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佐々木俊尚 Toshinao Sasaki
ペットブームの裏に蠢く無法ビジネス ペット里親詐欺の「けものみち」
イヌやネコなどのペットの世界に、「里親」という言葉があるのをご存じだろうか。飼っているペットに生ませてしまった子供や、何らかの事情で飼えなくなってしまったペットを、善意の第三者に引き取ってもらうというものだ。さまざまな動物愛護団体が里親の仲介を行っているほか、インターネットでも里親募集を目的にした掲示板がたくさん存在している。行き場がなければ、自治体の動物管理センターで最後は殺処分されるしかない捨てイヌや捨てネコにとっては、「里親」は最後の救いともいえる存在といえるだろう。
ところが、このペットの里親をめぐって最近、不思議な事件が相次いでいるのだという。里親に出したはずのイヌやネコが、もらい手ともども消息を絶ち、どこかへ消え失せてしまうというのだ。
関西地方に住む女性、Aさんの証言を聞いてほしい。
「捨てられていた3匹の子ネコを拾ったのですが、自宅では飼えない事情があったため、インターネットの掲示板で里親を募集しました。いくつか連絡をいただいたうち『実物を見たい』という方と、自宅から車で1時間ほどの距離にあるスーパーの駐車場で待ち合わせたんです」
現れたのは、野暮ったい服装の一見おとなしそうな30代の女性だった。女性は「かわいい」と言いながらネコを抱き上げ、「このまま連れて帰りたい」と申し出た。里親に出したネコが行方不明になる事件が相次いでいたことから、Aさんは「せめて自宅の場所だけでも確認させてほしい」と頼み、女性の自宅まで車で同行。3匹のネコを玄関の前で手渡して帰宅した。
ところがこの直後から女性の携帯電話とは連絡が取れなくなり、聞いていた住所をNTT電話番号案内で調べても該当はない。3週間後、ようやく携帯電話に連絡が取れた時、女性は態度を豹変させ、冷たい声で、
「ネコは3匹とも死にました」
と答えたという。Aさんが、
「せめてネコの墓参りだけでもさせてほしい」
と涙ながらに訴えると、怒鳴り声とともに電話はがちゃんと切られてしまったというのだ。
その後、Aさんが動物愛護団体やペット愛好家らを通じて情報収集した結果、判明してきたのは驚くべき話だった。ネコをもらい受けた女性は、他のインターネット里親掲示板にも出没し、多数のネコやイヌをもらい受けていたのだという。そうやって女性のもとに集められたペットたちがその後どうなったのかは、わかっていない。
ペットの「里親」をめぐって、こうした“事件”が全国で相次いでいる。
具体的な数字は把握されていないが、動物・自然保護の啓発を行っているNPO「プラーナ」(本部・神戸市)の岡居璃叡さんは、
「インターネットで里親を募集する掲示板が増えだしたこの数年、飛躍的にペットをだまし取られる事件が激増しています。プラーナにも『里親に出したイヌをだまし取られたようだ』といった被害相談が頻繁にきています」
と話す。
いったい、誰が何のためにイヌやネコを集めているのだろうか。
この種の事件で過去に警察が捜査に乗り出したケースは皆無とみられ、だまし取られたペットがどこに消えていったのかは判然としていない。
しかし、その行き先を示す手がかりはある。そのひとつが、大学の動物実験に使われているのではないかという指摘だ。
国立大学関係者が、匿名を条件に取材に応じた。
「大学医学部や薬学部などの研究機関では、イヌなどを使った動物実験がどうしても必要なのです。以前は自治体の動物管理センターで殺処分が決まっているイヌを払い下げてもらっていましたが、動物愛護運動の反対で払い下げを取りやめる自治体が増えている。困った研究者が動物業者に泣きつき、業者はあらゆる方法を使って実験用のイヌをかき集めています」
本来、動物実験には実験用に生育されたビーグル犬が使われることになっている。だがこうした純粋なビーグル犬は1頭20万円と高価。年間数百万円程度の研究予算しか持っていない大学研究室の多くは、自治体の動物管理センターから1頭1000円程度で払い下げを受けて動物実験に使っていたのだという。
ところが90年代半ば以降、動物実験への払い下げに対する抗議の声が高まり、自治体は払い下げを廃止するようになる。現在では、数カ所の自治体が払い下げを継続しているだけだとされている。
前出の大学関係者は、
「払い下げを受けられなくなった結果、どこから手に入れたのかはっきりしない入手先不明動物が、以前の2〜3倍に増えている。中には首輪や鑑札をつけたままで、どこかで飼われていたとしか考えられないイヌもいます」
と証言するのだ。「動物実験に使われているイヌは国立大学医学部の場合、年間数百頭以上にもなるはず。これだけの数の動物を調達するのはたいへんです」
野良犬が街にあふれていた数十年前はいざ知らず、研究室からの求めに応じてイヌを集めてくるのは、確かにそれほど簡単なことではないだろう。首輪をつけたままのイヌが目撃されている――それは、里親募集で集められたイヌたちとの何らかのつながりを示唆しているといえないだろうか。
動物実験だけではない。もっと不気味な話もある。
虐待されているペットたちを救う活動を続けているNPO法人「サラ・ネットワーク」(東京都府中市)の谷野加寿美さんは、
「こんなモノが出回っているんです」
と言って、箱の中から小さな置物を取り出した。足立区内のディスカウントショップで入手したのだという。一見、人工の毛皮を張ったかわいらしいイヌの置物にしか見えない。しかし谷野さんが置物をひっくり返すと、置物の手足の裏には本物そっくりのイヌの肉球――いや、乾燥した本物の肉球が現れたのだった。
「本物のイヌの毛皮を使って置物を作っている。剥製に限りなく近い存在です」
こうした不気味な置物は、埼玉県や東京都北部を中心にかなりの数が出回っているとみられるという。中にはシーズーやミニチュアダックスフントなどの人気犬を、そのまま置物に“加工”したものもある。ネコの毛皮を実際に使った「招き猫」も見つかっている。毛を太陽光に透かすと毛先が光るなど、ネコの毛皮の特徴をそのまま持っており、ネコ好きの人間が見れば誰でも本物の毛皮だとわかってしまう。また谷野さんによると、インターネットのオンラインショッピング業者が、大型犬のゴールデンレトリーバーの毛皮を約4万円で売りに出したこともあったという。
おそらくディスカウントショップでこれらの商品を購入した客のほとんどは本物とは気づかず、ずいぶん本物そっくりだなと思いながらも、かわいい置物と思いこんで部屋に飾っているのではないか。
それにしても誰がいったい何のために、こんな代物を作り、販売しているのだろうか。どの商品も、原産地などはいっさい表示されていない。国内で何らかの方法で集められたイヌやネコが、皮を剥がされて商品に加工されて……恐ろしい想像だが、里親募集が悪用されている可能性は否定できない。
さらに、善意のペット好きのふりをして里親募集でイヌやネコを入手し、それに高い値段を付けて転売しているケースもある。
前出のNPO「プラーナ」の岡居さんが証言する。
「ペット業界とはもともと関係ないオンラインショッピングやオークションなどの業者が、ペットの転売は儲かるというので参入してきている可能性がある。里親募集をしている人から無料や安い値段でイヌやネコをもらい受け、それを高い値段で販売している」
幸せに里親のもとで暮らしているはずのイヌが、インターネット上で転売されているのを元の飼い主が見つけた、というケースも起きているという。こうした業者は「有料里親サイト」と呼ばれる私的なインターネット掲示板を運営しているケースが多いとされる。里親サイトと言いながらも、実態はペットの私設取引市場と化しており、里親に出されたイヌやネコが業者間で何度も転売されたり、あるいは「人気犬を安い値段で手に入れたい」と考える一般のペット愛好家に販売されているというのだ。近親交配や遺伝病の蔓延など、こうした形でペットが取引されることには、問題が少なくない。
岡居さんは嘆く。
「本来は善意のネットワークのはずのペット里親が、心ない一部の業者たちの手によって悪用されてしまっているのだと思います。値段が安いからというそれだけの理由で、こうした業者からイヌやネコを飼う側にも問題があるでしょう。一方で、『自分の飼っているペットに子供を産ませてみたい』という安易な理由で出産させ、手に負えなくなって挙げ句に子イヌを里親に出して何とか人に引き取ってもらおうと考える人たちも少なくない。里親詐欺をめぐる問題は、今の日本が抱えているペット問題の病理をすべてはらんでいると言ってもいいと思います」
それにしても、里親と称してペットをだまし取るという行為を、取り締まることはできないのだろうか。
環境省動物愛護管理室によると、ペットの虐待については動物愛護法で規制されているものの、里親と称してペットをもらい受け、動物実験などに横流しする行為については現在のところ取り締まる法律がないという。同省では来年度、ペットの体にマイクロチップを埋め込んで飼い主を特定できるようにするモデル事業をスタートさせる予定で、こうした政府の施策が少しでもペットを救う手だてになることが期待されている。
里親と称してだまし取られ、消息を絶つペットは、自治体によって処分される動物の数と比べれば、ごく少数でしかない。同省のまとめによれば、2001年度に全国の自治体が引き取ったイヌとネコの数は約39万頭で、その大半が殺処分されている。悲しくなるほどの数ではないか。
財団法人・日本動物愛護協会の吉野功・業務課長は話す。
「里親詐欺というような行為が横行しているとすれば、言語道断としか言いようがない。だが元をただせば、ペットを飼う人たちがきちんと最後まで面倒を見るという責任をもう一度考えてほしい。不況で自宅を手放さなければならなくなってイヌを捨てたり、あるいは避妊や去勢をしないで子供を産ませてしまったりするなど、最後まで責任を持たないケースが多すぎる。飼う側のこころの問題です。そうしたひどい状況を改善していくことが、こうした行為をなくしていくことの第一歩だと思います」
飼い始めるときには「家族の一員」と言いながら、都合が悪くなると捨ててしまう。そんな無責任さが、里親詐欺のようなひどい行為を生み出しているのだろう。結局、いつも悲惨な目に遭うのはかわいそうなイヌやネコたちなのだ。
冒頭に登場してもらったAさんは、消えたネコたちのことを考えると、今も涙声になる。
「もし私があのネコたちを拾わず、別の人に拾われていたら……そう考えると、とても悲しくなります。いったいあのネコたちは何のために生まれてきたのでしょう」
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)