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銀閣寺 (ぎんかくじ)

京都のお寺の中でも訪れる人が多い銀閣寺です。「銀閣寺(ぎんかくじ)」で通っていますが、正式には「慈照寺(じしょうじ)」となります。銀閣寺と書くほうが通りもよろしそうなので、こちらSchwedenplatzでは「銀閣寺」と表記しております。

銀閣寺は禅の宗派の一つ、臨済宗相国寺派のお寺。相国寺は烏丸今出川交差点の北東側、同志社大学の裏手のほうにあります。その門前から今出川通りを東の突き当りまで進むと銀閣寺です。ちょうど大文字山(如意が岳)のふもと。

今でこそ都市化の波が大文字山のふもとまで押し寄せていますが、かつては人家も多くなく静かなところではなかったでしょうか。平安時代には現在の銀閣寺の場所に浄土寺なるお寺がありました。足利義政(室町幕府8代将軍)の時代にはその弟の義尋が浄土寺におりましたが、いまだ男子のいなかった義政はこの義尋を還俗させます。

義尋は還俗して義視と名乗り、将軍後継者となったまでは良かったのですが、その後義政の正室の日野富子に男子が誕生し、これが一因となって応仁の乱に至ります。この乱で浄土寺も焼失。その跡地に東山山荘(後の銀閣寺)が建てられることになるのは、何か因果なものを感じますねぇ・・・。

乱の後、東求堂(国宝)などの建物が建築されていきますが、有名な銀閣(国宝)も着工されます。しかし義政は銀閣の完成を見ることはできませんでした。義政の死後、夢窓国師を開山として東山山荘は慈照寺となります。


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2003年9月14日作成。
2004年12月9日更新

○撮影時期:2003年4月中旬。

○アクセス:
京都駅より市バス5系統・100系統(急行)、銀閣寺前下車。
相国寺(同志社前)より市バス203系統、銀閣寺道下車。


銀閣(国宝)

門前の土産物屋がならぶ参道を通って突き当たりに進むと総門があります。シーズン中は修学旅行生が必ずといっていいほど居ますので、そのなかに紛れてさらに進んでいくと、池のほとりに建つ銀閣があります。あまりにも有名な建造物ですので、あれやこれや書くことは無いようにに思いますけど、いずれは項を改めて詳しく書こうと考えています。

銀閣寺1
銀閣を池の対岸から。

完成したのは義政の亡くなった後。銀閣は正式には観音殿と称します。銀閣という名称は、おそらくは同じ楼閣建築である金閣寺の金閣との対比で名付けられたのだと思います。銀閣といっても、銀箔は張ってありませんからねぇ。

銀閣寺2
銀閣を見上げる。

銀閣は池に面した東側が正面になります。少し南北に長い長方形の平面を持っており、二重・宝形造(ほうぎょうづくり)の柿葺(こけらぶき)となっています。下層は住宅風になっており、寺院建築らしからぬ雰囲気。上層はポイントとなっている花頭窓をはじめとして、禅宗様にて造られています。ただし全てが禅宗様というわけではないようです。



東求堂(国宝)

池の北側に銀沙灘や向月台があります。これをはさんで眺める銀閣もなかなかのもので、多くの人が足を止めていますが、そこから視線を180度回しますと、そこにあるのが東求堂(とうぐどう)。これも見事な国宝建築なのですけど、銀閣と比べるとあまり目立ってはいないようで・・・。

銀閣寺3
東求堂の正面部分。

こちらは正方形の平面をもった、入母屋造(いりもやづくり)・柿葺(こけらぶき)の建物。完成は銀閣よりも早く、初期書院造の重要な遺構となっています。銀閣寺を訪れたときには、この東求堂もよくご覧になってみてください。

銀閣寺4
南東側より東求堂を撮影。



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