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金剛輪寺 (こんごうりんじ)

湖東三山の一番北に位置する西明寺より国道307号線を3キロほど南下しますと、今回の目的地、金剛輪寺があります。国道の交差点から東へと入り、名神の下をくぐってしばらく行けば、寺の門が見えてきます。

金剛輪寺のある秦荘町は、人口8000人ほどの小さな町。秦荘の「秦」という字が示すように、渡来系氏族・秦氏との関連があるようです。さらに金剛輪寺の住所は、秦荘町松尾寺。京都の秦氏ゆかりの神社に松尾大社がありますが、「秦」と「松尾」という地名のつながりは興味深いものがあります。

金剛輪寺は秦川山とよばれる標高450メートルほどの山の斜面を利用して建てられています。国宝本堂は山の中腹にありますので、下の門からはずっと坂を登っていかなくてはならず、ちょいと大変な所・・・。でもそのようなところを歩くのもまた楽しいことですし、なによりも上に着いた時の達成感はなかなかのものでして・・・。

歴史は北の西明寺よりも古いと言われています。伝えられているところによりますと、聖武天皇の勅願によって行基が開いたものだそうです。先ほどふれた秦氏との関係もあるようですが、そのあたりの事は私の勉強不足もありますので、別の機会にしましょう。

金剛輪寺を含む湖東三山は、すべて天台宗のお寺です。その天台宗の総本山といえば、比叡山延暦寺。比叡山が信長によって焼き討ちされた後、湖東三山も標的となりまして、1571年に西明寺が襲われました。1573年には南側にある百済寺が襲われことごとく焼失。そんななかで、国宝本堂などの建造物は被害を受けることなく現存しているというのは、奇跡的なことなのかもしれません。

このお寺はアジサイと紅葉で知られています。アジサイは2000株ほどあると聞いています。紅葉は「血染めの紅葉」とたとえられています。私は両方とも見に行ったことがありますが、紅葉のときは多くの人が訪れていました。でも紅葉やアジサイよりも、ぜひ静かなときに一度訪れてみてください。


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2003年7月10日作成。
2004年12月18日更新。

○撮影時期:2003年6月上旬。

○アクセス:
車が便利です。彦根駅よりタクシーで25分ほど。


金剛輪寺二天門(重要文化財)

長い坂道のつきあたりにある門です。建っている場所など、雰囲気的には西明寺の二天門とよく似ていますが、どうも軒下が不自然な感じ。そこで調べてみますと、もともとこの門は楼門(二階建ての門)で、江戸時代になってから上層が取り払われたものだとか。室町時代のものといわれています。

金剛輪寺1
金剛輪寺二天門。

二天門をくぐるとすぐに、国宝の本堂が眼前にせまってきます。



金剛輪寺本堂(国宝)

本堂は七間四方の入母屋造(いりもやづくり)・本瓦葺で、大型の仏堂です。同じ七間四方の西明寺本堂よりも大型ですし、雰囲気的にもその大きさを感じる造りになっています。鎌倉時代の建物と考えられていますが、細部様式から室町時代とする説もあるようです。

金剛輪寺2
金剛輪寺本堂。

内部の雰囲気は西明寺本堂とよく似ていました。手前より外陣・内陣・後陣と分かれており、外陣と内陣が区切られているなど(実際は自由に行き来できるようにしてあります)、密教仏堂の特徴を持っています。滋賀県にはこの形式の仏堂が多いですから、色々調べてみると面白そうです。



金剛輪寺三重塔(重要文化財)

本堂に向かって左側、少し高くなったところに建っています。この本堂と少し高いところにある三重塔は滋賀県の天台宗寺院の特徴的な伽藍配置となっていまして、常楽寺が金剛輪寺と同じ「本堂+左側に三重塔」。長寿寺もかつてはこのパターンでした。西明寺は「本堂+右側に三重塔」のパターンです。

金剛輪寺3
金剛輪寺三重塔。

実はこの三重塔、古い写真を見るとわかるのですが、昭和40年代までは三重がない状態で建っていました。それを50年代の初めに解体修理をして復元されたものです。室町時代に建てられたと考えられており、高さは約22メートル。



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