| Schwedenplatz なんやらな?別館 | |
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東大寺法華堂 ふと奈良に出かけることがあります。そのなかでも東大寺は見るところがたくさんありますので、お決まりのコースとなっているのです。しかしあまりにも有名な東大寺は訪れる人も多い…。そんなときは上へ上へと逃避していきます。東大寺は平地にある南大門と大仏殿だけではありません。 少し高くなったところにある法華堂のあたり。ここも人が多いというのは否めませんが、下と比べたら全然違います。別に人の少ないところに行って何をするわけでもないのですけど、たいてい法華堂を見に行っていますかね…。
法華堂は古建築をつつくようになってから、割り合い早い時期に知るようになりました。仏像に多少の興味を持っていた私は、この建物の中に不空羂索(けんじゃく)観音像があることを知っていたからです。ある日、観音様と対面したあと、外に出てふと建物を見回したのです。 まずは正面から。そして側面から。さらに背面から。挙句は二月堂の舞台から…。今の私であればこの建物の妙な形にすぐ気付くと思うのですけど、建築についての知識がなかった当時、そう簡単に気付く筈もありません。「落ち着いた建物」という印象だけを持って法華堂を後にしました。
家に戻ってその日の「旅」のことを思い返していますと、ふと目に入るものがありました。それは法華堂の拝観券。そこには法華堂について簡単に書いてあったのです。「正堂:奈良時代、礼堂:鎌倉時代」と。? 建物は1つだったのに何故2つの部分? その拝観券には法華堂の側面からの写真が載っています。確かに屋根を見ますと二つの部分から成っているような感じ…。それにしても奈良時代と鎌倉時代では400年の差…。これは一体どういうことなのだろう…。
もっと良く見てみたい、と思うようになった私はすぐにでも法華堂へ飛んで行きたいと思いました。しかし京都と奈良がいくら近いといっても、しばしば行くほどの時間なんてありません。それに大して興味を持っていなかった建物のこと。いつしか記憶から遠ざかっていました。
その機会が訪れたのは偶然のこと。友人に頼まれて奈良を案内することになったのです。案内といってもいろいろな知識の欠けていた私は、いわゆるナビゲーター。道案内をしつつ、夕方にたどり着いたのが法華堂でした。ふと以前のことを思い出した私は、何枚か写真を撮って再び法華堂を後にしました。 友人と別れての帰宅後、撮った写真を眺めていても結果は「?」。どこにどう400年の様式差が出ているのか、入母屋と寄棟の区別も付かなかった私に分かる訳がないです。でも分からずに済ますのはどうも気に入りません。ここから古建築に関する興味が湧いてこようとは…。
400年の時の隔たりを越えて、法華堂は東大寺で一番落ち着いた建物であると思います。私の持つ感覚とどこかぴったり一致するような面を持っているのでしょう。建築に関して少ないながらいくらかの知識を手に入れた今、東大寺に行けば必ず法華堂と対面します。あらたなる疑問とともにです。 |
2004年2月29日作成。 ○関連項目○ |
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