時々日記

2004年05月08日

 今日から、「カメラとレンズ」は休止である。(事実上、ロシアレンズの紹介だけで止まってしまっていたけど)

 最近、写真のことを考えると、撮った写真自体が大切で、カメラやレンズは道具にすぎないと、強く思うからである。

 考えてみると、近頃はデジカメの写真しかアップしていない。なぜだろう?それは、デジカメが小型で持ち運びに便利だから、常時持ち歩いているからだ。今でもライカは僕の最愛のカメラだが、ライカは常時持ち歩くには少し大きすぎる。もちろん撮影が目的で出かける時には必ずライカは持って出る。しかし、軽い散歩や、仕事に出かける時には、デジカメしか持ち歩かない。そして、そんな時に結構スナップのチャンスがあるのだ。

 そうは言っても、デジカメにも欠点がたくさんある。一番の欠点は、ファインダーがお粗末なことだろう。液晶画面を見ながらのスナップには無理があるので(僕の目が悪いのだろうか、液晶画面に焦点を合わせるのがつらい)、時々ファインダーを覗きながらの撮影を試みるのだが、実際の撮影画面とのパララックスも大きいので、結局、液晶画面を見ながらの”やまかん”の撮影になってしまう。また、シャッターのタイムラグもある。レンズ交換の楽しみもない。特に、デジカメのレンズはぼけ味とは無縁だ。

 これらの欠点が解消されたら、ライカのレンズが使えるデジカメ(エプソンのR−D1)も、夏には発売になるそうだから。デジカメオンリーになるかもしれない。



2004年05月07日

  朝、テレビを見ていると、イラクで、米軍のヘリコプターからイラク人を撃つ場面が出てきた。

  赤外線スコープで映し出されたその白黒の殺人場面は、全くテレビゲームそのもので、イラク人が武装ヘリの重機関銃で撃たれて、人の形が砕け散るシーンは現実のものとは思えない。狙撃手が上司に撃っても良いかと聞いている声も、まったく冷静で人を撃ち殺すという悲壮感はない。

 イラク人たちは反撃するのでもなく、ただその辺をうろうろしているだけで、戦闘員とはおもえなかった。怪我をして、這いつくばっているイラク人も近くの自動車と一緒に粉々にされた。

 映像は一年ほど前にアメリカで公開された時は何の話題にもならなかったらしいが、おとといフランスで公開されたら虐殺ではないかと、世界的に話題になっているらしい。

 イラクの収容所でのアメリカ兵によるイラク囚人の虐待が問題になっているこのごろだから、世界的にもその映像が見直された。

 「戦争なんてそんなものだ」というキャスターのコメントも何か嘘っぽく聞こえた。

 すべて三人称でしかとらえられていない。
 人は、あの、撃たれているのが自分の親兄弟だったら、などとは考えない。

 「事実は小説よりも奇なり」と言うけれど、「事実はテレビゲームよりも空虚なり」





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