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「これからの活動」
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  さといも 徒然日記  


     「そんなあなたを見ていると・・・」


あなたを見ていると、胸が熱く、熱くなる。

言葉にならない‘言葉’まで、今、わたしに伝えようとするその姿。

あなたを見ていると、涙が溢れ出てしまう。

不自由さとも、困難さとも、いつも闘い限界に挑むその姿。

わかっているよ。あなたは自分で自分を不自由だとも困難だとも感じていない。

ただ、自分の中の自分と向き合い、自分という最高のライバルに挑む挑戦者なんだよね。

わかっているけど、涙が出るよ。

自然とわたしの胸を打つのはなぜだろう?

熱いものが頬をつたうのは、なぜだろう?


2003・11・3(祝☆月) 




2003/10/25(土) 「ゆうゆうアマノミニコン」〜ディスカス、Tu−cAをお迎えして〜

本日、さといもの会定期ミニコンサートを、ゆうゆうアマノデイサービスにて(午後2:00〜)開催しました。
以下、その内容を記します。

♪♪♪ 本日のプログラム ♪♪♪

@ピアノソロ「お母さん、ありがとう」 さと まさこ ピアノ作曲・演奏 

Aダンスチーム‘ディスカス’によるヒップホップダンスの披露。
【出演メンバー 宮本まきちゃん(小5)、藤谷あみちゃん(小4)、石本ななちゃん(小4)、松田れいこちゃん(小4)以上4名。】
 
 曲目1 WHAT IS KAHUNA?
 曲目2 IS IT GOOD TO YOU.


Bギター&マンドリンデュオ‘Tu−cA’による演奏。【G冨長さん&M菱川さん】
 
 曲目1「情熱大陸」葉加瀬太郎 
 曲目2「小さい秋見つけた」 ♪歌詞カードあり
 曲目3「もみじ」        ♪歌詞カードあり 
 曲目4「夕焼け小焼け」   ♪歌詞カードあり
 曲目5「宵待ち草」      ♪歌詞カードあり
 曲目6「あぐりのテーマ曲」
 曲目7「FLOW」ゴンチチ


C本日のリクエスト曲
    (イントロ8章節間「海ゆかば」)  トランペット演奏  らっぱ吹きさん 
   「群青」  作詞・作曲 谷村新司 【演奏者】歌とギター さとパパ、ピアノ ゆうこさん、歌 さとママ
     
Dみんなで歌いましょうコーナー♪    アコーディオン伴奏 三島正次さん リードさとママ
  1「月がとっても青いから」 ♪歌詞カードあり
  2「めんこい仔馬」 ♪歌詞カードあり

 

E「父さん母さんありがとう」作詞 浅尾哲草/作曲 久貞祐子 
         [演奏] ピアノゆうこさん 歌さとママ&さとパパ


総合[ PA マリン、司会 yacco 、録画 春奈 ]

______________________________
本日はゲストを2組お迎えした。

廿日市市内の公民館や小学校を主な練習場所として活動中の、小学生ダンスグループ「ディスカス」★
小学4〜5年生の彼女らは、会場に着くとおそろいの衣装に着替え、あどけない無邪気な笑顔で、パワフルに踊りを披露してくれた。
元気でかわいい少女達の姿を前にして、高齢者の方々は喚声を上げられ、リズミカルでアップテンポな曲でありながら職員さんと一緒に手拍子をしたり、フリの一部を真似て身体を動かしたりと楽しく鑑賞されていた。
最後に「ありがとうございました!!」と大きな声とはちきれんばかりの笑顔でお辞儀をする姿はとても爽やかだった。

そして本日のメインゲスト、ギター&マンドリンデュオ「Tu−cA」
修道大・工業大のマンドリンサークル時代以来の親友であるお二人による演奏は、選曲も時節に合っていて、編曲も良く本当に粋で息ぴったり!だった。
ギターが低音パートでどっしりと支え、マンドリンがメロディを軽やかに歌う。
繊細であたたくやわらかい音色が、自然と会場中を包み込んで、利用者さんから歌声を運んだ。
しまった!今日の演奏を録画でなく、MD録音しておくんだった〜^^;心地良いサウンド、何回でも聴きたい。

そして、本日はなんといっても印象的だった「群青」。

この曲は、当デイサービスの男性利用者Iさんから、前回のミニコン終了時にリクエストされた曲だった。
聞く所によれば、このIさんは戦時中海軍におられたそうだ。友人が、戦後この曲を歌ってくれたのだ・・・と涙をボロボロと流して語ってくださった。今日は、この「群青」演奏前に、さとパパの提案で「海ゆかば」イントロ8章節をらっぱ吹きさんに演奏してもらった。
らっぱ吹きさんは、出番直前いつもにないぐらい「ああ、今日はなんか緊張する〜」と言って少し顔色が悪?かった。
「群青」も「海ゆかば」も、すさまじい戦時中を生き抜いた方々にとっては、重く深い思いが込み上げる曲であろうから。
この曲を手掛ける我々も、やはり重みを感じながら・・・であった。
さとママも涙ぽろぽろ・・・「おじいちゃんのことも思って涙が出た」と後から言っていました。

「みんなで歌いましょう」のコーナー。がらりと雰囲気を変え、アコーディオン伴奏で登場の三島氏。
皆さんが一緒に大きな口を開け、楽しそうに歌われる姿を目で確認しながら、ご自身も楽しそうに演奏披露された。

また、今日は高熱で体調不良の中、午前中に点滴を打ってまで今日のミニコンに出演して見事なピアノ演奏をされたゆうこさん。
こうた君と、御両親も応援に来られていて、御家族が見守る中での「父さん母さんありがとう」しみじみきました。

今日のミニコンは、さといもの会ミニコン始まって以来の最年少出演者ダンスチーム「ディスカス」と、大人の色気をチラッと見え隠れさせつつ粋な演奏を軽やかに披露された「Tu−cA」のお二人。そして一言では語り尽くせぬ思いのつまったリクエストをされたIさんのあのお姿・・・それを側であたたかく見守る職員さん。いろんな方々のお姿が今日もこの胸に焼き付いています。応援に駆けつけてくれたあゆさんとゆうきくん。そして見学参加のナオさん。
皆さん今日も本当に、ありがとうございました。


2003/10/24(金) 「まこちゃん、‘手帳’を取りに行く」

真砂子22才。
あかちゃんの頃の高熱痙攣発作が原因で知的障害があることは明らかだったのだが、これまで障害等級の判る手帳を持っていなかった。
療育手帳の申請の為の検査を受ける為、本日母と2人で南区にある福祉センターに出向いた。

真砂子は、広島大学病院のK先生と面接をし、障害の程度を認定する検査を1時間ほど受けた。
yacco「まこちゃん、今日どうだった?」
まさこ「うん、楽しかったよ。K先生、すごくやさしかった。えらいねえ〜、って誉めてくれたよ。」
yacco「どんなこと聞かれたん?どんな試験じゃった?」
まさこ「あのね、みかんやバナナはどんな形をしていますか?って聞かれたり、人の顔が紙に書いてあって、口がなかったりしていて、これは顔の何がないのでしょうか?っていう質問をされたんよ」
yacco「へ〜ェ、で、まこちゃんなんて答えたん?ちゃんと出来た?難しいのはなかった?」
まさこ「うん!楽しかったけど難しかったよ〜!あのねぇ、顔のぶん(試験)は、なんか気持ち悪かったし、あ〜、早く終って帰りたいって思った。・・・バナナはみかづきみたいな形をしています。って答えたよ」(と、まこちゃんは絵に描いていろいろ教えてくれた。)

さとママ「まこちゃん、すごいおもしろいんじゃけぇ!(笑)家を出る前に、‘あ、私ボウシ手帳持って行かんと’って言うけ、何?って聞いたら、母子手帳のことだったらしくて。今日福祉センターでK先生に、真砂子さんは他に(障害者関連の)手帳を持っていますか?と聞かれて‘私は、生徒手帳しか持っていません’って答えてみんなで大笑いじゃったんよ・・・」


真砂子は、ここ最近いつも強く言っている。
「私、仕事がしたい!お父さんとお母さんお兄ちゃんおねえちゃん達に育ててもらったから、今度は自分でせっせと働いて、家族みんなにおいしいゴハンをおごってあげたい!もうハタチになったし、小学校や中学校の時の友達もみんな働いとるんじゃけぇ。なんで、マコだけ仕事がないんかね。」

K先生は今日真砂子の様子を総合的に判断して、こう言われた。
「発作が10年毎の周期で起きているようですね。・・・すると、今はしばらく発作もなく元気な状態ですが、また大きな発作が起きる可能性があります。てんかんの疑いがあります。病院で毎月定期的に検査をして、薬も処方してもらったほうがいいでしょう。てんかん発作は、薬で抑えられるので、将来妊娠・出産ということも考えられるのであれば、なおさら(それまでは服用して発作が起きないようにしたほうがいい)です。」

ちょうどまこちゃんが19歳の時(今から3年前)、おばあちゃんの49日でさとママ・まさこ・私の3人でお墓参りに行った時のこと。その日は不思議なほど風もなく辺りに人が誰1人いない。あやしいくらいどんよりした曇空で鳥さえ鳴いていなかった。
寒い中一一緒に墓掃除をしていた三人だったが、急に真砂子が気分悪いと言い出し、数分後にふらふらっと倒れた。
咄嗟に顔を覗くと、青ざめて目は白目になり、口から泡を吹いていた。「おばあちゃん連れて行かないで!!」母が叫んだ。
私はすぐに携帯から救急車を呼び、真砂子は病院へ運ばれた。今から思い返せば、あれも「てんかん発作」からくるものだったのかと思い、今日のK先生の言葉がズシっと感じられた。

まこちゃんに、神様が与えてくださったピアノで音を奏でる・言葉にならないあふれる気持ちを自作曲で表現する、という才能を、あったかい環境で育みながらいつまでものびのびとさせてあげたい。
発作なんて、ずーっと来ないで欲しい。


2003/10/23(木) 「さとファミリー、RCCラジオに生出演!」 ぱふぱふ♪←効果音^^

本日午前9時過ぎ、我が家にRCCラジオカーがやって来た。これ、多分生まれて初めて見ました。
ラジオカーに乗っていたのは、勝さやか さん 今日は運転されていた藤井裕子 さんの若くて美人のお2人。キャ、まぶし―☆(って私が言ってどうする?このセリフは、さとパパに譲ろう)^^;

さとファミリーに関心を持たれた勝さんは、もともと音楽が大好きで学生時代に手話活動のご経験があるなど、個人的にとても興味を持って以前から「さといもの会」のH・Pをよくご覧くださっていたそうだ。いろんなページをくまなく読んで下さっていて・・・うん、なるほどなるほど、話も合う合う^^
簡単な打ち合わせ兼御挨拶のはずの初電話で、気がついたら1時間くらいしゃべっていた。さすが、プロ!引き出し上手(笑)

ラジオといえば私は、正直言うと普段FM派で、それもメインチャンネルには飽きてしまっていて、ピアニスト小原孝や、服部良一のご子息である服部克久、ゴンチチ・・・彼らが持っている音楽番組を聴くのが特に好きだ。時代や世界を越えていい音楽がたくさん聴け発見も多いし、しかもハートの癒しになっている。けれど、今回さとファミリーを取材したいと名乗られたのはRCCラジオ、AMの人だった!

私にとってAMは、野球観戦好きの父が、そのシーズンになるといつも車で聴いているので、AM=野球観戦という刷り込みが。また、高校時代に初めて聴いた「オールナイトニッポン」の、どことなくせわしないイメージが強い。
ごくたまに、知り合いが出るから、とか、ある時ある番組のある放送部分を人に聴け、と勧められて聴くというくらい。なかなか、マイカーと自室のラジオチャンネルはFMからAMに切り変わることは少なかった。(AM関係者さん、ごめんなさい。)

だけど、今日私の前に訪れた若く颯爽としたお2人によって、私の中でAMのイメージはぐ〜ん!!と大幅アップした。

まず、ひと月以上前に最初にさとパパに電話してこられた時の印象。(探索調査・情報収集・自己紹介の仕方・内容)
そして、祖父が亡くなっていたことをこのH・Pで知っていた為、あえて間隔を空けて、放送予定日の打ち合わせ電話をされたこと。(情報収集・コミュニケーション・アポ取り)概要確認のFAX。変更・訂正個所の謝罪FAX。訪問後のお礼FAX。・・・などなど細やかな連絡調整・コミュニケートがあった。それは、例え企業教育・研修の成果からくるものであっても、勝さんの人柄がとても伝わってくるものだった。電話の向こうから会ったこともないはずなのに笑顔が見えてくるような、近くに感じるやりとりだった。
きっとそれは会話の内容に対する真摯・共感的姿勢・・・そして、本当に勝さん自身が個人的に興味を抱いていなければ沸いてこないような質問を、まっすぐにぶつけてこられたからだろう。私が、しばしば営業マンに感じる独特の嫌悪感は一切なかった。

・・・と、そんな細かいことはどうでもいいのだ。いろんなハプニングが起こり、どきどきハラハラが想像していた以上に多かったけれど、(?)朝のひとときを共に過ごし、一緒に番組を創ったのだ、というこの感じがとても印象的で楽しかった。

初対面の人には人見知りしてしまい、本来のリラックスした自分が保てなくなりがちなマサコにも、優しく語りかけ微笑んで、うまく気分を乗せてから、演奏を引き出された勝さん。まこちゃんも、朝の寒さと初ラジオ出演での緊張で本当は指先が震えていたのに、それでもきちんと役目を果たすことが出来たのは、寄り添うように心から耳を傾けてくれたあなただったから、だと思います。

ただ若く美しいだけでない、賢明で、いい意味でやり手。そんな印象を与えてくれた爽やかな彼女らの将来を、(実は同世代として共感もしながら)これからも応援したい、と思った。視聴者の1人として、RCCに今後更により良い番組の企画展開を期待してもいる。

どこかのオジサンのセクハラ用語もサラリと流し、このまままっすぐ、すくすく伸びてくださーい、がんばれ〜♪勝さん、藤井さん。
あなた方は、歩くRCCマスコットガール・イメージアップに不可欠な存在ですね!


2003/10/21(火)  「素朴さがすき」

かなしいことがあったんだね。
気になることがあるんだね。
他のことが手につかなくなるくらい、いつもと違うあなたを見ていて、感じるよ。
「明日は元気になるから」って無理して笑顔作らなくていいよ。

そうして人のことを思えるあなたの心が好き。
不器用だよね、たしかに。容量も良くはないよね。
でも、そんなところが好き。

やさしくなれるよ。あなたを見ていると。
自然体で、だけど一生懸命生きているあなたが好き。

元気なあなたを見ていると私も元気になれるけど、
元気のないあなたも見ていたい。

名もない草花虫たちが生きてるように、
自分の今をしっかり生きてるあなたが好き。

素朴でいいじゃん、素朴がいいじゃん。

私も、そんなあなたに近くなりたい。


2003/10/13(月)  「祖父の死」 〜通夜・葬儀を終えて今振り返ること〜

10月9日、午前8時5分。79年の生涯に幕を閉じ、祖父はこの世を去った。

当日の朝、7時半頃、隣りの部屋でさとママの声が響いた。「・・・おじいちゃんが息をしなくなったって...!さっき病院から連絡が入ったから今からお父さんと行ってくるね!!あと、きょうだいみんなに伝えてね!」と。

外はやけに明るく晴天、鳥が元気に鳴いていた。しばらくすると、父から連絡が入った。「おじいちゃんが、8時5分に亡くなったんよ。着の身着のままでいいから、(近所に住む祖父の妹)叔母ちゃんや(きょうだい)みんなを車に乗せて今から病院へ来て。父さんと母さんは、家に帰って親戚に電話したりいろいろ準備しないといけないことがあるから、交代して」

「うん、・・・わかった。」

そうして、まだ自室で寝ていた妹にもその旨伝え、バタバタしそろって出かけた。
祖父が入院していた病院の7階へ、みんなで上がると、誰より先頭きっていつも祖父がいた部屋へ行こうとした私に、後ろから兄が「そっちじゃないよ、カンファレンスルームよ」と、祖父がいた部屋とは反対の部屋を指さし、冷静な声で教えてくれた。

そうだった!おじいちゃんはもう、こっちの部屋にはいないんだ・・・まだ信じられなくて、もう一度祖父がいた部屋を覗いてみたら、そこにはやっぱり、もうベッドはなくガランとしていた。


その部屋へ入ると、祖父はベッドの上でもう動かなくなっていた。そのすぐ側には泣きはらした顔の母(さとママ)が力なく座り、その隣りに父(さとパパ)が立っていた。

息もしない、動かない、つい先日つけていた酸素マスクも点滴もなく、、、祖父の最期の顔を見た。

まるで安息の地についたような、、今までにないくらいやさしい、やさしい穏やかないい顔だった・・・

その顔を見た瞬間、「おじいちゃんっ!!」と、手に触れながら涙がドッとあふれ出てきた。

亡くなる3日前、私にとって、生きている祖父との最後の面会となった。

仕事を終えて、いつものように衣類交換に行った。当日の朝、担当医から祖父の状態について電話があったので母は昼間に会いに行っていたが、洗濯物は私に頼んでいた。いつもなら祖父の大好きなヤクルトを持って行くのだが、この日は母や妹から携帯で祖父の状態(何も口にできない、与えられない。かなり酷い状態)を聞いていたので、持っていかなかった。

病室に行ってみると、酸素マスクを付けられ、「うぅ〜ん、うぅ〜ん」とうなり、寝たままの身体が今にも起き上がりそうなくらい、顔をゆがませ、ひどく唸っている。
今までそんな姿は見たことないほど祖父は苦しがっていた。蒼く黄味がかった、ここ最近でグッと小さくなった顔。額に手をやると、熱い。
「また熱が出とるね、しんどいね」というと、何か言いたそうに酸素マスクのゴムに手をやり自分の頬に当たる異物を外そうとする。「おじいちゃん、ダメよ、取っちゃ。もっと苦しくなるよ。しんどいけど、今はつけておこうね。どっか痛い?」と言うと、「どこもいとうない」と、発する言葉は力ないのに、強気な口調で言う。

でも、やっぱり苦しそう・・ひどくしんどそう・・・そばにいるだけで私は何もできない。自分のおじいちゃんが目の前でこんなに苦しんでいるというのに・・・何をしてあげたらよいのか分からないけど、ただただその苦痛を少しでも軽減してあげたい一心で、おじいちゃんの肩をさすった。

「しんどいねぇ〜、苦しいよねぇ・・」20分くらいず〜っと、そうしていると点滴も効いて来たのか祖父はスーっと目をつむっていった。
ソーっと手を離すと、パッとまた祖父の目が開いた。私は、洗濯物の入った袋を手に持ち、
「おじいちゃん、また来るけぇね。はよう良くなってね」と言った。

すると祖父は「うん。うん。」と頭を動かし、こっちをちゃんと見つめ私の言葉にうなずいてくれた。
その目は、どこか幼い子どものような目をしていた。

それが、私と祖父との最後の対話、となった。

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「こわかったおじいちゃん」


20年ほど前に同居していた頃祖父はよく、気の強い祖母と一緒になって我が長男の嫁に当たる母(さとママ)をいじめていた。
大正生まれで早くに父親を亡くし一家の長男であり大黒柱として育った祖父は、些細なことにも厳しく、嫁に当たる母にはもちろん、孫の私たちにまで箸の上げ下げ茶碗の持ち方から、生活の仕方まで事細かに口うるさく指示していた

嫁・姑の問題で、当時まだ若く気の優しい母は、小さい兄や私の子育てと家事との狭間でノイローゼになり病院に行ったり、あちこちに気を遣い、痩せてとても暗い顔をしていたのを覚えている。

私が小学1年生の頃近所の男の子の友達と遊ぶ約束をしているから「もう少しで○○君が迎えに来るよ」と祖母に伝えると、「男の子となんか遊んじゃいけません!」と引き離され祖母に見つからないように2階の窓から紙ヒコーキを飛ばし「ごめんね」とやりとりしたこともあった。
ある夜いつものように祖父母からガミガミ言われていた母は、普段我慢し我慢しこらえていた心身の疲れもピークに達し、私らこども(兄・私・妹2人)4人を連れて、家出を決意した。
行き先は、父が当時所長を勤めていた広島市内のとある事務所だった。

そして私たちは、今まで抑え付けられていた重圧から解放され、その地で10年間過ごした。
母はみるみる顔色もよく明るくなり、反動で肥え、私が小学6年の頃にはひとまわり歳の離れた末の妹も生まれた。
その間、祖母はやはり気になる孫のこと何度か尋ねてきてはやはり小言や嫌みを言っていたが、今までのような長い時間を共にする同居とは違い、面会時間だけの付き合いだったので、以前ほどはお互いストレスを感じなかった。一緒に笑ったりもできるようになった。

そんな厳しい祖父・祖母のイメージはこどもの頃の私にとって、「愛情」とは、かけ離れた存在だった。

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「愛が流れて」


そんな、私にとって厳しく恐い存在だった祖父が、いつの間にか、涙を流せるほどの対象になっていくには、いろいろな体験からだった。
祖父が電電公社(現NTT)を退職してからみるみるうちに足腰が弱っていき、特に大きな趣味もなく外へも自らは出歩かなかったので、車いすが必要になっていった。必然的に下の処理も他者に依存するようになる。
最初は原因不明の高熱を出したのを機に、昨年末より頻繁に入・退院を繰り返すようになっていた。

私たち家族はもちろん原因を解明したいとの思いから病院側に詳細を知りたいのでまずは検査をして欲しいと伝えていたが、患者が高齢の為、身体に負担のかかる検査は出来ないと担当医から現状維持を勧められていた。それがようやく出来た検査の結果、「誤嚥性肺炎」(ごえんせいはいえん)によるものだと判った。
食べたり飲んだりしたものが普通なら胃に流れるべきものが、肺に流れてしまう為に起こる状態で、高齢者には多い症状だとのこと。食べるのが唯一楽しみの祖父から、自分の力で「食べる」ということを奪うと楽しみを奪うことになる。・・・だけど飲食すると肺炎になる・・・父から祖父の介護を委ねられていた母はどちらを選ぶか選択に迷い私たちにも訊いてきた。

短期入院していたある病院で祖父は「何も食わさんで、わしを餓死させる気か!!」と担当の看護士さんを怒鳴って、手を上げようとしたり、点滴を抜いたりして暴れていたこともあったのだ。

「看護婦さんに迷惑掛けるね〜・・・」でも、祖父の気持ちも判らないではない。

その都度、その都度、祖父の状態に応じて、点滴から栄養を摂る方法と、自ら飲食する方法とを病院側にお願いした。


今年初夏、A病院からB病院へ移り、私の勤め先から近くなった。帰りに寄っては祖父の好きなヤクルトを持っていった。
するといつもはあまり口にしなかった「ありがとう」を心から言ってくれるようになった。(もう、おじいちゃんはゲンキンなんだからぁ!)なんて、ちょっとかわいいな...とその嬉しそうな顔を見ると心の中で私はほくそえんでいた。

こんなこともあった。
ある夕方、丁度院内食の時間に面会に行った時のこと。
祖父はエプロンを掛け、唯一の楽しみである食事をゆっくりゆっくり自分の手でスプーンを持ち、口へ運んでいた。

「あ、おじいちゃん!夕食の時間だったんだね、いいニオイがするねぇ、今日は何の料理かね?もしかしてこれは大根をつぶしたものかね?」
と私が声を掛けると、

「なんかようわからんよ。食べてみい。」(実際、流動食なので見た目だけでは何が何やら分別しにくいのだ。)

そうぶっきらぼうに言って、私に、その手に持っていたスプーンで目の前の料理をすくい、ほれ、食べてみろ、と差し出した。
「え??いいよ。おじいちゃんのなんじゃけぇ、おじいちゃんが食べんちゃい。」
いったんそう断ったが、私が食べてみるまでスプーンを下げないのだ。(う〜ん、こういうところは昔と変わらず頑固ねぇ・・・)

「じゃあ、味見させてもらうね」そう言って、私も、祖父が食べているその日の院内食を一口頂いてみた。

ふわっとあったかかった。

「ん。おいしいね!いい味じゃん。ありがとう。」
笑顔で感想を言った。
すると祖父も満足そうに、「うん。」とだけ言って、食事を続けた。

私は、嬉しかった。祖父にそんなことをされたのは一緒に住んでいた小さい頃でさえ今までの記憶になかったから。
今、老いて身体も弱っている祖父から、そんな‘おじいちゃんらしい’ことをされたのは驚きでもあった。

病院での祖父とのあったかい思い出である。

(続)



2003/10/7(火)  に咲いた



この頃になってようやく涼風が吹いたり寒いなぁって感じる時が増えてきたけど、ちょっと前までは、暑い日が続いたりしていた。

そんな、なんだかおかしな気候の下、近所の桜の木が咲いたんだって。

「秋なのにしばらくあったかかったけぇ〜...その木、きれーに咲いて...満開なんと!狂い咲きじゃぁ〜アハハハ!」と、その人は笑いながら超地元特ダネ情報を知らせてくれた。

(へえ〜、、、今咲いてしまったら、寒い冬がすぐ来るのに・・・)
その木に詳しい人が言っていたと、その人は続けてこう言った。

「でも、また次の春が来たら、ちゃんと咲くんだってその木。自然ってすごいね〜。えらいよね〜、ちゃんと分かっとるんじゃね。」

うん、自然界の不思議。自然の生き物たちって本当に凄い。でも、、、

なんだかその木のことを思うと、ちょっと胸がチクっとした。

咲きたかったの?自分から咲いたの?人間の犯した業の為に咲かざるを得なかったの?それとも、観る人を楽しませてくれる為?まさか存在をアピールする為?・・・
自然現象に「意味なんてない」でしょうけど・・・・・

今そんなに、綺麗に咲かなくてもいいよ。どうしてそんなに命を燃やすの?

まるで、誰かのように、生き急いでいるみたいでちょっとせつなくなるよ。

そんなに一生懸命にならなくてもいいよ。


その時期に、あなたらしく「咲いて」いて・・・

ちゃんと見てるから・・・そ知らぬ振りをしていても、いつも想って いるからね・・・




2003/10/5(日) 〜心の言葉〜


今日、あなたのやさしい言葉を思い出しました。

初めてさといもの会のコンサートに出演して頂く時に交わしたメールのこと。

「さといもの会のコンサートでは、お年よりや様々な障害を持った方がお客様の中におられるので、もしかしたら演奏中に感動のあまり大きな声を上げてしまったり、身体を動かして立ち歩かれる方もいるかもしれません。発作が起きる方もあるかもしれません。それらも了解していただけますか?」

・・・そう訊ねた。すると、

「音楽を聴いて、声を上げたり身体を動かしてしまうのは、それだけ何かを感じ取ってくれたということで演奏者としてとても嬉しいことです。

そして、、それが、本来、人としての自然な姿なんじゃあないでしょうか。

もしかしたら私たちの方が大事なことを忘れてしまったり、何かが邪魔をして気持ちを素直に表現できていないのかもしれませんね」


・・・・・そんなあなたの、奏でる音を聴ける日を楽しみにしています。




「ああ美しき、銀の勲章」


あかるい貴女のその髪に、うっすら白きものを見て

幼きいつかの頃ならば、私はそうと感じなかった。

元気のみなぎる言霊に、心奪われていたときに、

ふとその手が目に入る。

小さなし合わせのその跡が・・・それをいつかはシワと呼び、その美しさも知らないで・・・

白く輝くその髪も、働きものの手のシワも、

ぜんぶ貴女の生きた軌跡。

すべて貴女の生きた証。

ああ、美しき・・・貴女への勲章







2003,10,3 SさんMさんHへ and more...


2003/9/30(火) 〜石原ご夫妻をお迎えして〜阿品清鈴サロンコンサート

本日は、ギタリスト石原圭一郎さんとフルート奏者石原泉さんが、ご夫婦でご参加くださいました。
まず、本日のプログラムを掲載致します。(いつも素敵なプログラムを作成してくださるOさんありがとうございます☆)*Oさん作成のプログラムをここでは掲載出来ませんが。。。
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さといもの会「阿品清鈴サロンコンサート」プログラム

 @フルート&ギターデュオ

 1「シチリア-ナ」
 2「里の秋」
 3「ジュ・トゥ・ヴ」
 4「浜千鳥」
 5「タイスの瞑想曲」
 6「赤とんぼ」


 Aオカリナ&ギターデュオ

 1「シルクロード」
 2「小さい秋みつけた」
 3「見上げてごらん夜の星を」
 4「竹田の子守唄」
 5「ふるさと」
 6「コンドルは飛んでいく」

 B職員さん達のコーラス
  「ひょっこりひょうたん島」
・・・・
こうちゃん、ママ&パパと一緒にさといもデビュー☆
みんなで、ひょっこりキャラクタ-を持ち、ステージに上がり一緒に歌いました♪

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開始時刻5分前にはぞろぞろと杖をついた方・車いすの方、中には寝たきりの重度障害の高齢者さんも職員さんに連れて来てもらい、当施設の利用者さんが広いホールに30〜40名集いました。

スペインに留学経験のある石原先生、ほのかに西洋の薫りあるメニューが組み込まれ、交互に和の曲が織り交ぜられてあり、外国と母国を行ったり来たり出来ました。
全体的には、心穏やかな印象の曲で、こういう場にふさわしい選曲だな、と思いました。
後から選曲の仕方を訊ねたらやはり場や雰囲気を考えてとのこと。私が言うのもなんですが、さすが!です。。

◎進行の仕方で気付いた点

「ご存知の曲でしたら、(歌詞はなくても)一緒に口ずさんでくださいね」
インストの曲であっても演奏前にこうして、一言あるだけで随分聴衆者は安心する事が出来る。そしてその場に溶け込めた時、自然に唄も口ずさめる。たった一言あるかないか、で聴衆者(受け手)の印象は違ってくる。

◎おひとがら

昨夏、石原ご夫妻の演奏会に出席したことがあります。その時に拝見した奥様泉さんの印象と、今日演奏を聴き直接お話を交わした印象とでは、大きく違いました。いい意味で奥様はこちらの期待を裏切ってくれて・・・(笑)
とてもきさくな、飾り気のない明るい方でした。しかし、やっぱり演奏中のあの毅然としたお姿や美しい音色には、「プロ」の姿勢を感じました。

おふたりとも、プロでありながら親近感の持てる音楽家でいらっしゃることが、とても嬉しかったです。

◎施設側の印象

<ゲスト出演者への配慮>

・ゲスト出演者へ花束の贈呈。
・ゲスト出演者への挨拶と感想の言葉。

<演奏会後のティータイム>
・所長又は主任がさといもの会の演奏参加者と共に、演奏会後、茶話会の場を持つというのが当施設では毎回設けられている。
これは職員から利用者さんの声を直に聞く絶好の機会になっている。
当日の演奏会のことは、当日すぐに、というのが具体的で記憶も新しく、一層嬉しい。反省点や改善点が出た場合も次回への参考になる。

・思い出の写真
今日当施設から、帰り際写真のミニアルバム(ポケットアルバム)を手渡された。
前前回の演奏会の時の出演者や演奏風景、会場の様子などを職員さんが撮影してくださったものを、会へプレゼントして下さったのだった。

我々の活動に賛同し参加・協力くださる出演者にはプロ・アマ限らずだが謝礼が出せない。
無収益の団体ゆえにせめてお車代だけでもと出したくても、資金がほとんどないに等しい。(会費があっても全員から回収できていなかったり、、、ほとんど我が家から自腹を切っている。)このような状況の中で、受け入れ側の施設が、このように配慮して下さる事はとてもありがたい。

出演者を大事にして下さっているのだな、「さといもの会」の毎回の訪問を本当に楽しみにして下さっているのだな、と感じられる。
また、もし自分達がこうした活動の受けてに立った時、このような良い印象を見習って実践できるようでありたい。


<ちょっとひっかかった言葉>
本日の演奏会終了後、施設長、主任、職員さんと演奏参加者と共にみんなで飲み物を頂いた。「リズム感のあるアップテンポな曲はこういう場ではどうか?」「いやそれも楽しんでおられた」、とかみんなで話していて、「抑揚(表現力)のある曲(うた)を最近の子ども達は嫌がる(気持ち悪がる)」と、泉先生が話された。その時ある方が「親(おとな)が感情をあまり表現しないから、子ども達も表現しなくなっている・・・」と話された。

自分の気持ち感じたことを素直に表現できない、感情を外へ向けられない子どもが増えている・・・・
それはとても気になる傾向で私も感じることだった。しかし、それを当然のようにさらっと述べてしまう大人もどうなんだろう?とふと考えてしまった。
特に疑問視しているようでもなく、それが最近の傾向なのだ・・・と流れに任せているようで・・・・。

私なんて、心はいつまでも少年少女、の何かと表現したい(してしまう?)熱い両親のもとに生まれてしまったので、やっぱり私も時に表現し過ぎなくらい感情を表す面ともっとよりよく表現したいのに出来なくてもどかしい面とあるけれど・・・これもなー、よしあしかー(笑)でも、おとなしくしてるつもり、自分を出していい場だと感じてない一部の外では。。。
すでに出されて迷惑してる方々、ごめんなさいねーーー(たじたじ;)
時々、思いもよらぬ誤解を与えてしまったり、逆に相手や自分を傷つけてしまうことも・・・

興味のある対象がすぐ目の前にあったとして熱くなっても立ち止まり、冷たくならない程度にまた燃えて・・・柳の木のように、柳の木のように・・・・(←MY呪文)^^;

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2003/9/27日(土) アマノクリニックさといも定期ミニコン佐伯ギター倶楽部川崎さんをお迎えして

数日ぶりの秋晴れの昼下がり(本日午後2時より)、廿日市宮内アマノクリニックデイサービスセンター(5F)にて、定期活動「さといもの会ミニコンサート」を開催しました。

ゲストは、今春廿日市市に合併された旧佐伯町より笘原孝弘さん率いる「佐伯ギター倶楽部」の皆さん計4名と、ギター協会より黒瀬町在住の川崎悦子さんを、お迎えしました。

他参加メンバーは、さといもの会レギュラー会員(←頻繁に当会に出演・協力して下さっている方々を私はこう呼んでいます)【アコーディオン伴奏・三島正次さん、ピアノ伴奏・あゆさん、ギター伴奏・さとパパ、歌と司会・さとママ、録画まさこ、音響PAは私yacco】でお送りしました。
そして、とある所で誰かさん(場所と名前は極秘で〜す^^;)に代わって留守番をしていたマリンさん、ご苦労でありました(笑)
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〜♪〜♪〜本日のプログラム〜♪〜♪〜

@「佐伯ギター倶楽部」の皆さんによる合奏

〜演奏曲〜 第1部ギター四重奏
 1「宵待草」2「赤とんぼ」3「酒は涙かため息か」4「影を慕いて」5「星に願いを」6「煙が目にしみる


A「ギター協会より川崎悦子さんによるギター弾き語り」

〜演奏曲〜 「愛の賛歌」

        
B第2部マンドリン・ギター二重奏(ギター・笘原さん、マンドリン・林さん)
〜演奏曲〜1「ムーンリバー」2「浜千鳥」3「浜辺の歌」4「鉄道員」5「夜霧のしのび逢い」

C「みんなで歌いましょう」のコーナー

〜利用者さんの☆リクエスト曲☆4曲をみんなで歌いました〜
 
 1☆「人生の並木路」古賀政男・・・(アコ―ディオン伴奏三島さん、リードボーカルさとママ)
 2☆「めんこい仔馬」サトウハチロー作詞・仁木他喜雄作曲・・・(アコーディオン三島さん、リードさとママ)
 3☆「矢切りの渡し」船村徹作曲・・・(ピアノ伴奏あゆさん、ギター伴奏「佐伯ギター倶楽部」の皆さん&さとパパ、歌さとママ)
 4☆「昴」谷村新司作詞・作曲・・・(ピアノ伴奏あゆさん、ギター伴奏「佐伯ギター倶楽部」の皆さん&さとパパ、歌さとママ)


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今春4月に開催した「さといもの会プルズコンサート」にも会場一番後ろで、自ら聴きにいらして下さって某掲示板であたたかい感想を下さった笘原さん。いつか接点が持てたらいいな、お会いしたいなと思っていました。
間近で見る笘原さんは、おひげの似合うとてもダンディーな方でした。
彼が主宰する「佐伯ギター倶楽部」の門下生を今日は3名連れていらして、我がさといもミニコンに初出演してくださいました。

事前に直メールでさとパパへ演奏曲候補を送って下さり、その選曲はどれも高齢者の方々に馴染み深く人気のある曲でした。
実際に、本番中身体をリズムに合わせて揺すり、歌を口ずさむ方を何名も目にしました。こちらがリードしなくても、こうして自然に歌がこぼれてくるというほんわかとした空気、咳払い一つ許されないようなガチガチの演奏会では体験できない世界です。佐伯ギター倶楽部の門下生の方々は、私のような未熟者にも笑顔で深ぶかと挨拶をされ、皆さん腰の低い方でした。
また、講師である笘原先生のギター伴奏と一緒にマンドリンで演奏された林さん。とびきり笑顔が明るく、その奏でるマンドリンの音は、「歌わせている」と表現してしまいたくなるものでした。
明日も、地元で演奏会に出演されるとのこと。趣味で忙しいって充実していますよね!

私が本日特に注目したのは、ただ高齢者(つまり利用者さん)にだけ喜ばれればいいのではなく、その方々を毎日親身にケアしている職員さん(特に若い世代の方)にも、無理のない編曲とプログラムで印象に残るような曲を盛り込まれていたこと。
これは改めて、とてもいいことだとPAをする傍ら客観的な立場から気付かせて頂きました。

それは、福祉福祉と叫ばれている昨今、ケアする側のケアがもっと必要なんじゃないか?不足しているのではないかと常々感じていたからです。
弱者を守るならば、その弱者を守ろうとする人々への配慮がとても重要だと私は考えます。
みんなで共に楽しめ心身からくつろげる「人にやさしい音楽」には、その力が十分ある。
さといもの会でやっていることは、いまや言葉もブーム化している「専門的な音楽療法」ではないけれど、実際の施設利用者と職員さんに触れて生の声を毎回聞き、取り入れていることが多いので、これは十分に「音楽療法」の域に入るのではと自負しています。。。

また、本日のメインゲストとしてもう一方の存在も、語らずにはおれません。
はるばる黒瀬町(廿日市から車で約1時間半の町)からこの1曲の為にお越しくださった川崎悦子さん。

聞くところによれば彼女は、35歳から独学でギターを弾き始め、50歳から専門のギター講師に師事されたとのこと。
そして現在61歳。こよなくギターを愛し、歌を愛するやさしい主婦さん。

今日は誰を思って「愛の賛歌」をお歌いになられたのでしょうね。。。川崎さんの演奏本番にはいらっしゃいませんでしたが帰る頃には60才を過ぎて運転免許を取得されたというこれまた音楽鑑賞大好きという旦那さまがお迎えに来られていました。

そして今やさといものレギュラーメンバーとなった三島さん、あゆさん、お疲れさまでした。

三島さんに紹介していただいた「めんこい仔馬」とても楽しい曲で、掛声の「オラー!」のところで思わず顔がほころびました。
PAを1人で担当したのは、初めてに近いこの私。緊張がほぐれました。

あゆさんは、娘のあいなちゃんを一緒に連れてこられていて、ピアノ伴奏本番中あいなちゃんはママにひっつきもっつき。
こーんなすぐ側で、毎回お母さん達の生演奏を聞いて大きくなったらどんな女性になるのでしょう?楽しみですね!^^

本日も、ゲスト出演して下さった方々協力してくださったレギュラーの皆さんの演奏もとても素晴らしかったのですが、人間的魅力にも感動し学ぶべき点を発見させていただきました。

こうして、今日もまた素敵に人生を歩んでいらっしゃる方々に出会えたこと、心からとても嬉しく思います。

これからも出会い、感動、そして触れ合いから、自分なりに深くたくさん吸収していきたい!と思っています。
みなさん、どうもありがとうございました。

次回のリクエスト曲は「YMCA」があがってます〜♪
ほんと利用者の皆さん、あなどれません,ヤングマン!!・・・(笑)


2003/9/13(土) 「いつもがんばっているあなたへ」

〜ふたりいるからひとつになれる〜

やっとうまくもぐりこめた。
絶好の隠れ場所だ。ここなら安全と息をひそめてじっと待つ。
隠れ鬼の忍び足の音が近づいてくる。
心臓の音が早鐘の如く耳元で響きわたる。
・・・・・・よかった!気付かれなかった。・・・・・・・
   静寂・・・・寂寥感
   漂うひとりぼっちの小さな世界。
見つけられては困る。見つけられなかったらもっと困る。
アンビバレンツ*な気持ちの中で不安と期待が交錯する。
孤独との戦い。
  でも、なぜ 戦えるのだろう?

P.S ふたりとは なにも実在する人物のことではない。いざという時、自分を守り支えてくれる対象のことである。

イギリス児童精神科医ウィニコット

*(un-否定)(bivalent-二価の)
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いつも家族の誰よりも一番に早起きをして、大好きなクラッシックをBGMにかけて、朝食をゆったりと摂り、海外のニュースにも目を通したり、じっくりお化粧にも時間をかけ、毎日張り切って出勤して一生懸命真面目に働いて疲れて帰ってくる。
一日の出来事を家族に話したりし夕食を取り入浴し10時には就寝…という規則正しい生活をしている妹を見て、このごろ本当によくがんばっているなぁ!と感心していた。
よほど仕事も楽しいのだろうと。。。ところが、そういえば最近ちょっと様子が変だったよね。

家族に対し、どことなく自分勝手な面が出てきていた。以前離れて暮らしていたから、甘えが出てきたのかな?と思っていた。
でも、それとは違っていたんだね。会社で執拗なイジメに遭っていたなんて。。。掲示板に本当のことを書いてくれてありがとう。いつも明るいし、泣き言はこぼさないし、人の相談にはすぐ乗るくせに強気なあなただから言葉では弱音はなかなか吐かないよね。だけど、あなたの心の声を読んで涙がこぼれそうになったよ。

どんなにか、毎日毎日、辛いところをこらえてひとり我慢していたのか。溢れ出す心の叫びを痛いくらい感じたよ。
人をわざと不幸に陥れる人には、本当の幸せは掴めない。いつかきっと自分にかえってくる。
人の不幸せの上に立つものは、自分の不幸を宣伝しているようなもの。なんて悲しい人!寂しい人間。
でも、人間って、自分の心が幸せでないと他人の幸せは喜べないもの。私はそれをよく知っている。
だから、だから、、私もあなたも幸せになりましょう!!
小さい幸せを大事に味わいながら、夢・目標を持って今を明るく元気に生きましょう!

わたしは何もしてあげられてない。もっと早く気付いてあげなくてごめんね。どうしたらいいんだろう?・・・だけど、きっとあなたは私が一緒に泣く事は望んでいないでしょう。
・・・この仕事に就いてから、毎日本当によくがんばっているね。そうだ、今度あの店に一緒に行こう!センスのいい音楽が流れていて落ち着ける、雰囲気のいい店を見付けたんだよ。そこでいっぱい話をしようよ。
イヤと言っても、ぜったい連れて行くからね!

大事な、大事な妹へ。


2003/9/9(火) 「今日は救急の日」

今日も仕事の帰りに祖父の入院している病院へ衣類交換に行くと、壁側のベッドから海が見える見晴らしのいい窓際のベッドに移動していた。そしてそこで祖父はやさしそうな若い看護婦さんに検温してもらっていた。「熱が出ています」とのこと。顔色はいいし、つやもある。「どこかしんどい?」と訊くと「どこもしんどうない」とけろっと言う。高い発熱・入院/退院を繰り返している祖父。

お医者さまが言われるように見違えて元気になるということはない。年齢が年齢なだけに、良くなったり悪くなったり・・・そうした状態の繰り返しになるのだとのこと。

大好物のヤクルト(乳酸菌飲料)を渡すと、笑顔がこぼれてすぐに飲み干す。
すると、周りに居合わせた同室の家族の方から「お孫さん?」と話し掛けられた。それがきっかけとなり、気付くとお互いいろいろなことをおしゃべりしていた。

その方は81才になるお父様が3日前に脳梗塞で、緊急入院されたとのこと。そのお父様の足を、じっくりもんだりあたためたりしながら、私の母より3つ年上(その方の実の娘さん)になられる方との話だった。
私の祖父の話でも涙を浮かべながら聞いてくださるのでとてもやさしい方なんだなと感じた。なんとその方は廿日市市住民ではないが地方紙の記事で「さといもの会」のことをご存知とのこと。世間は狭いなー。真向かいのベッドには脳卒中で倒れられ、痴呆症状も出ているという方が奥様で、その見舞いと看病に60代くらいのご主人がいらしていた。辛いだろうな。。
ご主人に当たるその男性の表情には優しそうな笑顔があったが、その裏にはなんだか哀しさや介護の疲れがちらっと見受けられた。自分の長年連れ添った相手が、今目の前でボケた状態で昼夜ぶつぶつ独り言をもらしたり、徘徊を防ぐ為にベッドでひもで縛られている姿を見るのは、どんなにか辛いだろう・・・。
「聴こえちゃおらんよ」と半ばあきらめのような面持ちでその奥様に「ほいじゃ、帰るけーの。また来るよ」と言葉を残していかれるご主人。

いつか本に書いてあった「意識がなくて会話の出来ない状態でも、中枢神経は生きているから外部の音や声(会話)は聴こえている」と。一見ただボケているだけのように見える奥様も、辛いかもしれない。このご夫婦にも、若く活き活きとした幸せに満ち溢れた時が、確かに流れていたのだろうな、だからご主人はもしかしたら辛いとは思わず自分が付き添うのは当然と思っている面もあるかもしれない。

愛情は形をかえていく、というけれど、そんなふうに相手がどんな状態になっても愛していられるのかな。。付き添って、寄り添っていられるのかな、私だったら、どうかな。。。。
重い身体で、杖をつきながら階段を一歩づつゆっくりゆっくりと上がる人の後ろ姿...もし自分なら?あんなにがんばれる?乗り越えられる?きっと、家族や誰かにやつ当たりするだろう、泣いたりもするだろう、、、でも、みんな生きている。生きようと、している。

だから、私も生きなくては。もっと自分を生きよう。より良く生きたい。そう思います。なかなか上手に生きれてないけど・・・思うようにはできてないけど、、、人にやさしく、自分に厳しく、、なかなか出来てない、葛藤するけど、でも・・・

病院に行くと、いろんなことを感じる。これは本当、おじいちゃんに「ありがとう」だな。


2003/9/6(土 「せせらぎ園、初訪問」

今春廿日市市と合併した旧佐伯町(岩倉ロッジ隣り)にある高齢者入居・通所施設「せせらぎ園」に行って参りました。
今日は、このせせらぎ園で浅尾園長(現在85歳)の退官祝いと、園の「文化祭&敬老会」が催されました。・・・

数日前には、園長直々の和紙に筆で書かれた手作りの招待状が我が家に届いた。
「さといもの会」の当日の出演を歓迎しているとのことと、園長ご自身が作詞し元職員のHさん(こーちんママ)が作曲された「父さん、母さんありがとう」という曲のことにも触れておられた。

午後1時から始まった「文化祭&敬老会」は、現在利用されている当施設高齢者の方の団体や個人出演もあり、出入りに時間がかかったりした為か、全体の進行時間が押していた。当初2時半に予定されていた「さといもの会」の出演も、実際は2時40分を過ぎていた。
・・・とその前に、こーちんママが他3名の同僚さんと一緒に出演された「包丁オーケストラ」が、とても楽しかった!
こーちんママは、以前から和太鼓を演っていたのを生かし、「包丁」に見立てた小道具を持ち、「台所」に見立てた舞台で、コックさんの格好で踊りながら勢い良く元気な笑顔で登場。(いつもピアノを優雅に弾いている姿とは対照的で、かっこいいーー!!)こーちんママはそう、いつも優しく柔らかい雰囲気を放っているがただ優しいだけじゃないのだ。大きな和太鼓をあの細い腕で激しく力強く叩くしこんな躍動的な一面も備えた人なのだ。
側では、冷静な面持ちでやさしく見守っている旦那さまのお姿も。職場のジャージがよく似合うスポーツマンだ。そんな旦那さま、以前は一緒にコンサートに行くなんてなかったそうだが、最近こーちんママの「さといもの会」での姿をこうちゃんを抱っこして一緒に見られて、とても共感の姿勢でおられるとのこと。こーちんママが喜んで言ってくれていた。

サンバのリズムもあり、おかめやひょっとこも登場してとても楽しいシーンだった。4人の動きがミュージカル風でいてコミカルで笑いを誘い、よく練習していたんだね、と後からご本人に訊くと「4回合わせただけよ。後はもうフィーリング、その場の思いつきかな。えへへ」だそうだった。(笑)
 そして、「さといもの会」の出番では、「東京ブギウギ」から「ひょっこりひょうたん島」「父さん母さんありがとう」最後に「川の流れのように」の4曲演奏。さとパパギター、さとママが歌で、こーちんママこと祐子さんはもちろんピアノで。この三人の演奏に、聴衆者の方々はまだ曲が終らないうちから拍手を送って下さっていた。会場一番後ろにいた私の近くには、ゆっくりしか動くことの出来ない高齢の男性が椅子に腰かけておられたが、曲のリズムに合わせてテーブルに指をとんとんと下ろしながら、聴いて下さっていた。三人の思いのこもった演奏を、こうして受け取ってくれている方がここにもいてくれたのだと、その光景を目にした時、私はとても嬉しかった。

さといもの会の出演の後、浅尾園長先生が文化祭&敬老会全体のしめくくりとして最後の言葉を感激されながら述べられ、会場の職員さんや利用者さんのあたたかい大きな拍手と共に、会は終了した。

終わってから園長室に通してくださり、なんとご自身が焼かれたというお茶碗でお抹茶を御馳走になりながらいろいろなお話を伺うことができた。せせらぎ園の構築について、連絡調整の難しさ・大切さ、「ありがとう」という言葉の出る環境、、などなどどれもとても興味深い内容だった。
そして最後に、「今は産休・育休中だが、また休みが明けたら夫婦一緒にここで働いて欲しい。本当にいい人材を採用できうれしいです。」とこーちんママ&パパのことを仰っていた。

85歳で現役園長、浅尾先生との出会い、そして「せせらぎ園」での演奏会、催し物、刺激的なことだった。
そして改めて、さといもの会は素晴らしい人にいつも支えてもらっているのだな...と私は感動した。
こーちんママ大活躍でしたね!お疲れ様。さとママは浅尾先生と誕生日(10月18日)が一緒!!「ゆうこちゃんも、てんびん座?!」と一層喜んでいました。(^^)V

今日の記念にパチリ・・・こうちゃん&ママ


2003/9/4(水) 「縁」

この日記1ヶ月もさぼってしまった。さぼった・・・というより、私にとってこの1ヶ月間の動向はあまりにも激しく、毎日があっという間に過ぎて・・・・という感じ。(最初に言い訳して、ごめんくさい)笑。
特に
「わが子へ」(別記)という曲に出会ってしまってからは、いろんなことが急展開だった。

ことの発端はこうだ。ネット上でしかおしゃべりしたことのなかった人
「スノーさん」から、半年ぶりのメールがさといもの掲示板に届いた。そこに紹介してあった曲が先に記した「わが子へ」という曲だ。さっそく試聴してみる。なんだ!?なんだ!?1人だけじゃなく、いろんな人が一緒に歌っている!そしてそこにある言葉・歌詞・声・音のぬくもり、深さ・・・・いつのまにか感動して涙が頬を伝っていた。と共にこの曲の完成に携わった集団「たんぽぽファミリー」ってなんぞや?一体どんな人たちなんだろう??「平和サイト」のホームページに行ってみる。トップ画面や掲示板のなんとあったかい雰囲気!そしてこの「わが子へ」の作詞・作曲者本人であるEkkoさんとは一体どんな人なんだろう?どんな人生を歩んできた人なんだろう?どんな思いで、この歌をこのグループを作ったのだろう?いろんな興味や疑問が湧き上がった。もっと知りたい!!この歌を、この人たちのことを・・・
そして、とても感動した「わが子へ」という曲をさといもの会でも演奏したりみんなで歌ったりできたらいいな、と思っていたら、メールをくれたスノーさんが「カウントダウン2週間」は切っていたさといもの定期ミニコンで「歌います!出演します」と申し出て下さった。
そうと決まってからは当日までにできることを出来るだけ準備しておきたいと直接本人同士はもちろん、たんぽぽファミリーの有志の方々が助言も下さったし、互いに連絡を取り合った。あれよあれよという内に、その当日8月30日(土)の本番は来てしまった。
(当日の様子は、
スノーさんのレポート写っ多さんの写真をご覧頂きたい。)
音源はスノーさんにご持参頂いたCDを我が家のデッキから流す、という方法をとったが、意外にも会場全体によく音が届いていた。
最初にみんなで声を揃えて語ったLeafさんという方が考えたというキャッチフレーズ「熱い思い、風のメロディーに乗って...」の所は、
私にとって実は1番印象的な場面となった。当日集ってくれた「さといもの会」の会員や応援参加の皆さんが、いつも心がばらばらというのではない。だけどこうして、みんなの声・気持ちが合わさり現れ出た、その言葉の響きや音の深さに私は、本当に感動してしまったのだ。綿密な練習をするような時間もなかったのに!
誰かがいつか言っていた…人間の声は他のどんな楽器の音色より大きな感動があると・・・そうか、これなのか!!と後になってこの言葉を思い出し、あの時の感動を今思い起こしている。

人間ってこわいね。って思うことがあった。とても腹の立つこと不愉快なこともあった。今の私の力では未だに理解・整理できないこともある。
でも、やっぱり人間って素晴らしいね。
最近またそう思える出来事がいくつかあった。目を輝かし、心を奪われ、涙を流した。大きな感動をもらった。
命の限り、精一杯最大限自分を世界を表現している人。一生懸命何かに打ち込んでいる姿。何かが熱く動いている。

何を探し何を求めているのかは、まだはっきり分からない。でも、確かに私はいつも何かを強く深く探し求めている。
これからもそれは変わらないだろう。それが、自分だから。
この夏の大きな出会い・不思議なご縁に感謝。得たものばかりじゃなく失ってしまったものもあるけれど、それも目に見えない「縁」の力かもしれない。ご縁のあった人・もの・世界・・・・・それらとはどんな形であってもこれからも太く・短くじゃなく細く長〜く続いていけばいいな。


2003/8/5(火) 「ヒロシマ」

8月6日。
毎年この時期が近くなると、それまでのやわな暑さではなく酷暑となるのを感じる。
広島市内で生まれ育った私は、子どもの頃から身近に原爆関連の図書や映画はもちろん、実際に被爆を体験された人や慰霊碑など戦争の悲惨さを学ぶ環境はあった。
とりわけ、通ったT小学校での一連の平和学習は当時の先生集団が熱心だった為、特に力が入っていたように思う。
それらがきっかけとなり、私は小学4年生の時に初めて、母方の曽祖父から被爆体験を聞き取り、それを作文にしたのが中国新聞に掲載されたことがあった。
 「・・・・人間が、焼けたなすびのようになってのぅ、男か女かも分からんようになった人らぁが、あちこちに横たわっとったんじゃ。水を下さい、水を下さい・・・と蚊のなくような声でね。わずかな水はあったんじゃけど一人の人にあげると他にもどっと押し寄せてくるのが分かったけぇ、助けてあげることも出来ずに、こらえてください!と心の中で祈るような気持ちで親戚らを探しに歩いたんよ・・・・・」

今は亡き曽祖父、曾祖母、その家族らは「ピカ」を直接体験した人達。
当時消防団に入っていた私のひいおじいちゃんは保育園やつぶれた屋根の下から人々を救い出しに出かけていた。
「あの日の朝、いつものように化粧台の鏡を見ながら綺麗にお化粧しようったおばあちゃんはのぅ、ピカっと一瞬の光と数秒後の爆風で、目の前の鏡が顔中につきささったんよ・・・」

「当時重い病気で2階で寝ていたおじさん(さとママの祖母の妹のご主人)はね、爆風で布団ごと吹き飛ばされ、庭の大きな木に突き刺さりかわいそうなことにそのまま死んでしもうたんよ」・・・・・・・・・・・

当時原子爆弾が投下された現在の中区(市内中心部)から、自転車で5分の所に住んでいた私は、そうした曽祖父たちの証言を聞き、8月6日が近くなると、この地面の下に、今もなおうごめく人たちの魂の叫びや怒り、祈りが聴こえてくるように感じた。

「熱いよ〜!助けてくれ〜!!」
「水をください、水を・・・・」
「お父さん・・・・、お母さん!・・・」
「苦しいよ〜!」
「痛いよ〜!」

みゆき橋のほうから、ぞろぞろとものすごい数の人たちが歩いてくる。
焼け爛れた体で、足をひこずるように歩き、両手を前に突き出しその指先からは熱で溶けた爪や皮膚が垂れ下がっている。
天満川、大田川、広島の川という川、僅かでも水のある所、命の綱を探し求め飛び込んでいく人々。
水を飲んだ瞬間安息の間にすぅっと息絶えていった大勢の人々。

私の祖先。

同じ人間。

生きていたら、何をしたかった?もっとたくさんしたいことがあったでしょう。行きたい所もあったでしょう。美しい景色も見たかったでしょう。語り合いたい大切な人もいたでしょう。
「なんでわしらが死なにゃあいけんかったんじゃ!」「なんでじゃー?」「むごいことを!」
「返してくれーーー!!」命を、家族を、平和を・・・・当たり前の幸せを!
どこにぶつけたらいいのか、やりきれぬ憤り。悲しみ。叫び。

今、終戦から58年経過したこの広島で、五体満足健康に生まれ現在を生きている私は、理不尽な戦争の犠牲者となった彼等の意志をしっかり継いで生きていかなければ、と思う。
彼等の命の上に、今の自分や平和があるということを感じて。

「平和とは何か?」人類普遍のテーマである。
戦争反対!と闘うことは大事だが、「闘う」ということを勘違いしている人達がいる。
何に向かって闘うべきなのか?どう闘っていくのか?
「平和とは何?」もう一度問う。
私にとっての平和とは、個人の心の平和からくるものだと信じている。
一人ひとりの心が、安らかであれば目の前の相手を愛し許すことが出来れば、争い・喧嘩は起こらない。
家族の幸せ、友との絆、仲間との語らい・・・・ささやかな幸せを大事に、大事にして、かみしめて生きていきたい。
小さな幸せが集るとそこから、大きな目に見えない偉大な力が生まれることを信じて・・・!


2003/7/30(水) 「フルートママ復帰コンサート」

 
本日は、阿品清鈴での定期ミニコン,サロンコンサートが開催された。
メインゲストは「Ciel」(シエル)、若く美しく優しい女性音楽家の皆さん。メンバー構成は、ピアノ坂本めぐみさん、フルート中川(旧姓・岡田)亜希子さん、クラリネット実重華奈さんの3人。このうち、フルート奏者中川亜希子さんは昨年の冬に女児を出産したばかり。今日は復帰第一弾コンサートということで、ご本人にとっても記念すべき日であろう。0才児、花音(かの)ちゃんも一緒に、来てくれました。

 第1部はCielによる演奏。曲目は、「サクラ(NHK朝の連ドラの曲)」「アイガットリズム(クラリネットソロ)」この曲は躍動感があって、ひきつけられる!そして「エトピリカ」、「リベルタンゴ」と、みんなにとって馴染み深い曲、どこかで誰でも1回は聴いたことがあるような曲を演奏された。クラシック大好きな利用者さんも今日はCielの演奏があると知り、前列席を早くから陣取っておられた方もいた。

中間に里パパとその親友である鎌倉さんによるギターデュオで「白鳥の踊り」「オリーブの首飾り」「夜霧のしのび合い」3曲演奏。鎌倉さんにはさといもの会の大きなコンサートの際、PA等で大変お世話になっている。今日はPAではなく、ギタリストとして登場。本番前の里パパによる厳しい練習(合わせ)のせいか?本番間際になり手指の状態が悪くなった様子でしたが、急遽冷やしたりなど応急処置をされ、演奏は見事に披露された。心の通った2人によるデュオは、演奏も息が合っていた。今日は、親の言うことを聞かない娘たちに何かとイライラピリピリしていた里パパも、ようやくニッコリ。いろいろ大変な中、鎌倉さん、お疲れ様でした〜!
 
再びマイクはCielに渡され「カノン」「日本のうたメドレー」(ふるさと〜夏は来ぬ〜我は海の子〜村祭り〜夏の思い出〜ふるさと)。カノンの演奏が始まる際、中川さんのベイビーかのちゃんをあやしながら、「かのちゃんの曲よ^^」とささやいた里ママでした・・・・
 阿品精鈴職員さん一同による「いい湯だな」を会場の皆さんと合唱。その和やかなムードで「みんなで唄いましょう」のコーナーへ続く。里ママのリードで「ゴンドラの唄」「りんごの唄」「ここに幸あり」3曲をみんなで歌いました。
 アマノでは何度もお目にかかっていたある男性利用者さんのお姿を最近見ることがなくなり心配していたが、この会場にいらしてくださっていた、真前で一生懸命手を動かしながら子どものように涙を拭いながら唄って下さっていた、と感激の涙を流しながら唄ってしまったという里ママでした。最後に声にならない声を振り絞り里ママを呼び寄せて「ありがとう、ありがとう」と、仰ってくださっていたそうです。

 終わりに・・・Cielの皆さん、いつも心よく「さといもの会」に出演下さり、素敵な演奏を届けてくれてありがとうございます!
そしてフルート奏者中川亜希子さん、ベイビー誕生おめでとう!音楽と共に、これからも母と子ゆっくり歩んでいってくださいね。
平日で、かつ暑い中、皆様お疲れ様でした。明日で7月も終りますね・・・


2003/7/26(土) 「夏が来た。」

 廿日市宮内アマノクリニックでの定期ミニコン。本日の参加者は[手品&ハーモニカ・M氏、トランペット・U氏、歌&司会・さとママ、ギター・さとパパ、Cl・yacco、ピアノ・まさこ、そして録画・春奈]7名。
本日のプログラム★「(まさこ自作曲)あなたがいてくれてありがとう」、「ダニーボーイ」、「恋のバカンス」、「童神」、マジックショー〜みんなで歌いましょうのコーナー〜「いい日旅立ち」「一杯のコーヒーから」「夏の思い出」「瀬戸の花嫁」「海」「ひょっこりひょうたん島」。全10曲演奏。
 
会場に着くと、5階のベランダから明るい陽射しが差し込んでいて、いつもに比べて今日は利用者さんも多いと感じた。
いつも最前列でご自分の好きな写真を片手に、各出演者を撮影しながら演奏を聴いておられる男性利用者さんが、今日は金や銀の折り紙で華やかに飾り付けをした麦わら帽子をかぶり、首には折り紙で作った輪っかのネックレスをぶらさげておられた。「きょう、お誕生日なのですか?」と側におられた職員さんに後から訊ねると、「今日のこのコンサートを楽しみに、ご自分でオシャレをされたんですよ。」とのこと。とても嬉しく、その方が一層いとおしく感じられた。

「いい日旅立ち」をリクエストされた男性利用者の方は半身不随の身体でも、一生懸命大きな声を出そうとして歌っておられました。「一杯のコーヒーから」をリクエストされた女性利用者の方が、ミニコン終了後に笑顔でさとママに掛けよって来られ、「ありがとうございました。次は‘人生の並木道’をやって欲しい」と、次回のリクエストをされました。又、ここアマノでは久々のマジックショー・タイム。少年少女のようなキラキラした目をして食い入るようにマジックを見つめておられ、楽しんで下さっている様子がしっかり伝わってきました。
皆様とあたたかい時を過ごすことが出来、幸せでした。月並みですが、次はもっと頑張ろう、今より成長してまたここへ来れるようになろう、と思いました。

会終了後、前日がお誕生日だったというペットのU氏のお祝いと、今日の反省会を兼ね、近くの喫茶店へ。
大きなグランドピアノが置いてあり、なかなか雰囲気の良いお店。事前予約によりライブや貸切パーティーも出来るとのこと。
U氏にハッピーバースディの歌をみんなで歌った後、お茶を飲みながら「さといもの会について」、「プロとアマについて」、「自分を表現するということについて」、また「各地方の方言について」などなど、それぞれから楽しく意義ある話題がたくさん挙がった。もっと突っ込んだ話もしてみたかったね。

夜は、今日も先日サマコン開催にあたりお世話になった方々へのお礼や挨拶も出来、有意義な話・貴重な意見が聞けた。メモメモ。
どんな状態でも、「真実を見極める目・力」(洞察力・思考力・判断力など)を持つ人にはやっぱり尊敬の気持ちが湧き上がる。

帰宅して、来年は一緒に過ごすことが出来ないだろう家族の誕生日祝いをした。
先日お世話になった方のライブ時間に間に合わなかったのは残念だったけど、約束のものは渡せたし・・・。何かと忙しい日だったが、どれも充実した時間。

春からずっと、さとママの体調がなかなか回復しきらないのが心配。健康状態も歌声を聴けばすぐ分かるよ。
早く元気に、な〜あ〜れ〜!!


2003/7/20(日) 「第6回サマーコンサート 

 第6回サマーコンサートは今年、阿品台コミュニティ文化部が主催となり、廿日市市阿品台公民館大研修室において、開催。
最近の豪雨も、梅雨も、この日のコンサート開催を応援してくれるかのように、朝には青空を運んできてくれました。

オープニングは、和太鼓と津軽三味線のセッション。会場中が、和の響きに満ちて、日本人魂を突き動かされるかのような印象的な演出だった。
このサマーコンサート開催直前まで「廿日市さくらぴあ」において20年の活動の功績を称えられ、廿日市の表彰式に参加されていた向井和弘氏。
表彰式と時間が重なっていた為、当日演奏は無理かと思ったが、本番前に急いで駆けつけて見事な和太鼓演奏を披露して下さった。
津軽三味線の村上君(高校生)も昨年より表現力が増し、成長の姿がすぐ分かった。向井氏はもちろんのこと、沖野氏とHANAKO氏のベテラン先輩に支えられながら、柔和な外見からの印象をいい意味で裏切ってくれる堂々たる演奏だった。
そして、プログラム第1部へと幕移動。
 
トップバッターは、ハーモニカソロ三島正次氏による「カッコウ・ワルツ」。そして、ギター協会からギター西原健臣氏、プロムジカよりマンドリンの増川氏、ベース森田氏の3名によるアコースティックトリオによる演奏が4曲。
タレガの「アルハンブラ」〜イタリア映画「ひまわり」のテーマ、名場面が思い起こされるような演奏だった。続いてゴンチチの「FLOW」〜NHK連続ドラマの「さくら」。この「さくら」の曲途中、森田氏のベースの弓が当たり譜面代が倒れるというハプニングが起きたが、立て直す間も、文句一つ言わずむしろ見守るように待って下さったあたたかいお客様に支えられた。いい曲が2回も聴けて、ラッキーという声も!?A.トリオの音に私もうっとりしました。
 小学校教諭藤原先生によるギター弾き語り「奇跡」は、ひとつひとつ心に響く歌詞と素朴であたたかい歌声に、私を含め涙する人が何人もいました。
そして、里ファミリー末っ子の春奈によるピアノソロ「アラベスク第1番」。前夜も納得いくまで何度も練習していた成果が現れていた。ピアノ歴8年、やさしく厳しく熱心な指導を下さるM師に感謝しつつ、今後も続けていってほしいと願う。

「本日のお客様」のコーナーでは、メインゲストとして、ホルン奏者藤咲真介氏をお迎えし、ソプラノ植田藍子氏、ピアノ梶上幸子氏によるトリオで、カッチーニの「アヴェ・マリア」から厳かに始まる。次に、さとまさこ自作曲「花咲く頃に」を、まさこのピアノと藤咲氏によるホルンの共演。まさこが藤咲氏をイメージして創作したこの曲を藤咲氏は今回もまた、聴衆の前でとてもほめて下さった。
「カントリー・ロード」では藤咲氏による歌とリコーダーの演奏も加わりとても楽しく軽快だった。最後は森山直太朗作詞・作曲「さくら(独唱)」で、ソプラノの美しい歌声が会場後ろまでのびやかに届いた。人柄の素晴らしさが伝わってくる、素敵なトリオでした。
ここで、15分間休憩(ティータイム&三島正次マジックショー)を挟む。ここで、先日世界ギネス記録に挑戦され、達成されたジャズドラマー「そうる・じゅん」さんの参加をお客さまに伝えご紹介させていただき、短いインタビュータイムとなる。
休憩中のクッキー&コーヒーを用意して下さった婦人部の方々、ゼリー製造者くさのみ作業所の皆様、ありがとうございました!
 
 プログラム第2部では、この日のために結成されたブラスアンサンブル・廿日市吹奏楽教室有志14名による演奏「錨を上げて」から華やかに始まる。
小島里美編曲「童謡メドレー」は、子どもから大人まで馴染み深い「おもちゃのチャチャチャ」〜「いぬのおまわりさん」〜「おつかいありさん」〜「ぞうさん」〜「あかとんぼ」〜「やぎさんゆうびん」〜「もりのくまさん」全7曲がとても楽しい表現力と構成で、歌ったり踊り出す子どももいた。
そして昨年から大ヒットした「世界に一つだけの花」で、廿日市吹奏楽教室の演奏は終る・・・ところだったのだが、急遽、22日が誕生日というお客さまが会場に、いらしていて、みんなで一緒に「ハッピーバースディトゥーユー」を歌う事が出来た。それも、関係者側の突然の依頼を快く引き受け演奏してくれた廿日市吹奏楽教室の皆さんのお陰です。ブラスアンサンブル14名の皆さん、愛ある演奏・愛ある音を、ありがとうございました。
筋ジストロフィーという重度障害を持つ、Aさんと、そのお母様は、会場の皆さんすべてに大変感激・感謝しておられました。

続いて「里ちゃんファミリーと素敵な音楽仲間」による演奏。まずは、さとまさこによるピアノ自作曲「おうちへ帰ろう」の演奏で始まった。
続いて、里パパのギター、yaccoのCI・手話・ピアノとハモリ、山根さんのS.SAX&マンドリン、ゆうこさんのピアノ、西さんのドラムス、小山内さんのベース、歌はもちろん里ママ、という編成でジャズの名曲「テイク・ファイブ」〜「涙そうそう」〜「童神」〜「テネシーワルツ」4曲を演奏。
「テイクファイブ」は、まだ危険過ぎるからやめたほうが良いのではないかという演奏者の意見もむなしく、当日決行(強行?)されて、途中本当に危なっかしかったが、ピアノやドラムスのアドリブソロ、そしてギターやSAXみんなの力を借りながら、最後はなんとかまとまった。無謀な冒険にも最後まで付き合ってくれた方々に感謝します。
70歳以上という会場お客様から「涙そうそう」がとてもよかった、と感想を寄せて戴き、とても嬉しかった。思い出深い曲。きっとみんなにとっても、大事な曲。山根氏の奏でるマンドリンや小山内氏のベースが加わり、より深いものになって伝わったのだと思う。・・・

そのまま「みんなで歌いましょう」のコーナーへと続く。
「夏の思い出」「みかんの花咲く丘」「瀬戸の花嫁」、そして一番最後の最後は「ひょっこりひょうたん島」を、全出演者と会場のお客様全員で大合唱し、里ファミリー次女ひろみによるイラストの‘ドンガバチョ’や、当時の懐かしいひょっこりキャラクターが、わんさか登場し、一層華やいだ雰囲気に包まれました。
後ろで、波の係りを担当し、腱鞘炎になりそうなくらい!?一生懸命に波を揺らしてくれていたギターの藤原さんと、ベースの森田さんも大変お疲れ様でした。曲の間奏部分になると、お客様の前にいた波やキャラクター達が、沈んでいき(下がり)、ひょこっ、とバックの演奏者(山根さんや、さとパパ、ベースのBENBENさん、そしてラッパの内田さんやトロンボーンの新宅さん)が姿を見せる。これも計算にない愉快な一場面だった。
また、演奏や歌に集中している参加者の他に、‘手品のオジサン’としても有名な(笑)三島氏は、ステージ横でカラフルなリングをあれこれ出しては、連続空中輪投げなどで参加!
 自宅に帰り、ビデオでみんなの色々な様子や、あふれんばかりの笑顔を見て、本当に楽しく一体感あるコンサートだった、大成功だったな…と再び感じた。

「苦しいこともあるだろさ、悲しいこともあるだろさ、だけど僕らはくじけない、泣くのはイヤだ、笑っちゃおう!進めー!!・・・」のこの歌を一番最後に持って来た理由を里パパが打ち上げの時に、話しましたが、こんなご時勢でも、いろいろあっても前を向いてみんなで笑って生きていこうよ!との願いを込めて・・・・・

そしてP・Aで大活躍のマリン氏&池くん、縁の下の力持ち、ありがとう。前日里パパと一緒にスピーカースタンドを購入しに行き、大正解でしたね。今回は、会場後ろまでよく音が届いていました。私にとっては、手品も総合司会も、初めての挑戦で頭はまっしろ状態、言葉もその場その場のツギハギ状態で、演奏も含め同じ言葉を何回も言ったりと失態が多々あり反省すべきことが多いですが、なんとかやり遂げる事が出来、ホッとしています。

みんなのやさしさが集って、大きな輪になり、和と愛が生まれ、あったかくとても美しい花、「さといもの花」が咲きました。
本日のこのサマーコンサート開催に関わって下さった、すべての方から、たくさんの感動をいただきました。本当に、ありがとうございました!!


2003/7/6(日) 「窓際のトットちゃん♪」

本日、安佐北シンフォニックウィンズ(ASW)吹奏楽団の20周年記念定期演奏会を聴きに行ってきました。
特別企画、女優・宮崎美子さんがゲスト出演し、黒柳徹子著「窓際のトットちゃん」の語りを、ASW演奏をバックに朗読なさるということで、事前に入場整理券を配布され、整理券のある人しか入場出来ないということでしたが、駐車場も満杯で臨時駐車場が設けられるほどでした。

ASWには先日のプルズコンサートにご出演頂いたトランペット奏者のT氏が所属。彼は全曲譜面なしで暗譜していました。見習いたいです。
第1部ではまず、打楽器パートの演奏力にひきつけられました。和太鼓やコントラバスの弦の音も巧みに使い、曲の雰囲気を醸し出していました。
そして、期待の第2部、特別企画の「窓際のトットちゃん」演奏と語り。ステージ中央に語り部役を努める宮崎美子さん用のソファとマイク、台本台が用意された。休憩が明けて女優・宮崎美子さん、いよいよ登場!
深紅のシンプルなドレスで現れた宮埼さんの屈託ない明るい笑顔に、パっと会場が華やいだ。わたしも「TVで見るのと同じだ〜」なんて思いながら、美しい、と表現するよりは愛らしい、と言うのが合っているような親しみやすい雰囲気の宮崎さんに視線がいった。
♪窓際のトットちゃん♪・・・とASWの生演奏でテーマソングを歌い始める宮崎さん。すぐ覚えられるこのフレーズは各章を通して何回も出てきて、帰る頃も頭の中をぐるぐるめぐった。作曲者、素晴らしい。

この「窓際のトットちゃん」が出版され、大好評で、TVや映画化の話もたくさんきたのだが黒柳さんは読者のそれぞれのイメージを崩したくないから、という理由で本という活字以外の表現は断り続けていたそうだ。だが、東京フィルハーモニーからの依頼で「音楽なら!」と、唯一オーケーを出したという。
実際、音楽や語りでなら、それを聴いた本人によるそれぞれの想像力にイメージは自由に委ねることが出来る。そんなところまで配慮しての映像化拒否をされていた黒柳さんには、読者に対する思いやりを感じ、改めて尊敬の念が湧いた。と同時にむやみやたらに映像化だ編集化だと、儲け主義が先に出て、自分の著物を大切に出来なくなる、オリジナルの良さが損なわれがちという芸能世界に対して、いかに自分の信念や意志を強く持ち明確に表示することが大切なことかということも感じた。

ナレーターと登場人物との声色を使い分け、美しい日本語と豊かな表情で語りをされた女優・宮崎美子さん、最後の挨拶も謙虚でかわいらしく素敵でした。
また、この機会に、ASWの素晴らしい演奏が聴けてとてもよかったと思います。
イメージを膨らませ音楽に親しめる企画で、今回の特別企画は大成功だったのではないでしょうか?Tさんをはじめ、皆様、大変お疲れ様でした。
団員みんなの目標に掲げてあるように「生涯現役プレーヤー」を目指して、今後も活躍して頂きたいです。


2003/7/5(土) 「BGM生演奏」
 

同町に住むHさんのとある祝賀パーティーに、「里ちゃんファミリーと素敵な音楽仲間」で、BGM生演奏の依頼を受け行って参りました。
会場満席150名もの人の前で、しかも俗に云うお偉いさんばかりの中、いつもの施設訪問演奏では体験したことのない環境と空気で、また一味違った緊張感を味わいました。
新築オープンして間もない当会館の会場は縦長で、演奏者の位置は中央ステージの上ではなく、お客様から見てステージ右下。
最初は狭い感じがしたけれど、各演奏者とのコンタクトは取りやすい距離。しかしPAを、会場後ろに設置しなかったのは一番の反省。
最後部で聴いていた録画担当H氏の話によれば、マイクの音量がドラムス音量で隠れているとか、キーボード音量が小さ過ぎて聴きとりにくいとか・・・演奏途中に知らせに来てくれたが、会場の広さや造りに対して持ち込みのPAでは太刀打ち出来ず、とにかく音量バランスが悪かった。
また、キーボード台はやはり専用のを使うべき。会場の机と椅子では高さが調節できない為、普段と位置感覚が違って演奏が難しくなる。
また、空調設備のことも把握しておく必要がある。冷房が効いていて、楽器も身体も冷えるので調子が変わってしまう。
吹奏楽器演奏は歌を歌うのと同じくらい喉の冷えは大敵。喉を潤わすことや冷えから守ることも、とても大事だ。

お客様の反応は・・・・?しっかり音の届いているらしき会場前半テーブル9席は確実に、演奏に合わせて手拍子や笑顔があったのを確認できた。
お客様は主に50〜60代の男性だが、10数名女性客もいらっしゃり、「飲む」ことに専念されない女性陣は特に、演奏に耳を傾けて下さっていた。
今日のような宴会の席では、「東京ブギウギ」や「テイクファイブ」のようなノリの良い音楽がやはり必須だなあ。でも、最後に本日の主役であるHご夫妻にマイクを渡し、「瀬戸の花嫁」を歌ってもらったのは、それまで名刺交換や挨拶などでかなり賑やかだった会場中の注目をいっきに集め、一緒に口ずさむ人もありみんなで和んだ雰囲気になり、一体感がありよかったと思う。主役を際立たせるのが一番。でも、ボーカル担当のMさん、突然マイクを渡されたご夫妻は練習してない曲の‘歌詞は覚えてないのが当然’だから、手元にあるその歌詞を見せてあげるべきだったね。演奏中はそこまで気が廻らず、ビデオで見て後から気付いたよ〜。たとえ歌詞はうろ覚えでも、気持ち良くマイクを持って歌って下さったご夫妻と、一緒に雰囲気を盛り上げ楽しんで下さったお客様に感謝します。

音響バランス、聴衆者の反応・・・いろんな事が気になりながらも、いかに演奏に集中するか、が大事だということも体験出来た。
PA担当のMさん、出来るだけリハの時から細心のセッティングをお願いします。
また、宴会の席での司会やスピーチ、上手な人はやはり一目置かれるな〜。品位を落とすことなく聴衆から和やかな「笑い」を取り、主役を持ち上げる、ということが自然に出来るって素敵。その人の人柄が現れる「言葉」ってとても大事だ。

経験者にとっては基本的なことでも、私にとって本日の初体験はどれもこれも良い勉強になりました。
今回、BGM生演奏を私たちにご依頼下さったH夫妻に、今回のお祝いを申し上げると共に、貴重な経験をさせて頂いたことを感謝申し上げます。
また、本日共にご出演頂いたキーボードHさん、ベースOさん、ドラムスNさん他ご協力くださった皆様ありがとうございました。


2003/7/2(水) 「ありがとう・・・」

今日はとてもいい日だったな。勤務中、妹の中学時代の担任のH先生にバッタリ再会。5、6年ぶりくらいかな?学校の先生も最近は体や神経を壊してしまうくらい大変な職業になってきていますよね。ホントはいろいろあるのかもしれないけれど、懐かしのH先生はお元気そうで、何より、でした。
そしてそして、最近胸にひっかかっていたものが電話でスッキリ。相手の思いもハッキリ分かり、よかったよかった。一安心。思いや考えを明確に伝えていただくと、こちらに非がある場合など改善の余地もあるし、勉強になります。

そして夜、先日ギネス記録更新を達成されたジャズドラマー・‘そうるじゅん’さんからも電話を頂きました。
え〜!わざわざお礼を?!なんて誠実な方なんでしょう。話すこと1時間半・・・・なぜギネスに挑戦することにしたのか、や、これまでの生き方・学んできたこと、身に付けてこられたいろんなことを、時折返す私の質問にも、やさしくわかりやすく穏やかに話して下さいました。
胸に秘めたものは熱いけれど、品のある方だな〜と、口調から感じます。
そうるさんがお話して下さったことで、ここに書きたいことはたくさんあるのですが、特に印象的だった言葉を・・・・・
「私は‘ありがとう’、という言葉を若いうちから本当の意味で身につけられるようになりなさい、といつも弟子たちに教えています。なぜかというと、‘ありがとう’、という言葉は、人がこの世を去る時に最期に残す言葉だからです。心からみんなに、‘ありがとう’、と言って死ねたら素晴らしいですよね・・・」と、おっしゃいました。

私も「ありがとう」という言葉が大好きです。このお話を聞いて、もっと大切に、もっと誠実に、心から「ありがとう」という言葉が使える人になろうと思いました。
他にもいろいろ、音楽や生き方など奥の深い話題や、とても共感するお話がたくさんありました。
またそのうちここにも書こうと思います。
 こうして、素敵な人に出会う度、いい話が聞ける度、やっぱり人生ってまだまだ捨てたもんじゃないよね、と思います。

‘そうるじゅん’さんは「7月20日のサマーコンサート、時間があったらぜひ行きたいと思っています。」と自らおっしゃって下さいました。


2003/6/30(月) 「いい空気」

明日から、もう7月。28日のお昼からギネスに挑戦しているジャズドラマーの「そうるじゅん」さんが、今日の午後、世界記録50時間をやぶり、52時間のドラム演奏達成を果たされました。(夕方の地元TVニュースに特集版で出ておられましたね)
最初、この挑戦のことを、人づてに聞いた時は、かわったことをする人がいるもんだなァ〜くらいにしか感じなかったのですが、先日28日に近所のライブハウスで、直接このギネス挑戦者である「そうるじゅん」さんにお会いし、そのお顔つき等を拝見し、まるで彼の人生や音楽に対する本気度が伝わるようで、最初の私の考え方も変わりました。
そうるじゅんさんと普段から電話でもよく話をするという友人Mさんの話でも聞いたのですが、40歳の時音楽活動を停止し、音楽だけでなく精神を鍛える訓練や修行を積まれたそうです。(だからか、顔つきが20代の写真と比べて今とでは全然違ってみえる!)ギネス挑戦中、ライブハウスに出向いた私の稚拙な演奏にもうま〜く合わせてドラムをたたいて下さったり、妹のオリジナル曲についても、とても褒めてくださいました。
人をけなしたり、欠点を指摘してばかりで、相手を不愉快にさせるだけでなくしまいには本人が一番楽しくない気持ちになる・・・そんな人もおられる中、「相手のいい所を褒め、自信をつけて伸ばす」という姿勢をもった‘そうるじゅん’さんに敬意を表します。

話は変わり、明日から月も変わり、煙草も増税とのこと。喫煙愛好家の方々、百害あって一理なしの煙草、これを機に止めたら・・と思うけれど好きなものはなかなかやめられないのでしょうね。私は喉につきささるあの臭いが耐えられませ〜ん。本人より害の大きい副流煙も困ったものです。
環境的にも精神的にも、心身の健康上きれいな空気と気持ちのよい空気をずっと吸っていたいなァ。


2003/6/28(土) 「ゆうゆうアマノミニコンを終えて」

2ヶ月ぶりのゆうゆうアマノ。私の好きなあの人はおってかな〜?とお会い出来るのを楽しみにしていましたが、今日はその方の姿が見えず残念。多分祖母と同じ病気(脳血栓)であろう、私の好きなその方は、半身不随になった体で思うように手や指を動かせないのです。でも、いつもそれぞれの演奏が終る度、両手で拍手できない代わりに、片手をなんとか持ち上げて優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりグー・パーをするように、動かされる。言葉も発することができないようで、その代わりに、顔の表情と手の仕草に思いを込めて、そのゆっくりグー・パーを繰り返す仕草を見る度に、いつも胸込み上げるものがありました。
後からその職員さんにその方のことを訊ねたら、「最近体調が悪く、いろんな所で治療をされている」とのことでした。どうか、元気でいてほしいと思います。
 
本日の演奏は、第一部ではギター&マンドリンデュオの「あじなYY’SS」(あじなワイズ)による演奏、そして、この春愛知県から広島に転勤でこられたウッドベース奏者のOさんが加わり、歌と司会進行さとママ、ギター演奏さとパパ、クラリネット・手話・ピアノを私が、自作曲ピアノ演奏をまさこが披露しました。最後の「みんなで歌いましょう」のコーナーでは、さといもの会ミニコンデビューのピアノ‘あゆさん’と、アコーディオンMさんによる伴奏でした。そして忘れてはならないのは、生後5ヶ月のあかちゃんをお母さんに看てもらいながら「さといもの会」で久々のピアノ伴奏・演奏をしてくれたY・Hさん。(あかちゃんにお乳をあげたりあやしたりと子育て真っ最中の大変な時期に、リハから当日までいろいろごめんね、ありがとう・・・)

前半は「あじなYY’SS」(あじなワイズ)による演奏から始まり、「浜辺の歌」〜「叱られて」など、高齢者の方になじみあるものを多く選曲されており、演奏が始まりだした最初の曲から、自然に皆さんの口ずさむ声が聴こえてきました。「禁じられた遊び」のギターソロもあり、「ムーン・リバー」マンドリンのYさんによるソプラノサックスの演奏もありました。Sさんのソフトな声での曲解説もとても心地良かったです。
そして、歌・ギター・手話にOさんのウッドベースとY・Hさんのピアノが加わり、昨年大ヒットしたBEGIN作曲の「涙そうそう」を演奏した際、前列の女性利用者の方が一緒に「・・なだ、そうそう・・・」と歌っておられました。これは、新しい曲なのに、高齢者の方も知っておられたことに少し驚きと、嬉しさがありました。
「テネシーワルツ」の曲途中で入るピアノとウッドベースのアドリブ演奏、かっこよかった!お年よりだからといって、ゆったりした曲ばかりではなく時々変化や刺激のあるアップテンポな曲も入るのが喜ばれるとのこと。(介護職経験あるY・Hさんの話)

後半、「みんなでうたいましょう」のコーナーでは、2人の子どもさんも見学?参加の、あゆママさんのピアノ伴奏で「雨降り」「雨降りお月」「みかんの花咲く丘」を、Mさんのアコーディオン伴奏で「喜びも悲しみも幾年月」「りんごの歌」を、本日の演奏者も含め、会場のみんなで一緒に歌いました。
全部の演奏が終って片付けている頃には、ゆうゆうアマノの利用者さんから、もう次回ミニコンでのリクエスト曲がきていました。美空ひばりの「みだれ髪」から、山口百恵の「いい日旅立ち」まで!皆さんお若いですね?!

それにつけても、毎回心から思うことですが、お忙しい中集り、それぞれに感じることや思いはおありでしょうが、笑顔でご協力くださった演奏者の皆さん、あたたかい気持ちで聴いて下さった皆さん、・・・・すべての皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。


2003/6/23(月) 「ウッドベースの生音」

昨日午後より、6月28日のゆうゆうミニコンに向けて、一部分の打ち合わせと練習をしようということで、ピアノのY・Hさんと、私達にとって今日が初対面のウッドベーシストOさんにお会いする。
約束の時刻になり、バンから大きなウッドベースがお目見え。ネット上でしかおしゃべりしたことのなかった通称BENBENさん、どんな方なんだろう・・・
現れた彼のやさしそうな笑顔とあったかそうな雰囲気で、こちらの緊張もほぐれだす。しかし彼のHPで拝見する演奏キャリアや音楽性から、私からみて位置的に、少し「高い人」のイメージが崩せない。こちらの雰囲気に入ってきてもらえるだろうか・・・と。ひととおり音だしをしてみて、ご本人の聴いたことがないと言われるさといもナンバーの初見の曲にもいい感じで合わせて下さり、さすがだ〜♪

ピアノのYさんが、今日は「(あかちゃんを)おとうさんに頼んできた」ということで、2時間練習に付き合ってくれ、帰られた。そこへ、いつものさとパパのサービス精神がでてきて、私達の演奏力では、ジャズメン・ウッドベーシストとしてのBENBENさんには物足りないだろう、ちょうどすぐご近所にジャズピアニストのHさんがおられるから紹介しよう!とHさんに即電話。話を聞いたHさんは、たまたま家におられ、すぐやって来た。そしてウッドベースとピアノのセッションが始まり、我が家でジャズのスタンダードナンバーが鳴り響いた。我が家のせわしない台所がお二人の演奏で即席ジャズバーの雰囲気に包まれ、ただで聴くにはもったいないほどだった。
「お酒が呑みたくなった」とベースだけでなく、帰る引き際もうまいBENBENさんであった。
皆様、本日もお付き合いくださりありがとうございました。


2003/6/20(金) 「ニュース!」 〜「国際ソロプチミスト」が「さといもの会」の後援に〜

本日(6月20日)、国際ソロプチミスト・ウェスト広島支部の竹内貴美子会長より、さといもの会に助成金を頂きました。

竹内貴美子会長は、さといもの会設立当初から、さとママと同僚だった娘さんを通じて、「いい活動。応援したい」と仰って下さり、会員をお仲間に呼びかけて下さったり、言葉を行動と共に示して、私達を本当に応援してきてくださっていました。因みに現在、ソロプチミストより10名の方々が、さといもの会会員です。
竹内会長は今月いっぱいで会長の任期を終えられるということですが、今後もソロプチミストとして、さといもの会の活動を後援して下さるとのことです。
本日頂いた助成金は、障害者や高齢者と共に、音楽を楽しむ活動を認めていただき本当に有り難く、今後の活動に役立てたいと思います。
来年度春の「プルズコンサート」の際、(平成16年4月29日のコンサートの中で、)表彰頂く予定となっています。
 
※「国際ソロプチミスト」とは、実業及び専門的職業を持つ女性を主体とする世界で最も大きな奉仕団体で「人権擁護」と「女性の地位向上」に努め、地域社会への貢献、国際理解と親善、平和の推進のために、自ら進んで奉仕活動をしている団体です。


2003/6/18(水) 「プロから教わること」

「プロ」から教わることは多い。個人レッスンとか受けられれば一番いいだろうが、聴くだけでも、見るだけでも感じることや教わることは多い。
演奏テクニックは勿論のこと、それよりも大事なものを持っている人は、(音楽家として)息の根が長く、強い、と感じる。
昨夜、元有名バンドのボーカリストのソロライブに出掛けた。列車の都合上少し遅れて会場に入ると、すでに大盛り上がりで満席状態。
当然のことだが、さといもの会のコンサートとは、一見全然‘色’は違う。勿論集うお客さんの雰囲気も違う。まるで野球観戦にでも来ているような印象だった。
最初の10数分間は、すでに盛り上っている会場の雰囲気と‘CDでは聴いたことがある’程度の、歌い手であり進行役でもあるK氏のその独特の声や、おちゃらけムード満点の関西弁トークに溶け込めず早く帰りたい、と思ってしまった。
ところが、いつの間にかその関西トークも「天使のだみ声」と称されるK氏のブルースも、おどけて見せる表情や態度も、体育会系バリバリの熱いお客さんの声援も、すべてがライブを作り上げ、馴染めていなかった私をも自然にその場の一員にしてしまっていた。
歌の間に度々はさむ煙草ふかしもビールのぐい呑みも、お客さんは彼を愛するようにでんと待っているし、それすらK氏の演出の1つであるかのようだった。
まあ、それが出来るのもちゃんとした演奏が聴ける、というのがあるからだろうが。
一見自己中心的のように見える彼の態度もやり方も、実は優しさと楽しさに満ちていて、いつの間にか笑いがこぼれたり、一緒にスィングしたり、唄っていた。
聴衆を引き込む力。惹きつける魅力。サービス精神。流れ。スタッフとのコミュニケーション。・・・・・・いろんなことを彼は教えてくれた。伝えてくれた。
そして、その彼をめいっぱい引き立たせていた主催者の陰なる多大な努力に、帰る頃には心からいっぱいの拍手と握手をして帰った。


2003/6/16(月) 「活動を続けていくということ」

毎年、地元の公民館で‘サマーコンサート’を開催してきて今年で6年目になる。(今年は7月20日開催予定)
このサマーコンサートは、6年前の開催当初、‘ファミリーと仲間達で音楽をやっている’ということで、当時の公民館館長と主事さんから「里さん達でこの夏コンサートをしてみてはもらえないだろうか」と声が掛かった。そして「歌とギターとティータイム」というイラスト入りのチラシを作って公民館窓口に置いておいた。
それを見てコンサートに来て下さった方もたくさんあり、当時私が「こども手話教室」を担当させてもらっていたこともあり、子どもからお年よりまでたくさんのお客さまが集い、みんなで楽しいコンサートとなり、大成功だった。
それがきっかけとなり、3年目には、当初の館長から引継ぎを受けた次の館長が、それまで著作権協会への申請や必要諸経費・茶菓子作りまでほとんど我が家で手作りしたり賄っていたことを知り、「住民の皆さんが喜んで集う場があり、みんなで口ずさんだり楽しめるこんないいこと(サマーコンサート)は、これからもずっと続けてもらいたい。だから一家の負担を少しでも軽くしよう!」と、この‘サマーコンサート’を、お役所からいくらか援助金の下りる「公民館主催事業」として下さった。たとえその援助金は僅かでも、その館長の気持ちとその行動はコンサートを作っていく私達にとって、とても励みになり嬉しいことだった。

子どもからお年よりまで、地元住民の皆さんがこぞって楽しみにして聴きに来て下さっている‘サマーコンサート’。
そうして今年も例年どおり、私達は行う予定でいた。が、しかし!いつの間にか当事者の私達の知らないところで、‘サマーコンサート’は「主催事業」からはずされていたのだ。それを知った母が今春から着任された現在の新館長に電話で事実関係を問い合わせると,それらに関する引継ぎも一切受けていないという。
そして後日さといもの会代表者である父と2人で当時の関係者らに直接話をしに行った。話によれば、「里さん達は他のコンサートや活動で、もうお忙しいみたいだから・・・」ということだったらしい。忙しいみたいだから、だったら本人に連絡もなく館長本人から依頼のあった「企画運営委員」までも外され、地元住民の楽しみでもあった「公民館主催事業」からも外すのか!まるで必要な時だけ利用されたみたいに思えて、悲しく腹立たしく感じていた。

何も下地のないところから、手探りで、それこそ当初協力者もわずかしかいないところから始めて1年目にして好評を得て、いつの間にか地域では「毎年恒例」の事業として楽しみにしてくれる方が増えていたのに、当事者には何の相談もなく、まさに憤慨していた!とてもショックだった!
今年も例年通り‘サマーコンサート’をやるつもりでいた私達は何人かの演奏者にも声を掛けて協力をお願いしていた。もう出演予定に入れてスケジュールをわざわざ空けてくれている方々に申し訳がたたない。どうしたら良いのか?!
・・・と、先日までカーッと頭に血は昇るし途方に暮れるし、不安を抱えていた。が、その周辺の人々は「そんなことになっていたなんて!私達はこれからも応援・協力しますから、なんとか頑張って今年も開催しましょうよ!!」と言って下さる。噂を聞いて電話してきてくれる方もいた。・・・何よりも今年の阿品台文化部副部長が和太鼓演奏でいつもお世話になっているM氏であったこと、そして相談を持ちかけたコミュニティの方々が心よい人達だったこと。

そうして「阿品台公民館主催事業」からは外されてしまったものの、「阿品台コミュニティ文化部主催」事業として生まれ変わり、今年の夏もまた何とか継続して‘サマーコンサート’を開催することが出来るようになった。

これからは、当日の‘サマーコンサート’に向けて練習と前進あるのみ、と気持ちを入れ替えてがんばりたい。

打ち上げ花火は簡単なことだが、「続けていくということ」は道中いろんなことがあり、本当に大変なことだなーと感じる一件であった。


2003/6/14(土) 「新しい仲間」

今日は、6月28日ミニコンに向けての曲目決定と練習。ピアノや和太鼓演奏者のY・Hさんがあかちゃんと一緒に、そして、先日さといもの会に入会してくれた‘あゆ’さんが、小学2年生の娘さんを連れて、少し緊張した様子で我が家に初訪問。
 ‘あゆ’さんはエレクトーン演奏を中心としてきたそうだが、キーボードでも軽やかに演奏されていた。これからが楽しみ!
一通り練習したところで、ハーモニカ&アコーディオンのMさんも来訪。今日は兄の昔からの友人Hさんも、憂歌団の元ボーカル木村さんのライブについて我が家に説明に来られ、来客が多く、楽しい1日だった。
夕方から、マンドリン&ギターサークルの「プロムジカ演奏会」を聴きに行き、いろいろ勉強になった。


2003/6/13(金) 「心つかむ人、とは・・・」

日付変更線も過ぎた午前1時をまわった頃(正確には14日)、「あの人」からまたも、誠実なメールが届いていた。
公式ページを拝見しても、毎日かなり忙しく全国を廻っておられる。なのに、直接連絡下さるとは!感激だ!!
秋にはこちらでお会いすることが可能なようだ。
楽しみでたまらない。おもしろおかしいの安易な‘楽しみ’ではない。今、私の心を支えてくれる唄の‘母なる人’だから。


2003/6/11(水) 「縁は異なもの・オン・ライブバー」

今日はTさんと、ライブバー「クレ○ンタイン」を初訪問。感じの良い曲が流れていて店内の薄明かりがムード良く、リラックスさせてくれる。そこのマスターの奥様と、父がバレエつながりだったとは!!縁は異なもの。世間は狭い。
今日のライブはカントリーやフォーク中心だったが、私より2つ年下の若手ギタリストと知り会い、いろいろ話が盛り上る。
Tさんとも、いろんな話が出来、充実した時間だった。帰りに路上で三味線を弾く人発見!やっぱり生音はいい。・・・でも、家族や生活(収入)はどうなっているのだろうか?・・・なんて余計なことも考えてしまった。
いろんなものを犠牲にしてでも、こうして全国行脚し、音楽に求めるものは何だろうか。


2003/6/6(金) 「初体験!」

今日、生まれて初めて「整体」を体験した。年上の友人が家に招いてくれ、手作りの御寿司を御馳走してくれた。
その友人宅にて、先日知り合った先生Oさん。一目見た時に‘オーラ’を放っている人だなと感じたけれども、重度の冷え症の私の身体をほぐしてもらいながら痛くて涙が出たり、大笑いしたり、いろんな話をし、とても賑やかな時間だった。
 
御寿司を作って自分の家を整体スペースに貸してくれた友人Mさんの周りには、いつも明るく前向きな人が集っている。
今日私の後に仕事を終えて整体に来られたSさんも、とても60代には見えないくらい若くて元気な人だった。
Mさんを通じて前向きな人たちと接することが出来、とても有意義で楽しい時間だった。
帰る頃には身体も心もほぐれてポカポカになっていた。魅力的なT・Mさんに感謝☆


2003/6/4(水) 「キャー!☆」

いま私の大好きな‘あの人’から、今日メールが届いた。本来私はミーハーなタイプじゃないけれど、今日はやっぱり凄く嬉しくて一瞬舞い上がってしまった。わ〜、胸がどきどきする★「ちょっとの勇気と行動」で、こんなにいいことが待ってるなんて・・・・‘感動は人を動かす’、というけれど、感動して動いた私は今日ささやかな幸せを頂きました。
絶対会いたいです、○○さん♪


2003/6/2(月) 「アスリート」
 
昨日、貴乃花の現役引退、断髪式の様子をTVで垣間見た。式に招かれたマラソン選手・高橋尚子が貴乃花に対する思いをインタビューで応えていた。「同じアスリートとして」という、その言葉を何回も使っていた。
相撲界と陸上界、それこそ‘土俵’は違えど、自分との闘いを繰り返してきた者として彼らは‘同士’なのだろう。
 性別や年齢、立場、住む世界などを越え、結ばれる絆とは、素晴らしいと感じた。

私はどこへ向かっていくのだろうか。彼らとそんなに年の差はないのにまだ模索中です。


2003/5/29(木) 「阿品清鈴サロンコンサート」

 エリザベト音大卒フルート奏者・宮中祐子さん、東京芸大卒ピアニスト・川島浩一さんをメインゲストにお迎えし、サロンコンサートを開催。今、私は今日のコンサートを振り返り、満足感と少しの疲労感の中、綴っています。
 
昨夜は里ファミリーに久々の危機か!と思うような事件もありながら、今日もまた良い体験が出来、安堵しています。
昨夜の危機とは、里パパと里ママによる衝突でした。この二人、いつもいつも仲が良いわけではありません。
「家族で音楽やってらして、素晴らしいですね!」とよく人から言われますが、当の本人達は別に、素晴らしい事をしてるとか大きいことをしようとか、そんな気負いはなく、基本は「音楽と人が大好きだから」今日もまたやっている、そんな感じです。
 そして人間ですから喧嘩もします。昨夜は夫婦喧嘩。よりによってコンサート直前の夜になって・・・些細なことからなんだけど、一番の原因は、里パパの「プレッシャー」だったのです。
「明日は、もの凄いキャリアをもったプロの音楽家2名を迎えてのコンサートとなる。(自分達は)ちゃんと出来るだろうか。」・・・勿論口に出して直接は言いませんが、そんな思いがあったようです。・・・・だって、今日のビデオを何度も観て喜んで「よかったよかった」と口にし、今、里パパはたいそう満足して、心おきなく夢の中に・・・・
 里ママは頑張りました。心の中では「くそー!」っと怒る気持ちを抑えつつ、「みんなの顔を見たら、頑張れる」と、気合を入れて、喧嘩中の里パパのギター伴奏にも抵抗心をぐっとこらえ、会場の皆さんすべてといい時間を過ごそうと、歌いました。さといもの会員ミシェルとの『ララルー』母性たっぷりに優しく歌います。今日は、太鼓やピアノ奏者のYHさんが、出産して間もないあかちゃんを連れて一緒に会場まで聴きに来てくれました。生後わずか5ヶ月の孝太くんも、ちゃあんと聴いてくれていました。
 
続いて、ミシェルのピアノ独奏『タイタニック』。高齢者の方も、意外にご存知だったのか身体を揺らして聴いておられました。
そして私ピアノと里ママ歌&里パパのギターによる『童神』。大好きな曲で、今までの練習の中で本番が一番うまくいきました、気持ちよかった〜♪
元はネーネーズのりーダー・古謝美佐子さん作詞の、沖縄弁の子守唄。大人になっても「子守唄」っていいですよね〜、いやむしろこの時代、大人にこそ子守唄や、わらべ歌が必要かもしれないと思うのです。

「天からの恵み、受けてこの地球(ほし)に、生まれたる我が子、祈り込め育て」から始まるこの曲・・・暑い夏の日は涼しい風を送ってあげよう、寒い冬の日は懐に抱いてあげよう、どんな時も私が守って育てますよ、だから泣かないでね、太陽(てぃだ)の光を受けて、どうかいい子に健やかに育ってね・・・そんなやさしい‘母’の祈りが込められた唄です。

どんな人も、大切な命をもって生まれた。大きな愛の中で見守られ、自分らしく育っていく存在。
時には泣きたくなることも、めげそうになることもあるでしょう、でも決して自分をあきらめないで本当の幸せをつかんでね。
いつまでも、母の愛を送りあなたの幸せを祈っているよ・・・・そんなふうに感じる歌・曲なのです。
 ‘どっこいしょー、どっこいしょー’と気分が良い時は必ず合いの手を入れてくれるかわいいおばあさん。私達の演奏中にも聴こえてきました。やさしい気持ちで演奏できたのは、そんなあなたのお陰でもあります。

第1部最後に「いい湯だな」を、職員さん10数名が前に出て‘振り’も入れながら里パパのギター伴奏と共に合唱。
楽しそうに笑顔で歌う職員さんに向かって手を振られる方や、にっこにこで歌う利用者さんがたくさんいらっしゃいました。
 みんなで歌い、とても楽しく、明るく、その場はまるで花が咲いたように思えました。これぞ、さといもの花ですかね。
私の大好きな、とても、とても幸せな瞬間です。

第2部はメインゲストのお2人がピアノ伴奏と歌でリードされながら、唱歌をメドレーで会場の皆さんと一緒に歌いました。
 春の小川〜朧月夜〜海〜茶摘〜小さい秋見つけた〜ふるさと
唱歌もとても気持ちが良いものです。美しい歌が日本にはたくさんあるので、次世代にもちゃんと残していきたいですね。

第1部の最初は、メインゲスト2名によるモーツァルトの大曲『フルート協奏曲第1番』の見事な演奏から始まり、私達は一層緊張感が募りながらも、‘さといもの色’は決して失わず発揮しながら、皆さんと共に楽しむことが出来ました。
今日は、前田施設長さんも多忙な中、聴きにこられていたそうで、「こういうコンサートがしたかったんです」とのお言葉を頂きました。
 肩書きの凄さを鼻にかけることなく、格調高い曲演奏を披露され、たくさんの聴衆を魅了した宮中さんと川島さん。
曲解説も分かりやすく、本当に頭の良い人・又プロの音楽家とはこういう方なのかな、と思いました。
素晴らしい演奏と良い時間を、ありがとうございました。

 こうして無事、あったかい一日が過ごせて、里パパ&里ママも和解できたかな。もうちょっとかな?
今日のところはこれにて失礼。めでたし、めでたし・・・?!


2003/5/26(月) 「ほほえましい姿」

勤め先の帰り、ラジオをかけながら今日は裏道を通ってみようと車を運転していると、踏み切りにさしかかりました。
踏み切り待ちの車が並ぶ数台目にいた私は、暑いので少し車の窓を開けていると外からなんだかアコ−スティックな音が聴こえてくるので気になってラジオのボリュームを下げました。
そして音がする方を見ると、通り沿いにある古びた果物屋の中にいたご主人らしき人が、ハ−モニカを吹いていたのでした。りんごやバナナは見えたけれど店内には他に人がなく、きっと客待ちの合間だったのでしょう、椅子に腰かけ譜面のようなものを机の上に置き、それを見ながら吹いていたので、練習していたのかな。聴いたのは途中からだったし何の曲だか、よく分らなかったけれど、たどたどしい演奏の中にも音楽を愛する心が感じられ、じっと見聴きしてしまいました。

幸いなことに、踏み切りの遮断機が上がるまでに、そのご主人が1曲吹き終わるのを聴けたので、私は思わず車の窓を全開にし車内から大きく拍手をしてしまいました。するとそのおじさんは、一瞬驚きハッとされましたが、頭をかきながら照れた様子でニコニコしながら「ありがとうございます」と頭を下げられました。よく見ると店内にはウクレレのような小さな楽器の背も見えたので、‘一見あまり栄えていないような果物屋で、もしかしたら時にはぼやきたくなることだってあるかもしれないのに、この方はこうして楽器を演奏したりしながら、待ち時間を豊かな気持ちで過ごしておられるんだな’と感じ、なんだかとってもあったかい気持ちでいっぱいになりました。
この果物屋のご主人とお話してみたくなったので、「次はお店に寄らせてもらいますね!」っと言ってその場を去りました。
 
その道を抜けていくと、今度は妹の同級生だったH君の後姿が見え、大きなカバンを抱え少し緊張した様子で一生懸命前を向いて歩いていました。勤務を終えて、帰宅する途中だったようです。
数年前に出会った頃の彼は、多動性障害を持つ少年ですぐ抱きついてきたり大きな声を上げていました。けれど、現在は毎日定時に起き職場へ向かい、家族の為に家でもよく手伝いをし一生懸命働いているそうです。少ししか話できなかったけれど、H君の歩く姿や顔つきから今を頑張って生きていることがひしと伝わってきました。・・・

そうして帰宅してみると、優しい方から2冊の本と心のこもったハガキが届いていて、さらに私の気持ちは嬉しくなりました。
 
 みんな一生懸命生きているんだと、いろんな人の姿から感じます。
今日はさといものホームページ訪問3000番目を迎えることも出来、みんなのお陰で、とても幸せな一日でした。


2003/5/25(日) 「cherry さんの葉っぱのフレディの文を読んで」

私は、この徒然日記がまったく書けなくなった(公表出来なくなった)時期がありました。始めた当初はさといもの会の記録の1つになればいい、そんな気軽な気持ちでしたが、ある時から書こうにも書けないので止めていました。でも、復活してよかったな・・・と感じています。それは、私が感じたままの本当にとりとめもない稚拙な文章に、ふと立ち止まって読み、感じ、考え、真剣に返してくれる人がいたからです。その感動を今夜は強烈に感じることができました。
 cherryさんは、私が先日書いた「さくら・・・」の文章を、ずっと心に留めてくれていました。
そして、掲示板へ書いて下さった文章。読みながら、涙があふれ出てきました。
うれしい!!わかち合える人がいること。
(「心と心で」の唄がすぐ浮かんできました。)
        
       ・・・・砂に打ち上げられた貝殻 響き合えるかけらを待ってた 
          星がいくつも流れ消えた ねえみんな何か探して生きている
          あなたにもわたしにも涙がある  心と心で今分かち合える・・・・・
          あなたにもわたしにも笑顔がある 心と心でほら分かり合える・・・・・   

私は生きていく上で、ずっと探しているもの大切にしたいことがあります。
言葉ではうまく言い表せませんが、自分なりにそれを求め、時に迷ったりつまづいたりもしながら今日まで生きてきたつもりです。そんな大切な部分にそっと触れられた時、人は自然に涙がこぼれてしまうのですね。
みんなそうだと思いますが、自分の心の奥底はなかなか他人にたやすく公開できるものではありません。私は贅沢なのでしょうか?今でもあたたかい心の仲間や友人、家族はそばにいるのに、どこかふと寂しいと思う時があります。
共に感じ、共に語らい、共に生きていける仲間にもっと出会い触れ合っていきたい。
響き合えるかけら≠ノ巡りあう喜び、失う悲しみ、今生きているからこそどちらも感じることが出来る。
自然の草木たちがそうであるように、私たちの命も誕生し・成長しながらやがて命を終え、また土に戻る。
与えられた生の時間を、どう使うかは人それぞれ。私は、これからの時間の使い方(人生の過ごし方)をまた新たに考える機会を頂きました。今日は頭が混乱しここまでしか書けませんが、cherryさん、本当にありがとう。明日私は眼が腫れていることでしょう。


2003/5/24(土)  「アマノクリニック亜麻色の髪の乙女隊出演!!」

アマノクリニックにて、ミニコンサート。出足少し遅れて始まったり、里ママの体調不良により声の状態がおもわしくなく心配もありましたが、職員さんの協力で助けられたように思う。
特筆すべきは、やはり「亜麻色の髪の乙女」隊であろう。「亜麻色の髪の乙女」の曲を演奏する際、勇気を出して前に出て唄ってくれたアマノクリニックの美しい女性職員の皆さん!緊張されているようだったけれど、花が咲いたようで、すてきでした!いつもは介護(仕事)する側の職員さんが、ほんのひとときでもこうしてみんなで一体となり、音楽を楽しむ≠ニいう場があっていいと思う。
その後に続いて男性職員2名が、演歌曲に合わせて浴衣をはおり、はげ頭のかつらをつけてみんなの笑いを誘い、場を和ましてくれました。こんな、ユニークな心のもてなしもいいいものですね。職員さんのご協力に感謝・感謝です。

そして、安佐北より勤務時間をやりくりして、賛助出演してくださったKさん、職場の健康診断を終えて急いでかけつけてくださったアコーディオン奏者Mさん、皆さん、今日もあったかい雰囲気で過ごすことが出来ました。ありがとうございました。

演奏終了後、(時間の都合上)自分のリクエストした曲がなかったとわざわざ言いにこられた女性利用者の方がおられました。
「人生の並木道≠ェ今日はなかった。いっぱいのコーヒーから≠れも好きなんよ。」と次回分までリクエストしてこられ、聞くところによると毎回のこのミニコンサートの為に土曜に受けていたリハビリを他の曜日に変更してまで参加されているとのこと。そんなご様子に、音楽が大好きで、さといもの会の演奏も本当に楽しみにしておられるんだなと感じ、嬉しく思いました。
楽しみに待ってくれる人がいる、必要とされること、とても、とても嬉しいことですね。


2003/5/14(水) 「さくら、に思う」  

花はなぜ散っていくの?恋はなぜ消えてしまうの?人はなぜ死んでしまうのだろうか?・・・尊く、はかない命の存在。出会いの喜びと別れの悲しみ。それらを感じた瞬間いつの間にか涙が流れてくる。
今、わたしは森山良子さんの息子さんである森山直太朗・作曲「さくら(独唱)」に、心奪われています。最近ラジオやテレビでもよく流れているけれど、今夜ようやくCDでマトモにじっくり聴きました。そして、わけもわからないぐらい涙がたくさん出てくるのです。思い切り泣きました。
 
もう花見のシーズンも終りの頃、夕方にしだれ桜を見に行った時のこと。
日も暮れかかった薄明かりの空の下で、ほんのりと桜の木の幹らは下からライトにやさしく照らされていました。
自分の力で精一杯に咲きほこったその桜の凛とした強く美しい姿に見とれていたその瞬間、横風が吹き、花びらが風の流れのままに舞い散っていった。…やけにその光景が眼に焼き付いていて、今でもあの場面が鮮烈に想い浮かびます。
 それはとてもはかなくてせつなくて、とても美しい瞬間でした。

今もなお痩せ衰えていく入院中の祖父の姿や、生前はよく反発心を抱いていた祖母や叔父のこと、数年前に事故で亡くなった友人らのこと、出会い・そして別れていった友ら・・・いろんな人との出会いと別れ、笑顔や泣き顔、いろんな命の流れを感じながら「さくら(独唱)」を聴いて涙がこぼれていました。
 
私の命もきっといつかは散ってなくなっていくものだから、だから、今を精一杯生きていこう、と思った。
 自分の中でうまくいかないことやイヤな事が続いて、あらゆることに曲がった捉え方歪んだ感情しか持てなかった頃は、納得のいかない自分を人にさらすのもイヤだと思ったし、人と接していても素直な感情が持てない自分を感じることが自分で許せなくて、何もしたくない出来ない、誰にも会いたくない会えないという時期がありました。
いつもと違う私に気付いて、せっかくくれた人の優しさも励ましも素直に受け止められず、心を閉ざしていた。自分なのに自分じゃない自分との葛藤の日々。イヤな自分ばかりが出てくる。這い上がろうとしても、また落ちる。その繰り返し。
前に進めない。もうダメかと思った。
 でも、ようやくまたあらゆることを素直に感じられる自分になってきたことを、人の曲を聴いて久し振りにこんなに涙が流せた体験から心の変化を感じ、少し嬉しく思います。冬から春に季節が巡るように、私の心もずっと冬じゃあないんだナ…

「桜が咲く頃になると、この時期にある朝突然病気で死んだ主人のことを思いだし寂しくなるんだけどね・・・でも花は好き」と言いながら、あのしだれ桜を見にあの地に誘ってくれた友人と、「さくら(独唱)」のこの曲に感謝します。
これからも、もっとたくさんの素晴らしい人々や音楽、風景、出来事…に出会っていきたい。いろんなことを体験し、いろんな感情も大事に受け止めていたい。
そこにやがて訪れる別れや終わりがあっても、失敗しても、時々迷いながらでも、自分なりにゆっくり前に進んでいけたらなと思います。
あ〜、自分を好きでいることが出来ないのが一番苦しいことなのかも。
 みんなを好きになりたいな。だけど、まず自分を一番好きでいてあげないと…ですね。


2003/4/29(火) 「第4回プルズコンサートを終えて」

27日のプルズコンサートは、たくさんの方々の協力を経て、大盛況に終りました。ありがとうございました。
この場を借りて皆さんに感謝申し上げると共に、コンサートに来場されたお客さまからアンケートや電話などで寄せて頂いた言葉を、匿名で掲載したいと思います。(※順不同、抜粋。)

♪「くさのみの皆さんのソーラン節とっても良かったですよ、ありがとう!!ホルン、トランペットも優しさにあふれ素敵でした。」
51歳女性。
♪「ホルン演奏の全てのプログラムが良かった。高松豊さんのトランぺットもとても素敵で感動し励まされました。」70歳女性。
♪「とても素晴らしいコンサートで、思っていた以上に良かった。これからも応援するので頑張って下さい。」30代男性。

♪「やさしい音楽で心が癒され涙が出ました。小さい子も耳に響かず聴けるのがとっても良かったです。涙そうそう≠キっごくすっごく感動です。ありがとう!!」40代女性。(数年前に、病気でご主人と息子さんを亡くされている女性より。)
♪「まさこさんのピアノと、まさこさんのおかあさんのうたごえ いんしょうにのこりました。」7歳女児。
♪「ハーモニカの音色にびっくりしました。こんなに美しい音が出るとは・・・心があたたかくなるコンサートでした。準備される方、演奏される方の心が伝わるコンサートでした。」50代夫妻。

♪「ちょうどウクレレを演奏してみたいなと最近思っていて、前列で聴きました。ウクレレであんな大曲が弾けるなんて!感動しました。・・・ホルンの藤咲さん、演奏もとても良かったけど誰よりも深いお辞儀や語りなど演奏マナーから人柄が伝わるようでした。尊敬します。」30代男性。
♪「さといもの会のコンサートは絶対家族で行くべきですね。普段、不平不満を言ってる自分が恥かしくなりました。」30代女性。
♪「舞台上で動き回る里パパが若々しく、かっこよかった。いい声をしているのでもっと歌も歌ってほしい。」30代男性。

♪「トランペット、ホルン演奏、木管五重奏などなど素晴らしかったです。皆さん頑張ってください。」72歳女性。
♪「ソーラン節は出演者の方々の努力・練習量の大変さが伝わってきてよかったです。お疲れ様でした。」24歳女性。
♪「皆様一生懸命の姿に感激致しました。今後どうかがんばって下さい。」(重度身体障害の男性の父親)男性。

♪「花咲く頃に$Sにジーンときました。素敵な旋律!」匿名女性。
♪「また聴きに来ます。」16歳男性。
♪「最後の歌、とてもよかったです。これからもがんばって下さい。」20代女性。

♪「今回が一番皆さん(出演者)まとまり、気持ちある人が出演されたように思います。1つのイモ煮のナベの中で、それぞれの味を出し、決して目立つことなく味を失うことなく素晴らしかったです。」50代女性。
♪「春奈ちゃん、なめらかなピアノの音色とてもきれいでした。」30代女性。
♪「(中国新聞で知って)始めて出会ったコンサートでしたがとても感動しました。これからも活躍されると共に私もがんばります。」57歳女性。

♪「Trp高松さんのソロをお聴きして涙が止まりませんでした。すごい良い音ですね。どれだけの修行を重ねられているのでしょうか。元気を分けてもらいました。本当にありがとうございました。里ママの司会今日もあたたかかったですよ〜」匿名男性。
♪「くさのみ作業所へは何度か出かけたことがありますが、『さといもの会』の活動は知りませんでした。主人は本当に感動していました。心に残る音楽有難うございます。続けて支援させていただきます。」63歳男性・55歳女性夫妻。
♪「ほのぼのさせていただきました。最後の歌(BELIEVE)は大きな声で歌いました。マンドリンのソロも聴きたかったです。」52歳女性。

♪「何度も涙が出るくらい感激しました。自分のことしか考えていない自分が恥ずかしく思いました。」43歳女性。
♪「コンサート、自分と藤咲さん、その他のみんなとであえてうれしかったしたのしかったです。」21才女性(出演者)。
・・・・・

などなど他にもたくさん感想や意見がありました。
お寄せ下さった皆さん本当にありがとうございました。
コンサート開演中にも、グッドタイミングで掛声や熱い声援を投げ入れてくれた麦の家作業所の皆さんも有難うございました。
 私達は、こうした心のこもったあたたかい言葉を頂く度に元気と喜びを感じ、日々の生活の中では紆余曲折ありますが、また頑張って生きていこうと思います。

反省として今年は昨年に比べると、諸事情によりプログラムや出演者決定が遅くなり又、宣伝PR活動も弱かったように思います。
けれども、私達に代わって知人友人に紹介宣伝くださった方や、出演者・お客さま・スタッフ・そして当日来場はできなかったけれど進行表やパンフレット作成・広告掲載などなどご協力下さったすべての方々に、感謝の気持ちでいっぱいです。
皆様のお陰で、一体感のあるあたたかく素晴らしい内容のコンサートとなりました。
この場を借りてもう一度御礼申し上げます。
 
最後にもう一度、本当に、ありがとうございました。


2003/4/23(水) 「I先生宅にて練習」

廿日市吹奏楽教室のI先生宅にお邪魔し、練習させて頂いた。
プルズ本番当日と同じカワイのグランドピアノ、そして防音室。いいなあ〜。
明るい笑顔で、とってもチャーミングなI先生の奥様からいろんなお話(仕事のこと、病気のこと、ピアノ演奏のこと、などなど)も聞けて、感動。元気になられて本当に良かった。玄関や庭先の奥様に育てられた花たちが喜んでいるようで,より美しく見える。
お仕事を終えてすぐ練習にかけつけてくれたドラムのNさん、雨の中大変お疲れ様でした。


2003/4/22(火) 「陽光台アマノにて」

おじいちゃんの見舞い&衣類交換に陽光台のアマノ病院に行くと、ふと見知らぬ女性から声をかけられる。
「私の身内もここの病院に今入院しているんです・・さといもの会、I集会所で演奏聴かせてもらっています。がんばってください」と会釈され、わ〜こちらは知らなくてもけっこう知られているんだなと、改めて思った。
 病棟に上がると、職員さんからも「先日ひまわりでのコンサートされたんでしょ?私の友達がそこに勤務していて、コンサート当日の夜‘すごく良かったんよ!’と感動して電話してきてくれたんですよ。ありがとうございます。」と御礼まで言われた。
違う病院勤務でも、地元であるし同じように介護・看護仲間の職員さん同士でさといもの会のコンサートのことが話題に上がっているなんて、なんだか一層やる気も湧いてくる気がする。


2003/4/19 (土) 「野村病院初訪問ひまわりコンサート」

野村病院内老人保健施設「ひまわり」にてコンサート。
部屋には「歓迎 里芋の会」と書いてある紙が大きく飾られてあった。
「皆さんこんにちは!本来‘さといもの会’はひらがななんですが・・・今日は漢字で書いて頂いて格調高い感じ!ありがとうございます(笑)…」と今日も里ママの司会が始まる。
第1部コンサートは3階で40分、第2部コンサートは4階で、と間に20分の休憩をはさみ階を移動してのコンサート。
忙しいというより、なんだか楽しかった。会場には病院サービス利用者さんと介護職員さんはもちろんのこと事務員さんから、看護部長さん、そして利用者さんの家族の方やかなりの演歌好きな作業員さん?らしき人までたくさんの方が集っていた。
そして、職員さん達の、‘みんなで一緒にいい時間・いいコンサートを作り上げよう’と積極的に歌声や手拍子などしてくれ、盛り上げようとしてくれる姿勢がとても嬉しかった。
出かける前は外は雨だしなんとなく憂鬱気分だったが、帰る頃には清々しい気持ちになっていた。
これも音楽の魔法かな?


2003/4/12(日) 「発見のセクション練習」

あたたかい日曜日。今月27日のプルズコンサートに向けセクション練習。
I先生宅をお借りしての木管五重奏&ピアノ/ホルン、Sさんの会社(今日は日直当番)にてギター&マンドリン,そして歌が加わる。
木管五重奏のメンバーとの合わせは今日が初。ファゴットのH氏,オーボエのI氏とは初対面。お2人とも笑顔があたたかい。
 たくさんの人達にスケジュール調整の上こうして集ってもらい1つの音楽を奏でる・・・・その喜びを感じた。
私も当日まで投げ出さずに自分のできる事・与えられた役割をやり抜かなくては・・・と思う。
 それにしても、音楽大好き人間の演奏者が集ると、それぞれのアイディアに、そうくるか〜!と感心することしきり。


2003/4/11(金) 「無料招待券印刷」

演奏でも一度出演協力してくださったK氏に印刷を依頼し、コンサートの「無料招待券」の印刷ができる。
今回は曲目決定や出演者の変更など様々なハプニングや事情によりプログラム印刷も例年より遅れているが、最後まで諦めない・妥協しないでチラシや挨拶原稿作成の為、会社から帰宅して即パソコンの前に座る里パパであった。


2003/4/5 ? (土)

五日市麦の家作業所でのコンサートはトランペットU氏、ホルンF氏、ハーモニカ&アコーディオンのM氏の協力を得て、
ギター&歌が入り演奏。
最後のBELIEVEはお客さんから「こんな素敵な歌があったんですねぇ」と涙を流してお礼を言われ、‘とっても嬉しかった!’と里ママが感想ひと言。


2003/4/8 ?

今まで自らピアノ作曲をしてきた里ファミリーの三女・真砂子がこの頃ホルン奏者のFさんに演奏の手ほどきを受けている。「せしょんするんじゃ〜」と、とても楽しみにしている。真砂子流のちょっと変わっている発音がかわいいところ。
今夜のレッスンも、あたたかく芯のある練習で見学者の私はなぜか涙が流れる。
自分自身の音楽の向上・練習にもなっているという、何事からも吸収し学び取ろうとするF氏の謙虚さ、ひたむきさにまたまた感動。


2003/2/22(土) 「ゆうゆうアマノに、アイボリーピアノ寄贈!!」

ゆうゆうアマノにて寄贈ピアノお披露目コンサート開催!!

参加者ピアニストS・M氏、フルートA・S氏、ホルン&ピアノF氏、ピアノY・M氏、他さといもの会会員。
・・・・・・そして雨の中の送迎を引き受けてくれ、陰のスタッフとして協力してくれたU氏にも感謝である。
アマノクリニックのじゅんこ先生が「音楽は会話なんですね」と涙をぬぐいながら最後に印象的な感想を述べて下さった。
矢川さんが心を込めて修繕し命を吹き込んだピアノを、これからたくさんの音楽家が演奏していくのだなァ・・・


2003/2/03 「節分」

節分。皆さん、今年の恵方「南南東」を向いて巻き寿司食べましたか?
豆まきしました?私も一応歳の数だけ豆を食べていたのですが、途中何個食べていたのか数が分からなくなり最後はちょっと適当でした・・・(笑)
 
昨日訪問した矢川さんのご厚意で、私達が定期訪問コンサートさせて戴いている廿日市にある「ゆうゆうアマノ」に、ピアノが1台寄贈されることになりました!
つきましては2月22日、お披露目コンサート開催、となります。
詳しくは又、お知らせしますね☆


2003/2/02 「矢川ピアノ工房訪問」

一世を風靡した貴乃花関引退!の1月もあっという間に過ぎ去り、早2月。
         昨夜、スペースシャトル緊急事態発生のニュースに世界中が注目でしたね。
         今年もすでに、いろんな出来事が起きています。世界は今日も動いてますね。・・・
 
さて今日は、昨年知り合って間もないピアノ調律師の矢川さんの工房を訪れて来ました。
安佐南区の山中にある広い敷地。矢川さんは、日本中にある使われなくなったピアノを回収・修理し、再生させピアノを必要としている施設や学校、はたまた外国へでも、寄贈するボランティア活動をされています。
新聞やテレビなどでも、ご存知の方も多いはず。
 
壊れて使われなくなったピアノ、弾き手がないピアノ、いろんな背景を持つたくさんのピアノを1つ1つ丁寧に愛情をかけ、寄贈先で待っている人の笑顔を思い浮かべながら修理していく・・・
 日々の生活や仕事を終え、次のコンサートに向け練習をしている私達「さといもの会」と通じるものがありました。
矢川さんの瞳はとっても輝いていて、充実した人生を送っていることがひしひしと伝わってきました。


2003/1/30 「音楽っていいなァ」

二月のコンサートでは、どんなメニューでいこうかなと色々楽譜をめくってみる。
今までちょっとかじったFor You、愛の賛歌、If we hold on together などピアノで弾き歌いしてみた。
私たちさといもの会の心を代弁してくれているかのような詞も素晴らしく、旋律の美しい曲「心と心で」(千住明作曲)や、生き物地球紀行の挿入歌「BELIEVE」など、清純爽やか系路線の曲挑戦が続いていたが、個人的に好きなジャジーな曲も今後の演奏メニューに組み込めたらな・・・と。
 
高齢者施設や障害者施設でリクエストの多い曲とは違っても、洒落たコードなど人を惹きつける‘音’の魔力。
何種類かの音が組み合わさって、人間の複雑繊細な気持ちやある瞬間の感情を表現していく・・・音楽っていいなァ


2003/1/28 「生と死と」

先日緊急入院した我が家の祖父の容態悪化と検査の為、転院となり、夕方舞い始めた雪の中車を走らせた。
自分の力では飲食出来なくなり痩せ細った祖父の顔を見ると、今出来る事をしてあげたい、という気持ちにかられる。
 又、午後はかつて担当していた保育園児(Nちゃん3歳半)が家に遊びに来て、その成長の早さと‘そこにただいるだけ’でこちらがたくさん元気をもらえる子どもの持つ不思議な力を改めて感じた。
一日の中で、未来あるエネルギーに満ち溢れた子どもの姿と、それとは対照的な老いて弱っている祖父の姿とを見て、「人間の不思議」「命の尊さ」を思った。
 元銀行マンであり作曲家・歌手の小椋桂が、あるTV番組の中で「良く死ぬ為に今を生きている」と話していたのを、ふと思い出した。


2003/1/26 「ちょっと喧嘩」

昨日の夜はコンサートを終えビデオを見ながら、練習について又今後のさといもの会の運営についていろいろな点で意見が分かれ、
家族の間では久々の衝突。衝突は互いに真剣だからこそ、だとは思うけれども・・・
 それぞれに仕事を抱えながらでしんどい時や何かを犠牲にしていることもあるし、活動しながら続けていくことの大変さを感じるが、
基本は「楽しく」をモットーにやっていきたい。みんなが楽しく続けていく為に、音楽性の向上や練習方法、互いへの配慮などなど、
必要なことはみんなで話し合っていきたい。


2003/1/25 「阿品清鈴ミニコンサート」

阿品清鈴デイサービスセンターにてpm2時〜3時までコンサート。
演奏参加者[ハーモニカM氏、ソプラノサックス&ベースY氏、ホルンF氏、ピアノY氏、まさこ&やっこ、ギターさとパパ、歌&司会さとママ]計8名。
(見学参加 ギターI氏、G氏)12時半より音出し&最終リハをしてから会場まで向かう。

阿品清鈴では新年第1回目のコンサート。久し振りに訪れる会場は、当日の天候の良さも手伝って大きな窓からあたたかな光が差し込んでいました。
宮島や瀬戸内の海が一望出来、いい所だなァ・・・・なんて感じながら、いそいそと演奏準備にとりかかった。
 メニューは前回のアマノコンサートとほぼ同じだが、第1部の「雪が降る」はピアノ伴奏が加わったことでより雰囲気も良くなり(当会場はグランドピアノ♪)、「BELIEVE」では前回なんとなく寂しい感じがしたけれどベースやホルンの演奏が加わったことでリズムも取りやすくあたたかさが増した。
私自身、ピアノ伴奏もやり易く感じることが出来た。さらに良くする為にも、いろんなバージョンで演奏してみたい。
 
第2部の「みんなで歌いましょう」のコーナーでは、「津軽海峡冬景色」の歌が大好きな男性高齢者の方がおられたことを職員さんに後から聞き、その方がとても喜んでおられたと知り、嬉しく思う。
又、次回もリクエストに応えながら、練習をがんばろう!と思う。

演奏会最後に当デイサービスから思いがけず‘感謝の気持ちです’と代表者の方から花束を戴いた。
 美しく咲き可愛らしい花たち、さといもの会のみんなで少しづつ分け戴きました、ありがとうございました☆☆☆


2003/1/21 「お帰りなさい、Fさん」
 
25日の阿品清鈴コンサートに向けて、東京から帰ってこられたF氏と合わせをしました。
あたたかいホルンの音色が穏やかな気持ちにさせてくれる・・・・‘音を出す’のではなく、まるで唄を‘唄っている’ような・・・
また、練習の合間に、F氏が聞かせてくれた、水泳やジョギングをしたり体作りをしていい音を出す努力をしているという話、
身体を動かすことと脳との関係、自分の限界に挑戦するスポーツ選手や監督に会った時のこと、本からプラスとなるものを得ている話などなど
たくさん刺激を受けました。
いろんな話を聞き感動した後に練習を再開すると、豊かな気持ちになっているのでゆとりのある演奏が出来る自分に気がつきました。 


2003/1/18  「新春第一弾コンサート」

昨日は、神戸淡路阪神大震災から8年目でしたね。
ニュースや新聞などを見ながら、あれからもう8年も経ったのかと時の流れの早さを感じつつ、当時の朝のことなど思い出しました。
ご家族や友人などと、防災などについて話された方もおられると思います・・・亡くなられた方や被災者の方に心の中で私もお祈りしました。
人生いつ何が起こるか分からないからこそ、今を大事に感謝し生きることの大事さや今自分が健康で生かされていることの喜び、日々の生活の反省と点検など、震災の教訓を感じつつ・・・
 
さて、今日はアマノクリニックにて、‘さといもの会’新春第一弾コンサートをやってきました。
我が里ファミリーのおじいちゃんが日頃お世話になっている施設でもあり、せめて自分達の好きな音楽で、利用者の皆さんのリクエストに応えながら定期的に訪問コンサートさせてもらうことで、少しでも恩返しができれば・・・との思いから始めたのが出発点でした。
 今日は、そのアマノクリニックに、久し振りの訪問。約2ヶ月ぶりになるでしょうか。久し振りに会う皆さんの顔が懐かしく、嬉しく思いました。
本日の演奏協力&参加者は、[はるばる安佐北よりギター演奏K氏をメインゲストに迎え、ハーモニカM氏、ソプラノサックス初披露Y氏、ピアノM・Y氏、ギターさとPAPA&歌・司会さとMAMA、そしてマサコ、やっこによるピアノ演奏〕8名+PA協力1名でした。

さといもの会で唯一ピアノ作曲するまさこのソロ演奏で始まる。新曲「春花」披露!曲最後の終わり方にひと工夫あったところが良い感じ。
Y.M氏による「エリーゼの為に」のピアノソロでは暗譜!!、さとMAMAとの「ララルー」演奏は、2人の息ピッタリでその場をあたたかく包み込む。
初参加・K氏による「さくら変奏曲」のギター演奏は、日本の優雅さとギターのテクニックを感じる演奏でお客様を魅了した。
あれよあれよという間に、私の出番もやって来て、出演者一同の合唱隊が美しい歌声を響かせてくれたが、舞い上がってしまい練習どおりにいかないはがゆさを痛感!でも、「くやしい」の思いを次への努力につなげよう、と思う。
又、「あがった時の自分の状態を、よく覚えておくことが大事」だと、R氏の助言の言葉を思い出す。
今年のプルズのテーマでもある「BELIEVE」、もっともっと練習して自分のモノにしたい。頑張るぞ〜!
(個人的な反省はともかく、どことなく寂しい感じがするので全体的にドラムが入るとより良くなるように思うのだが・・・)
 昨年から始めてわずか1ヶ月のサックスを、さとPAPAのギター伴奏で「雪が降る」を演奏披露したY氏。
合同練習で聴いた1週間前と比べグンと上達しているのが私でも良く分かった。
いつも努力しいろんなことに挑戦する姿勢に、感銘を受ける。「津軽海峡」のソロの部分、雰囲気出てましたよ〜♪

第2部‘みんなで唄いましょう’のコーナーで演奏したババンババンバンバンで御馴染みの「いい湯だな」、さとPAPAの♪あビバのんのん♪の掛け声、
何度聴いてもうますぎて(イカリヤTさんに似過ぎて?)笑いが出る・・・リズムにのって手でフリを付けておられる楽しい職員さんの姿もあった。
 そんなこんなで、新年第1回目のさといもの会のコンサートも楽しく無事?幕を閉じた。
演奏会終了後ハーモニカ奏者M氏の話を聞き、さといもの会のことをいろいろ考えてくださっていることに感謝の気持ちでいっぱいになる。
 また、最初体調が思わしくなかったのか「今日は寝とくわ」と布団の中から職員さんに言っておられた当クリニックのある男性利用者の方が、
私たちさといもの会の演奏が始まると布団から起きてこられ、自ら前席に座り歌ったり楽しそうにしておられる姿を見てとても嬉しかった。
みんなで一体となり楽しく過ごす、温かい空気が流れる。音楽の持つ不思議な力を今日もまた感じた。
そして色々な皆さんとの触れ合いの中でいろんなことを感じ、いろんなものをもらいました。
みんなみんな、いっぱいありがとう。


2003/1/15
 高校野球、春の選抜行進曲が「大きな古時計」に決まりましたね。
皆さん、どう感じられましたか?なんだか、行進するには難しいんじゃないかなぁなんて思ったのですが。
昭和40年代には「こんにちは、あかちゃん」も曲目として選ばれたそうで・・・
選曲にあたってはどうやら、曲の歌詞などはあまり関係ないようですね。^_^;頑張れ、高校野球児〜♪


2003/1/13 「平松愛理を見て」

昨夜のテレビで、「部屋とYシャツと私」などの曲が大ヒットした歌手・平松愛理のドキュメント番組を、
皆さんご覧になりましたか?
最近テレビでも見ないな〜と思っていたら、子宮内膜症や乳がんという大病と闘っていたのですね。
初めて知りました。抗がん剤で声も出なくなり、体力も落ちる。けれど、それを乗り越え笑顔で健気に生きる平松。
神戸淡路阪神大震災の被災地で、We Love 神戸…♪と唄い続けてきた彼女にとっても、今、音楽が救いとなっている。
番組最後の中で唄っていた「私は生きていく・・・しっかり生きていく・・・」と、明日どうなるか分からない命を懸けて唄う姿に涙が出ました。
彼女の生きる強さに、エールを送りたい。


2003/1/04 「Yさん」
Yさん、スピーカーをありがとう!このホームページ作成の段から、公開にあたるまで協力頂いたこといつも忘れません!


2003/1/01 「元旦」       

平成15年が始まりました。さて今年はどんな1年になるのでしょうか。
昨年音楽界では沖縄音楽が大ブレイクでしたが、今年もまだ続きそうですね。
「亜麻色の髪の乙女」や「大きな古時計」などリバイバルが大ヒットするなど
アレンジはこっちがいいとか歌手はこの人など、それぞれに思いはあるでしょうが、
世代を超えて共通の音楽っていいですね、今年はどんな音楽が注目を浴びるのでしょう。

流行とは関係なく、心に残る音楽に巡り合いたい といつも思います。

みなさんにとって、さといもの会にとっても素晴らしい1年でありますように!!


2002/12/31 「あっという間に大晦日」
 
大晦日。紅白を見ながら今年もいろんな事があったな〜と一年間の思い出が走馬灯のように蘇る。
この1年間は、さといもの会にとっても大きな前進の年でした。
2月16日に念願のテーマソングが誕生し、4月のプルズコンサートも更に皆さんと楽しめるとても温かいものが出来、大成功!
そして、夏、8月6日には厚生年金大ホールのステージ‘ヒロシマ祭り’に出演したり…と、
貴重な体験を重ねることが出来ました。私にとっては少し、刺激が強すぎたくらいですが・・・ 
 それはともかく、決して忘れてはいけないのは、さといもの会はあくまで当初の理念を大事に地道な♀動を息長く続けていくこと。
そして、活動を継続していけるのは、協力して下さる心あたたかい方がいてくれることだという感謝の気持ち。

今年1年間、さといもの会に協力して頂いた会員を始め出演者や関わってくださったすべての皆さんに、心から本当にありがとう!!
と言いたい。これからも、さといもの会はさといもの会らしくほのぼのと、音楽を愛する仲間たちと一歩ずつ前進していきたい。
 新しい年も、さといもの会≠、どうぞよろしくお願いします!!


2002/12/29  「ほんと、人生いろいろ」

我が家では、年末にちょっと悲しい事件発生。
しかし、物事は捉えよう・・・不幸中の幸いとも。
 人生は、いつ何が起こるかわからない。だからこそ、「幸せ」と感じられる時をより大切により感謝できる。
島倉千代子の「人生いろいろ」という唄がありましたが、ほんと人生いろいろ≠りますね。


2002/12/28  「光の園にて、年納めコンサート」

年内最後のコンサート。第1部さといもの会、第2部あどRun太さんによる演奏。
光の園デイサービスセンターにて、利用者の方々、職員さん、そして児童養護施設の子ども達みんなと楽しむ。
子供達に大人気のF先生が飛び入り出演!素朴であたたかいギターの弾き語りに涙がこぼれる。
幼い児童には少し難しい内容に思える歌詞でも、心を込めて唄うことで、伝わっているようだった。
みんな、それぞれの個性を出しながらほのぼのとしたコンサートで、2002年をしめくくり、感無量。   


2002/12/22 「めざす会・餅つきコンサート

めざす会、餅つき大会。屋外コンサート出張出演。あどRun太さん、Uさん、Tさん、T君、めざす会のMさんにも演奏協力頂く。
園庭で、めざす会や地域の皆さんと餅つきをしながら、コンサートをするというとてもアットホームな雰囲気。
餅つきのぺったんぺったんという音が、丁度その時に演奏していた曲とも息があっていて、こういうのもいいじゃん、なんて思う。(笑)
盲目のジャズトランペッターT君、その場でいきなりのアドリブでも合奏でもなんでも吹きこなせるなんて素晴らしい!圧巻!
 今日のこのコンサート、企画立案の段階から、誰より燃えていたのはピアノ作曲者の真砂子だった。
家族も知らないところでいつの間にかつたない字ながら一生懸命原稿≠ネるものを書いて、当日いきなり初めての司会を務めた。
めざす会と、出演者とをつなぐ仲介役として場を盛り上げよく頑張っていたね。 


2002/12/04
さといもの会に協力してくれた工大アカペラグループ「ラ・メンマ」のステージへ。
Mr,baseman≠ネど1960年代によく流れていた曲のアカペラアレンジ、いい感じ♪
たっふ〜の「おかあさん」への唄、ギター弾き語りもとても感動的だった。
社会人になっても音楽を愛する気持ち、変わらないでほしい。


2002/11/30  「ともいきの里コンサート」

甲奴郡総領町に、初めてレンタカーを借りて(里PAPAの軽ではメンバーと機材が乗り切らない為)向かう。 
音響設備が整っていることに驚く。初めて訪問する施設で、お客さんとの距離を縮めることや、反応を掴んでいくということの難しさを感じた。
第1部では演奏を聴いて戴き、第2部はみんなで唄おうのコーナーだったが、第2部の時間が押してしまい、お客さんにゆったりと唄ってもらえるように時間配分を綿密に計画立てることの大切さを実感する。
 広島ギター友の会に所属するTさんが、協力な助っ人となって下さった。とても温和な性格とは対象的なギターの演奏力と歌に圧巻!
当デイサービス利用者の皆さんにとっても、顔なじみのTさんが登場すると、皆さんから自然な笑顔がこぼれていた。


2002/11/25 「文化フェスタ」

阿品清鈴文化フェスタに参加。さといもの会の会員になって頂いたギタリスト・K氏と、
エリザベト音楽大学在学中のピアニストFさん、五月が丘で活躍中の「メイ・コーラス」の皆さんに出演頂いた。
素晴らしい演奏や指揮、楽しいトークを交えての‘みんなで唄おう’のコーナーは、高齢者の皆さんに特に好評だった。
演奏後、K氏より「…音楽で食べていくのは大変だ。しかしそれを職業にすることが全てではなく、
例え職種は違ってもいつも心に熱いものを持ち、音楽を‘生活の糧’として生きることが出来るなら素晴らしいではないか」という話があった。


2002/11/24 

くさのみ作業所でのジョイフルコンサート。
実は昨日よりファミリー内では、活動を進めていく上でちょっとしたもめごとがあったのだが・・・
ジョイフルの仲間たちの自然で素直な反応に刺激をもらう。人間、素直に気持ちを表現できることはなんと素晴らしいことか!
仲間たちやガイドヘルパーの皆さんと共に、笑ったり唄ったり…という交流を通し、改めて「大切なこと」を実感させられる。
「さといもの会」の活動を通し、生活環境や心身の状態・年齢・立場・性別などそれぞれに違う個性を持ついろんな方がたと
出会い、触れ合えることで音楽に限らずいろんなことを教えられる。自然に…みんな違ってみんないい。
昨日に続き、連日出演協力を頂いたUさん、Fさん、そしてレギュラーメンバーの方がた本当にお疲れ様でした。


2002/11/23 
ゆうゆうアマノにてコンサート。
今年では当施設への最後の訪問となる。本日の出演者は、工大アカペラグループ「ラ・メンマ」6名、
廿日市吹奏楽教室よりTさん、Uさん、Sさん、そしてホルン奏者のFさん、さといもの会レギュラーメンバー6名、総勢16名。
バラエティに富んだ演奏をお届けすることが出来たと思う。今日もご協力戴いた皆さんのお陰です。ありがとう!


2002/11/16 「廿西文化祭」

廿日市西高等学校文化祭、中庭特設ステージにて演奏。
金管四重奏、ギター&ハーモニカ・歌によるタンゴの演奏、トランペット&ホルン合奏
などなど、ベースも入り屋外でのコンサート。高校生のパワーにも負けない熱演?!
みなさん、お疲れ様でした。声をかけて下さったS・Tさん、ありがとうございました。 


2002/11/13 「ホルン奏者Fさんとの出会い」

今週16日の練習&打ち合わせ。(ドラムでお世話になっているNさん、お誕生日おめでとうございます♪)
廿日市吹奏楽教室のI先生の紹介で、東京で活躍中の若手ホルン奏者Fさんと知り合う。
練習後、みんなで音楽談義に花が咲く。寒い中、あったかい時間が過ごせましたね〜☆


2002/11/02 「きらり広場」

阿品台東小学校 「きらり広場」に出演。
元気いっぱいの小学生達は、どんなふうに感じてくれたかな。
さといもの会の、手品のおじさんによるマジックショーも、マナー良く観賞するこども達でした。


2002/10/27  「看護大コンサート」

日赤看護大学にて、コンサート。
ここ最近ぐんと朝が、よく冷えてきた。午前中にリハ、2時より開演となり第1部に出演する。
第2部では、馬頭琴演奏やシャンソン、ビオラ演奏も聴けてプロから演奏に対する姿勢を教えられる。
 演奏側、音響・照明など裏方側、聴衆側、それぞれの感想や反省があり、気付きもあり。
これからも、自分達のステージ作りに生かしていきたい。
 さといもの会として大きなホールに立つのは、今年では最後の舞台だろう。
昨日から連日参加の演奏者もいる。‘あなた’がいてくれて今日も1つのステージが出来ました。心から、ありがとう。


2002/10/26 
アマノデイサービスにて定期のミニコンサート。
今日は、美しい音色を響かせるフルート奏者K氏、近所にお住まいの熟練ギター奏者S氏や
Y氏のワイフ様にも加わって頂き、普段より一層厚みのあるコンサートとなった。
 また、夕方は明日のコンサートに向けて、雨の中、忙しい中、最後の合同練習に集って頂き、皆さんに感謝!


2002/10/20
ハーモニカ発表会に、ハーモニカでお馴染みのM氏に誘われ、さとPAPA&MAMA出演
ポンチョにソンブレ(帽子)としっかり衣装もキメて、タンゴの世界に挑戦!
いい経験になったね♪お疲れ様。


2002/10/08
おもいきり嬉しい話が舞い込む。
でも、先にあんまり喜び・期待が大きいと実現できなくてショック〜とならないように、この話はまだ非公開です。
なんのことか、首をひねってしまうね、これを読んだ方ごめんね。お知らせできる日をもう少し待ってて下さいね。


2002/10/06
今月27日にある看護大でのコンサートに向けて、忙しい中時間を作り音楽仲間が集ってくれた。
ハーモニカ、フルート、クラリネット、キーボード、ギター2本、ベース、ドラムス、歌 と、
いつもの顔ぶれメンバー以外の演奏が加わり厚みが出た。雨の中、お疲れ様でした。


2002/10/03 
里ママの長年の親友なべちゃん&ご主人Kさんとのお別れパーティに、三次まで向かう。なべちゃんは、末期の癌と宣告され、治療の為、息子さんさん達の住む東京に行くそうだ。母と共に青春時代を過ごした大切な人。母の胸中は、言葉にならないものでいっぱいだっただろう。
せめて自分達の音楽で、エールを送りたいと、みんなで歌ったり演奏したりと、愛でいっぱいの素晴らしい一夜が過ごせました。
そこで、私達をあたたかく歓迎し心あるもてなしをしてくれたN夫妻との新たな出会いもありました。

ありがとう!なべちゃん、どうか生きてください!!


2002/09/29 
豊平どんぐり村にて野外コンサートに出演。
あどRun太さんのバースデイコンサートであり、大正琴やユニットなどオリジナル曲の演奏や
尾道のザ・ルリバンドのベンチャーズ演奏などもあり。
 本格的な音響を体験。CD録音されていると意識すると余計な緊張をしてしまう。
さといもの会演奏に協力頂いた三島さん、山根さん、本日もありがとうございました。


2002/09/28 
宮園ふれあいサロンに出演。
最初から、会場内のお客様のあたたかい雰囲気に、こちらも心和み充実感。


2002/09/24
 火曜日。思いっきり平日だが、阿品清鈴にてミニコンサート。
ゲストで出演頂いた若く美しいCielの皆さん、素晴らしい演奏をありがとうございました。
お客様からは、次回は「野ばら」を演奏して欲しいとリクエストがきましたね。
ミシェルも協力ありがとう。


2002/09/14 
ゆうゆうアマノでは初めての、ミニコンサート。
広島である人気バンドのライブ参加を兼ねて、はるばる名古屋からきたやっこの友人がギター演奏で友情出演してくれた。
マイケルジャクソンの「ヒール・ザ・ワールド」、ジョン・レノンの「イマジン」2曲を演奏。このS君は、生まれつき左手の指が普通といわれる長さよりも短い。
普通に考えたら、短い指でのギター演奏は難しいのに、彼は敢えてその困難に立ち向かうし、ギターが本当に大好きなようだ。
そんな彼の演奏した曲を、お年よりの聴衆者は、じっくりと耳を傾けて聴いていた。確かに、何かが伝わっていたようだった。
長距離運転で首や肩が痛くなりながらも、私達みんなにいい演奏を届けてくれた本日のゲスト・S君に、感謝!!     


2002/08/31 
アマノディサービスセンターにて、ミニコンサート開催。
友情出演 ギターあどRun太さん、尺八関口さん、ご協力ありがとうございました!
 さといもの会としては、初めて先日購入したばかりのPAを使用してみた。
PA機器の使用はあくまで最小限にして、我々はアコースティックサウンドを大事に、温もりのある演奏を目指したい。


2002/8/30

早いもので、明日のアマノ定期コンサートを最後に、8月も終わる。
この夏は、広島に原爆の投下された8月6日、「ヒロシマ祭り」という大きなコンサートに出演するなど、
さといもの会にとっても、貴重な体験であった。
 開催当日までは「興業に加担することになるんじゃないか」と懸念して当初から出演を断る会員もいた。(そういう、音楽に対して自分の信念を持った○○さんを、後日私は人生の経験者だな・・・と改めて感じることになった。)
途中私達も不安を感じるような事件が発生したりと内外でいくつかの揉め事があり、当日まではいろいろな心配があった。
が、本番は聴きにきてくれた聴衆の皆さんから「感動したよ!」とメッセージをもらい、それが1番の喜びであった。

 いつも思うことだが、周りのあたたかい音楽仲間達によって、支えられている。
ご協力頂いた皆さんに、この場を借りて、もう一度感謝の気持ちを伝えたい。
  皆さん、本当にありがとう!!


2002/08/26 H・Sさん、お誕生日おめでとう!!
みんなで、昔話に花を咲かせてとっても盛り上がりました。
いつまで、こうして団欒が出来るでしょうか・・・


2002/08/25
今日、山根さんとやっこが一生懸命ホームページ作成中私は約8年前の我がファミリーのカラオケテープをダビングしていました。
なんと皆の声が幼い、若い、それは当然の事なのにその頃の生活状況がよみがえってきて、感激しました。
きっと、さといもの会も何年か経った時思い出いっぱいで多くの皆さんに支えてもらっている事でしょう!
毎日コツコツと細く永く続けていきましょう。   さとママ


2002/8/24 「さといもの会HP誕生!!」
今日は、さといもの会ホームページ作成に、山根義昭さんが多大な協力をして下さいました。
パソコン世界に無知の私も、短時間にこうしてリンク作成などなど出来るようになり、山根さんに感謝感謝です!!
yacco