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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


電子メールが悩める心を癒やす?

 ここ数年、インターネットを使ったカウンセリングが注目を集めている。同協会ホームページで相談を申し込むと、匿名のままカウンセラーと1対1のやりとりを電子メールで行えるという仕組みだ。本当に、メールでこころの相談なんてできるのだろうか? 言葉にならない気持ちを、言葉で伝え合うことなんてできるのだろうか――そんな疑問を持つ人もいるだろう。あるカウンセラーが行ったやりとりを、実際に見てほしい。

 「私には長年つきあってきた男性がいます。でも最近、仕事で無理矢理頑張っているストレスもあって、彼から支えてもらいたい、受け入れてもらいたいという気持ちはあるのに、自分の口からは皮肉がついて出たり、黙りこくってしまったりしています。こんな逆の行動になっちゃう自分が変なのに、彼には『あなたが変』と転嫁してしまいました。結婚も考えているのですが、彼に申し訳なくて踏み切れません。どうしたらわたしは良くなれるのでしょうか」
 電子メールでこんな相談を送ってきたAさんは、20歳代後半の女性だという。メールを受け取ったカウンセラーは、Aさんの「無理矢理頑張っている」という言葉に引っかかるものを感じながら、次のような返事を書いた。
 「こんにちは、Aさん。よろしくお願いします。長年つきあってこられた彼との関係がご心配なんですね。なぜか優しい言葉がかけられず、支えてもらいたいのに正反対の言動になってしまう。こんな矛盾した自分を何とかしたいと思い続けてこられたんですね」
 相手への共感とねぎらいの気持ちが伝わるよう、書き出しから慎重に言葉を選ぶ。
 「Aさんがお書きになった『どうしたら良くなれるのでしょうか』という気持ちが、何よりも光っています。何が障害になってきたのかを、一緒に考えてみましょう」
 Aさんは、何らかのトラウマ(心的外傷)を抱えているのかもしれない。その感情の根源を探ることが、問題解決への第一歩となるはずだ。カウンセラーは、さりげなくAさんを誘導していく。
 「真っ直ぐな態度がとれないのは、彼に対してだけですか? いちばん最初にそんな意識を感じたのは、いつだったか思い出せますか?」
 間もなく、Aさんから2通目のメールが届いた。
 「思い当たるのは両親のことです。父は突然爆発し、私や母にあたる人でした。愚痴っぽい母は何もできない人。私は父を憎み、母を疎み、今も人を拒んでしまう自分がいます。親に甘えたかったのに、話を聞いてほしかったのに、いつも私は言い出せませんでした」
 カウンセラーはこう返した。
 「そんな環境に耐えるため、優しくされることなしに生きてこなければならなかったのでしょうか。いま、Aさんは強制的に押し込めていた感情に気づかれて良かったのか、それとも思い出したくなかったのか、気になっております。あなたがこれまで自分を守ってきたシステムを変えるかどうかは、あなた自身の判断によります。いろいろな選択肢があるでしょうけれど、あなたが望んでいる自分になれるよう、切に願っております」
 このメールの2往復でカウンセリングの1セッションは終了し、相談者のAさんからは次のような感想のメールがカウンセラーのもとに届けられた。
 「自分では割り切っていたはずの昔のことが、今も影響しているなんて……。気づくことできて、少し自分が開かれたような、前向きな気持ちです。ありがとうございました」

 このやりとりは、日本オンラインカウンセリング協会で報告された事例のひとつだ。同協会は1997年に設立され、メールカウンセラー約150人が所属。無料のメールカウンセリングもホームページで受け付けており、毎月約50〜100件の相談を受けている。
 メールカウンセリングが注目を集めるようになったのは、いくつかの理由がある。第1に、海外居住者や入院中の患者などでも、簡単にカウンセリングを受けることができる。そして第2に、匿名でカウンセリングを受けることができる。相手がプロのカウンセラーであっても、生身の人間を相手に自分の恥ずかしい部分を打ち明けるのはかなり勇気がいる。たとえば赤裸々な、しかし真摯な性の悩みをメールカウンセリングに頼る人は少なくないという。
 不登校やひきこもりの若者たちにとっても、メールという手段はきわめて有効だ。親に無理矢理連れ出されていったカウンセリングルームではひとことも口を利かなかった不登校の子供が、オンラインのカウンセリングでは過剰なまでに饒舌に、みずからの悩みをつづったメールを送ってくることもあるという。
 インターネット時代になってホームページや電子メールを駆使することが当たり前になり、文章で自己表現をすることに慣れた若者が増えている。そんな若者たちにとっては、緊張を強いられる対面での人間関係より、メールでのやりとりや掲示板への書き込みの方が、よりリアルに感じられるようになっているのかもしれない。
 しかし、インターネットという新しいコミュニケーションの世界は、時に想像もしていなかったような摩擦も引き起こす。
 2年前まで、インターネットの自助グループを運営していた東京都在住のA子さん。グループを解散したのは、仲間の女性からこんなメールを受け取ったからだった。
 「ネットでは聖人君子みたいな顔をして、嘘つき!」
 A子さんはインターネットの掲示板を使い、1997年から自助グループを立ち上げていた。依存症の悩みを抱える人たちにさまざまなテーマで投稿してもらい、ネットに掲載するという方式だった。依存症の人たちは、人間関係が決して上手ではない。匿名性が高く、実際に会わずにすむインターネットなら、面倒な対人関係にわずらわされずに、悩みを言い合えるのではないかと考えたのが、始めた動機だったという。
 だがネット上でも人間関係は生まれる。そしてメールでやりとりしている時にイメージしていた相手の雰囲気や性格が、実際に会ってみると全然違っていた――というのはよくあることだ。激しい言葉が並んだメールをA子さんに送ってきた仲間は、このかい離に耐えられなかったのだろう。
 A子さんは、今もこの時のことを悔やむ。
 「ネットでも私は等身大の自分を伝えていたつもりだったのに、彼女にはそれが伝わっていなかったのだと思います。会って話すより、ネットの方が本当の自分自身を表現できていると思っていたのに……。挫折感を感じました」
 インターネットでしか起きえなかった愛憎劇、とでも言うべきだろうか。しかし仮想世界に見えるインターネットを構成しているのは、結局は現実の人間なのだ。A子さんは切々と訴える。
 「インターネットの方が心をもっと深く伝えられることはあるし、ネットでも現実社会でも、結局人間関係は同じなんだと思います。ネットだからしがらみから自由だと最初は思っていたけれど、関係が深くなれば現実と同じように好き嫌いが生まれるし、結局人間関係からは自由にはなれない」
 バーチャル(仮想現実)という言葉だけがクローズアップされがちなインターネット。しかしその「網」の端につながっているのは、やはり生身の人間なのだ。
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)

 カウンセラーとして10年以上の経験を持ち、1999年からメールカウンセラーの先駆けとして活動している日本オンラインカウンセリング協会理事、佐藤敏子さんに聞いた。

――どのような人がメールカウンセリングを受けているのでしょうか。
佐藤 対面のカウンセリングと比べて、文章で自分を表現しなければいけない。だから表現能力の高い人が多いですね。実際に会ったときよりも、メールの方が表現が豊かだったというケースもあるようです。
――対面カウンセリングと比べて、メリットは。
佐藤 「カウンセリングを受けてみたいが、カウンセラーと会うのは怖い」と考えるような自己防衛心の高い人も受けることができる。たとえば児童虐待を受けた経験のある人は、相手の表情を読み取る性向がある。相手が言っていることを「本当に素直に受け止めていいのか」と考えてしまうわけです。このような場合は、メールの方が有効なケースもあると思います。
――メールのやりとりだけで、相手の気持ちを読み取れるのでしょうか。
 ちょっとした相手の文章のクセで、書き手の人格が見えてくることがあります。たとえば改行が少なく、読みにくい長い文章には衝動性や抑圧、苛立ちなどが浮き彫りになっている。じっくりと書いた文章だと感じたら、「いつも真剣にじっくりと物事を考えるタイプだと人から言われたことはありませんか」と投げかけてみる。メールカウンセリングでは、そんな風に相手の感情や性格を文章からすくい上げ、少しずつ相手の本当のこころを探っていきます。
――メールカウンセリングだけでカウンセリングは成り立つのでしょうか。
 私は、メールカウンセリングはあくまで補完的なものだと考えています。やはり実際に会わなければ伝えきれない部分はある。以前、彫刻家の舟越桂さんの若者像のように、すごく遠い目をした青年のカウンセリングを行ったことがあります。彼は子どものころからひどい体験をしてきて、いつも遠い山や空を見ていたんですね。もしメールカウンセリングだけだったら、彼の遠い目には気づかなかったかもしれません。