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法起寺 (ほっきじ) 夢殿(国宝)のある法隆寺東院伽藍から、北東へと向かって歩いてみましょう。しばらくは法隆寺周辺の古い集落の中を歩くことになります。それがそのうち田んぼや池など昔ながらの風景に変わります。かつては法隆寺の周りも田んぼだらけだったと聞きますが、現在は住宅やら店舗がかなり増えています。 池からまっすぐ北に道が伸びていて、そのつきあたりに法輪寺という古刹があります。発掘調査で法隆寺のような七堂伽藍をもった大きな寺院だったということが判明していますが、長い歴史の中で失われ、最後まで残っていた三重塔も、昭和19年に落雷で焼失してしまいました。現在建っている塔は昭和50年の再建。講堂が収蔵庫を兼ねていまして、古い仏像がいくつか安置されています。 ちなみに法輪寺ある付近の地名は三井と呼ばれます。これは聖徳太子が開削した3つの井戸に由来しているそう・・・。寺の北側の集落の中に、そのうちの一つと伝えられる井戸が残っており、史跡となっています。 その法輪寺からしばらく東に歩いていきますと、三重塔が見えてきます。これが法起寺の三重塔。この場所は聖徳太子が法華経を講じた岡本宮のあった所と伝えられ、太子の遺命により山背大兄王が寺を創建して法起寺となったそうです。 今は、三重塔と江戸時代に建てられた小さな堂が残っているだけですが、発掘調査によると、金堂が左、塔が右にある法隆寺とは逆の七堂伽藍を備えていたことが分かっています。現在は田んぼや道路になっているこの地にどんな建築物があったのか、想像は尽きません。 |
2003年4月30日作成。 ○撮影時期:2003年2月下旬。 ○アクセス: |
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法起寺三重塔(国宝) 露盤銘から706年の完成とされていまして、現存する三重塔の中で一番古いものです。どうやら建築にあたっては、法隆寺の五重塔を見ながら計画されたようで、法起寺の初重・二重・三重はそれぞれ、法隆寺五重塔の初重・三重・五重とほぼ同じ寸法になっています。
だからといって、法隆寺五重塔の二重・四重を抜き取り、縮めただけのものかといえばそうでもないようで、様式的に見れば幾つか異なる点も出てきます。でもそのような寸法で建てられているわけですから、逓減率がとても大きくなり、見ていてとても安定した感じが出ている塔です。
この塔はたびたび荒れていたことがあるようで、そのため修理も大きな規模となり、それに伴う改変も大きかったようです。例えば、明治修理前の写真を見ていると、同じ塔とは分かりにくいほど。現在の姿は、昭和47年より開始された解体修理によるものです。
細部を見ていますと、やはり特徴的なのは軒下の組物。大斗は皿板がついた皿斗となっており、雲斗や雲肘木をもちいています。これは法隆寺の金堂・五重塔・中門にも見られる建築様式です。軒下の垂木は一軒の角垂木。あと柱は、中ほどが少しふくらんだものになっています(いわゆるエンタシス)。
法起寺は法隆寺とともに、ユネスコの世界遺産に登録されています。 |
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