「かしまにあん」からの推薦。 基本的にあまり売れ線のものは読まないたちなのだが、興味本位で読んだ。
まず面食らったのが前半部の文章、 主人公の経過報告という形をとっているため主
人公が薄知の時点での文章は句読点もなく、誤字、脱字も多いのでなかなか読みにくい。
しかし、中盤には主人公の文章が徐々に変わっていき、賢くなっていくのが分かりやすい 効果的な方法である。
主人公が始め「頭をよくしたい」と意識する。 薄知の人間にどの程度の知識があるのかはわからないが、
知識と意識は関係ないと言うことを再認識させられた。 当たり前に感じられるが意外と勘違いしている。
意識があってこその知識であり、知識があってこその意識である。 世界情勢に精通してる人というのは、
世界情勢を意識してるが故に知識を蓄え、知識があるからこそ、世界情勢を意識するのである。
主人公は知識が必要であるという知識を意識していたからこそ実験的な治療に選ばれたのだろう。
正常な人間は知識はあるかもしれないが、意識が低い傾向にある。 また意識が低ければ、知識は役にたたないゴミでしかない。
そんなものは知識とは呼べない。
主人公は手術の結果知識を手にする。それも常人以上に。 しかし、彼はこれにより友達だと思っていた人々を失った。
手術以前彼を笑いモノしていた人たちの態度が変わったのである。 笑える対象というのは、相応にして自分より下(だと思ってる)のものであることが多い。
「笑い」には非常に重要な意味が含まれている。 笑い、笑われることで、警戒心などは大幅に軽減される。
これは個人的見解だが、一般的にも言えることかもしれない。
初対面や、クラスメートでも、とにかく相手が大爆笑するとこを見ないとイマイチ親しくなれる気がしない。
笑顔というのは人間関係の潤滑油的存在である。 逆の場合なら、わざと笑われる対象となることで、相手の警戒を解く事もあるだろう。
しかし、中には笑われることを嫌う人もいる。主人公の友人たち(だと思われた人々) はそれを嫌った。
自分より頭の良くなった主人公が自分達を笑いものにしてるのだと感じたのだろう。
こうして周りから拒絶され、せっかく知識を手に入れたにもかかわらず幸福を感じられない。 そして、最終的にはその知識さえも失うことになってしまう。
徐々に知識が衰えていくのは、始めの部分と同じく文章で伝わってくる。 ここまで来ると、なんとか頑張って欲しい。
なにかいい方法が見つかって助かって欲しいと願う。 この主人公は手術を受けて知識を得て、結局はもとに戻ってしまったが、幸せだったのだろうか?
幸せだったとぼくは思う。 人間知らなくてもいいことは多いし、知ったとこでそれが直接的に悲しみや苦しみしか生まない場合もある
しかし確実になにか得るものがあるはずなのだ。
そう言った事も考えつつではあるが、本書が言いたいのはもっと別の部分。
確か著者による前書きの部分にも書いてあったような気がするが、知識を追い求めるあまりに、まわりから人が離れて行くぞ、みたいな事だと思う。
知識を求める、向上心ってのは素晴らしいものだが、時として周りが見えなくなってしまうことがある。
大切なものってのは意外と近くにあるものだったりすることが多いもんだ。(2000/5/19)