
標本の高さ3mm弱
写真中の自然蒼鉛に見える茶色みがかった灰色の部分が安パラジウム鉱です。母岩は見てのとおり自然金です。写真のできがあまりよくないので、極めてわかりにくいのですが、もっとマシな写真がとれるまではこの写真を置いておきます。 尚、この標本は分析されていて、分析結果による化学式は下記のとおです。
(Pd4.47, Au0.21,Hg0.11)(Sb1.49,Se1.49,As0.23)
ベルリンの西南西約200キロに位置する ハルツ山地は、ニーダーザクセン州とザクセン・アンハルト州にまたがり、約東西80キロ南北30キロに広がっています。冷戦時代は東西両ドイツに分断されていました。西側には、セレン鉱物で有名なクラウスタール、 銀鉱物で有名なザンクト・アンドレアスベルク、銅・ニッケルの鉱山設備が世界遺産になっているランメルスベルクがあり、東側には水マンガン鉱で有名なイルフェルトやこの標本の産地のティルケローデがあります。同じようなセレンに富む鉱床ですが、クラウスタールとティルケローデはハルツ山地の西端と東端で100キロ以上の距離があり、連続した鉱床ではありません。
ティルケローデの鉱床は、頁岩中に輝緑岩が貫入しできた熱水鉱床で、脈石は主に方解石です。特色は、セレンに富むことで、肉眼的なセレン鉱物としてクラウスタール鉱が多産しました。また、クラウスタール鉱以外にも10種類以上のセレン化物を産し、セレン鉱物では有名なナウマン鉱、エスケボルン鉱の原産地です。また、全然有名ではありませんが、ティッシェンドルフ鉱というパラジウム、水銀のセレン化物がティルケローデから発見されています (紹介した標本の上記の分析結果を見ると、水銀とセレンが含まれているので、インクルージョンか何かでティッシェンドルフ鉱の存在が疑われます。)。
鉱山は18世紀から知られていました。しかし、当然その当時は、セレンやパラジウムなどは知られているはずもなく、鉄鉱山として採掘されていました。鉱物標本としては、おもしろくないのですが、ティルケローデの熱水脈には多くの赤鉄鉱が含まれています。 この時代、溶鉱炉に鉱石を入れる際に、存在すら気づかれていなかったセレンの鉱物も一緒に投げ込まれてしまっていたことは想像に難くありません。どのような公害を引き起こしていたかを考えるとちょっと怖いところです。さて、1817年にスウェーデンで、ベルセリウスによって、ファルン鉱山の黄鉄鉱からセレンが発見されました。その4年後 の1821年には、ティルケローデで、ツィンケン氏(Zinckenと書くと、ジンケン鉱の語源となった人と想像できる。。)によって、セレンの産出が確認されました。また、ティルケローデでは、最大5mmの自然金が産出しますが、金山としても採掘が始まります。それから、1950年代まで、鉄、金、セレンを掘ってみたり、掘るのをやめてみたりしながら、断続的に稼業していました。特に、1950年代の採掘は、鉱物学的には高い成果が出たのですが、その歴史を通じ経済的な成果は今ひとつでした。
さて、肝心の安パラジウム鉱ですが、金に伴って産出します。1840年代には既にパラジウムの存在が確認されていましたが、相当長い間、この安パラジウム鉱は、自然パラジウム、セレン化パラジウムと勘違いされてきました。そんなこんなしている内に1927年に南アフリカから出た安パラジウム鉱が記載されてしまいました。ティルケローデが原産地になり損ねたのは、この勘違いが原因です。残念でした。。。

ニューヨーク自然史博物館のパラジウム(???) なんと直径2センチくらい!!
ところで、ニューヨーク自然史博物館にはティルケローデ産のパラジウムが展示されています。ティルケローデからの安パラジウム鉱の産出は、27グラムだそうですが、この自称パラジウムは直径2cm以上あり一つ の標本で27グラムを越えているのではないかと思われます。そもそも、ティルケローデ産の自然パラジウムは、安パラジウム鉱ということで決着がついているので、アヤシイのですが、ドイツの詳しそうな人に問い合わせてみると、”The palladium is clearly not from Tilkerode.”だそうです。
※ニューヨーク自然史博物館は、鉱物の展示より化石の展示がお勧めです。