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「藤田嗣治の戦争画」
「ふじたつぐはる」をなぜか「ふじたつぐじ」と覚えていた。 パリへ渡って、「乳白色の肌」の裸体画を描いた人。 その絵を図版で見て、東郷青児を思い浮かべていた。 特徴はあるけど、軽い絵。 しかし、今回の展覧会を観て印象が変わった。 「戦争画」の存在である。 戦後に生まれたので戦争は知らないし、「戦争画」など今まで観たことがなかった。だから、僕にとっての「戦争画」のイメージは、例えば戦艦大和が大海原を航行する勇姿を描いた絵、だったり、「死んでもラッパを離しませんでした」みたいな絵だと思っていた。 藤田嗣治の「戦争画」はそんなイメージではなかった。 「血戦ガダルカナル」という絵の前で、ねんぱいの男の人が帽子を脱いだのを見たし、当時は「アッツ島玉砕」の前で手を合わせる人も多かったという。だけど、これらの絵を見て僕が感じたのは「戦意高揚」ではなかった。 「神兵の救出到る」を見て、さらに訳が分からなくなった。藤田はなぜこんな絵を描いたのだろうか。扉を開けて入ってくる日本兵の姿がなかったら、異国の裕福な家の内部を緻密に描いた絵である。 救出されたのは黒人のメイドか(後ろ手に縛られて、さるぐつわをされているので)、それともシャム猫か、なぜ部屋の床に汽車のおもちゃが落ちているのか。 たぶん、当時の人には分かる出来事の一幕なのかもしれないが、絵そのものの印象は、なんでこれが「戦争画」なんだろう、と思うような絵だ。 「アッツ島玉砕」はたしかに悲惨な玉砕の場面を描いた絵だ。しかし、僕にはどれが日本兵でどれがアメリカ兵かが分からなかった。極端にいえば抽象画のような感じさえした。
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●「 「脳」整理法」茂木 健一郎著をよんで
<偶有=運命> 「偶有」という言葉が、イヤと言うほど出てくる1000個ぐらいかな。 この言葉を「運命」と置き換えても、ほとんど意味が通じる。 ということは、この本は「運命論」なのだ。
難しい言葉を、やさしい言葉に置き換えると、なつかしい○○論に置き換わる。 まえに聞いた言葉、まえに読んだ論理。 一昔前なら「世界知」とは宗教であり「生活知」とはまさに生活の知恵とも考えられる。 そういう意味で、言葉を色々置き換えて楽しめる本だ。
●「畑村式「わかる」技術」畑村 洋太郎著をよんで
<わかりやすい > 畑村さんの本は難しいと思っていました。 しかし、この本はわかりやすかった。 「わかる」技術の本だから当然か。
理解のための「テンプレート」が作りやすかったのかも。 自分から積極的に、「わかろう」とする意欲がどうすれば湧いてくる のかも少しわかった気がしました。 色々な示唆に富んでいる本です。
●「わかったつもり 読解力がつかない本当の原因」西林 克彦著をよんで
<文章だけでない>
最近仕事の場で「おもいこみがはげしいね」と上司に叱られることが多い。 「わかったつもり」は、文章だけではないのです。
こないだ読んだ畑村式「わかる」技術には「テンプレート」とあったが、 この本では「スキーマ」という言葉が出てくる。 「スキーマ」とは「あることがらに関する、私たちの中に既に存在しているひとまとまりの知識」です。 「テンプレート」と同じ? いろいろあるなー。 おっと!この本には「いろいろ」というわかったつもりがある、という。 「いろいろ」と総括して、考えるのをやめてしまうのだそう。 恐ろしい。
当分「わかったつもり」からは抜けられそうにもない。
●「無思想の発見」養老孟司著をよんで
<偉大なる子供>
貴方は子供の頃、「大人はどうして物事をめんどくさくするのだろう 」「大人は物事をどうしてこんなにややこしくするのだろう」と考えたことはなかっただろうか。 子供のように純粋に単純に物事がどうして進まないのだろうとはがゆく思ったことは無いだろうか?
養老先生の本を読んでいるとなぜかそんな思いになる。自分が子供の頃、感じていた世の中の理路整然としていたこと。なぜ大人はそんなに難しく考えるの! 養老先生の本を読むと、僕らが子供の頃、世の中を単純明快に割り切っていた頃に引き戻してくれる。誤解を恐れずに言えば、そのころ僕らは世の中を理解していたのだ。 たぶん「無思想の発見」もしていた。
養老先生は、子供の時に僕らが”感覚的”に悟っていた周りの世界の”摂理”をようやく文字に定着してくれたのだと思う。
などと書くと、「なに言っているの、『無思想の発見』は新しい日本人論だよ」などと小難しいことをごたごた言う大人に批判されそうだな。
アマゾンの書評欄にこれらの雑文を載せた。 アマゾンの書評欄(レビュー)はかなりいい加減な文章でも載せてしまう、だから僕みたいなへたくそな書評でも載るのだ。
ちなみにニックネームは「図魔論」そう、ライカ用のレンズの名前「ズマロン」。
11月24日の書評も載っています。 |
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「フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる」 築山節著 NHK出版 生活人新書を読んで。
私は、健康のために食事をする時は、野菜を必ずとるとか、おかずの種類をなるべく多くするなど、「偏食」をしないようにこころがけている。
思うに、これは比喩だが、この本は、脳にとっての「偏食」とはどんなことか、その「偏食」の結果どんな症状がでるのか、そして「偏食」を直し健康な脳をつくる方法は?ということを書いた本だと思う。
脳にとっての「偏食」を続けていると脳はフリーズする(ボケの予備軍になる)のである。
ふだん食事には、たいへん気を使う私だけど、脳にとってどんな行為(環境)が「偏食」になるのかなど、ぜんぜん気にも止めていなかった。いかに自分が脳に良くない「偏食」をつづけてきたかを、この本の事例で、思い知らされた。
この本は私に、これからは、脳にとっての「偏食」をやめて、好き嫌いなく健脳な人生をおくろうと気づかせてくれた、貴重な本である。
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