BACK    TOP

佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


ゴルフ場で多発するロッカー荒らしの全手口

 「まさかこんな手口でやられていたとは、ついぞ気づきませんでした。警察に指摘されて盗撮カメラを発見した時は、本当に驚きました」
 そう話すのは、関東北部のゴルフ場支配人。このゴルフ場では今年10月、会員がコースに出ていた間にクラブハウスを荒らされ、財布やキャッシュカードなど被害総額約200万円を盗まれる被害に遭ったのだ。
 同種の事件が多発している静岡県の県ゴルフ場協会の海野秀和事務局長もため息をつく。
 「巧妙な手口というべきなのでしょうか、ゴルフ場のフロントの係員からうまく見られないようにして財布を盗んでいる。抜本的な対策は難しいですね」
 ゴルフ場を悩ましているその手口というのは、いったいどのようなものなのだろうか。それが聞いてみれば、実に巧妙かつシンプルな手口なのである。
 ゴルフの経験がある人なら、クラブハウスに「貴重品ボックス」と呼ばれる設備があるのをご存じだろう。コースに出る際は、ここに財布などの貴重品を預ける仕組みになっている。小型のコインロッカーのような形状をしており、フロントの脇やロッカールームの側などにずらりと並んでいることが多い。そしてロッカー30〜50個にひとつの割合で、液晶モニターと数字キーのついた操作盤が取り付けられている。利用者はまず、この操作盤で使いたいロッカーの番号を選び、好きな4ケタの暗証番号を入力する。ついでロッカーのドアを開けて財布やカードケースなどの貴重品を収め、ドアを閉めると自動的にカチリと施錠される。同時に操作盤からロッカーの番号と使用日時が書かれたレシートが印刷されて出てくる。プレーが終わったら、このレシートを見てロッカーを確認し、再びロッカー番号と暗証番号を入力すると、カギが開く仕組みになっている。
 かつてはフロントやクロークなどで貴重品を預かっていたゴルフ場もあったが、本人になりすまして財布をだまし取る事件などが多発し、このような仕組みの貴重品ボックスが登場した。
 ところが、この暗証番号式ロッカーから貴重品を盗まれる事件が今年に入るころから、多発するようになったのである。同種の事件を取材した東海地方の地方紙記者が解説する。
 「きちんと暗証番号を入力して施錠したはずなのに、プレーを終えて戻ってきたらボックスの中がもぬけの殻になっている……という事件が相次ぐようになったのです。こじ開けた様子もないため、最初は内部犯行ではないかと疑われたようです」
 貴重品ボックスを開けるには、前出のように4桁の暗証番号を間違えずに入力する必要がある。途中で間違えて4桁を押してしまった場合でも、すぐには再入力できないようになっている。4桁の数字は0000から9999まで1万通りもあり、すべての番号を順に打ち込んで解錠するのは非常に難しい。
 しかし客の中には、自分が入力した暗証番号を忘れてしまう人もいる。こうしたケースに対応するため、ゴルフ場が貴重品ボックスを解錠できる特別の方法も用意されている。最初は、こうした方法でゴルフ場の従業員がこっそり貴重品ボックスの中の物を抜き取っているのではないかと疑われたというのだ。
 だが警察が捜査に入り、鑑識課員が被害にあった貴重品ボックスを実況見分すると、手口はすぐに判明した。
 なんと、操作盤のカバーに名刺サイズという超小型の監視カメラがこっそり取り付けられていたのである。
 操作盤には、数字を入力しているところを他から見られないよう、上部と両脇の3方向にカバーが取り付けられている。前出の海野事務局長は、
 「以前、貴重品ボックスを操作している客の背中から手元をこっそりのぞき込み、入力した暗証番号を盗み見るという手口の事件が横行したことがありました。こうした手口を防ぐために、操作盤には手元が見えないようなカバーが取り付けられているのですが……」
 せっかくの防犯対策を、うまく逆手に取ったということなのだろう。
 手口の解説を続けよう。監視カメラには無線発信器が内蔵されており、無線を使って撮影した映像を飛ばすことができる。この映像を、これも超小型の無線受信機で受信し、ケーブルで接続したデジタルビデオカメラで録画する。この手の無線機の電波は50〜100メートル程度は飛ばすことができるため、一式をゴルフバッグにでも入れて貴重品ボックスの近くのロビーやレストランなどで待機していれば、暗証番号を入力している映像をカラーで録画しておくことができるのだ。バッグの中を操作する必要もない。全自動である。あとはカモがコースに出て行ったのを確認し、トイレの個室などで録画したビデオ映像を確認。何気ないふりをして貴重品ボックスに近づいて解錠、中の物を持ち去れば済む。大胆ではあるが、発覚しにくい悪質な手口と言えるだろう。
 しかも、この手口がさらに悪質かつ巧妙といえるのは、4桁の暗証番号を犯人に入手されてしまうことだ。たいていの人は、こうした機械に「4ケタの暗証番号を入力してください」と求められると、銀行のキャッシュカードやクレジットカードで使っているのと同じ数字を入れてしまう。でたらめな番号では、覚えられないからだ。しかしキャッシュカードと同じ番号の貴重品ボックスが破られ、カードが盗まれるとどうなるか――。
 もうお気づきだろう。犯人は盗んだカードを街のATM(現金自動預け払い機)に挿入し、口座のカネをごっそり盗んでしまうのである。
 たとえば昨年末から今年5月にかけ、福島県の4カ所のゴルフ場の貴重品ボックスが荒らされた事件では、犯行グループは計10人のキャッシュカードを盗み、計360万円の現金をATMから引き出していた容疑で逮捕された。しかも福島県警などの捜査によれば、このグループは千葉県や山梨県、奈良県など全国各地で同じ手口の盗みを繰り返しており、被害は総額1億円以上に上るという。
 また群馬、福井両県警が摘発したケースでは、東京都中野区の男(33)を中心にした犯行グループは今年夏の約2カ月間に十数件の貴重品ボックス荒らしを繰り返し、5000万円以上を荒稼ぎしていたという。
 まさに濡れ手に粟の犯罪と言えるだろう。
 そもそも、4ケタの暗証番号自体、決して安全なものではないという指摘もある。セキュリティアナリストの古川泰弘氏は、
 「4ケタの暗証番号というのがいかに危険なものであるのかを、誰も教えてくれないのが問題」
 と解説する。4ケタの数字の組み合わせは、セキュリティの専門家であれば簡単に破ってしまえるレベルだというのだ。
 「携帯電話の暗証番号も4ケタですが、30分以内に簡単にはずせるし、パソコンで作成した文書ファイルにかけたパスワードも、4文字程度なら5分未満で解読してしまうソフトが市販されています。こうした危険性が存在することを誰も教えてくれないので、みんなが安全だと思いこんでいるのが問題でしょう。ちなみに住基ネットのパスワードも、4ケタですね」(古川氏)
 それにしても、誰がどうやって、こうした犯罪手口を編み出したのだろうか。それは今となっては霧の中としか言いようがないが、しかし背景事情ではっきりしていることはひとつある。超小型の監視カメラが安価に手に入るようになったことが、大きな動機になっているはずなのである。
 一連の犯行に使われたような監視カメラは、インターネットの通信販売などで簡単に手に入る。たとえばある業者がネットで販売している超小型カメラは、重さ約20グラム。この重さなら、薄い両面テープなどで操作盤カバーの裏側に簡単に貼り付けることができる。
 大きさは縦16ミリ×横35ミリ×厚さ15ミリで、親指の先ほどの大きさしかない。画質は25万画素で、一世代前のカメラ付き携帯電話と同程度。鮮明とは言えないが、数字の入力を確認するのには十分な解像度といえる。この大きさの中に無線送信機も内蔵しているというのは、驚くしかない。しかもこの最先端のハイテク機器は、わずか3〜4万円程度で手に入るのだ。
 しかし、こうした製品が当たり前のように販売されているとはどういうことなのだろうか。同種のカメラを製造販売している関西のメーカーに聞いてみたところ、会社の名前を秘すことを条件に、担当者からこんな答が返ってきた。
 「内部犯行と疑われるような窃盗事件が多く、こっそり従業員を監視したいというニーズが増えています。また、万引きの犯人を捕まえるため、通常の防犯カメラとは別に小型のカメラをひそかに設置したいというニーズもあります。さまざまな用途で使われるようになっており、超小型カメラの売れ行きは伸びています」
 皆が皆を監視しあう社会の到来ということだろう。イギリスの作家ジョージ・オーウェルはかつて、国民の一挙手一投足を監視する悪夢のような「ビッグブラザー」を小説で描いたが、現実の監視社会は、政府ではなく国民や企業同士がお互いを監視しあう方向へと進みつつある。ビッグブラザー社会ではなく、リトルブラザーズ社会と言うべきか。
 それにしても、こうした犯罪にはどう対応すればいいのだろう。
 先の海野事務局長は、
 「貴重品ボックスを利用する際にカードを発行し、このカードと暗証番号を組み合わせないと解錠できない貴重品ボックスも登場してきているが、導入にはコストがかかり、このゴルフ不況の中では難しい。このため、操作盤のカバーの裏に人工芝を貼り、カメラを貼り付けられないようにするといった工夫をしているゴルフ場も出てきています」
 と話す。ハイテクに対抗するには、ローテクな工夫が意外と有効なのかもしれない。
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)