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知恩院三門(国宝) 日本最大の三門として知られる。実際に見ると、とにかく大きい。平面的には東福寺の三門とそうそう変わらない大きさであろうが、知恩院のほうが大きく感じる。おそらくは斜面を利用した高い基壇上に建っているからであろう。どうしても見上げないといけなくなるからだ。
知恩院三門は1619年に第二代将軍徳川秀忠によって建てられたものだ。五間三戸・重層(ようは二階建て)、入母屋造の本瓦葺。脇には山廊をそなえる。この形は典型的な禅宗寺院の三門形式になる。ちょいと特殊型の東福寺三門も大まかな形はこれ。妙心寺・大徳寺・南禅寺といった現存する巨大三門も、この形になる。 そして三門は禅宗様という様式で建てられるのが基本である。特徴としては柱の上だけでなく、柱の間にも組物が置かれる「詰組(つめぐみ)」。上層の垂木が扇状に配置される(大規模な)「扇垂木」。「粽付きの柱」とその下に置かれる「礎盤」などなど・・・。
正面の石段を登って近づいていくと、とにかくデカィ。禅宗様的な軒の反りなどは見事だ。周りをうろつきながらよくよく考えてみると、たしか知恩院は浄土宗のお寺だったはず。ン? 禅宗寺院のシンボル的存在である「三門」がなぜ浄土宗のお寺にあるのか。しかもコテコテの禅宗様だ。別にどんな様式の建物がどんな場所にあろうともかまわないとは思うが、やっぱりSuzumeとしては疑問を持ちたくなる。 建築素人の妄想を書いておくとしよう。Suzumeが思うに、これは示威ではないかと考える。徳川家としては江戸からも遠い都で、幕府の権力を見せつける必要があった(とくに魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢いてそうな京都では)。そこで知恩院の門をとにかく大きな門として建てることにした。しかも形式は三門とし、禅宗様を導入した。
禅宗様としたのがポイントかな。禅宗様の特徴として、構造材を意匠として積極的に見せる、という点がある。小さな建物だと、この点は繊細な美しさを見せてくれる。一方で大きな建造物であれば、整然とした美しさはあるが、大きなモノが整然と並ぶことによって「力」を感じるようになる。知恩院三門ほどの巨大さになると、その効果はテキメン。その力を見せつけられるような感じ。 もし仮に、この大門を和様で建てていればどうなっていたか。和様の特徴からして、大きくても柔和な表情が出たり、あるいは小奇麗にまとまってしまったり、そんな感じの門になったのではないだろうか。このあたりの事は、ほぼ同時期に建てられた大門である、仁和寺仁王門(重文)あたりを見てもらえれば良い(少し小さめであるけど)。
効果的に権力を見せつけることが出来る建物。それには巨大であったほうが良く、さらにはインパクトが必要。そこから出てきた結論が、巨大禅宗様三門の建立だったのではないか。少し考えすぎの気もしないではないが、素人の妄想ということで許していただこう。 →→→知恩院(主な古建築紹介) |
2005年1月4日作成。 ○撮影時期○ ○アクセス○ ○関連項目○ ○参考文献○ ○関連サイト○ |
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