可能性は現時点ではあり得ない。
 ソフトバンクBBからSPCに渡される個人情報は、@氏名A住所B電話番号C使っているサービスの種類、の4点だ。栃原副室長は「譲渡されるレンタルモデムと、そのモデムを使っているお客様を明確に関連づけるために個人データが必要なだけで、クレジットカード番号や銀行口座番号などが渡ることは絶対にありません」と話す。
 また「個人情報が外部の企業に流出するのでは」という懸念も少なからず出ているが、今回ソフトバンクBBが情報を譲渡するのは、同社が100%出資する特別目的子会社。この会社が他のビジネスに乗り出す可能性はなく、個人情報の取り扱いについてもソフトバンクBBとの間で第三者への流出を禁じる守秘契約を結ぶという。
 そもそも、「レンタルモデムの“証券”化」などといった言葉をニュースメディアが使い、それが一人歩きしてしまったことにも誤解の原因があったようだ。証券化という比喩はわかりやすく、決して間違いではないだろう。しかし「ソフトバンクがレンタルモデムの売却先を公募し、高く買ってくれるところにどんどん売ってしまう」という誤ったイメージを生み出してしまい、それが不特定多数の会社に個人情報を売却する、という憶測につながってしまった可能性は高い。
 それに加えて、ソフトバンク側が積極的に情報を提供してこなかったことにも一因がある。同社は冒頭に挙げた規約改正のお知らせを6月10日にウェブに掲載。その後、ネット掲示板などで騒ぎが広がったのにもかかわらず、積極的な“火消し”は行ってこなかった。個人情報保護というナーバスな問題をはらんでいるだけに、会員にあてて詳細な説明のメールを出す選択肢もあり得たのではないか。

 この問題以外にも、今回のソフトバンクBBの対応に対して、ネット掲示板からはいくつかの批判が出た。
 たとえば、会員から見た所有権譲渡の手続きが不透明なことに関する批判。
 会員は、自分のレンタルモデムの所有権移転を拒否することもできる。拒否した場合は、モデムの所有権はソフトバンクBBに残り、会員は従来と同じようにレンタルモデムを使い続けることができる。だがこの所有権移転を拒否するには、同社に異議申し立てをしなければならない。異議申し立てをせず、意思表示をしないまま放置しておくと、2カ月の猶予期間が過ぎれば「所有権移転に承諾した」とみなされてしまうのだ。だがユーザーの利便性を考えれば、「承諾すると伝えてきた会員の所有権だけを移転する」という方法もあったのではないか。
 また、今回の規約改正に伴って新たに定められたレンタルモデムの会員買い取り額が、きわめて高価なことに対する批判も多い。たとえばYahoo!BB 12M+無線LANのアクセスポイントのパックは、買い取り金額が何と9万240円にもなる。月々のレンタル費用が1880円で、ユーザーが48カ月使い続けると仮定して算出した金額だとみられ、同社広報は「独自に開発した製品で、商品力に見合った価格と認識している」という。だがパソコン量販店などで購入できるフレッツADSL対応の無線LANアクセスポイント機能付きADSLモデムが4万〜5万円程度の値段が付いていることを考えると、この説明の説得力は薄い。
 ソフトバンクは今や、268万人もの膨大な数のユーザーを抱える国内でも屈指の通信キャリアに成長している。社会的責任はきわめて大きい。さまざまな情報をきちんと公開し、ユーザーの疑問にも丁寧に答えていくことが、巨大な通信インフラを担う企業としての責務ではないだろうか。