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円成寺 (えんじょうじ) 徳川家の兵法指南役であった柳生(やぎゅう)氏の本拠地であったのが、奈良市の東部。柳生町や柳生下町、大柳生町といった町名があります。柳生までは、新薬師寺のあたりから古い道がつながっていまして、柳生街道と呼ばれています。 かつてこのあたり一帯は、春日大社の神領だったところで(柳生氏ももとは春日大社神領の管理者だったそう)、春日大社にまつわる場所や、その他史跡に指定されている石窟仏などが点在しています。柳生街道は現在では東海自然歩道になっておりますので、健脚の方は歩いてみるのも良いかもしれません(新薬師寺〜柳生約17キロ)。 その柳生街道の途中にある古刹が円成寺です。目の前の国道を路線バスが走っていますので、近鉄の奈良駅から30分ほどで来ることができます(忍辱山(にんにくせん)バス停下車。本数は少なめ)。円成寺のはじまりについては、伝説めいたことも伝えられているようですが、1026年に命禅とい僧侶が開いたのがはじまりだそうです。 バスだと少し過ぎたところに停留所がありますので、すこし来た道を戻って、南側から境内に入ってみましょう。入ってすぐに名勝に指定された庭園があり、池の手前から望む楼門は、なかなかの景観です。この池は平安時代に営まれたもので、古い庭園の形を伝えています。
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2003年3月27日作成。 ○撮影時期: ○アクセス: |
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円成寺楼門(重要文化財) 三間一戸、入母屋造・桧皮葺で、室町時代(1468年)の建物。現在は美しい姿をしていますが、大正の修理までは上層の屋根が仮のもので、未完のままの状態であったとか。池のほとりから楼門を見上げつつ、そのまま石段をあがって入って行きたいですが、ここからは出入りができません。
楼門の左側にある通用門から入って、本堂の前あたりからだと、間近に楼門を見ることができます。室町時代の建物ということで、その当時の特徴が出ていますが、内側の組物が面白いところ。二種類の木鼻(きばな)が上下に並んで見られ、下側の木鼻はゾウさん(あのお鼻の長い象ね)に似せて作ってあります。後の時代になると、ゾウさんそのものの彫刻が木鼻に使われますが、それに至る発達段階を示すものと考えられています。
この木鼻以外のポイントは、花肘木(はなひじき)と呼ばれる中備(なかぞなえ)です。花肘木はもともと大仏様の双斗(ふたつと)の肘木部分に、彫刻による装飾を加えたものです。折衷様式の建物によく見られるでしょうか。この楼門の花肘木は、そのなかでも複雑な彫刻が施してあるので有名です。正面と背面で文様が違います。
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円成寺本堂(重要文化財) 室町時代の本堂は少し変わった建物です。五間四方の建物で、入母屋造の銅板葺。昭和の修理以前は本瓦葺だったようです。組物はところどころにしか見られない舟肘木で、庇や向拝の垂木も疎垂木(身舎は繁垂木)となっており、簡素でスッキリとした感じになっています。
三間という大きな向拝が付いていますが、左右の一間は舞台。何に使うのかはよく分からないのですが、縁よりも一段高くして造ってありますので、何らかの目的があったのでしょう。向拝の付け根あたりは、縋破風(すがるはふ)になっています。
本堂の本尊は、阿弥陀如来坐像(重要文化財)。定朝様式で半丈六の像です。本堂の階段に立って右手の方を見ると朱色の鮮やかな多宝塔がありますが、こちらの本尊が大日如来坐像(国宝)。檜を使った寄木造で、目には玉眼が入れてあります。かの運慶の初期の作品として貴重なものであります。 |
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円成寺春日堂・白山堂(国宝) 本堂の東側に小さなお堂(というかお社)が二つ並んで建っています。現存最古の春日造(かすがづくり)である、春日堂(西)と白山堂(東)です。建造年代ははっきりとは分かっていないようなのですが、鎌倉時代初期のものと考えられています。春日大社本殿建て替えのときに移築したのではないか、という説もあるようですね。
春日造の典型例は春日大社本殿(4棟、国宝)ですが、春日堂・白山堂は春日造とはいえ少し違う部分があります。向拝の垂木が繁垂木であること、その下に蟇股(かえるまた)や三斗(みつと)組があることなどです。
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宇賀神本殿(重要文化財) 春日堂・白山堂のさらに東側に、宇賀神本殿という小さなお社があります。春日造の向拝を唐破風にしたもので、鎌倉時代の建物。唐破風に付ける懸魚(げきょ)を、兎の毛通(うさぎのけどおし)と呼んでいますが、宇賀神本殿のそれは現存するものの中でも古いもので、貴重なものです。
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