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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
都内に住む大手電機メーカー勤務のAさん(32)に、不審な電子メールが届いたのは今年6月初旬のことだった。
「支払いのお願いです。前回ご利用いただいたサイトのご利用料金の入金確認ができておりません。金額はログイン4万円・事務手数料5千円・消費税2250円・合計総額4万7250円です。お支払期日は2003年6月16日の午後2時までです。振込先・○○銀行○○支店普通×××名義○○。なお、指定期日までにご入金が確認できない場合、不本意ながら独自の判断で手続きをさせていただきます」
サイトの利用料金といっても、Aさんにはまったく身に覚えがない。メールに記されている電話番号にかけると、男が出て「出会い系サイトの利用料だ」と言った。
「出会い系サイトなんか使っていないけど?」
そう告げると、男は、
「調べるから電話番号と名前を教えろ」
と迫った。Aさんは怖くなって電話を切ったが、その後、この業者からの連絡はなかった。Aさんは言う。
「びっくりして妻に話したら、『本当はこっそり出会い系サイトを利用してたんじゃないの?』と疑いの目で見られてしまう始末で、いい迷惑です。それにしても、どうやってこんな怪しげな連中が僕の会社のメールアドレスを知ったんでしょう?」
架空のアダルトサイト利用料を電子メールで請求し、現金をだまし取る事件が今年に入り、全国各地で急増している。国民生活センターのまとめによると、電子メールや手紙、電話、電報などを使った架空請求への苦情や相談は2001年度には約1400件だったのが、昨年度は1万7500件と急増。今年度はまだ各都道府県からの統計がまとまっていないが、昨年並みの数字になりそうだという。
このうち、被害が急増しているとみられるのは電子メールを使ったものだ。茨城県警は6月12日、「入金がなければ法的手段をとる」というメールを送信し、同県つくば市内の男性(36)に4万3000円を振り込ませてだまし取った容疑で、埼玉県志木市の無職、菊池将雄容疑者(27)を逮捕。菊池容疑者は名簿業者から数万円で買い取った大量のメールアドレスに、架空請求メール約110万通を送信。約700万円を稼いでいたという。
また京都府警が同じく6月に詐欺容疑で逮捕した大阪市の無職の男(30)は、京阪神を中心に約600人から約1100万円をだまし取っていたという。
今年3月には、何とも不思議な事件も起きた。埼玉県の男性(19)が開設した銀行口座に、3日間で3000人以上から振り込みがあり、なんと総額で9000万円に達するという“事件”も起きた。架空請求メールがこの口座を振込先に指定していたためだが、口座名義の男性は警察の捜査に「何のことかわからない」と話したというのだ。驚くべき話ではないか。
警察当局は摘発に躍起になっているようだが、膨大な数の架空請求メールがインターネットを飛び交っていると見られ、イタチゴッコになってしまっているのが現状だ。
実際、こうしたメールに記載されている電話番号に電話してみると、ほとんどの電話が怪しい業者の事務所につながる。摘発されていないのだ。
前出のAさんのところにメールを送りつけてきた豊島区内の業者にも、メール受信者を装って電話をかけてみた。若い男が電話口に出る。
「メールには、何の請求であるのか書いていないのですが」
「出会い系サイトの利用料ですよ」
「そちらは何の会社?」
「回収業の会社です」
「架空の請求をする詐欺事件が流行しているようだけど、それらと同じでは?」
「そんなの流行してるの? うちは詐欺なんてやんないですよ」
「ではどこから回収を依頼されている?」
「ラブメールという出会い系サイトから……そんなに疑うのなら、うちは出るところに出たっていいんですよ。警察に行ったっていいんだから」
若い男は口調はていねいだったが、有無をいわせない威圧的な雰囲気があった。
別の業者にも電話をしてみた。電話に出たのは、いかにもその筋の粗野な声の中年風の男。「アダルトサイトの請求の件で……」と切り出してみると、
「すぐに払ってくれないと困るだろう!」
といきなり大声を出した。気の弱い人なら、すぐにもカネを払ってしまいそうな勢いである。取材であることを告げると、男は、
「取材拒否!」
とひとこと言って、電話をガチャンと切った。
それにしても、なぜこれほどたくさんの違法業者が野放しになっているのか。警察の摘発が追いつかないという問題はあるが、それ以上に架空請求メールに対して簡単にカネを支払ってしまう人たちがいることの方が問題だろう。前出の事件の経過をもう一度読み返してみてほしい。「総額約700万円をだまし取っていた」「600人から1100万円」「3日間で9000万円」――。つまりは架空請求が、儲かるビジネスとして成り立ってしまっているのだ。裏社会の亡者たちが群がってくるのも当然といえば当然だろう。
冒頭に登場してもらったAさんは、
「最初に架空請求メールを読んだときは、前に自宅のパソコンでアダルトホームページを覗いた時の料金が請求されてきているのかと、一瞬ドキっとした」
と打ち明ける。ホームページをあちこち見て回っていて、ついアダルトサイトに入ってしまった。そんな経験は、男性なら誰にでもあることだろう。もちろんホームページを見ただけでは、メールアドレスを突き止められて料金を請求されることはない。Aさんが続ける。
「僕の場合はインターネットの知識があり、『こんな請求が来るはずがない』と判断できた。でもそうした知識がなく、『ネットでアダルトを見たから請求されたのかも』と思いこむ人がいるのは不思議ではないですね」
さらには、実際にパソコンや携帯電話で出会い系サイトやアダルトサイトを利用した経験のある人が、どの請求かわからないままあわてて支払ってしまったというケースも少なくないとみられている。
おまけにこうした違法業者にとっては、架空請求メールは元手もほとんどかからず、気軽に始められる稼業のようなのだ。
たとえば茨城県警に逮捕された菊池容疑者の場合、メールは都内のインターネットカフェを利用して送信していた。
このネットカフェは東京・池袋の繁華街にあり、24時間営業している。駅前という立地もあって、不特定多数の客が出入りする。パソコンが置かれた机はブースに区切られ、利用者がどんなことをしているのかは、周囲からはまったく見えない。同カフェの従業員は「違法なことをしないようには指導しているが、実際に逐一監視するのは難しい」と話す。
関係者によると、菊池容疑者は逮捕されるまで毎週月曜から木曜の4日間、午前10時過ぎから午後2時ごろまでの時間に律儀に同カフェに現れた。そして同じ文面のメールを大量に送信していたという。
普通のメールソフトでは、こうした芸当はできない。だが世の中には「大量メール送信ソフト」というはた迷惑な製品も存在するのだ。昨年、社会問題にもなった携帯電話の迷惑メール業者が使っていたソフトである。菊池容疑者はこの中の「Indy」という米国製のソフトを使っていたとみられている。
迷惑メール対策の専門家である東京都中央区の会社経営者が解説する。
「こうした迷惑メール送信ソフトはインターネット上に大量に出回っており、数千円から数万円で手にはいる。送信能力は高く、ADSLなどのブロードバンド回線があれば、1日で数十万通のメールを送り出すことができる」
菊池容疑者も今年2月以降の4カ月間でネットカフェから数十万通のメールを送っていたという。コストは、ネットカフェの利用料だけだ。さらにメールアドレスについても、菊池容疑者は「ネット上でメールアドレスのリスト数十万人分を数万円で買った」と供述しているという。合計しても、たぶん10万円でおつりが来る程度の金額しか使っていなかったはずだ。それで700万円もだまし取るのに成功していたのだ。この不景気の折りに、笑いの止まらない成果だったろう。
国民生活センターは、「ダイヤルQ2を騙った請求が多いが、この利用料金はNTTから請求される仕組みになっており、他業者から請求が来ることはありえない。とにかく身に覚えのない請求には応じず、電話番号や名前などの個人情報を相手に教えないようにすることです」とアドバイスする。だがそれ以上に、安易に怪しげなホームページには足を踏み入れないのが、一番の予防策かもしれない。