ネット心中のプロセス
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◯自殺未遂の繰り返し、あるいは発作的にネット心中を考える |
↓
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◯自殺系サイトのサーフィン |
↓ → 生きる方向に向かうことも
相手の自殺願望を聞き、止める場合も。
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◯「心中募集」に応募。あるいは、募集 |
↓ → 募集や応募したサイトを忘れる。
募集や応募したことを忘れる
怖くなり、辞める
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◯メンバーは偶然選ばれる |
↓ → メール交換の中で、連絡が途絶える
怖くなり、辞める
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◯役割分担を決める |
↓ → 役割分担があわない
怖くなり、辞める
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◯メンバーと打ち合わせ |
↓ → 打ち合わせに来ない
怖くなり辞める
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◯自殺場所の下見 |
↓ → 下見に来ない
下見に行き、リアルになり、辞める
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◯決行 |
→ 未遂に終わる。
↓ → もうネット心中は辞める
自殺そのものを辞める
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◯再募集? |
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「ネット心中」は、「自殺系サイト」の掲示板で、心中相手を募集し、それに応じた形で実行するパターンの集団自殺だ。
これまでの「心中」のイメージは、男女のかなわぬ恋心のために行う「情死」や、何らかの問題を抱えた親が子どもの一緒に死んでゆく「道連れ」などが思い浮かぶ。
実際、「心中」の辞書的な意味は、1)男女がいっしょに死ぬこと。情死。2)ふたり以上の者がいっしょに自殺することーとある。精神科医の大原健士郎の『心中考』でも、「情死(異性心中)」、「同性心中」、「親子心中」の研究をしている。つまり、互いの何からの感情(異性愛、同性愛、親子愛等)が絡む「心中」が想定されている。
しかし、「ネット心中」は、日常的な相手との感情的な行き詰まり感が前提とはなっていない。あくまでも、出会いは「インターネット」であり、その出会いの目的そのものが「心中」であり、さらに、出会った後の心理的な情愛は、少なくとも実行者の中に、見ることはできなかった。
その意味では、情死ではないので、「心中」と呼べるのかどうかは疑問がある。しかし、純粋に、「ふたり以上の者がいっしょに自殺すること」という「心中」の定義にあてはめることはできる。「ネット心中」は、従来の「心中」の概念内にもおさめることができるのかもしれない。
ただ、「ネット心中」は、インターネットというメディアが媒介になる。どこの誰だかわからない相手と一緒に死ぬ。その方法が今回の連鎖では、「練炭自殺」。この二つの要素は、インターネットを通じて、急速に広まって行く。そのため、「群発自殺」の要素をかもし出した。