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東大寺鐘楼 東大寺の鐘楼はその独特な外観で知られています。一間四方の一重、入母屋造・本瓦葺と、一般的な4本柱鐘楼の構造形式をしていますけど、実物を見てみれば他の鐘楼とはだいぶ異なった印象をうけるのではないでしょうか。遠くから見ればその軒の反りの大きさに。近くで見ればその巨材の迫力に…。
この鐘楼は承元年間に、東大寺二代目大勧進となった栄西によって建てられたといわれています。承元ということは1207年から1210年あたりのことでしょうか。大仏殿が復興されて、南大門が再建されて(南大門の上棟は1199年)まもなくのことです。 そういう時期が時期ですので、この鐘楼の建築にあたっては大仏様(だいぶつよう)が多用されています。目立っているのは角の四本柱から突き出ている水平材の先端に施された、大仏様繰型です(いちばん下、中ほど、柱の上端と三箇所ある)。
内側に入ってみますと、こちらも大仏様が多用されています。大仏様式の巨大な梁をキの字型に組み合わせて、南北方向の一本(上側)に梵鐘を吊るしています。それを東西方向の二本(下側)で受けて、その加重を角柱の内側にある柱にかけて26トンの梵鐘を支えています。
この建物で一番特殊なのは組物であると思います。これを数えてみますと四手先(よてさき)となっていまして、日本の建築で四手先はめずらしいです(多宝塔の上層でよく用いられている)。そういえば東寺の金堂(国宝)にも四手先組物が使われていますねぇ。 その組物にも大仏様の繰型がたくさん付けられていまして、それを尾垂木のように見せかけてある点は(作者がこれを意図したかどうかは分かりませんが)、韓国の古建築を想像させます。それに組物はいわゆる詰組(つめぐみ)となっています。詰組とは柱間にも組物を並べたもののことで、これは禅宗様という様式の特色です。でも一般的な禅宗様組物のような、手前での広がりは欠いています。
肘木の上には斗が載っていますが、この形も特殊形。細かいところですけど、この斗の下部は斗繰(とぐり)といって下にいくほど細くなっていますが、このラインが東大寺鐘楼では直線になります。韓国では斗繰は直線が基本ですけど、日本ではめずらしいものです。それに斗同士は左右を接していて、一木で作られているのが分かります。
組物のまわりに目を向けますと、鼻隠板があるのに気付きます。これは大仏様の特色。しかし東大寺鐘楼の垂木は二軒です。鼻隠板は飛檐垂木(ひえんだるき、上側の垂木)にしか取り付けてなく、地垂木(じだるき、下側の垂木)にはないので、印象は薄いです。 その垂木は角でも扇垂木にはならず、平行を保っています。組物の上部は組入天井となっています。このあたりは和様を用いてあります。
東大寺鐘楼は一目見たところ大仏様が強い個性を放っていますけども、いろいろと見ていけば和様や禅宗様的なものも用いられ、かなり折衷的な様式で造られているのが分かります。この後、純粋な禅宗様式の建物がつくられるようになりますが、東大寺鐘楼は禅宗様の先駆け的な存在なのかもしれません。 |
2004年2月29日作成。 ○関連項目○ |
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