Schwedenplatz なんやらな?湖国館

比叡山延暦寺 (ひえいざん・えんりゃくじ)

京都の北東の方角に、とても有名な山があります。その名は比叡山(ひえいざん)。東山を眺めることができる場所からなら、その一番北側に高くそびえる比叡山を望むことができます。個人的には、国際会館(岩倉)あたりから見る比叡山が良いようにも思います。

比叡山は京都府と滋賀県の府県境にありまして、ドライブウェイが整備されていますので、バスや車で登ることができます。京都側からロープウェイとケーブルが、滋賀側からケーブルが通っていますので、坂本(日吉大社など)を散策した後に比叡山に登って、京都に降りてくるといったことも可能です。

延暦寺は京都側にあると思われがちのようですが、実は滋賀側にあります。府県境のある山頂から、少し東側(滋賀県側)におりた所に伽藍が点在しています。大きく分けて、東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)の三つのエリアになります。

延暦寺の歴史については他にお任せするのが良いかと思います。現在は巨大な伽藍を誇る延暦寺も伝教大師最澄の建てた小さなお寺が始まりです。戦国時代に織田信長によって、ことごとく焼き討ち(1571年)されたのも良く知られた史実です。

こちらの項目では、古建築がある東塔・西塔を巡ってみましょう。伽藍の中心は、やはり東塔にある国宝根本中堂。山の中にあるお寺ですので、参道は多少起伏があります。東塔と西塔のあいだは多少離れていまして、直線距離で700メートルくらいでしょうか。



大講堂(重要文化財)

比叡山バスセンターというバス停の横から延暦寺の東塔に入ります。しばらく参道を歩くと広いところに出ますが、そこに建っているのが大講堂。正面七間・側面六間の比較的大きな建物。入母屋造(いりもやづくり)の瓦棒入銅板葺となっています。


大講堂。

この建物は昭和になってから、ふもとの坂本から移築したもの。もとは東照宮の本地堂と呼ばれる建物でした。解体して移築するときに発見された墨書から、1633年に建てられたものとされています。もとは桧皮葺(ひわだぶき)だったそうで、だいぶ印象が違っていたと思います。


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2003年11月15日作成。
2008年8月30日更新。

○撮影時期:2003年8月上旬。

○アクセス○
京都駅・三条京阪から路線バスがある。延暦寺バスセンター下車。夏期はいくらか本数が増えるが、冬期は本数が少ない。夏季でも平日と土日で時刻が異なったり、夏休みの土日だけ運行する便もあるのでダイヤには注意が必要。所要時間はバスの経由地によっても違うが、京都駅から延暦寺バスセンターまで1時間強。

坂本(滋賀県大津市側)から坂本ケーブルでケーブル延暦寺駅下車徒歩10分。ケーブルの所要時間は11分。ケーブル坂本駅へはJR比叡山坂本駅からバス(歩くと少し遠い)、京阪電車坂本駅からバスまたは徒歩でアクセスできる。

八瀬(京都府側)からケーブルとロープウェイを乗り継いで比叡山山頂へ行き、そこからバスで延暦寺バスセンター下車。八瀬までは出町柳から叡山電車利用。乗り換えが多くなるので、延暦寺が目的地だと少し不便。

マイカーだと比叡山ドライブウェイ利用。京都府側からも滋賀県側からも行くことができる。

○参考文献○
『古寺巡礼京都26 延暦寺』 淡交社 1978年

○関連サイト○
比叡山延暦寺(外部リンク)
延暦寺の公式ホームページ。


根本中堂(国宝)

延暦寺で最も中心的な建物、根本中堂(こんぽんちゅうどう)です。大講堂から参道を下った少し低いところに建っています。正面が十一間、側面が六間、入母屋造の瓦棒銅板葺の堂々たる建築で、滋賀県内最大の仏堂となっています。1642年の建築。


正面の高台から見た根本中堂。
奥の銅板葺の建物が根本中堂。

この根本中堂は回廊に囲まれています。回廊内が撮影禁止となっていますので、細かな様子を画像で伝えることはできませんが、訪れたおりにはじっくりと雰囲気を味わってみてください。木組など独特な面もあって、とても迫力のある建物です。

回廊から根本中堂の内部に入ることができます。天台宗の仏堂ですので、外陣と内陣に分かれています(区切られているという感じ)。内陣は土間になっており、三基の厨子(宮殿(ぐうでん)と呼ぶ)が並んでいます。中央の宮殿の前には、1200年間絶やさず守られてきた「不滅の法灯」がともされています。

薄暗い内陣と対照的なのが外陣でして、こちらは板敷き。外陣奥側の天井は格天井(ごうてんじょう)となっており、力強い虹梁の上に様々な草花が極彩色で描かれています。聞くところでは200枚あるそうです。



根本中堂回廊(重要文化財)

その名の通り根本中堂を囲っている回廊です。梁間が二間となっており、中央の柱筋に板塀を入れて仕切られています(外から中が完全に見えない)。根本中堂と同時に建てられたもので、こちらの屋根は栩葺(とちぶき)。根本中堂も元々はこの栩葺でしたから、多少見た目の印象は違っていたと思います。


延暦寺根本中堂回廊。



戒壇院(重要文化財)

大講堂の西側の高台に建っています。三間四方に裳階(もこし)が付いていて、宝形造の栩葺。正面に軒唐破風(のきからはふ)を付けており、和様と禅宗様を混在させてあるので、かなり独特な感じのする建物です。1678年に建てられたと伝えられているそうです。


戒壇院。



常行堂及び法華堂(重要文化財)

さて、東塔を散策しましたら西塔に移動しましょう。西塔へは歩いても行くことができますが、バスでも移動できます。バスを降りてからも歩かないといけませんけどね…。

西塔のバス停で下りて参道をずっと歩いていきましょう。苔が美しい一角がありますけど、そこに並んで建っているのが常行堂と法華堂になります。右側が法華堂で、左側が常行堂。ともに正面五間・側面五間、宝形造の栩葺。1595年に建てられたものです。


常行堂。

この常行堂と法華堂は長さ四間の廊下で結ばれていまして、廊下が担い棒のように見えることから「担い堂」とも呼ばれています。和様でまとめて落ち着いた感じになっていますから、東塔のどちらかと言えば賑やかな建物を見てきた目には、好印象を与えます。


法華堂。



釈迦堂(重要文化財)

常行堂・法華堂の廊下をくぐって、さらに参道を下っていきますと、大規模な仏堂が見えてきます。織田信長による焼き討ちによって、この西塔の建物も灰燼に帰してしまったのですが、1595年に豊臣秀吉の命令によって三井寺の弥勒堂が移築されました。正面七間・側面七間、入母屋造で栩葺型の銅板葺です。


釈迦堂。

もともと三井寺においては、1347年に建てられたと考えられていますので、現在の延暦寺における最古の建築物になります。正面の柱間が、すべて出入り口になっているところが面白い点です。平地にある三井寺の建物でしたから、建てられた当初は桧皮葺だったのかもしれません。

三井寺も天台宗のお寺ですから、釈迦堂も天台宗仏堂の形を守っています。手前が外陣で板敷き、格子戸などで区切られた奥の内陣が土間になっております。近世の厨子が内陣に置かれていますので、根本中堂とほぼ同じ感じですね。



延暦寺瑠璃堂(重要文化財)

西塔の中心から少し離れた山道(っていっても車が通れる幅はある)の脇に、静かにたたずんでいます。三間四方の入母屋造・桧皮葺の建物で、織田信長による焼き討ちを逃れた唯一の堂ではないかともいわれています。


延暦寺瑠璃堂。

禅宗様色の強い建物で、その特色がたくさん見られますけれども、純粋というわけでもないようです。そういった様式から室町時代の建物と推定されて、焼き討ち以前の建物であると考えられています。建っている場所も場所なので、惨禍をまぬがれたというのも納得できます。



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