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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 パソコンがインターネットの王者だった時代は終わりを告げた――。ブロードバンドの覇者の座を狙い、テレビの復権を狙うソニーと、パソコンの王者防衛を死守するマイクロソフトが“天下分け目の戦い”を繰り広げようとしている。ブロードバンド時代に家庭の中心に座るのは、果たしてテレビかパソコンか。

 今年1月9日。米ラスベガスで、世界最大の家電見本市として知られる「国際コンシューマー・エレクトロニクス・ショー」が開かれていた。約2000のメーカーが展示し、入場者10万人以上を集めるこの巨大イベントである。そしてその初日の基調講演で、ある人物がどう発言するのかが開幕前から大きな注目を集めていた。その人物とは、ソニーの安藤国威社長。
 満員の観衆を集めた会場。華やかな舞台にハリウッド女優のドリュー・バリモアとともに姿を現した安藤社長は、こう切り出した。
 「パソコンは、低速なインターネット時代にはチャンピオンだった。しかしブロードバンドでは、テレビが家庭の中心となっていく」
 つまり、家庭でのインターネット利用の中心は、今後はパソコンからテレビへと移行していく――そう宣言したのである。
 さらに、安藤社長はこう続けた。
 「テレビはこれまで単純な受像機に過ぎなかったが、これからのブロードバンド時代にはデジタル化され、家庭内ネットワークの中心になる。人々は自分の好みに合った映画や音楽などを自由に選べるようになり、そしてハイビジョンによってすばらしい映像やサウンドを実感できるようになる」
 実はこの前日、パソコン業界を牛耳るマイクロソフトのビル・ゲイツ会長が前夜祭講演で「ブロードバンド時代にも、パソコンは家庭内で中心的な位置を占めるはずだ」と訴えていた。安藤社長のスピーチは、ゲイツ会長と真っ向から対立するものであり、いわばソニーのマイクロソフトへの「宣戦布告」とも言える過激な内容だったのだ。
 このソニーの過激な戦略転換は、いったい何を意味しているのだろうか。

ブロードバンドで家電はこう変わる

 その前にまず、ブロードバンド時代に家庭のインターネット利用がどう変わっていくのかを説明しておこう。
 それはたとえば、こんなイメージだ。
 ――ある通勤途中の朝。あなたは、帰宅してから夜に見ようと思っていた番組の予約録画をするのを忘れていたのを思い出す。駅のホームで携帯電話を取り出して、インターネット経由で自宅のレコーダーにつなぎ、予約録画をセット。会社に到着し、会議に出席しようとして今度は自宅の資料が必要なことに気づく。会社のパソコンから自宅のホームサーバーに接続し、電子化されている資料を取り出して印刷した。
 さて、まだ会議までちょっと時間がありそう。昨日の日曜日、家族で遊びに行った遊園地の映像をちょっと見てみよう。今度は会議室の大型テレビに向い、リモコンを操作して自宅のデジタルビデオカメラを呼び出す。自宅に置いてあるビデオカメラは家庭内無線でインターネットに接続されているから、外からでも自由自在に接続できるのだ。小学生の娘と妻が楽しそうに遊んでいるビデオ映像は、高速なブロードバンド経由だから自宅のテレビで見ているのとまったく変わらない。
 自宅では、妻がインターネット対応冷蔵庫のドアにつけられた掲示板にマーカーで『みんな、今日はレストランに出かけない?』と書き込む。書き込みの文字はそのままインターネット経由で転送されて、夫と娘の携帯電話の画面に自動表示されるのだ。帰りに駅前で待ち合わせ、レストランへ。ついでにスーパーで買い物をしていこう。携帯電話から自宅の冷蔵庫を呼び出す。最近の商品にはすべて、アンテナを内蔵した「無線タグ」と呼ばれる超小型ICが貼り付けられている。この無線タグのデータを冷蔵庫が読みとり、在庫や賞味期限などを自動的にチェック。必要な買い物は携帯電話で確認できてしまうのだ。
 帰宅して娘を寝かせつけると、今夜は夫婦水入らずでゆっくり映画を楽しみたい。映画配信サービスのホームページにアクセスして数万本も用意されている中から観たい映画を選び、インターネット経由でダウンロードしてその場で観ることができる。居間の壁に設置してある大画面のプラズマディスプレーに、映画のタイトルが静かに浮かび上がってきた――。

「パソコンが中心」はすでに過去の話

 ブロードバンドが作る生活のイメージが、おわかりいただけただろうか。これが果たしてわれわれの人生にとって“バラ色”になるのかどうかはとりあえず置いておこう。
 しかしパソコン業界や家電業界は、家庭内のすべての電気製品がインターネットにつながっていくと考えており、そうした製品の開発競争を推し進めている。実際、先に挙げたようなネットで予約録画できるレコーダーなどは、ソニーや東芝などのメーカーから昨年すでに発売されている。
 さて、そこで問題になってくるのは、家庭内のすべての機器を制御するのはいったい誰か――ということだ。インターネット対応の電気製品がそれぞれバラバラに置かれているだけでは、外出先などからきちんとコントロールすることはできない。家庭の中心にあり、サーバーコンピューターのような役割を持って電気製品を集中制御する機器が必要になるのだ。
 そして冒頭の安藤ソニー社長は、それはキーボードとマウスで操作する机の上のパソコンではなく、居間にあってリモコンでコントロールするテレビになるのだ、と断言しているのである。
 本当にそうなるのだろうか?
 これまで、IT業界では「パソコンが中心になる」と説明し続けてきた。確かに、これまでインターネットといえばパソコンでの利用が中心で、テレビがその代わりを務めるというのはイメージしにくい。
 しかし、IT業界に精通するジャーナリストの大河原克行氏は言う。
 「ホームページを見たり、電子メールを読み書きしたりといった利用では今まで通り、パソコンが使われていくと思います。しかしブロードバンドのもっとも大きなメリットである映像を楽しむような世界では、テレビがその中心になっていくのではないでしょうか」
 実際、大河原氏が昨年から今年にかけて複数の大手家電量販店に取材したところ、どの社のトップも「これからの家庭内のネットワークは、テレビが中心になる。テレビを中心に、さまざまな家電製品をつないでいく形になる」と断言。そして今後は家電量販店もそうしたイメージに合わせた商品構成に変えていく、と語ったという。

テレビの復権が家庭団らんを復活させる?

 パソコンはもともと、個人で利用する目的で作られている。机の上に置いてイスに座って利用し、顔から30センチ先に画面がある。2メートル先に画面があるテレビと比べれば、映画を観るのには確かに不向きだろう。それに対し、テレビは多人数で楽しむのが本来の姿だ。60〜70年代に子供時代を過ごした人なら、家族団らんの場でみんなでテレビを見た思い出は誰にでもあるだろう。
 その後、日本社会は核家族化へと進み、さらにその核家族さえも崩壊させて“単家族”を出現させ、「テレビは個室でひとりで見るもの」と言われる時代になった。しかし今、時代は再び移り変わり、家族やコミュニティーの温かさが再び見直されるようになってきた。
 そんな時代状況に合わせるかのように、テレビの「売れ線」も個人用の小型テレビから、居間で皆で楽しめる大画面のプラズマディスプレーへと大きく変わろうとしている。テレビを家庭の中心に、という考え方は、古くさい製品だったテレビとともに、家族団らんを復権させようという大きな流れといえるのかもしれない。

日本企業の“王者奪還”の悲願も

 ソニーが仕掛ける“テレビVSパソコン戦争”――。実はそこには、もうひとつの大きな背景事情も隠されている。
 それはマイクロソフト支配からの脱却という日本のパソコン業界の長年の課題だ。1990年代半ばから始まった世界的なパソコンブームの中で、マイクロソフトはCPUメーカーのインテルと組んで、強大な独占支配力を誇ってきた。かつては半導体分野で世界最先端だったはずの日本は、それに対抗するすべを持たなかった。ポストバブル時代を指す「失われた10年」という言葉があるが、日本のIT業界にとっては、それはマイクロソフト・インテル連合に支配された苦渋の10年でもあったのだ。
 しかしここに来て、その構図が崩れはじめている。その最初のきっかけは、長引くIT不況――需要が頭打ちになり、世界的にパソコンが売れなくなってきたことだ。要するにパソコンを買おうと思っている人は大半が購入してしまい、もう買い換え需要しかなくなってしまったということなのである。
 たとえば日本だけを見てみても、昨年のパソコン販売額は約3180億円(日本電気大型店協会まとめ)で、前年の21%減。マイナスは23カ月連続と言うから恐ろしい減少ぶりである。しかしこの不況は実は、業界が「脱パソコン」へと動き出す大きな原動力になりつつある。
 それに加えて、マイクロソフト側の“敵失”もあった。その最大の失敗は、昨年発売した次世代ゲーム機「Xbox」がうまくいかなかったことだ。同社は先行きが怪しくなってきたパソコンに代わり、このゲーム機を家庭内ネットワークの中心になる製品として大々的に発表。しかしソニーの「プレイステーション2」が累計で4000万台、任天堂のゲームキューブが700万台を売ったのに比べ、Xboxは400万台に終わっている。
 前出の大河原氏が指摘する。
 「家庭ネットワークの機器としては性能は高いけれど、ゲーム機としては値段が高すぎ、また魅力のあるゲームがなかったのも誤算だった。しかしこの販売台数では、もうXboxが家庭内ネットワークの中心の位置を占めるようになることは考えられないと思います」

「ウインドウズでは日本は勝てない」

 日本の家電メーカーにとって、機は熟しつつあるということなのだろう。業界事情に詳しいアナリストが語る。
 「日本はパソコンでは苦杯をなめさせられたとはいえ、家電の世界では依然としてきわめて高い国際競争力を誇っています。その土俵にマイクロソフトを引きずり込んで戦えば、勝利を収めることは決して不可能ではないでしょう。逆に言えば、マイクロソフトはXboxだけでなく、さまざまな戦略を矢継ぎ早に打ち出し、家電業界をも飲み込んでしまおうと必死になっている。マイクロソフトの“野望”が実現してしまえば、日本のIT業界は未来永劫に浮上できなくなってしまう」
 そんな危機感がいま、日本の業界を突き動かしているというのだ。その意味でこれは単なるマイクロソフトとソニーの対立ではなく、世界を支配する米国のIT業界と、日本のIT業界の対決でもあるといえるのかもしれない。
 そしてこの対立構図は実は、日本の国家戦略にもつながっている。たとえば昨年12月、横浜で開かれたイベント「オープンソースウェイ」の講演で、経済産業省の福田秀敬IT産業室長がこんなことを語っているのだ。
 「テレビなどのデジタル家電までもがパソコンに取り込まれていくというのは、日本の競争力にとって最悪のシナリオだ。この構図を崩すためには、家電のシステムにははっきり言ってマイクロソフトのウィンドウズは使わないことだ。そうしなければ(われわれは)勝てない」
 マイクロソフトへの敵意がむき出しになった、何とも激しいアジテーションではないだろうか。この“最終戦争”は、日本のIT業界にとっては天下分け目の関ヶ原の戦いにも匹敵するということなのだろう。5年後、勝利の女神はどちらに微笑んでいるだろうか。