Schwedenplatz なんやらな?本館

東福寺 (とうふくじ)

京都有数の紅葉の名所になっている東福寺です。たしかに東福寺の紅葉はきれいですが、シーズン中の休みの日ともなると、とても多くの人が訪れますので、せっかくの雰囲気を味わいにくいのが難点。紅葉もよろしいのですが、新緑の時期もなかなか良いように思います。

もともとこの場所には摂関家藤原氏の氏寺・法性寺があった場所。その藤原氏の一族である、九条道家がこの法性寺の中にお堂を建てますが、のちに彼は僧侶弁円(べんねん)を開山として、新しいお寺の建立をします。そのときに東大寺と興福寺から一字ずつをとって、名前が付けられました。「東福寺」の誕生です。

九条家のお寺として、東福寺は一気に巨大な寺院へと発展していきます。室町時代には、足利義満により五山の第四位に列せられまして、幕府の庇護によりますます発展しました。しかし、室町幕府の権力の失墜と共にその勢いにも陰りが見え始め、応仁の乱では中心伽藍こそ無事でしたが、塔頭寺院はことごとく焼失。この頃が一番大変な時期だったようです。

秀吉の天下統一や徳川幕府の成立など、戦乱の世の中が終わりを告げると、東福寺も安定した時代に入りました。ところが明治維新によって再び打撃。明治18年には、中心伽藍の半分(法堂・仏殿・庫裏など)が焼失するという大火災に見舞われています。その後、本堂や庫裏が再建されて、現在に至っています。

さて、今回は京阪・JRの東福寺駅から歩いてみましょうか。東福寺駅を出て、南にある九条通りの陸橋をくぐって少し行くと、左手に東福寺の北門が見えてきます。北門を入ってすぐ左側にある門が、仁王門です。


Schwedenplatz
Schwedenplatzのトップページへ

なんやらな?本館のINDEXへ

2003年4月10日作成。
2005年1月20日更新。

○撮影時期:
2002年2月中旬
2002年7月下旬
2003年3月中旬
2004年10月下旬。

○アクセス:
京阪・JR東福寺駅下車。市バス東福寺下車。


東福寺仁王門(重要文化財)

東福寺には建築から見て面白い建物がそろっています。この仁王門もその一つでしょう。仁王門とはいえ、仁王像は安置してありません。あんまりぱっとしない建物なのですが、何らかの仏堂の材を再利用して建てられたのだとか。柱の下のほうに、木材が組まれていたような跡が残っていますが、これが元の仏堂だった頃の名残のようです。

東福寺1
東福寺仁王門。

形式的に見れば、八脚門(やつあしもん)と呼ばれる形をしています。中央の柱の列(4本)の前後に、4本ずつ計8本の控柱がありますので、八脚門といいます。仁王門の北側は幼稚園。幼稚園の運動場に重要文化財の歴史的建造物があるというのは、めずらしいですね。

仁王門を見た後は、東福寺の中心伽藍のほうに向かってさらに歩いていきましょう。何度か曲がって進んでいくと、屋根付きの橋が見えてきます。この屋根の付いた橋の名前は臥雲橋。ここから東側を眺めますと、通天橋を望むことが出来まして、なかなかの眺めです。



東福寺月下門(重要文化財)

その臥雲橋を渡る前に、左手に見えているのが、月下門。月華門とも書きます。切妻造・桧皮葺の四脚門(よつあしもん)でして、こちらは中央の柱の列(2本)の前後に、二本ずつ計4本の控柱があるため、四脚門というわけです。上記の仁王門の場合と比べてみてください。鎌倉時代の古い門です。

東福寺2
東福寺月下門。



東福寺本堂

東福寺の凄いところは、中世の禅宗寺院の伽藍を残しているところなのですが、残念なことに明治時代に仏殿と法堂を焼失しています。その跡地に再建され、昭和になって完成したのが本堂です。再建とはいえ面白い建物で、南側にある三門を意識したのか、大仏様(だいぶつよう)という建築様式を取り入れ、そこに禅宗様という建築様式が混ざり合っています。

東福寺3
東福寺本堂。

禅宗様式も取り入れられているということで、内部の天井は鏡天井(かがみてんじょう)になっております。そこには堂本印象による巨大な龍の絵が描かれています。普段本堂の内部に入ることは出来ませんが、正面の扉のところから、内部をのぞくことができますので、一度見てください。



東福寺禅堂(重要文化財)

ある意味、東福寺で一番目立つ建物かもしれません。南北七間・東西四間に裳階(もこし)が付いた細長い建物ですが、切妻造の屋根が高くて、中央の入り口のところになだらかに降りてくる部分など、結構印象的。三門の南辺りから眺めると、全体の姿を味わうことが出来ます。

東福寺4
本堂の前から見た東福寺禅堂。幅のある建物。

室町時代の建物ということで貴重な存在ですが、この建物が禅堂である、という点もさらに貴重だと思います。中世の禅堂で現存するのは、この東福寺禅堂だけだからです。禅宗様でつくられており、花頭窓 (かとうまど)や波欄間がみられ、側面の妻飾は二重虹梁大瓶束(にじゅうこうりょうたいへいづか)となっています。

東福寺5
禅堂側面(南側)。



東福寺三門(国宝)

→→→東福寺三門(建築細部)



東福寺東司(重要文化財)

東福寺に知り合いを案内すると、毎回一番ウケがいいのがこの建物。初めて連れて行く人には、「この建物は何に使うの?」という問題を必ず出すのですが、正解率は悪いですねぇ(笑)。東司(とうす)とは、すなわち便所のことです。世にもめずらしい「重要文化財指定の」トイレ。三門の東側の、土地が一段低くなったところに建っています。

東福寺10
東福寺東司。

明治維新までは実際にトイレとして使われていたようなのですが、現在ではさすがに使われておりません。東側から中をのぞくことが出来まして、地面にはつぼが埋めてあったりして、往年の様子を想像することができます。

東福寺11
東司の内部。穴がありますな・・・。

南北七間・東西四間、切妻造・本瓦葺の建物で、入り口は北側。内部の鏡天井、妻飾の二重虹梁大瓶束(にじゅうこうりょうたいへいづか)など、禅宗様が用いられています。室町時代のトイレということで、東福寺でしか見ることのできない、とても貴重な建造物です。



東福寺浴室(重要文化財)

東司(トイレ)があれば、浴室も存在するのが東福寺。東司を見たら三門の前を通って、東側に進んでいきましょう。土地が少し高くなったところに、目立たないようにして浴室が建っています。東西三間・南北四間の建物で、北側(正面)が入母屋造、南側が切妻造となっています。

東福寺14
東福寺浴室。

東司と同じく室町時代の建物で、禅宗様式によって建てられたもの。浴室といっても、現代の我々が入るような湯船があるわけではなくて、釜でお湯を沸かして、その蒸気にあたる蒸し風呂です。中世の浴室は、京都ではこの東福寺だけに現存。奈良ですと、東大寺と興福寺に現存しています(奈良のお寺では大湯屋と呼ばれる)。



東福寺六波羅門(重要文化財)

現在、中心伽藍南側の通用門になっているのが六波羅門。鎌倉時代の建物で、その名の通りもともとは六波羅にあったもので、鎌倉幕府の六波羅政庁の門であったと言われています。一間一戸、切妻造の本瓦葺。

東福寺15
東福寺六波羅門。

長い間、この門は四脚門(よつあしもん)とばかり思っていたのですが、調べたところによると棟門とのこと。まだまだ勉強が足らない・・・。

東福寺16
六波羅門の屋根裏。
小さな門でも構造とか見ていると、これまた面白い。



なんやらな?本館のINDEXへ

Schwedenplatzのトップページへ
(C) Copyright 2003-2005 Suzume. All Rights Reserved.