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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
中高年男性を襲うフケ症の恐怖 最新科学が突き止めた“意外な原因”
「男性のフケが気になるのは、特にラッシュ時の電車の中。立っていると男性の肩がちょうど自分の目線の位置に来ることが多いのですが、目の前にフケだらけの肩があるとうんざりしてしまう」
ファッション雑誌やテレビCMなどで活躍し、若い女性の支持を集めている人気イラストレーター、松尾たいこさんはうんざりした顔で話す。秋が深まって色の濃いスーツやコートを着る機会が増え、フケも目立ちやすい季節になった。そしてこの「フケ」という厄介な存在は、女性にたいへんに嫌われているようなのである。
外資系製薬メーカーのヤンセンファーマ(東京都品川区)が今年夏、首都圏に住む20代の独身女性310人に対し、男性の後ろ姿に関する意識調査を行った。それによると、「仕事ができる上司のイメージからいちばん遠いのは何でしょうか」「もしあなたの恋人がどれかだったら、いちばん気になるものは」というふたつの設問で、他と比べて圧倒的に多かったのが「肩のフケ」だったのである。「肩のフケが気になる」と答えた人は、前者の質問が51%、後者が64%で、2位以下の「薄毛」(前者6%、後者19%)や「猫背」(前者23%、後者8%)を何馬身も引き離している。何と、若い女性は薄毛よりもフケの方がずっと気になるらしいのだ。
ちなみにこの意識調査では、若い女性たちが男性の後ろ姿に求めるイメージは「信頼感」(58%)がトップで、ついで「清潔感」(25%)。そして後ろ姿が素敵な男性有名人は、1位が俳優の坂口憲二さん、2位がSMAPの木村拓哉さんだった。サッカーのベッカム選手の名前も挙がっている。
ヤンセンファーマ広報部が説明する。
「7割の人がフケのイメージにいちばん近いものとして『不潔』と答えており、フケのある人はイコールきちんと洗髪していない不潔な人、と思われているようです。またフケがある人をどう思いますかという質問に、『できれば関わりたくない』と答えた人は60%もいました。『本人に魅力があれば親しくなりたい』というのはわずか14%だったのに……。フケの人にはかなりかわいそうな結果ですね」
さすがにキムタクやベッカムの後ろ姿を目指すのは無理にしても、たかだかフケのために「仕事ができない」というイメージを持たれてしまうのは、何とも悔しい話ではないか。おまけに「できれば関わりたくない」とまで思われるとは――。人格否定さえされてしまいかねない勢いである。しかし前出の松尾たいこさんは、そんな男性の切ない反発を突き放すように話す。
「ずっと頭を洗っていない不潔な人が、フケ症になりやすいというイメージが昔からありますよね。特にベッタリと整髪剤をなでつけて、その上にパラパラとフケが乗っているオジサン……不潔感で気持ちが悪くなってしまいます。仕事とフケは本当は関係ないのかもしれないけれど、身だしなみにきちんと気をつけることのできない人が、仕事ができるとは思いにくいですね」
かなりフケを嫌っていらっしゃるようなのだ。しかしこうした意見はきっと、世の若い女性の意見の大勢を占めるのだろう。
とはいえ男性の中には、
「そんなこと言ったって、いくら清潔にしていてもフケが落ちてしまうんだ」
と憤る人もいるだろう。そう、フケは決して不潔が原因だけで落ちるわけではない。実は多くの場合、「脂漏性皮膚炎」という病気が原因になっているのだ。
NTT東日本関東病院の皮膚科部長、五十嵐敦之医師は、
「脂漏性皮膚炎は男性ホルモンの分泌が盛んな中高年の男性に患者が多く、人口の3〜5%の人が罹患していると言われています。日本全体で500万人ぐらいの患者がいることになります」
と説明する。脂漏性皮膚炎にかかっている場合、いくら清潔を心がけてもフケはポロポロと落ちてしまうし、フケ対策用のシャンプーを使っても利かないケースが多いのだという。
では脂漏性皮膚炎とは、どんな病気なのだろうか。それを説明する前に、まずフケが出る仕組みを簡単におさらいしておこう。
人間の皮膚は通常、4週間の周期で表面が脱落し、新しくなっていく。脱落する表皮は主に角質細胞でできており、これに皮脂が混ざり合って頭皮からはがれ落ちていくものをフケと呼んでいるのだ。皮脂というのは皮膚の表面に分泌するアブラのことで、皮膚を守る役割を持っている。フケには乾性と湿性の2種類があり、皮脂が多く混ざったものが湿性になる。
そして脂漏性皮膚炎は、この皮脂が過剰に分泌されてしまうことから起きる。特に頭や顔など、もともとアブラっぽくなりやすい場所に起きることが多い。アブラが多くなるだけでは顔や頭がテカテカするだけで特に悪いことは起きないが、このアブラが原因となって脂漏性皮膚炎に進行するケースがあるのだ。
発症する原因はよくわかっていない部分が多いのだが、五十嵐医師によると、最近は「カビ」の関与が注目されているのだという。
この皮脂に運悪く、カビ(真菌)が生えてしまうことがある。マラセチア・フルフルという奇妙な名前のカビで、「常在菌」と呼ばれるどんな人でも持っているごく普通の真菌だ。だがこのマラセチアが過剰に分泌されたアブラに皮脂を分解し、分解した産物が皮膚を刺激して炎症を起こす。そして炎症が原因となり、表皮の脱落の速度を速めたり、湿疹を作ったりしてしまうのだ。つまり、フケが大量に落ちることになるのである。
アブラを好むマラセチアというカビが、どうやら脂漏性皮膚炎を引き起こしているのではないかというのだ。
そしてマラセチアが皮脂を食い荒らし、炎症を引き起こした状態になると、いくら洗髪を繰り返し、清潔を心がけても、フケが落ちるのを防ぐのは難しい。増殖したカビが、どんどん頭のアブラを食い荒らしていっているのだから、当然といえば当然だろう。
脂漏性皮膚炎をそのまま放置すると、どうなるのだろう。五十嵐医師が続ける。
「悪化すると、皮膚の炎症がひどくなり、頭にフケが厚く積もり、かゆみがひどくなります。そして何より、炎症が毛髪の毛穴にまで波及し、毛穴が毛根を保持できなくなってしまう。つまり毛が抜けてしまうのです」
何と、脂漏性皮膚炎が進行すると、抜け毛がひどくなるというのだ。フケに加えてハゲまでとは、あまりな仕打ちではないか。
では、脂漏性皮膚炎かどうかはどう見分ければいいのだろうか。
五十嵐医師は、
「健康な人にも単なるフケは出るので、フケ症と単なるフケを明確に線引きするのは難しい。ただ、あまりにもフケが目立って人から指摘されたり、頭がかゆくなるような場合は脂漏性皮膚炎を疑った方がいいようです」
と説明する。軽いフケ症程度なら、生活環境を整えるだけで治るケースも多いという。たとえば長い間洗髪をしていないと、アブラが皮膚に貯まりやすい。最低でも2日に1回、できれば毎日洗髪して皮脂を洗い流す。もっとも、あまりにひんぱんに洗髪しすぎると、今度は必要な油分までなくなってしまうから注意が必要だ。あるいは睡眠をしっかり取ったり、脂肪分を大量に含んだ食品を摂りすぎないようにするといった生活のケアも大切だという。
それでも改善されない場合は、病院できちんとした治療を受ける必要がある。症状によって異なるが、ひどい場合は炎症を防ぐためのステロイド剤を使うケースが多い。ただ強力な坑炎症薬であるステロイドは、投与をやめると再発する可能性が高く、また長く使うと副作用も心配だ。このため、カビを退治するための抗真菌剤を併用することも多いという。
病院での治療を開始すれば、症状は劇的に緩和され、フケも止まる可能性が高いという。
ただ気をつけておきたいのは、症状がなくなったからといって、すぐに完治するわけではないということ。治癒するまでには何年も薬の投与を続ける必要があるという。五十嵐医師は、
「数カ月おきに薬を処方してもらう程度の頻度で治療を受け続ければよく、日常生活への影響はほとんどない」
というから、じっくりと腰を据えてフケを直すつもりでいれば、ほとんど問題はないはずだ。これまでフケ症に悩んできて、女性から「身だしなみに気をつけていない」「不潔」などとあらぬ疑いをかけられてきた人にとっては、福音といえるのではないか。
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)