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彦根城 (ひこねじょう) その4 彦根城太鼓門及び続櫓(重要文化財) 太鼓門は天秤櫓(彦根城その3参照)から天守に少し近づいたところにある門だ。見た目はいわゆる櫓門で、石垣の間に門扉があり、上部に櫓がのっかっている。通り道はクランクになっており、右に折れて門扉を通過、そして今度は左に折れる。全国あちこちにあるお城で見られるタイプの門であろう。
門の前方の空間は、「コ」の字型に石垣によって囲まれている。現在は太鼓門側にしか建物が残っていないが、往時は三方に櫓やら塀があったと思われる。守備側は太鼓門前に侵入してきた敵兵を三方から攻撃できるわけだ。攻撃側としてはこの状況は非常に厄介だろう。
この建物は解体修理によって、移築されたものであることが判明している。一説にはお寺の門だったという話もあるが、建物の形からしてちょっと想像し難い。佐和山城の門を移築したという説もあり、そちらは考えられることだと思う。 門をくぐると、石垣の裏側の構造を見ることができる。大きな木材を利用したダイナミックな構造だ。また裏側には縁側が付いている。これは何のために付けたものだろうか。縁側が付いているために、屋根も庇となって一続きに降りてきている。
太鼓門という名称は、かつて太鼓を置いて打ち鳴らしていたことからだそうだ。現在は彦根城全体の復元模型が置かれている。失われた彦根城の建築物が模型で復元してあり、あれこれ興味深い。今は彦根城の周りは陸地になっているが、かつては一部琵琶湖に面していたといったことも分かるであろう。
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2005年3月23日作成。 ○撮影時期○ ○アクセス○ ○関連項目○ ○参考文献○ ○関連サイト○ |
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彦根城西の丸三重櫓及び続櫓(重要文化財) 西の丸の先端のほうにある櫓が三重櫓。その名の通り三重の櫓。続き櫓が二方向に伸びており、全体の平面は「く」の字型になる。櫓の横に立てられている解説版を見ると、浅井長政の居城だった小谷城の天守を移築したものだとも言われているらしい。だとすると、当時の天守はとてもシンプルなものだったと言える。
天秤櫓と同じように、深い堀切に面して建てられている。堀切に架かる橋を落とすことで、攻められにくくする構造は天秤櫓のものと同じだ。ただ天秤櫓前の堀切が表門からの通路も兼ねているのと異なって、こちらの堀切は純粋な(堀切としての役割のみを持っている)堀切のようである。
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