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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


 携帯電話業界に、ひそかに激震が訪れようとしている。日本中を覆う価格破壊の波が、通信業界の最後の“聖域”とも言われた携帯電話の世界をも飲み込もうとしているのだ。

 「今までの高い従量料金から、定額のかけ放題へというのは誰にも止められない大きな流れ。携帯電話の料金は今までのような高止まりではすまされない時代に入ってくる」
 熱を込めてそう語るのは、ジャパンメディアネットワーク(JM−NET)の岩田誠一社長。彼の率いる社員約20人の通信ベンチャーは「初期費用2万6000円、月額4500円で携帯電話かけ放題」という驚くべきビジネスで、携帯電話業界に切り込もうとしているのだという。いったい、携帯電話の世界に何が起きようとしているのだろうか?

「高止まり」の続く携帯電話

 自宅などに設置してある加入電話――いわゆる「固定電話」の世界ではすでに、IP電話という新しいテクノロジーの登場で価格破壊が起きはじめている。ひとことで言えばインターネットの仕組みと安価な機器を使った電話なのだが、全国どこにかけても3分7・5〜8円、IP電話の加入者同士なら通話料無料といった激安サービスが次々に登場している。国際電話も同様。欧米の主要国なら3分7・5円〜20円程度でかけることができるというから驚きだ。
 しかしそんな状況とは裏腹に、唯一高止まりを続けているのが携帯電話なのである。以前と比べれば安くなったとはいえ、携帯電話同士の通話で3分100円前後。IP電話の10倍以上の値段になっている。
 さらにひどいのが、一般の固定電話から携帯電話にかける際の料金だ。携帯の加入者に料金が請求されないため高価格でも表に出にくく、なんと昨年3月までJフォンやau、ツーカーセルラーは3分150〜180円もの高い料金を請求していたのである。「固定電話との料金格差を是正せよ」という総務省の意向で昨年3月に値下げが行われ、一斉に3分120円に引き下げられたものの、いまも高価格であることに変わりはない。

高いケータイ料金は文化をつぶす?

 この異常に高額な携帯電話料金は、どんな悪影響を引き起こすのだろうか。
 それは日本の若者文化を破壊し、ベンチャーの芽をつぶすことにまでつながるとまで言ってもいいほどのものなのだ。
 若干「風が吹けば桶屋がもうかる」的な説明になるが、まず数字を挙げてみよう。
 たとえば昨年3月、文部科学省がまとめた大学生の2000年度の支出。ひとりあたりの支出総額は前年より6・7%増えた平均約205万円に達している。しかしその内訳を見ると、携帯電話の料金を中心とした「その他日常費」が約28%、約3万8000円も増えているのだ。総務省が昨年2月にまとめた2001年度の単身世帯の消費動向でも、同じ結果が出ている。不況の影響を受けて外食費が4・1%減るなど、全体で前年と比べて1・9%減と2年連続のマイナス。しかし携帯電話やインターネットの通信費だけはなんと12%も増えている。
 一方で、これまで若者向けの文化を牽引してきた音楽業界やゲーム業界、雑誌業界は、不況にあえいでいる。音楽CDの売り上げは2001年に3年連続の前年割れ。一時は隆盛を誇ったテレビゲーム市場も最近、すっかりおとなしくなった。雑誌を含む書籍の販売額はこの5年、減り続けている。

消費支出をケータイが飲み込んでしまう

 IT業界に詳しいアナリストが指摘する。
 「高額な携帯電話料金を支払うために若者は四苦八苦しており、ゲームや音楽、雑誌にオカネを使わなくなったのが背景にあるとみられています。価格破壊で月額2千数百円とすっかり安くなったインターネット通信料に比べ、携帯電話への支払いは巨額です。たとえば昨年8月、NTTドコモは月額3万円を超えるiモードの利用料を割り引くことを発表しましたが、その対象となったのは利用者約3400万人のうちの2〜3%。若者を中心に、100万人近い人が毎月3万円以上もの大金をNTTドコモに流し込んでいた計算になります。また音声通話も含めて、月額2万円以上の料金を携帯電話会社に払っている人は1500万人以上に上るとされています」
 そもそも情報や娯楽への支出は、コンテンツを作り出している作家やアーティスト、ゲーム作家、コメディアン、映画監督、あるいは新しい娯楽を提供してくれるベンチャー企業などに、その対価として支払われるべきだ。通信インフラを提供しているだけの会社がまるでブラックホールのように巨額のカネを吸い込んでしまうというのは、尋常ではない。これでは新たなビジネスや文化の創造を妨げているといわれてもしかたないだろう。

ケータイについに価格破壊の波が……

 しかしここに来て、「高止まり」の携帯電話に風穴を開ける動きがついに胎動をはじめた。
 その最初の波がやってきそうなのは、先に挙げた固定電話から携帯電話にかける際の高い料金だ。そもそもこの値段が異常に高かったのは、料金を固定電話会社の側ではなく、携帯電話会社側が勝手に設定できたからなのである。料金のうち固定電話会社に入るのは3分あたり10円程度で、残りの百数十円はすべて携帯電話会社に入る。暴利ではないか。
 この問題は以前から指摘されており、たとえば昨年8月には公明党の遠山清彦議員が、参院決算委で「携帯電話会社側に料金の設定権があるのは疑問。携帯電話は公共性の高いサービスで、利益はできる限りユーザーに還元させるべきではないか」と質問。片山虎之助総務相から「電話サービスは日常生活に不可欠なインフラで、総務省もこの問題に対応していく」という答弁を引き出している。
 同時期には、通信ベンチャーの平成電話が「携帯電話会社が決めた料金が高すぎ、低価格サービスが実現できない」と総務省に裁定を申し入れた。英国系通信会社のケーブル&ワイヤレスIDCもこの動きに同調し、一時は新たな海外摩擦に発展しそうな気配さえあったのだ。それにも関わらず、携帯電話会社の側は「これまでも料金を引き下げてきたのだから、今のままで問題ない。設定権を手放すつもりはない」(小野寺正KDDI社長)と突っぱね続けてきた。
 しかし昨年11月、ついに総務省はこの料金の設定権の一部を固定電話会社側に与える方針に転換した。これで料金は今年以降、大幅に下がると見られており、一説によれば、携帯電話会社4社で3000億円以上もの減収になるともいう。逆に言えば、利用者はこれだけの金額の余計な通信料を毎年支払わされていたということなのだ。何ともムダな投資だったとは言えないだろうか。

ベンチャーも次々と携帯ビジネスに参入

 そしてもうひとつの大きな動きが、冒頭に挙げたJM−NET社のようなベンチャー企業の相次ぐ参入なのである。
 今年4月にスタート予定の同社のサービスは、NTTドコモやJフォンなどの携帯電話をそのまま使うシステムだ。かなり複雑な仕組みを使って低価格を実現している。
 その前にまず、通常の携帯電話の通話の仕組みを説明しておこう。携帯電話から電話番号をダイヤルすると、信号はまず各地に立てられている基地局のアンテナに送られ、回線を確保。この基地局からさらに電話局内にある「交換機」と呼ばれる巨大な設備につながる。そして電話をかける相手先が固定電話の場合、この交換機から相手先の電話がある場所の電話局交換機につながる。また相手先が携帯電話の場合は、この交換機から相手先の近くの基地局に接続され、最終的に相手の携帯電話まで1本の回線を確保していくという仕組みだ。
 JM−NET社の携帯電話サービスは、まったく違う経路をたどる。同社のサービスに加入する人はまず、市販されている普通の携帯電話に同社の用意する小型アダプターを装着する。この携帯から電話をかけると、アダプターが相手先の電話番号と音声、自分の居場所を示す情報などをまとめて圧縮加工し、データ化する。このデータを、携帯電話会社が用意している基地局経由で、JM−NET社が別の電話会社と提携して用意している独自のデータ通信網を通じて送信し、かけた先の電話に音声が届くようにするという。
 携帯電話の基地局を経由しているから、携帯電話会社の利用料金が必要になりそうだが、岩田社長は「その部分は企業秘密だが、NTTドコモがプロバイダー向けに開放しているiモード網を利用し、課金を発生させずにデータをやりとりできる。ある種『コロンブスの卵』的な発想です」と説明する。同社はこのサービスで、今年末までに165万人の加入者を目標にしているという。代理店経由での先行申し込みをした人もすでに4万人に達しているというから、携帯電話会社にとってかなりの脅威となりそうだ。

無線LANを利用した携帯電話も

 一方、三菱電機の社内ベンチャー制度から産まれた社員7人の企業、アイピートークは、3分10円以下で通話できる「モバイルIPトーク」という携帯電話サービスを計画している。このサービスの特徴は、パソコンの無線LANを利用することだ。無線LANというのは、文字通り無線を使ってインターネットに接続できるようにする仕組みのことだ。携帯電話の基地局と比べると、ひとつのアンテナで利用できるエリアが狭いのが難点だが、その分コストは安い。
 同社は、親会社の三菱電機が独自開発した専用の携帯電話機を用意している。この電話機から電話をかけると、信号は無線LANを経由してインターネットに流され、その先で同社のサーバーコンピューターにつながる。ここで音声に戻され、電話網を通じて固定電話や携帯電話につながる仕組みになっている。携帯電話会社のシステムはいっさい使わないから、通常のIP電話と同じような安い料金で提供できるというわけだ。
 無線LANは最近、ハンバーガー店やレストラン、喫茶店などで利用できるようにする「ホットスポット」と呼ばれるサービスが普及しはじめており、将来的には現在の携帯電話と同じぐらいのエリアで使えるようになる可能性もある。土橋啓次郎・法人営業部長は「携帯電話は料金が高いという固定観念を覆す可能性のある、有望な事業だと考えています」と話している。今年夏にはまず企業向けにサービスを開始する予定なのだという。

もうこの動きは止められない

 こうした価格破壊の携帯電話サービスは今、恐ろしいほどの勢いで登場しようとしている。通信ベンチャーの鷹山は、PHSのデータ通信を利用した携帯電話サービスを、月額3000円程度の準定額料金で提供する計画を進めている。また海外でも、インターネットの機器で世界最大手の米シスコシステムズが、アイピートークと同じように無線LANを使った携帯電話機を試作し、今夏の発売を目指しているという。もうこの動きはとめられない。大きなうねりとなって携帯電話業界を飲み込んでいきそうな気配が濃厚なのだ。
 独占支配的なビジネスで巨利をむさぼってきた携帯電話会社。崩壊の足音は、ひそかに近づきつつある。