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萬福寺 (まんぷくじ) 京都市内から宇治に行く途中に、黄檗という場所があります。JR京都駅から電車で20分ほどのところ。駅からしばらく歩いていきますと、なにやら大陸風の門が見えてきます。今回は京都にある異色のお寺、黄檗山萬福寺です。 萬福寺は江戸時代(中国は明の時代)に、現在の中国福建省から日本へ渡来してきた僧侶、隠元(いんげん)が開創した禅宗(黄檗宗)寺院です。隠元といえば、隠元豆(インゲンマメ)を思い出しますが、インゲンマメは隠元禅師がもたらしたものだそうです。 隠元禅師以来しばらくは、萬福寺の住持が中国人(この表現は正しくないかもしれませんが)であったことなどから、普段の行事などは全て大陸式で行われています。私もその一部を直に見たことがありますけども、その音を聞きながら目を閉じていると、中国南部にあるお寺はこのようなものかと、不思議な感覚にとらわれました…。 そういった行事で用いられる言葉は、中国明代の南部方言による発音(と考えられている)でなされます。ですから読経では漢字をそのまま南部方言で発音しますので、当然のことながら独特です。現在の中国語(普通話・標準語)とはだいぶ異なる発音でして、中国語や韓国語をしている人には比較ができて面白いかもしれませんね。 行事だけでなく、建物やその配置も大陸風となっています。古建築で萬福寺を考えたときに面白いのはここですね。重要文化財に指定されている建物すべて江戸時代のものですから、古くはありませんけど、様式的に興味深いです。 |
2003年12月7日作成。 ○撮影時期: ○アクセス: |
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萬福寺総門(重要文化財) 萬福寺の入り口は大陸風の総門。たしかに遠くから見ていますと大陸風。でも近づいてみますとそこまで大陸風でもない。不思議な感じのする門です。1693年に建てられたもの。中国建築には牌楼(ぱいろう)と呼ばれる門の形式があるそうで、そのあたりのことを知っているとさらに面白く見られそうですが・・。
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萬福寺三門(重要文化財) 禅宗の大寺院といえば三門。萬福寺にも立派な三門が建っています。三間三戸の重層・入母屋造、1678年のもの。柱の下にある独特な形をした礎盤、屋根の上にある宝珠、それにたくさん掲げられた額など、萬福寺三門でしか見られない特徴をもっています。
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萬福寺天王殿(重要文化財) 京都の禅宗寺院を見ていますと、三門をくぐれば正面に仏殿がくるというのが当然のことのように思ってしまうのですが、やはりここは大陸風。萬福寺では一段高くなって、天王殿と呼ばれる建物がきます。正面五間・側面三間、入母屋造の本瓦葺。1668年。
この建物の基本的な部分は日本的となっています。しかし一番手前の一間を吹放しにしたり、その部分でX字型の高欄を付けたりするなど大陸風を意識したような感じです。この吹放しはそのまま回廊につながっていて、この回廊を通って伽藍の主な部分に行くことができるようになっています。 |
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萬福寺大雄宝殿(重要文化財) 天王殿の東側にある大建築で、大雄宝殿は「だいおうほうでん」と読むそうです。萬福寺の本堂。正面三間・側面三間、入母屋造の本瓦葺の裳階つき。正面一番手前の一間(裳階部分)は天王殿と同じく吹放しとなっていて、回廊とつなげてあります。いわゆる「黄檗天井」が見られる部分です。1668年。
一見すると禅宗様による「仏堂」なのですが、そこはまたまた大陸風を意識。屋根の上には宝珠が載り、正面裳階の窓は花頭窓でなく円窓。正面の扉は桟唐戸ではなくて障子のような感じ。それに先ほど書いた「黄檗天井」。色々と楽しませてくれます。ちなみに木材はチークが使用されています。 |
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萬福寺法堂(重要文化財) 大雄宝殿のさらに東側、一段高くなったところに建っています。大徳寺や妙心寺に現存している法堂(これが普段私がイメージする「法堂」)と比較すると全く違った印象。だいぶ落ち着いたような印象ですかね。正面五間・側面六間、入母屋造の桟瓦葺。1662年。
やはり正面一間は吹放しとなっていて黄檗天井が見られ、卍崩しの高欄が付けられています。あとこの建物では大仏様の建物に見られる鼻隠板(はなかくしいた)が軒先に付けられていますねぇ。離れてみると落ち着いた日本建築、でも近寄ると「おやっ?」と思ってしまうあたり。 |
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