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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
1日のアクセス数が1000万を超えるというインターネットの巨大掲示板「2ちゃんねる」。さまざまな少年事件をめぐって過去に何度も物議をかもしてきたこの匿名掲示板で、またも問題が起きた。長崎の男児誘拐殺人事件にからみ、無関係の少年の名前が「犯人」として書き込まれたのだ。
「みんなで犯人の正体を暴こう!」
「殺人犯の身元を完全特定! 長崎市立○○中学1年○○○○」
人権じゅうりんと差別発言があふれるインターネットの匿名掲示板で、またも心ない行為が行われた。長崎の男児誘拐殺人事件に関連した「2ちゃんねる」の掲示板で、「これが犯人だ!」などと少年の名前がいくつも書き込まれたのだ。
「犯人はこの中にいる?」
と、中学生らしき生徒たちが体操着や学生服で写っている集合写真を投稿した者もいた。誰のものかわからない別人の顔写真もあった。この顔写真は、地元長崎市でも携帯電話メール経由で出回り、真偽もはっきりしないままに大人も子供も写真を知人や家族に送りまくっているという。
あまりに無責任、あまりに不快としかいいようがない。
いったい何のために、名前や顔をさらす必要があるというのか。しかもその中には、まったく事件とは関係のない実在の少年の名前があったのだ。名前を書き込まれた少年は不登校だったらしく、それが「犯人」と疑われた原因になってしまったのだろう。彼の名前を書き込んだのは、同じ学校のクラスメートなのだろうか。それとも顔見知りの誰かなのか。人の底知れない悪意、憎悪、底意地の悪さ……ただひたすら、読んだ者を打ちのめす行為ではないだろうか。
とはいえ、“ネットの荒野”である匿名掲示板にも、わずかな救いはある。その名前が投稿されたしばらく後、別の人物と思われるこんな書き込みも登場したのだ。
「こんにちは。私は不登校をしてる『彼』の友達です。いま、家にいますよ? 家の固定電話で確認しました。彼も私もいじめられているので、誰かが悪戯でやったんじゃないですか?」
「あの、○○君のかわりに人違いだと主張したいのですが、具体的にどこで主張すればいいでしょうか」
それにしても、2ちゃんねるなどのネット掲示板の影響力の大きさは年々高まっている。アクセス数は一日に1000万を超えるとも言われ、今や大手メディアなみの情報伝播力を持っているといえるのだ。こんな無法状態を許していいのだろうか。
このひどい事態に、法務省人権擁護局と長崎市教委も動いた。法務省は9日夜、2ちゃんねるの管理者に電子メールを送り、少年の名前の削除を要請。また市教委も9日から10にかけ、2ちゃんねると長崎市内で運営されている掲示板の2カ所に、名前の削除を依頼した。このうち地元掲示板からは「掲示板のサーバーを停止させた」と連絡があったという。
しかし、いったん流出した実名や写真は、いくら削除しても決して消えてはくれない。メールやホームページ、携帯電話メールなどを経由してどんどん転送され、増殖し、いつまでも亡霊のようにインターネット上を漂流していくのだ。
そのもっともわかりやすい例が、1997年に起きた神戸の児童連続殺傷事件だろう。殺人容疑で逮捕された少年(当時14歳)に対し、匿名掲示板では「少年法を変えろ」「実名を出せ」などといった意見があふれ、新潮社の写真週刊誌「フォーカス」が掲載した少年の顔写真が瞬く間に転載され、そしてどこからともなく割り出された少年の実名も書き込まれた。
そしてその顔写真と名前は、今もインターネット上の無数のホームページに掲載され続けている。発生からすでに6年の月日が流れ、少年は20歳の成人となった。現在は関東医療少年院に収容されている。これから先、少年がどのようにして自らの犯罪の責任を負っていくのかはわからない。だがネットでいつまでも実名と顔をさらし、私刑のような状態を続けることは許される行為ではないはずだ。
インターネットの表現の自由と、悪意ある犯罪的書き込みへの断固たる対応――。この難しい問題に、われわれはいったいどう対処すべきなのか。ネットにおける表現の自由と規制の問題に詳しい速水幹由弁護士に聞いた。
――またも事件にからみ、少年の名前を匿名掲示板に書き込むという事態が起きてしまいました。
速水弁護士 まず少年の実名報道が少年法上許されるかどうか、という問題がまず存在する。過去にいくつかの週刊誌が事件を起こした少年の実名を報じたケースが起きているが、そうした報道が許されるかどうかについては、かなり揺れている。
――今回のようなネットでの実名露出は別の次元でしょうか。
速水弁護士 どんな場合でも、発言する側は責任を負わなければいけない。週刊誌の場合は、損害賠償責任や刑事罰を科されるリスクを覚悟している。だがインターネットでは匿名に逃げ込んで何のリスクも負わず、無責任な発言が許されてしまっている。
――どう対処すべきなのでしょう。
速水弁護士 昨年5月、プロバイダーや掲示板管理者の責任の範囲を定めたプロバイダー責任法が施行された。しかしこの法律にはかなり曖昧な部分がある。違法な発言の削除を要求できるが、発言者から削除を拒否されると、違法なのかどうかを管理者が判断しなければいけない。
――管理者にそこまで判断をゆだねるのは難しいということでしょうか。
速水弁護士 プロバイダーや掲示板管理者に責任を負わせ、それによってネットの秩序を保とうというのは本末転倒だ。ネットは今までにない新しいメディアで、誰でも自由に自分の意見を表明できるというすばらしい特徴を持っている。管理者を警察官の立場に追い込んでしまったのでは、そうした新しいメディアとしてのネットの力は死んでしまうのではないか。そんな危惧がある。
――とはいえ、ひどい書き込みに対しては何らかの規制が必要では。
速水弁護士 単純に規制すればいいわけではない。まず第1に、テクノロジーが進歩すると、それを悪用した犯罪は必ず出てくる。身代金誘拐は電話がなければ存在し得ない犯罪だが、しかしだからといって誘拐を防ぐために電話を規制しろとはいえない。インターネットも同じ。第2に、匿名の発言にどの程度の保護を与えるかという問題もある。海外では、ネットの匿名の情報発信が、独裁国家に革命を起こす原動力になったという事例もある。
――ではどうすればいいのでしょうか。
速水弁護士 最低限、通信記録(ログ)の保存を義務づけ、事後に発信元を突き止められるようにすべきだと思う。ログを保存することには「通信の秘密を犯す」「プライバシーの侵害」という反対も起きている。だが、インターネットというきわめて鋭利なナイフともいうべき世界の中で、悪質な発言を続けている者に対し、事後的にでも責任をきちんと問わせる体制は整えるべきだ。