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三井寺 (みいでら) 2003年10月、大津市が古都保存法に基づく「古都」に指定されました。これによって大津市は京都市や奈良市、斑鳩町などに続いて、全国で10番目の古都に指定されました。「古都」に指定されると、「歴史的風土特別保存区域」を定めたりして、景観を守ったりできるようになります。 大津市は古建築だけを見ても、国が指定した有形文化財は60件を超え、うち国宝は9件にもなります。古建築の数の多さだけでなく、その歴史の古さや景観、文化的なものなど一度は訪れてみる価値のある都市だと思います。京都から大津へは、JRで10分ほど。三条京阪や東山あたりからでも地下鉄と京阪(相互乗り入れ)で、30分もかかりません。 その9件の国宝のうち、4件を占めているのが三井寺です。国宝への登録においては、「園城寺(おんじょうじ)」という名称が用いられています。この園城寺というのが正式名称になるそうなのですけど、このページではよく通っているほうの「三井寺」を使用しています。 三井寺はとても長い歴史を持つお寺で、天武天皇の時代に遡るといいます。そもそも三井寺の「三井」の由来は、天智・天武・持統の三帝が誕生された際に、御産湯として用いられたという湧き水があるからだそうで、「御井」が後の時代に「三井」となったのだとか。 三井寺は西国三十三所の第十四番札所となっています。札所は国宝金堂がある場所から、しばらく南に行った高台にあって、琵琶湖を見渡すことができます。また三井寺は、桜や紅葉の名所としても知られています。 |
2003年10月11日作成。 ○撮影時期:2002年9月中旬、2002年11月中旬。 ○アクセス: |
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三井寺大門(重要文化財) 広大な境内を持つ三井寺ですけども、その入り口がこの大門です。建築の形式からいえば楼門と呼ばれるもので、仁王像を安置しているため仁王門とも呼ばれています。三間一戸の入母屋造・桧皮葺(ひわだぶき)。よくある楼門のタイプです。
もともとは滋賀県甲賀郡石部町の常楽寺にあったもので、伏見城へと移築された後、さらに三井寺に移築されたものです。室町時代(1452年)の建物ですが、この地に建つようになったのは1601年のことです。滋賀県の誇る楼門建築の一つ。
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三井寺食堂(重要文化財) 大門をくぐってすぐ北側にある建物です。「しょくどう」じゃなくて「じきどう」と読みます。念のため。釈迦像が本尊となっているため、釈迦堂とも呼ばれています。正面七間・側面四間、入母屋造・檜皮葺で、室町時代の建築と推定されています。正面の唐破風の向拝は江戸時代のもの。
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三井寺金堂(国宝) 大門からまっすぐ歩いて石段を登ると、金堂の側面に出ます。この建物は金堂と呼ばれる建築の中でもかなり良いと思う建物で、大きさもなかなかのものですが、桧皮葺の屋根など美しさも兼ね備えていると思います。本瓦葺の金堂とは違った美しさ。
正面七間・側面七間で入母屋造、正面に三間の向拝が付く大建築です。1599年に北政所(きたのまんどころ、豊臣秀吉の正室)によって建てられたもので、手挟(てばさみ)とか蟇股(かえるまた)とかが桃山時代の様式を伝えています。
この建物は内部に入れますので、ぜひ入ってみましょう。七間七間のうち、中央の五間三間が土間、その周囲左右一間、前後二間ずつが板敷きになっていて、密教仏堂の特色を持っています。板敷きの部分を一周して、内部からも大建築を味わってみてください。 |
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三井寺閼伽井屋(重要文化財) 金堂の西側に隠れるようにして建っているのが、この閼伽井屋(あかいや)。正面三間・側面二間、向唐破風造(むかいからはふづくり)の桧皮葺。金堂につづく1600年の建築です。上述の三帝の御産湯として用いられたというのが、この建物のなかの湧き水だそうです。
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三井寺鐘楼(重要文化財) 近江八景の一つ、三井の晩鐘で知られる梵鐘が吊られている鐘楼です。東西二間・南北一間の切妻造・桧皮葺の建物。桃山時代の建築ということですので、国宝の金堂と同じ時期のものです。この梵鐘は、お金を払うとつくことができます。
ところで三井寺にはもう一つ有名な梵鐘(重要文化財)があって、弁慶鐘と呼ばれています。弁慶が引きずったので、たくさんの傷がついたのだという伝説があります。かなり古い梵鐘で、奈良時代に鋳造されたもの。高さはほぼ2メートルで、弁慶の伝説にふさわしい大きさです。 |
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三井寺一切経蔵(重要文化財) 三井寺は禅宗のお寺ではないのですが、純粋な禅宗様建築が一棟あります。それがこの一切経蔵で、一間四方(裳階(もこし)があるため三間四方に見える)、宝形造の桧皮葺。1602年に毛利輝元(もうりてるもと)によって三井寺へと移築されました。
詰組(つめぐみ)の組物や波形連子(れんじ)など禅宗様の特徴が見られます。印象的なのは大疎垂木(おおまばらだるき)。軒下の垂木が、まばらにしかありまさん。内部には一切経を納める輪蔵がありますが、こちらも禅宗様でつくられています。
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三井寺三重塔(重要文化財) 一切経蔵の南側に三重塔はあります。三井寺にはよそから移築した建築物がいくつかありますけども、この三重塔もその一つ。1601年に徳川家康が、この地に移築したものと言われています。室町時代のものと考えられています。
三間四方の本瓦葺で、よくあるパターンの三重塔なのですが、二重・三重に菱格子が入っているところが珍しいです。 |
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三井寺唐院灌頂堂(重要文化財) 三重塔のすぐ南側にある唐院灌頂(かんじょう)堂は、西側にある大師堂(重文)の拝殿として建てられたと考えられ、そのためか装飾的なものは控えめです。五間四方の入母屋造・桧皮葺(ひわだぶき)、正面には軒唐破風(のきからはふ)が付けられています。1598年の建物。
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三井寺唐院四脚門(重要文化財) 唐院四脚門(しきゃくもん、よつあしもん)は唐院の表門で、唐院灌頂堂のすぐ前に建っています。形式はその通り四脚門(中央列2本の柱の前後に2本ずつ4本の柱を立てることから四脚門)。切妻造の桧皮葺。1624年に建てられたものです。
元は前後4本の柱が無かった棟門であったといわれています。前後の柱がないと頭でっかちで、おそらくその不安定感から四脚門にしたのでしょう。このように元々は棟門だったものを四脚門にした門は、ときどき見かけます。 |
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三井寺毘沙門堂(重要文化財) 主要な伽藍があるところから、西国第十四番の札所である観音堂へ行く道の途中に、朱色の建物が建っています。これが三井寺の毘沙門堂(びしゃもんどう)で、正面一間・側面二間、宝形造・桧皮葺の建物。江戸時代初期に建てられたものと考えられています。もともとは別の場所にあったものを、解体修理が行われたおりに現在の位置に移したものです。
この毘沙門堂からさらに進んで石段を登っていくと、西国三十三所の札所、観音堂のある高台に出ます。一通り境内を見歩いて大門に戻ってきたころには、多少疲れてしまうのですけど、今回はさらにもう一棟国宝建築を見に行ってみましょうか。 |
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三井寺新羅善神堂(国宝) この新羅善神堂はちょっとややこしいところに建っているので、初めてのときは行くのが大変でした。大門を出て信号を北に向かいます。途中、大津市役所や消防署などを左手に見ながら600メートルほど歩いて左に折れて歩いていきますと、新羅善神堂にたどり着きます。 新羅善神「堂」となっていますけど、神様が祀ってある神社建築になります。三間社流造(さんげんしゃ・ながれづくり)前室付、という構造です。滋賀県には神社の本殿建築がとにかくよく揃っていますが、この「お堂」もその一つです。
1340年頃に建てられたものとされていますが、建築時期については諸説があるようです。普段は門が閉められていて、塀越しにしか見ることができません。それでも屋根のラインなど、この建物の見事な美しさを実感することは十分にできると思います。 |
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