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鐘楼 (しょうろう) 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺。有名な正岡子規の句だけども、お寺といえば鐘(かね)を連想する人も多いであろう。その鐘を吊り下げておく建物が鐘楼(しょうろう)。ちなみに法隆寺には国宝の鐘楼がふたつあるが、子規はどちらの鐘の音を聞いたのだろうか。ちなみに現在つかれている鐘は、たしか西円堂の横にあるものだったと思う。 「楼」という字が示しているとおり、もともとの鐘楼の形は2階建てだったと思われる。平安時代の再建になるが、法隆寺西院鐘楼(国宝)のような建物がその形を表しているであろう。後の時代になると他の形式が出てくるので、今日ではいくつかの型を見ることができる。
よく見かける形の一つが、二階建て構造の下層に袴腰(はかまごし)を付けたもの。袴腰とは字のとおり、袴(はかま)のような覆いのことであり、「袴」の部分は板張りであったり、真っ白な漆喰であったりと、バリエーションがある。石積みのもあるそうだけど、まだ実際に見たことがない。
もうひとつの形は、4本の柱に屋根が乗っかったもの。この形は比較的小規模な小寺院の鐘楼から、東大寺鐘楼(国宝)のような巨大鐘楼まで、一番よく見かける形ではないだろうか。柱が2本増えて、6本柱となった鐘楼もある。鐘が大きなものは、この形で造られていることが多いように感じる。構造上、鐘の重みを支えやすいのであろう。
昔は鐘楼が建つ位置というのは決められていたみたいだが(法隆寺のように経蔵と向かい合わせ)、時代が進むにしたがい、お寺お寺によって色んな場所に建てられていくようになる。比較的新しいお寺である萬福寺(江戸時代)では、鐘楼(重文)は鼓楼(ころう)と向かい合わせに建っている。これは中国式の伽藍配置を導入したからではなかろうか。
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2003年1月26日作成。 ○関連項目○ ○参考文献○ |
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