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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki


中古パソコンブームの裏側には何がある?

 パソコンの値段が恐ろしい勢いで下がりつつある。20万円とか15万円というのは、もう遠い昔の話。つい昨年ごろには「本体のみ5万円」などという値段にびっくりしたが、この秋には何と「本体のみ1万9800円」という驚くべき製品が登場した。
 このパソコンを市場に投入するのは、神奈川県を地盤とする家電量販店のノジマ。スペックは他のパソコンとほとんど変わらない。モニターは付属していないが、マウスやキーボードもちゃんとついている。ブロードバンドのADSL(非対称デジタル通信網)サービスへの加入と抱き合わせでこの値段を実現しているというが、それにしても安い。この価格が発表された9月4日、同社の株価はストップ高となり、年初来高値を更新したほどだった。
 それにしてもなぜこれほどまでに安いパソコンが、登場することができたのだろうか?
 それを解き明かす前に、まずパソコン市場を取り巻く最近の状況を説明しておこう。
 パソコン業界のトレンドにはいま、ふたつの大きな潮流がある。ひとつが中古パソコンの市場がたいへんな盛り上がりを見せていることであり、もうひとつはパソコン業界の巨人、マイクロソフトが独占支配する「ウインドウズ」に対抗する製品が、きわめて安価に登場してきたことだ。
 中古パソコンが流行っている理由は、簡単だ。
 @パソコンが高性能化し、中古でも十分実用に
 数年前までのパソコンは、買ってから数年も経つとソフトや周辺機器の進化についていけなくなり、動作が重くなって事実上使えなくなった。だが最近は新しいソフトでもパソコン側にさほどの能力を求めなくなり、2〜3年前のパソコンでも最新ソフトを不自由なく使えるようになった。
 Aパソコンのメーカー回収義務づけ
 この10月から、家庭で使われていたパソコンを捨てる際、メーカーが回収することが義務づけられる。数千円の回収費用は販売価格に上乗せされる見通しだが、今年9月末までに販売されたパソコンについては、消費者がパソコンメーカーに支払って回収してもらわなければいけない。この費用から逃れるために、家庭で使われていたパソコンが大量に中古市場に流れ込むのではないかとみられている。
 Bパソコンの日用品化
 パソコンが高嶺の花として、専用のパソコン机に鎮座していたのは昔の話。爆発的に普及するのに従って、家族1人に1台というのも珍しくなくなった。おまけにパソコン自体のイメージもかつては「何でもできる夢の箱」だったのが、今では「インターネットのホームページと電子メールさえ読み書きできればいい」という人が増えてきている。そんな使い方には、古くて安い中古パソコンがピッタリというわけだ。
 こうした追い風の中で、大手パソコンメーカーも中古パソコン市場を無視できなくなってきている。日本IBMとNECは今年、相次いで中古パソコンビジネスに参入。企業へのリース期間が終わったり、個人から買い取ったパソコンの外観をクリーニングし、動作を確認したうえでメーカー保証をつけ、電機量販店などで売り出す。発売から1年程度経た機種で、おおむね半額の値段になるという。大手メーカーの参入で、市場が一気に拡大する可能性もありそうだ。
 マルチメディア総合研究所によると、昨年度の中古パソコン市場は約96万台で、前年と比べて22%も増えた。今後も2ケタの増加率が続いていく可能性があるという。新製品のパソコン市場がここ数年、わずか数%の伸びにとどまっているのと比べれば、期待感は大きい。
 安い中古パソコンを使い、もっと多くの人にパソコンを使ってもらおうという運動も起きている。
 特定非営利活動法人(NPO)の「アインシュタインプロジェクト」(東京都世田谷区)は、学校や老人ホームなどにこれまで約500台の中古パソコンを寄贈してきた。代表理事の会田和弘さんは、
 「小学校などでは、授業の調べ学習に使うためにインターネットに接続できるパソコンを求めている。ホームページをあちこち見るという用途なら、中古パソコンで十分」
 と話す。パソコンは企業から配送費込みで寄贈を受け、それをNPOのスタッフたちが掃除し、整備して学校に運んでいる。あまりにも古すぎるパソコンはさすがに使えないが、そうした製品は学校に持って行って児童たちの目の前で分解し、パソコンの仕組みを学ぶ学習に使うのだという。
 「古いパソコンを捨てずに、ありとあらゆる方法で再利用していく。これもひとつの循環型社会だと思います」(会田さん)
 中古パソコンは、ITに対する人々の考え方そのものを変えていく可能性も秘めているということだろうか。
 パソコン業界におけるもうひとつの大きな潮流は、マイクロソフトのウインドウズに対抗する製品が登場してきたことだ。
 今年8月、「リンドウズ日本語版」というOS(基本ソフト)が発売された。一風変わった名前だが、サーバーコンピュータ用のOSである「リナックス」とウインドウズをかけ合わせた言葉だ。サーバーの世界ではリナックスはウインドウズの対抗馬として注目され、シェアも20%を越えている。だが家庭用パソコンで使うにはリナックスはとっつきにくく、これまでほとんど普及してこなかった。これに目をつけた米国メーカーのリンドウズ・ドットコム社がリナックスを改造。ウインドウズに似せた画面で、一般ユーザーにも操作しやすいOSを作ったというわけだ。
 今回、日本語版を発売したITベンチャー企業「エッジ」の堀江貴文社長は、
 「リナックスは従来、パソコンへの導入や操作が難しいという印象があった。しかしここ数年で使いやすい製品が数多く現われ、一般ユーザーにも普及する条件が整ってきていた。実際、ドイツのあるコンサルタント企業がパソコン初心者を集め、ウインドウズとリナックスの操作のしやすさをテストしてみたところ、差はほとんどなかったという結果が出ている」
 と強調する。
 リンドウズの登場は、パソコン業界では大きな衝撃をもって受け止められている。その最大の理由は、値段がとてつもなく安いことだ。紙のパッケージに入れて店頭で売られる製品が、6800円。これに対して、マイクロソフトの個人向けOSである「ウインドウズXPホームエディション」は、実売価格が2万円以上する。
 しかし価格の差は、これだけではない。IT業界に詳しいフリーライター、松尾乗介氏が解説する。
 「パソコンの頭脳部分とでもいうべきOSの場合、製品単体で売られるよりも、パソコンに最初から導入した状態で販売する『プレインストール』という形式が一般的。つまりパソコンメーカーにOSをOEM供給するわけです」
 ウインドウズのOEM供給の値段は、単体の製品版とほとんど変わらず、2万円近くすると言われている。4〜5万円の激安パソコンであれば、価格の半分がウインドウズの値段で占められているわけだ。
 「パソコンの値段の半分がソフト代というのは健全ではないと誰もが思っているのに、市場をマイクロソフトに独占されているから、これまではどうにもならなかったんです」(松尾氏)
 リンドウズの場合は、パソコンメーカーへのOEM供給は「1カ月10万円」という料金体系で提供されているという。何千台、何万台にプレインストールしてもこの値段だというのだから、確かにウインドウズと比べれば劇的に安いといえるだろう。
 冒頭に挙げた「1万9800円」は、実はこのリンドウズをプレインストールしている。OS代だけで2万円もするウインドウズでは、決して実現できない価格だということがおわかりいただけただろうか。
 前出の堀江社長は、
 「中古パソコンとリンドウズを組み合わせれば、もっと安価なパソコンを販売できる可能性もでてきている。これから国内のパソコン市場の5%を目指す」
 と意気軒昂だ。とはいえ、このリンドウズがそれほどのシェアを奪えるかどうかといえば、かなり疑問具がつくのも事実。前出の松尾氏は、
 「洗練されたウインドウズと比べれば、まだまだOSとしての完成度が低く、使いにくい。ウインドウズの対抗馬に成長するまでには、まだ時間がかかるでしょう」
 と話す。しかし今後、中古パソコン市場の成長とともにこうした安価なOSが次々と登場し、パソコン市場を激変の嵐に巻き込んでいく可能性はある。
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)