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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
「なぜこんなことをしたのか、社内でもその意味を不審がる声が上がっています。少なくとも、わざわざ地村夫妻との信義に反してまで強行するような中身のある記事じゃなかった」(朝日新聞関係者)
今月14日に発売された「週刊朝日」の「地村保志・富貴恵夫妻 誰にも言えなかった真実」と題するインタビュー記事が、たいへんな波紋を巻き起こしている。地村夫妻の本音を引き出したこのスクープ記事が、実は事前に夫妻の承諾を得ておらず、しかもこっそりテープで録音していた「だまし討ち」取材だったというのだ。
録音テープを忍ばせ……
同誌の説明や関係者の話によると、経緯はこうだ。
問題を起こしたのは、週刊朝日のU記者。昨年12月28日に以前から面識のあった地村さんの父、保さんに電話し、翌29日に会ってもらうよう頼んだ。このとき保さんは「明日は敦賀に行くのであかんで」と答えたというが、U記者はその後の朝日側の“事情聴取”に「翌日の面会の約束をいただけたものと思っていた」と話しているというから、もうここから両者の言い分は食い違っている。
翌29日の午前9時。U記者は福井県小浜市の地村さん宅を訪問する。このときにはすでにテープレコーダーをバッグの中か上着のポケットにこっそりセットし、録音を始めていたようだ。そして玄関前で警備している警察官に「アポが伝わっていると思うんですよ。昨日、電話したばっかりですわ」と話し、警察官は「中の人に聞いてみますか」と通したという。
実は、地元記者クラブの「小浜記者会」と地村さん家族との間では、以前から「自宅では取材はしない」「地村夫妻への直接取材は行わない」という取り決めがあった。U記者は地村さんたちが帰国する以前から小浜市で拉致問題の取材を続けていたというから、この取り決めを知らなかったとは考えにくい。
しかも、U記者は、保さんが自宅を空けているのを狙って自宅を訪問した節もある。
「U記者は29日当日にも保さんに『自宅にうかがいたい』と電話でお願いし、断られている。にも関わらず自宅に押しかけているのだから、明らかに確信犯じゃないですかね」(地元記者)
ともあれ、U記者は地村さん宅へと上がり込んだ。保さんの携帯電話に電話した富貴恵さんから電話機を渡され、「今日ということで来たんですが、出かけちゃったよって聞いて」「ちょっといたら帰ります」と答えている。そして夫妻と問題の「独占取材」を始めるのだが、その最中に「これ、何かに書かないでしょう?」と聞かれ、「(取材データを)蓄積しているだけです」「まだ(記事に)せんです」と明言しているのだ。さらに不審に思った富貴恵さんに「まだせんて、おかしい。いつかするん?」と畳みかけられ、「それは、いつか書く。時期が来たらということで」と答えていた。
朝日はどんどんトーンダウン
しかしこの「雑談」の内容は、年が明けた14日に週刊朝日に5ページに渡って「本誌独占」「拉致被害者が初めて語り尽くした」という見出しつきで掲載される。
地村さん家族から猛抗議を受けた朝日新聞は当初、「取材の承諾を得たと理解して記事にした」「地村さん側との間で(記事化に関して)認識の違いがあった」とコメントしていた。しかしU記者などからの聴取が進むに連れて、どんどんトーンダウンしていく。ついには1月21日発売号で「地村夫妻インタビュー記事についておわびします」という鈴木健編集長の1ページの謝罪記事を掲載。そして同日付の朝日新聞社会面にも「週刊朝日、謝罪文を掲載」という2段記事を載せ、鈴木編集長を含む関係者の処分の方針を明らかにした。朝日新聞側の全面屈服である。
おわび記事の中で鈴木編集長は「この日の記者の対応は取材の基本ルールを逸脱し、信義に反するものでした」とコメントしている。確かに、同誌の説明通りだとすれば、U記者の行為は断罪されても仕方のないものだったといえる。
取材手法はこれでいいのか
しかし、今回の問題は単に「ひどい取材をした朝日バッシング」ですむ話なのだろうか。本当にU記者は、「だまし討ち」を狙ったのだろうか。
U記者は、実は朝日新聞の社員ではない。週刊朝日編集部と契約して取材活動をしているベテランのフリーライターで、「のほほんとした感じの人柄。朝日新聞記者にありがちなガツガツしたところはまったくなく、その人柄が好かれて保さんにも食い込んでいた。きちんとした見識の持ち主で、ルールを知らずに無茶をやるような人物ではない」(U記者をよく知る出版社社長)という。また週刊朝日の関係者も、「鈴木編集長は功を焦るタイプではなく、U記者が今回、上層部からの圧力で苦し紛れに記事を出したとは考えにくい」と話す。
拉致問題の取材を続けているジャーナリストのひとりは、
「こうした手法の取材は大なり小なりどこの雑誌でもやっていることで、朝日は正当な取材行為の一環だと突っぱねることも可能だったはず。拉致被害者との今後の関係を苦慮した結果、朝日は全面屈服の道を選んだのではないかという噂も流れています」
と語る。この意見はかなり極論だとしても、真相は藪の中――といった感が残るのは否めない。
個別取材は認めない?
もうひとつの問題が、拉致被害者への個別取材は許されるのかどうかという問題だ。今回、保さんは、「地村夫妻への個別取材を控えるという地元記者クラブとの合意を破った」という点を週刊朝日に抗議している。2週にわたって週刊朝日の批判記事を掲載した週刊文春も、この点を問題にしている。
しかし、メディア批評誌「創」の篠田博之編集長は「取材を受ける側との信義と、個別取材を認めるかどうかということは、明らかに別の次元の問題。今回の件でそれが一緒くたに断罪されてしまってるのはおかしい」という。
「個別取材は認めないというのは、『定例の会見だけ出ていればいい』という悪しき記者クラブ制度の弊害。ジャーナリズムのあり方として本当にこれでいいのだろうかという疑問が当然沸いてくる。会見映像が撮れればよしとするテレビと異なり、雑誌記者なら個別取材にチャレンジするのは当然ではないでしょうか」(篠田編集長)
田島泰彦・上智大教授(メディア法)も、
「今回の一連の拉致家族取材は、集団的過熱取材(メディアスクラム)対策を考える良い機会になっている。記者クラブでの申し合わせは、過熱しないようにルールをきちんと作り、お互いに守っていく取材の枠組みを作るというのが原点で、抜け駆け取材防止協定ではないはず。個別の直接取材がはばかれるようなムードができてしまっているのは問題で、拉致被害者への取材の枠組みを検討し直す時期に来ているのでは」
と話すのだ。果たして今回の“週刊朝日事件”が、その契機となるだろうか。