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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
政府が進めているe―Japan構想。日本を世界最先端のIT国家にしてしまおうという壮大な構想だ。実際、構想がスタートした2001年の段階ではきわめて貧弱だった日本のインターネット環境は、この2年間で激変した。ADSL(非対称デジタル加入線)の普及で、ブロードバンドの利用者は1000万人を突破。日本のITは、確かに世界最先端へと踊り出しつつあるといえる。
しかしこうした華々しい成果がアピールされる一方で、実は日本のIT産業の将来を危うくしかねないたいへんな問題が持ち上がっているのである。それがITの「ゼネコン化」といわれる現象だ。
ITゼネコン――おどろおどろしい響きの言葉である。いったい何を意味しているのだろうか。
ゼネコン、すなわち大手総合建設会社は、ばく大な予算が投入された公共事業を丸受けし、それを系列化した地方の地場建設会社、土木会社に丸投げすることで肥え太ってきた。その構造が手抜き工事を乱発させ、利益の配分を目的とした談合などの弊害を数多く生み出してきた。そして公共事業に偏り、業界内で利益配分するというゆがんだ構造に陥ったことで建設業界は弱体化し、昨今の不況の中で大手ゼネコンの多くが消滅の危機に瀕している。ゼネコンという構造が生み出した病は根深い。
そして、それと同じことがIT業界でも起き始めているのだという。ある外資系ITメーカーのe−Japan担当幹部が語る。
「富士通、NEC、日立製作所、それにNTTグループという国内の4大IT企業グループが、電子政府・電子自治体計画を完全に牛耳ってしまっています。役所の側との癒着が強く、おまけに地方の中小IT企業も完全に系列化してしまっているため、新規参入する余地はほとんどありません」
電子政府・電子自治体というのは、e−Japan構想の中でも最大の“目玉”と目されている巨大プロジェクトだ。政府や自治体への申請、届け出をインターネット経由で行えるようにしようというもので、個人情報保護の点から問題が数多く指摘されている住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)も計画の一部だ。
中央官庁レベルでは昨年からすでにスタートしており、自治体の電子化も2007年にスタートすることが決まっている。そしてこの計画には、ばく大な国家予算、自治体予算が投入される。総務省によると、昨年度から05年度までに創出される電子自治体の市場規模は、約2兆5000億円にもなるという。総額で5兆円の市場が生まれるという予測もある。たいへんな額のカネが動くのだ。
そしてばく大な予算が動く場所では、当然のごとく利権を狙ったさまざまな勢力がうごめき始めることになる。
長引くIT不況の中で業績の悪化している大手ITメーカー各社は、e−Japanという巨大な公共事業に飛びつき、役所との癒着と地方企業の系列下という病んだ構造を作り出そうとしている。われわれの血税を、寄生虫のように食い荒らすことで延命を図ろうとしているのだ。
先に挙げた4大IT企業グループだけで、何と電子自治体市場の6割を占有してしまっているという試算もある。前出の外資メーカー幹部は、こう憤然とするのだ。
「e−Japan構想といううたい文句は華々しいが、結局は不況で業績の悪化しているITメーカーを救済し、肥え太らせることになるだけではないでしょうか。日本のIT産業を健全育成することにはならない」
なぜ華々しい電子自治体計画が、このような落とし穴に陥ってしまっているのだろうか。
最大の問題は、ITシステムを発注する側の自治体担当者に、ITに関する知識や経験が欠如していることだ。
業界に詳しいアナリストが解説する。
「米国の役所では、ITに詳しい専門家を民間から雇い入れ、システム導入や運用の仕事をさせている。だが日本の役所では人材を外部から導入するという発想はまったくなく、IT担当部署に人事異動で回されてきた素人がシステムの発注などの業務を行い、しかも数年でまた異動し、別の担当者に入れ替わっていく。これでは専門線の高いIT関連の知識や経験が身に付くはずがありません」
結果的に、大手メーカーの担当者の言われるがままに高価なコンピューターシステムを買わされることになる。IT業界の標準から見て法外な料金を請求されても、それに反論するだけの知識も材料もない。メーカーのなすがままというわけだ。中には、こうしたメーカーから自治体のIT担当部署にスタッフを出向させ、自社に有利なようにコトを運ばせるという、天下りならぬ“天上がり”ということさえ行われているという。驚くべき話ではないか。
それに加えて、相変わらず「1円入札」を許してしまうような入札の仕組みの問題も忘れてはならない。今でも自治体のITシステム関連予算は単年度で組まれている。最初の年に極端に安い値段で落札し、翌年度からは法外な額を要求する。いったん導入してしまったITシステムを他のメーカーのものに今さら変更するわけにはいかないから、自治体の側は仕方なく言われるがままの代金を支払わされる。やらずぶったくりの押し売りまがいのような手口だが、なぜかIT業界では当たり前の営業手法としてまかり通っている。異常としかいいようがない。
自治体と協力して電子自治体化を進めるべき地方のIT企業が、日本では大手ITメーカーに系列化され、単なる下請けとなってしまっていることも大きい。本来はITベンチャーとして技術力を武器に打って出るべき中小企業が、十年一律の古い知識で誰も見向きもしないような古いシステムを作らされている。これでは世界の最先端と互角に勝負できるようなベンチャー企業が、登場してくるわけがない。IT業界は衰退していくだけだろう。
そしてこうしたゼネコン的構造を生み出してしまった原因を考えると、e−Japan構想を推進してきた政府の側の問題も少なくない。
そもそも住基ネットにしろ、電子自治体にしろ、何のために実現するのかという明快な理念が欠如しているのだ。総務省は住基ネットのメリットについて「全国どこからでも住民票を受け取れるようになり、国民の利便性が高まる」などと説明している。だがごく普通の人なら数年に一度だけ必要な住民票ごときのために、個人情報が漏洩するリスクを冒しながら、しかもあれほどまでに巨大なシステムが必要なのだろうか? 電子自治体も同様だ。「住民がホームページ経由でさまざまな申請や届け出を行えるようになる」と説明されているが、多くの国民にとってはどれほどのメリットがあるだろうか。
そもそも欧米では、電子自治体は肥大化してしまった役所の合理化を進めるために導入されてきた。しかし日本では、人員の合理化といった側面は削り落とされてしまっている。東京23区のあるシステム担当者に聞いてみると、
「電子自治体業務は現在の窓口業務にプラスアルファとして行われるため、仕事量は以前より増えてしまうことになります」
と打ち明けるのだ。
何の理念もないまま、膨大な国家予算、自治体予算が注ぎ込まれている。「ITという名前がついていれば、予算が通りやすい」(内閣官房幹部)という状況なのだ。そしてそのカネは不況に陥ったITメーカーが食い荒らしていく。今後、e−Japanにからんでさまざまな利権構造が生み出されていくのは必至の状況だろう。
IT業界の構造的問題に詳しい独立行政法人・経済産業研究所の池田信夫・主任研究員に聞いた。
――そもそも電子政府・電子自治体計画の問題とは何でしょうか。
池田氏 海外では、納税者番号を国民に付与し、税の捕捉をきちんと行おうという発想か、あるいはテロ対策など安全保障の問題から電子政府計画が進められているケースが多い。どこも目的ははっきりしているんです。だが日本では納税者番号には批判が高く、安全保障にも政府は及び腰で、結局は「全国どこからでも住民票がとれる」といったわけのわからない利便性を前面に出してしまっています。これでは国民から理解されるわけがありません。
――そうした構造がゼネコン化を生み出しているということでしょうか。
池田氏 行政の合理化という発想もなく、目的意識がはっきりしない。e−Japan構想全体に言えることですが、インフラ整備が前面に出てしまっていて、旧来の公共事業的発想が抜け切れていないと思います。ゼネコン的構造が登場してきた背景には、そうした問題もあるのではないでしょうか。
――自治体側にとってはどのような問題がこれから生じるのでしょう。
池田氏 ITメーカーに牛耳られているのに加え、電子自治体を管轄している総務省が市町村に対し、ITシステムのきわめて細かい部分にまで指示を出したりしている。これでは市町村側の当事者能力は低下するばかりで、日本の行政システムをダメにしていくと思います。
――IT産業への影響は。
池田氏 ゼネコン化で経営の悪化しているITメーカーは当面は生きながらえることができるのかもしれないが、産業全体を見ればそれは決してハッピーな結果は生み出さないでしょう。米国などでは技術に長けたIT企業が自分で資金調達し、技術開発していくという構図ができあがっているが、日本では役所からITゼネコンを経由してカネが落ちてくるのを待っているという構造になってしまう可能性がある。そんな仕事をしていては、技術革新が生まれるはずもなく、官需依存となってIT産業は衰退していくと思います。