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平安京その1・太極殿跡

長い歴史に彩られている京都。その都市としての始まりは、794年の平安遷都からではないでしょうか。現在の京都市内で平安京創建当時の建物を見ることは出来ませんが、それらの建物があった痕跡は今も残っています。

車の往来が激しい千本丸太町交差点。その北西角の歩道上に、「太極殿跡」とタイルが埋め込まれています。ここがかつての太極殿基壇の南端だそうです。すぐ南側には、ここに太極殿があったことを示す説明板が京都市によって設置されています。

太極殿跡
歩道に埋め込まれたタイル。
こんなのがあるとは最近まで知らなかった。

千本通りは平安京朱雀大路があった場所とほぼ重なって伸びています。千本通りはいちおう幹線道路ですが、中途半端な道幅で、歩道が狭くて歩きにくいんですけど、かつての朱雀大路は幅が84メートルもありました。JR二条駅横の発掘調査で、朱雀大路の遺構が確認されています。

復元図
説明板の横に置いてあった太極殿の復元図。
おや、太極殿は重層だったのか?

もちろん朱雀大路があったのは、平城宮の正門である朱雀門以南。そしてその朱雀門があったのは現在の押小路千本上ル付近です。こちらも「此附近平安京大内裏朱雀門跡」と書かれた石碑が、人知れず建っています。この場所から九条大路(現・九条通り)まで約3キロ、朱雀大路がまっすぐに伸びていました。想像し難いですけど…。

さて、千本丸太町交差点に戻りましょう。交差点からほんの少し北に上がって、西に細い路地を入ると、小さな児童公園があります。ここには太極殿の跡であることを示す大きな石碑が建っています。まわりは住宅地で時々大通りの車の喧噪が聞こえてくる場所・・・。遙か昔、日本の政治の中心がここにあったとは想像もつきません。

太極殿跡石碑
太極殿跡を示す石碑。
人も少なくハトがたむろする公園内に立つと、
太極殿があったことなど信じがたい。

この児童公園から細い路地を下がると、丸太町通りに戻ることができるのですが、その角のところにも朝堂院跡の小さな石碑が立っています。

朝堂院跡石碑
朝堂院跡の石碑。
銀行の敷地の片隅に立っている。

平安京の北端中心部に位置する平安宮。その中でも最も重要なところが朝堂院と呼ばれるところでした。その朝堂院の正殿が太極殿で、天皇の即位など国家の重要行事はここで行われていました。岡崎にある平安神宮の拝殿が太極殿を模したものだそうで(大きさは少し小さめらしい)、当時の様子を想像することができます。

平安神宮拝殿
平安神宮の拝殿。
これよりも大きな規模ということは・・・。

当時、果たしてどのような様式で建てられていたのか、とても興味深い点で、あれやこれや想像できて楽しいところ。模して造られているとはいえ、平安神宮の拝殿は想像の産物です。想像なんて、しだすとキリがありませんので、このあたりにしておきましょう。


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2004年8月5日作成。

○撮影時期:2002年1月下旬。

○アクセス:京都駅から市バス206系統、千本丸太町下車すぐ。


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